第271話 クリムゾン

 ウェストラル朱王邸執事であるニコラスは、向かって来た軍団長をすり抜け様に斬り捨て、魔貴族へと瞬雷による移動で距離を詰めて斬り結ぶ。

 その速度に対応しきれなかった魔貴族は精霊剣で受け止めるも肩に深く刃を食い込ませ、雷撃によって一撃で意識を刈り取られる。

 一瞬にして魔貴族一人が地面に向かって落下していくと、焦りを見せた魔貴族はニコラスに風の刃をもって斬り掛かる。

 その咄嗟の斬撃などニコラスに届くはずもなく、一瞬で間合いを詰められ腹部を斬り裂かれて落ちていく。


 圧倒的な強さを見せるニコラスが次に狙いを定めたのはデーモンの一体。

 ハーピーのデーモン化した個体のようだが、種族の強度的にデーモン化に耐えられなかったのだろう。

 歪な形をした頭からは片翼だけの小さな羽が生え、両目はあらぬ方向を向いている。

 本来のハーピーよりも大きな翼と強靭な筋肉を持ち、獲物を切り裂く足の爪は曲刀のように鋭く長い。

 奇形のデーモンに瞬雷で接近したニコラスの雷刃がその体を斬り裂こうとした瞬間、爆風を生み出して急加速するデーモン。

 再び瞬雷による加速からデーモンを追い、追従しながら魔剣ラーグルフに威力を高めた雷撃をチャージする。

 先行するデーモンからは複数の風の刃がニコラス目掛けて飛んでくるものの、瞬雷で躱しながらさらに距離を詰める。

 風の精霊を取り込んだであろうデーモンの飛行速度は速く、能力の高いニコラスの飛行装備でも追い付く事が難しい。

 瞬雷で距離を詰めようにも長い距離を移動できず、魔力消費も大きい為加速用に利用した方が効率がいい。


 しばらく追い続けると左へと旋回を始めたデーモン。

 ニコラスは最短距離でデーモンを追い、正面から向かい合う形で互いに距離を詰める。

 超高速飛行からデーモンは口内に収束させたブレスを吐き出し、瞬雷で回避したニコラスはチャージした雷撃をデーモンに浴びせる。

 高出力の雷撃を受けて悲鳴をあげながら錐揉み状態で落ちていくデーモン。

 しかしデーモンがあの一撃で倒せるはずはない。

 ニコラスは再び魔剣に雷撃をチャージしてデーモンを追う。




 顕現したシルフを肩に乗せて戦うのはエイミーだ。

 魔剣ヴォーパルの暴風を精霊魔導で豪風をとして軍団長と斬り結ぶ。

 エイミーの生み出す豪風を抑え込めず、後方に吹き飛ばされる軍団長を追って一方的に攻め続ける形で一人を撃破。

 次の軍団長へと狙いを定めて魔剣を振るい、空を舞いながらの戦闘であれば圧倒的優位に戦う事ができる。

 精霊と飛行装備の相性もよく、エイミーが飛行に集中しなくともシルフが完璧に飛行制御をしてくれる。

 次々に軍団長に斬り掛かり、豪風をもって圧倒する事で苦戦する事もない。


 そのまま五人の軍団長格を斬り伏せたところで魔貴族の女性がエイミーに襲い掛かる。

 風のように舞うエイミーと対峙するのはやはり風の魔人であり、暴風を纏って精霊剣を振るう。

 強力な風魔法がぶつかり合う事で周囲には爆風が吹き荒れ、自分以上の出力を持つ魔貴族を相手にエイミーは高速飛行戦闘で臨む。

 追従する魔貴族は速度で上回ろうと精霊化し、エイミー程の機動力とはいかないが、速度においてはわずかに魔貴族が勝る。

 出力を上げた魔貴族との戦いは早期決着が予想される。




 ウルハは青い水の衣を纏って向かい来る軍団長を相手に魔剣ベガルタを構える。

 下級魔法陣を発動した精霊魔導は大気中の水を際限なく集め続け、下方へと長く長く伸びていく。

 炎を放つ軍団長と斬り結んだウルハはその炎を相殺し、剣戟を交わす本人の意思とは関係なく精霊は対象を狙って大きく広がっていく。

 充分に広がった水の衣は魔人の頭から喰らいつくように襲い掛かり、全身を包み込んで衣の中に閉じ込める。

 払い除ける事のできない水の衣は脱出不可能な水の牢獄。

 高い魔力を放てば払い除ける事も可能だが、ウルハがその隙を逃すはずもなく一撃の下に斬り伏せる。

 あとは意識を失うまで閉じ込めるだけ。

 次の獲物へとウルハは翼を羽ばたかせ、爪刃を構える軍団長へと斬り掛かり同時に水の衣が喰らいつく。

 ウルハに警戒していた魔人は風魔法で水牢を払い除けるものの、意思を持った水の衣は飛び散りながらもどこまでも襲い掛かる。

 さらに魔力を高めて払い除けようと風魔法を放つが、ウルハの攻撃も捌く必要があり全てを払い除ける事ができない。

 少しずつ体を覆われていき、爪刃を振るう腕までも水の衣に捕われるとウルハの斬撃を防ぐ事はできない。

 肩から腹部にかけて深い傷を負い、水牢に捕われて意識を失うまで閉じ込められる。

 水の衣となった精霊ウィンディーネだが、その姿からは想像もつかない捕食者のような能力を持つ。


 長く伸びた水の衣を纏いながら空を舞うウルハは、遠く離れて見れば巨大な水竜のような様相だ。

 その後も複数の軍団長を飲み込んでは新たな獲物を探して空を舞う。

 軍団長格では相手をするのが不可能と見た魔貴族の老人は膨大な魔力を強化に回し、複数の軍団長を飲み込んだままのウルハへと頭上から斬り掛かる。

 咄嗟にその精霊剣を受け止めるものの、尋常ではないその威力から受けきる事ができずに下方へと弾かれたウルハ。

 長く伸びた水の衣を引きながら落下していくも体勢を立て直して上昇。

 そこから加速して回り込みながら老魔人へと向かう。


 加速度を乗せた斬撃で老魔人と斬り結び、加速された水の衣が喰らいつくも、高速の斬撃の余波によって全ての水を払い除けられる。

 ウルハはこの高速の剣技に最小の動きで受け止めるものの、防ぎ切る事ができずに複数の傷を負う。

 対峙してわかる魔貴族の中でも恐ろしいまでの実力を持った魔人。

 師であるニコラスでさえ勝てるかどうかわからない程の強さが予想され、絶対的な不利と知りつつも魔剣ベガルタを構えるウルハ。

 勝てないまでも、せめて時間を稼ごうと強者に挑む。




 勇飛が装備するのはザウス王国にいる間に朱王から送られて来た魔拳【月読】だ。

 肩当てと両手のナックル、両足のレガース含めた全てを魔拳月読と呼んでいる。

 魔力を溜め込むミスリルのみで作られた特殊な装備であり、肩当てを精霊の器として左右手足の装備には火炎と魔法陣を組み込んである。

 以前契約した精霊もこの魔拳を器とした事により統合され、炎の翼を持ったドラゴンのようなサラマンダーになっている。

 しばらく扱いづらさに苦労したものの、千尋のイメージのおかげもあって、今では魔剣を振るうサフラと訓練してもまともに戦えるまでには成長した。


 唯一の魔拳となる月読を装備した勇飛は両手両足からの爆破で一気に加速。

 正面から来る軍団長を爆破の乱打で叩き伏せ、左から襲い掛かる魔人の首筋に回し蹴りを食らわせ意識を刈り取る。

 精霊を介した炎の魔力を両手脚にチャージし、組み込まれた爆炎を通して高出力な爆破が可能となっている。

 勇飛の戦いを見てから挑む魔人は油断する事なく、高出力の風の爪刃で斬り掛かる。

 さすがに不意を突かずに相手取る軍団長格ともなればその実力は高く、勇飛といえども圧倒する事は難しい。

 しかし今後も数多くの魔人が控えていると考えれば、一人を相手に時間を掛ける事はできない。

 飛行戦闘に持ち込んで接近から一瞬で決めるべく爆破加速で空を舞う。




 月華部隊のカインとナスカ、エレナは聖騎士と同等の強さを持つが、軍団長格と単独で戦うとすれば一対一でも厳しい相手。

 実力で上回る事ができないのであれば、優位に戦う事のできる飛行戦闘で挑むべきだろう。

 向き合った軍団長相手に距離をとり、追って来たところからが勝負となる。


 カインは炎矢を射って牽制し、遠距離からの精霊魔導で魔人の体力を削りつつ隙を伺う。

 自身の最大威力技であれば遠距離であろうと一撃で決める事ができるはずだ。

 以前は上級魔法陣を発動するのに数分間を要していたが、今では魔力を込めれば一瞬で発動する事ができるのだ。

 魔人の隙をつくる事さえできれば勝利する事も難しくはないだろう。


 ナスカは放電による加速をして距離を稼ぎ、急接近からの威力を高めた雷撃で斬り掛かり、爪刃で受け止められるも左のダガーで雷撃を浴びせる。

 一撃目は相殺されても二撃目までは防ぐ事はできないだろうと、両手のダガーに高出力の雷撃を準備していた。

 麻痺を残すも炎を放って斬り掛かる魔人はさすが軍団長と呼んでいいだろう。

 しかしナスカはこの斬撃を避けて再び距離をとり、雷撃を浴びせようとダガーに込める魔力を高める。

 魔力の消費を抑えつつ、ヒットアンドアウェーで軍団長を倒すつもりのようだ。


 風の刃を無数に放ったエレナは複数の軍団長を引き連れて空を舞う。

 シルフの操る風魔法がエレナの飛行速度をさらにあげ、高機動による飛行戦闘は対等か格上ともなる軍団長を相手にしても優位に戦う事ができる。

 一撃で倒す事はできないものの、対象の飛行装備を斬り裂けば地面に叩き落とす事ができる。

 しばらくは戦線に復帰する事ができずに魔貴族軍の戦力を削ぐ結果となるだろう。

 急上昇、急降下、急旋回を利用して複数の魔人を翻弄する。

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