第269話 魔貴族軍

 魔貴族軍がザウス王国までたどり着いた頃には、連合軍は全ての魔獣群を倒し終え、続く魔人軍に備えて補給や体力の回復を行なっていた。

 倒された魔獣は魔術師団により魔石に還され回収されている。


「どういう事だ? 我々が送り込んだ魔獣群はこれまで十万ともなるはずだが…… 人間共は全て倒したという事か?」


「あの巨大な化け物共も倒されているんだ。魔力の高い者が多いかもしれん」


「それは都合がいい。大王様もお喜びになるだろう」


「人間共の軍は数が多いな。対してこちらは魔人軍一万に魔獣群が七万。上位個体も多いし問題はないか」


「我々は人間の上位者を倒せばいい。あの高台…… 壁に巨大な顔があるな。なんだあれは」


 壁にある巨大な顔はモニターに映し出されたザウス国王の顔だ。

 短い休息を終えて王宮の玉座に着く。




 時刻は十七時半。

 連合軍では魔貴族の到着にざわめき、初めて見るデーモンの存在感に恐怖を覚える。

 行動を起こす事はないが、軍を見回すデーモンの視線は獲物を見る目そのものだ。


『連合軍は迫り来る魔人軍に備えよ。空に浮かぶ魔貴族軍はこちらで対処する』


 モニターに映し出されたザウス国王の言葉が響き渡り、連合軍は魔貴族軍を見るのをやめて遠くに見える土煙に警戒を強める。

 魔人軍の到着まであと一時間もないのだろう。

 今後の戦いは魔人軍一万に続いて魔獣群五万以上となるのだ。

 この日も夜戦を強いられる事になるだろう。

 ハクアも魔貴族軍と戦う事になる為、昨日と同じように光源となる事ができない。

 周囲に火を焚いてわずかな灯りで戦うしかないのだ。

 昨夜よりも遥かに厳しい戦いとなるのは間違いない。


『魔貴族軍に告ぐ。私は人間領ザウス王国国王のザウスだ。貴殿らと少し言葉を交わしたい。今こちらから魔道具を持った者をそちらに向かわせるが、使いの者に攻撃はしないでほしい。対話に応じるのであれば手を挙げてそれを示してくれ』


 魔貴族軍としても巨大な顔が大きな声を発する事に驚いており、言葉を交わしたいと言うのであれば興味はある。

 魔貴族軍の中央にいたおそらくは守護者と思われる男が手を挙げて合図する。


『では……』


「国王様。私が参りましょう」


『そうか。ダルクに頼もう』


 本陣に備えたマイクを持って空を舞う聖騎士ダルク。

 対話をする意思を示すつもりか、手を挙げて合図をした男は魔貴族軍から前方に移動してダルクを待っていた。


「ふむ。其方は人間でありながら相当な実力がありそうだな。私の部下としてやってもいいくらいだ」


「ふっ。魔族も冗談を言うのだな」


「冗談のつもりはないが、まあいい。この戦争に勝って其方を私の部下に加えよう」


「我ら人間は強い。その思いは叶わんぞ」


 と、マイクを差し出すダルクだが魔族の男は使い方がわからない。


「口元に近づけて話すだけでいい」


『なるほど。おお! 素晴らしい道具だな! うん、これなら会話ができる。では対話をしようではないか』


 ダルクは少し離れた位置に浮揚して待機。

 国王と魔族の男との話が終わるまで待つつもりだ。


『うむ。では貴殿の名前を聞きたい』


『確かに名乗っていなかったな。私は魔人領西の国の守護者ケレン=ネルソンだ。西の国では大王様に次ぐ序列二位なのでな。この場では代表とさせてもらおう』


『ではケレン殿。すでに戦いは始まっているがここで軍を退くつもりはないか? 攻め入られれば迎え討つが、我々人間が望むのは殺し合いではなく魔人との共存。ここで退くのであれば今後も争うつもりはない』


 ザウス国王も朱王の理解者だ。

 かつて虐殺された人間族だとしても、今はその過去を引きずる者は残っていない。

 魔人族とて同じ事でその時代の魔人は数える程も生き残ってはいないだろう。


『退く事はできぬ。我らもこの時代となって魔人が持ち得ない能力を人間が持っている事を知っているし、如何に優れた種族かという事も知っている。人間を食えば強くなるなどという伝説が嘘である事ももちろん知っている。しかし魔人が一度始めた戦争は決着をつけなければ終わる事はできんのだ』


『では殺し合いを望むのか?』


『いや、優れた者は生かしておこう。だが全力で来い。そして力を示してみせよ。我らは人間領を討ち倒し、今後南の国に備えねばならん』


『…… まあいいか。力を示せと言うのであれば見せてやろう。我々人間の強さを思い知るといい』


 南の国が北と東の連合軍と人間領最強の朱王相手に勝てるとは思えないが、わざわざ教えてやる必要もないだろう。

 今ここで南の国が来ないと知れば控えている魔人達が増援に来る事も考えられる。


『望むところよ。じきに大王様も来る。万に一つも勝ち目はないと知れ』


 ケレンがマイクを返し、ダルクが本陣へと戻るのを待つ。

 魔人にとって勝者こそが絶対的正義であり、この戦争の勝者が西の国であると信じている。

 不意を突かずとも正面から挑んで勝利する事こそこの戦争に相応しいと感じたケレンは、人間領側の準備が整うまで待つつもりでいる。




 ダルクが本陣に戻り、マイクを置いて軽く飲み物で口を潤してからロナウドの隣に立つ。

 準備を整えた人間領の主力総員は飛行装備を広げて国王の言葉を待つ。


『では全面戦争だ。総員魔貴族軍の前へ』


 この時を待ってましたとばかりに千尋と蒼真は嬉しそうに魔貴族軍へと向かう。

 人間領主力部隊もそのあとに続く。

「オレにデーモンをくれ」


「あ、オレにも!」


「ちょっと待て。どう考えても人数が少ないだろう。その数で私達と戦うつもりか?」


 魔貴族軍と戦う為向かうのが人間領から二十三人と魔人のハクア部隊パステル十六人。

 魔貴族と守護者合わせて三十二人に軍団長と思われる者達が百三十人以上。

 守護者や魔貴族と思われる者には年老いた者も六人いるが、西の戦力を掻き集めてきた為か。

 ケレンから見てどう考えても戦力不足と感じるが、飛行装備の能力の高さから多くの魔人が相手でも優位に戦闘が運べる事を朱王からも聞いており、人間領側としては充分な戦力があると思っている。


「本当は聖騎士も呼べるんだけど軍の被害を最小限に抑えたいからね」


「我らと戦う能力がある者がいるのか。それは許せん。全員呼べ」


「だってさ。王様ー、どうする?」


 リルフォンで繋いだままの千尋はザウス王に問いかける。


『仕方ない。魔人軍の到着まで時間はあるしな。聖騎士は魔貴族軍、軍団長と戦ってもらう。聖騎士団副団長がそれぞれ指揮を執れ。クリムゾン隊長各位も出ろ』


 国王の指示に従い、聖騎士が二十五人とクリムゾンからは各国にいる戦える擬似魔剣持ち八人の、合計三十三人が魔貴族軍の元へと向かう。




 魔貴族軍百六十人以上と人間軍七十二人とが向かい合い、半数以下の人数で挑んでくる人間に落胆するケイン。


「あれだけの人数が飾りとはな。まあいい。とりあえず同数で戦わせてやる。戦いたい者は前に出ろ」


 前に出たのは軍団長格が半数以上。

 いずれも魔力量だけで考えれば人間よりも遥かに高い事がわかる。


「早い者勝ちだ。やれ」


 ケインの指示の後、一斉に人間側に向かう軍団長達。

 しかし一瞬にして魔族とのその距離を詰めた者は少なくない。

 速度に特化した魔剣持ち全員が一撃の下に斬り伏せる。

 リゼはその場での神速の抜刀により一人を斬り伏せ、その後の乱舞により他の三人も斬ってから距離を詰めようと空を舞う。

 千尋も四刀流により複数の魔人を相手に斬り結び、出遅れたミリーはポカンとその光景を見守っていた。




 聖騎士達は下級魔法陣を発動した精霊魔導で互角の戦いを繰り広げ、クリムゾン隊も軍団長を相手に後れをとる事はない。

 グロリーやロズだけでなく、ゼス王国のアルド達各区隊長、ノーリス王国のオルネス達四人もこの戦いに参加しており、軍団長格と互角に戦う事ができている。

 近接戦闘のできないミスリル弓を持つターニャは、多くの精霊を従えて敵を追従する矢を射る。

 深く突き刺さる矢は抜ける事がなく、これを危険とみた魔人はターニャから距離をとるが、追従する矢がどこまでも追い続ける恐ろしい魔法であり逃げる事は叶わない。

 切り払われればまた戻って来るものの、再び放たれた矢が魔人を襲う。




 軍団長を圧倒してみせたリゼに魔貴族の一人が向かうと、一斉に乱戦が始まった。

 リゼに向かうのは魔貴族一人とその部下と思われる軍団長が三人。

 好戦的なその魔人は魔貴族の中でも高い能力を持ちそうだ。

 精霊シズクの水禍と精霊リッカの氷槍、ルシファーの乱舞で四人を同時に払い除けてから飛行戦闘に臨む。




 蒼真はその速度を活かして向かって来る魔貴族を躱し、デーモンの一体に斬り掛かる。

 反応したデーモンからの拳と蒼真の風刃とがぶつかり合い、爆風を巻き起こして戦闘が始まる。

 高速飛行戦闘ではデーモンが追従できないだろうと、蒼真は乱嵐に圧空刃を纏わせてデーモンの拳を斬り付ける。

 高い強度を誇る拳は斬り落とす事はできないものの、表面に浅い傷を付けられるだけの出力はあるとそのまま戦い始める。




 乱戦の中呆けた表情を見せるミリーに魔貴族の一人が襲い掛かり、下級魔法陣を発動したミリーからの爆焔が一撃の下に叩き伏せ、地面に落下していく魔貴族。

 精霊剣を持っていた事から高い能力を誇る魔貴族だったのかもしれないが、ミリー相手に半端な攻撃を仕掛けようものなら一撃で沈むのは当然だ。

 魔貴族を一撃で叩き落としたミリーに守護者の一人が襲い掛かる。

 そのミリーの実力を確認して全力で斬り掛かるも、爆焔の威力は尋常ではない威力を持つ。

 弾き返された守護者は豪炎を放ってミリーに挑む。




 アイリは軍団長二人と高速の斬撃で斬り合っているところに魔貴族が襲い掛かってくる。

 ダガーのような精霊剣を持っている事から取り込んだ精霊の数が少ない為か。

 しかし風を操るこの三人は速く、アイリの放電による直線的な移動に対応できるだけの能力があり、苦戦を強いられる。

 それならばと高速飛行をして距離を稼ぎ、直線的に軍団長に狙いを定め、アイリに備えて構えをとろうとしたところに雷鳴を轟かせた超加速。

 紫電を放出した直後に軍団長の背後に抜けると同時に斬り裂いた。




 エレクトラは軍団長相手に最初から飛行戦闘で臨む。

 舞うような飛行からの戦闘が自分の剣術との相性が良く、エレクトラはこの飛行戦闘を好んで使用する。

 力で斬り結ぶよりも相手をその一振りで斬り伏せる事を美しいと感じたらしく、回避特化のカウンター狙いがエレクトラの戦闘スタイルとして確立されつつある。

 常に納刀状態で空を舞い、相手の一瞬の隙をついて神速の抜刀で斬り裂くエレクトラは風そのもの。

 その成長ぶりに蒼真も絶賛し、アイリが拗ねた事もある程だ。




 千尋の四刀流は強化のみの一撃が凄まじく、剣を受けた軍団長は耐え切れずに弾き飛ばされる。

 耐えたとしてもその刃が体に食い込み、その膂力は小柄な千尋から振るわれる斬撃とは思えない程に重く速い。

 全く相手にならない複数の軍団長に、痺れを切らした魔貴族達が千尋に斬り掛かるも同じく弾き飛ばされる。

 高速飛行戦闘であれば軍団長をも余裕で倒せる千尋だが、他に被害が及ばないようにとヘイトを稼ぐ。




 遠くに魔人軍の姿が見え始めた頃。

 聖騎士達も軍団長相手に善戦し、上級魔法陣を発動して一撃で沈めたハリーを皮切りに全員が上級魔法陣を発動して圧倒し始める。

 この後の魔人軍、魔獣群に備えるとすれば魔力消費が激しくとも早々に片を付けて体力の回復をはかるべきだろう。

 聖騎士達は相手取る軍団長を斬り伏せた後、要塞に寄って体力を回復してから軍に戻る。

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