第268話 続報
ヴィンセント達が戦い出した頃、同じようにカルラとジェイラスも超級となる魔獣へと向かって戦闘を開始する。
恐ろしく長い巨大な大蛇が相手であり、その長さは1キロを優に超えると思われる。
動きも速く、他の魔獣を餌のように喰いながら前進して来る。
「カルラよ。儂が彼奴を引き付ける。其方は攻撃に専念すると良いぞ」
「わかりましたジェイラス様。ただご無理はなさらぬようお願いします」
「ほっほっ。この剣が楽しませてくれる故、無理はせずとも無茶はしたくなるがの。其方に心配されぬよう気をつけるとしよう」
下級魔法陣を発動したジェイラスは、擬似魔剣に契約したとは思えない程の強力なシルフを顕現させる。鳥のようなその精霊は目にも止まらない速度で空を舞い、ジェイラスの攻撃の合図を待つ。
大蛇へと距離を詰め、ジェイラスに噛みつこうと口先が向けられたところで一気に加速し、左の頬を斬り裂きながら風の刃を放つ。
大蛇の攻撃による前進動作でジェイラスの刃が食い込み大きく斬り裂かれ、悲鳴をあげながらのたうちまわる。
巨大な魔獣ではあるが強度的に大した事はないのかと言われればそうでもない。
ジェイラスの放出する魔力量は高く、聖騎士長達のその出力をも大きく上回る。
擬似魔剣でさえ魔剣を持つ聖騎士長と対等に戦える程の能力を持つ。
それこそ千尋達をも上回るのではないだろうか。
しばらくのたうちまわった大蛇は叩き潰した魔獣を食らって回復を促し、怒りの唸り声をあげながら上体を起こす。
嬉しそうなジェイラスは再び下級魔法陣を発動し、精霊ヴォルトを顕現させる。
シルフと同じく鳥のような精霊だが、やはり強力な精霊であり放電しながら空を舞う。
風雷の精霊と左右の擬似魔剣。
《ゴォォ!!》と咆哮をあげた大蛇に向かうジェイラス。
雷刃と風刃による風雷の乱撃により、大蛇は体を斬り刻まれ、体表を焼かれ、麻痺を残しながら体の後方にある尾を急速に加速させてジェイラスへと向ける。
速度が速いとはいえモーションが大きければ避ける事も難しくはない。
上空へと舞い上がってその尾を躱し、動きを止める上体にカルラが炎の斬撃を食らわせる。
鼻先に斬り込まれ、内部も焼かれた大蛇は苦しみに暴れる。
巨大すぎる大蛇は水中戦であれば優位に戦う事もできただろう。
この戦いの相手は的の小さな人間であり、高速飛行が可能な空中戦で挑んでくるとなればまともに戦う事ができない。
得意の水魔法も水辺ではない為発動ができない状態だ。
このまま一方的に斬り刻まれる事になるだろう。
大蛇は再び魔獣を喰らい、ある程度回復をすると方向を変えて逃げ出した。
ジェイラスもカルラもこの大蛇が逃げるのならと放っておく事にする。
あの巨大な魔獣を倒すとなれば相応の魔力を消費する事になる為だ。
『大蛇が逃げたのなら都合がいい。周囲の魔獣群を少し狩ってから戻ってきてくれ』
ジェイラスもカルラも獲物に逃げられては不完全燃焼であり、魔獣をある程度狩るよう指示があれば喜んで討伐するというもの。
下級魔法陣を発動したまま風雷の乱撃でその性能を確かめるジェイラスと、火炎の乱舞による自身の剣技と威力の確認をするカルラ。
魔獣群を試し斬りにと考える二人は愉しそうに剣を振るう。
残る一体の超級はクリムゾン月華部隊が相手取る。
こちらは知性のない竜種が相手となり、魔拳を持つ勇飛と擬似魔剣を持つナスカ、エレナに特殊魔弓を持つカインのパーティーで挑む。
カインの炎矢で牽制しつつ、ナスカの雷撃、エレナの風の刃、勇飛の爆破の乱打であればそう心配する事もない。
任せておいて大丈夫だろう。
十四時を過ぎ、休息をとっていた連合軍の半数が準備を整えて戦線へと復帰。
睡眠時間は短いものの、全員が回復術師からの体力回復魔法を受けている為、先日の疲れは残っていない。
午前から魔獣群と戦う連合軍も流れてくる魔獣が少ない事からそれ程消耗しておらず、ここまでの戦いは順調と言っていいだろう。
残る魔獣の数は半数の二万五千をすでに切っているのではないだろうか。
超級の巨獣戦で巻き込んだ魔獣が多かった事もあり、予定よりも多くの魔獣を討伐する事ができている。
連合軍が配置に着いた事で、魔獣群を相手に最前線で無双する千尋達も後方に流す量を増やしても大丈夫だろう。
『みんな自分の魔力残量を確認して! 最大値から七割切ってたら退避!』
『ごめんなさい皆さん! 私もう半分以下まで減ってます! 退避しますね!』
ミリーは一撃の威力が高い分魔力量の消費が激しい。
『私も六割まで減ってるわ! あとはお願い!』
リゼも毒魔法散布と神速の抜刀を多用した事により多くの魔力を消費したようだ。
しかしこの時点でアイリとエレクトラも七割を切っているものの、口に出す事はなかった。
自分達の総魔力量が低い為、残り半分までは耐えようと剣を振るう。
対して千尋は強化のみでの戦いの為、消費した魔力量はほんのわずか。
物理戦におては圧倒的に優位なのが地属性強化だろう。
蒼真は精霊ランの成長と同時に20万ガルド近くまで総魔力量が引き上げられた為、風刃の固定と延長のみで3万ガルド程は消費していてもまだ余裕がある。
しばらくして残る魔獣の数も一万を切った頃、新たに偵察隊から連絡が入る。
『こちら王国から50キロ地点! 飛行する魔人軍が王国に向けて接近中! おそらくは魔貴族の軍かと思われます!』
『お前は身を隠してその場で待機。見つかるようならすぐに逃げろ』
『はい! また様子を見て連絡致します!』
魔貴族軍が進軍しているのであれば千尋達を戦わせている場合ではない。
そして映し出された映像からこちらの保有戦力では相手取るのが厳しい事が判明した。
装いから上位者と思われる者が三十二人。
おそらくは守護者や上位魔人も含まれているだろう。
その下方を飛ぶのはデーモン五体。
それぞれ姿形は違えど一目でデーモンとわかるほどに禍々しい姿。
魔獣の様相をした人型の魔獣がデーモンだ。
そして先日聖騎士四人と戦う事となった軍団長と同じような装備を着た魔人が百人以上。
一人一人が聖騎士と同等の力を持つと考えれば相手取るのは難しい。
そのうえ魔人軍一万とその背後から魔獣群が五万以上。
連合軍から聖騎士を外す事はできず、人間領側は最高戦力のみで魔貴族軍に挑むしかないだろう。
こちらの戦力としてはザウス王国のロナウドとレオナルド、レミリアにダルク。
ダルクの代わりにはクリムゾンのロズに協力を求める事とする。
そしてヴィンセントとワイアットにクリムゾンのサフラとハクア。
月華部隊では魔拳を持つ勇飛が魔貴族と戦えるとしても擬似魔剣では難しいだろう。
午前に到着したカルラとジェイラスに、先程到着したニコラス隊三名。
アマテラスの六名を含めた最高戦力二十人だ。
ザウス王が戦うとしても二十一人では厳しいと、ゼス王国から追加戦力を派遣してもらう事にする。
『ゼス王よ。ついに魔貴族軍がこちらに向けて進軍を開始した。その数三十二人でありデーモンが五体。こちらの戦力が足りそうにない。クイーストも戦闘を開始しているようだがこちらに応援を頼みたい』
『うむ。クイースト王よ。そちらはどうだ?』
『魔獣群二万と魔人軍が一万。デーモンが一体に魔貴族と思しき男が二人。まだデーモンは動き出さんが魔人軍がキツいな。いくつか聖騎士団を出せるか?』
『ゼスから聖騎士三師団を出そう。代わりにウェストラルから聖騎士二師団、ノーリスから一師団をゼスに回してもらう。高速の竜車で向かわせるが丸一日はかかると思ってくれ』
『助かる。被害が大きくなる前に守りに入れば耐えられるし大丈夫だろう』
『西の国も一気に片を付けるもりだろう、ウェストラル王とノーリス王はどうする?』
『ザウスへ向かうぞ。娘がいるんでな』
ザウス王国にはエレクトラがいる為、イスカリオットとしてはすぐにでも向かいたい。
『私は残ろうか。ゼス王も戦いたいのだろう?』
『お、良いのか? ウェストラル王が残るのであれば行かせてもらうぞ』
ゼス王の戦闘好きはどの国でも知られている事だ。
ファーブニル討伐などをして力を示して見せた事はあっても、それ程戦いを好むウェストラル王ではない為ここはあえて譲ろうと考えたようだ。
『ノーリス王。我らエルフも協力しよう。其方とアマテラスには死なれても困るしな』
ゼス王国に待機して通信には参加していたものの、これまで発言を控えていたエルフの女王もノーリス王が出撃するとあってはこれに参加しようと声をあげる。
『感謝するぞクラウディア女王。其方らの殲滅魔法は軍にとっても大きな助けとなるだろう』
怪我の回復が遅いエルフは近接戦闘をする事ができないが、千尋の作ったライフル型魔法銃で放つ精霊魔導は遠く離れた的に向かって高威力で着弾する。
小さく圧縮された魔法が魔獣の体内で炸裂するとなれば、どの属性をとっても殺傷能力が高く、魔貴族にさえ通用すると思われる。
数としては不十分だが能力的に高い者を多く呼び寄せる事ができた為、少しは安心できる。
魔貴族軍がザウス王国に向かっている今、このままアマテラスを前線で戦わせるわけにはいかない。
『アマテラスは即退避! 補給と回復に当たれ! 連合軍は残る魔獣の殲滅を急げ! 次の魔人軍到着前に補給部隊と回復術師を送る!』
ザウス王からの指示を受けた千尋達アマテラスのメンバーは戦闘をやめて本陣へと戻る。
先に休憩に入っていたミリーやリゼと大量の食事をとって、魔力回復薬を飲みながらラウンジチェアに座り、回復術師の魔法によって体力を回復させる。
この時ばかりはミリーの魔力を温存する為、王宮お抱えの回復術師に頼んである。
その後ロナウドやサフラ達も休憩を終えて本陣に戻り、代わりにザウス王が夜に向けて休憩をとる。
この後魔貴族軍との戦いともなれば戦況は厳しいものとなるだろう。
回復術師に疲労を取り除いてもらいながら短い休息をとる事にした。
ヴィンセントとワイアット、カルラとジェイラスも魔力と体力を回復する為くつろいでおり、月華部隊はサフラが復帰するまではと警戒していた為、今ようやく食事をしに向かったところだ。
魔貴族軍の飛行速度から考えれば残り一時間と少しで到着するだろう。
蒼真は眠り、女性陣は少しでも魔力を回復しようとデザートを食べ続け、千尋は最終確認とばかりに魔力強化に集中力を高める。
思い思いに時間を潰してその時を待つ。
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