第267話 第二陣

 魔獣群五万以上を相手に連合軍半数の聖騎士団三千と魔術師団一万五千、領兵団二万と冒険者八千の計四万六千では勝ち目が薄い。

 しかしまともな休息を取らない者達を今後いつまで続くかもわからない戦争に参加させ続けるわけにもいかず、この半数でしばらく耐え凌ぐ必要がある。


「王様ー! 魔獣討伐にオレとリゼが出るよ!」


『千尋とリゼが? うーむ、しかしな…… もしもの場合を考えればお前達には温存してもらいたいが……』


「オレは強化だけで戦うから魔力消費は少ないし、リゼには魔力が半分以下になったら撤退してもらうよ! その後はレオナルドと王様の護衛を交代して回復に回ればいいんじゃないかなー」


『そう、だな。ここはまだ安全だし。ではレミリアも討伐隊に加わってもらうか。その後二人はレオナルドと交代して私の護衛を、レオナルドは本陣で待機だ』


 レオナルドよりもレミリアの魔法の方が複数の殲滅には向いているだろう。

 リゼとレミリアであれば相当な数の魔獣を削る事ができるはずだ。

 そこに強化のみとはいえ魔法攻撃以上の剣を四刀流で振るう千尋が参加するとなれば、魔獣の群勢半数以上を任せても問題はないように思える。




 午前十時を過ぎた頃。

 ザウス王国にはカルラとジェイラスが到着しており、王宮で国王に挨拶をしていたところだ。

 そこへ偵察隊からの連絡。


『王国から10キロ地点。およそ3キロ先に魔獣群を確認。到着まであと一時間と掛からないと思われます』


 との報告が休息を終えたゼス王国聖騎士団、ウェストラル王国聖騎士団、領兵団に伝えられ一気に緊張が高まる。

 およそ半数の連合軍で五万ともなる魔獣群を相手にするとなれば昨日よりも戦況は厳しいものとなるだろう。


『緊急連絡! こちら王国から50キロ地点! 地上を移動する魔人軍を確認! その数およそ一万! その背後にも魔獣群! およそ…… 五万以上!』


 モニターに偵察員の視界から進軍する魔人軍と少し離れた後方に魔獣群が映し出され、向かい来る脅威に連合軍にも動揺が走る。

 この日の魔獣群第二陣の到着が夕方になるとしても先の魔獣群を倒しきれていない可能性の方が高い。


「これはまずいな。ザウス国王。オレ達全員出るぞ。ニコラスさん達もこの後来るだろうし温存とか言ってる場合じゃなさそうだ」


 このままアマテラスが待機していては連合軍に多くの被害が出てしまう事になるだろう。


『むぅ…… この際仕方がないだろうな。魔人軍の到着までに倒しきる事ができればいいが可能か?』


「たぶん、としか言えないが何とかする」


 魔人軍が到着する前、十四時を過ぎた頃には今休息をとっている残り半数の軍もこの戦に復帰する。

 現在の連合軍で十四時までに一万、休息を取る軍が復帰後に二万と考えれば、アマテラスが討伐するのは二万で済む。

 千尋とリゼだけでなくアマテラス全員がある程度消耗してしまう事になるが、被害を抑える為には仕方のない事だろう。

 超級の相手はヴィンセント達や月華、カルラ達がする為、その後戦えなくなる程の消耗はしないはず。




 魔獣群五万が遠い大地を進んで来るのが見える。

 本陣でくつろいでいた千尋達アマテラスパーティーが飛行装備を広げ、連合軍の視線を集めながら最前線へと降り立つ。

 地面から伝わる振動が数分後の開戦に向けてどんどん近付いてくるのがわかる。


「なぁ千尋。このアースガルドに来てもうすぐ十カ月。楽しい事いっぱいあったな」


「うん。毎日が充実してたよね」


「リゼからはいろいろな事を教えてもらったし、ミリーからはいっぱい助けてもらった。アイリも含めて旅に出て、多くの人達に出会って、王女のエレクトラまで仲間入りして。毎日毎日楽しい日々が過ごせている。オレはそんな日々を守りたい」


「蒼真? フラグ立てんなよ?」


「違うよ、これはオレの覚悟だ。オレがこの世界で生きていく、この世界で笑って生きていく為のな」


「そっか。この戦争は最初で最後の大きな戦いになるだろうしねー。誰も失う事なく勝ちたいね」


「そうだな」


「一番無茶しそうな二人が何か言ってるわ」


「蒼真さんの背中は私が守りますよ!」


「ではわたくしが千尋さんを?」


「ダメよ! 私が守るんだから!」


「エレクトラさんは私を守ってくださいよー」


 魔獣群を前にしてもやはり緊張感に欠けるパーティーだ。

 だがこの緊張感のなさは仲間を信頼している証であり、誰もが必ず生き残ってくれるという確信を持っている。

 自分の背中を仲間に預け、目の前の敵を屠るのみ。




 魔獣群に向かって駆け出した千尋は強化のみで擬似魔剣を両手に握りしめ、精霊ガクとエンが持つ魔剣を含めた四刀流で挑む。

 魔獣の全てを一撃の下に葬り去り、魔石に還しながら剣を振るい続ける。


 蒼真は魔力を抑えて風刃を固定し、横薙ぎに精霊刀を振るいながら距離を無視して魔獣を斬り伏せる。

 一撃で倒せない魔獣には距離を詰め、強烈な斬撃を浴びせてその余波はまた別の魔獣をも斬り捨てる。


 リゼは魔獣の中央へと飛び込んで神速の抜刀からの毒魔法散布による殲滅魔法を放つ。

 昨日の魔獣に比べて上位種が多いが、多くの魔獣の命を刈り取る事ができただろう。

 即死しない魔獣には魔剣ルシファーによる乱舞で斬り刻み、次々と周囲の魔獣を討伐していく。


 ミリーの爆破がリズム良く鳴り響き、威力を抑えた爆破であっても加速したミルニルが威力を引き上げ、一撃の下に魔獣の脳髄をぶち撒けていく。


 アイリは魔獣群の中を電光石火の如く駆け巡る。

 高速移動の為の放電と魔獣の脳を一瞬で焼き焦がす雷撃とで、魔獣がアイリを認識したその直後には意識のない肉塊へと変わる。

 一息の技である為長く続く攻撃にはならないが、一拍おいてまたすぐに加速するアイリだった。


 エレクトラも蒼真から習った風刃を使って次々と魔獣を斬り裂いていく。

 魔獣を選びながら夜桜を振るい、上位種相手には神速の抜刀を振るう事で一撃で仕留めていく。


 たった六人の冒険者が五万の魔獣を相手に怯む事なく立ち向かうその様は、連合軍に勇気と希望を与えてくれる。

 アマテラスが討ち漏らした魔獣が後方へと流れ込み、少数となった魔獣群は連合軍が飲み込む形で次々と討伐していく。




 向かい来る超級となるであろう魔獣が三体。

 その巨大な姿は遠くからでも視認できる為、ヴィンセントとワイアットはその一体を目指して空を舞う。


 他を圧倒的に上回る巨獣であり、人間領では確認された事のない魔獣。

 四足歩行をする巨獣であり、魔獣の群れをも丸呑みにできる程の巨大な口を持つ。

 口内に生える牙一本が人間の体程もあるだろうか。

 ヴィンセントとワイアットを視界に捉えると咆哮をあげ、前方にいる魔獣の群勢にかまわず業炎のブレスを放つ。

 二人は咄嗟に左右に分かれて回避し、放たれたブレスは大量の魔獣を巻き込んで燃え上がる。


 回り込んだヴィンセントは下級魔法陣を発動して、巨獣の目を狙って爆炎を放つ。

 しかしその大きさから目を避けられ、鼻先に当たって爆破するがダメージとしては低そうだ。

 反対側からもワイアットが向かい、神速の抜刀をもって雷刃を見舞う。

 首筋に当たった雷刃はその表面を深く斬り込むも、わずかに痺れさせるに留まったようだ。

 痺れが走った瞬間にワイアットに食い掛かり、高速移動していたワイアットは左に逸れる事でその巨大な口を回避。

 反対方向を向いた巨獣の後頭部に爆破を浴びせて表面を弾け飛ばすが、やはりその巨体からダメージが低い事がわかる。

 次の瞬間、地面に転がりながら巨大な爪を振るわれ、ヴィンセントは鬼丸の魔力を高めて爆破で受ける。

 恐ろしいまでの膂力を持つ魔獣であり、爆破で威力を抑えたとしてもヴィンセントは上空へと打ち上げられ、飛行するワイアットにもその爪が振るわれる。

 回避するワイアットも上空へと舞い上がって巨獣から距離をとる。


 巨獣に巻き込まれて下敷きになった魔獣群は強度の高い魔獣のみが生き残り、多くの魔獣が死に絶える。

 このまま戦い続ければ魔獣の数を減らせるだろうと、ヴィンセントとワイアットは移動をせずこの場で戦う事にする。

 しばらく空中を舞いながら巨獣を翻弄し、魔獣群を巨獣に踏み付けさせながらバランスを崩したところに目や首筋といった弱い部分を攻撃していく。




 しばらくヴィンセント達の戦闘映像を観ていたザウス王は、下級魔法陣では勝ち目は薄く今後の戦いを考えれば消耗はなるべく抑えるべきだろうと判断する。


『ヴィンセント公。今ここで最大出力でこの巨獣を討伐し、食事をしながら魔力と体力の回復をしてくれ』


「ふむ。了解した」


 上級魔法陣エクスプロージョンを発動するヴィンセントは精霊化せずに通常状態で挑む。

 同じように上級魔法陣ボルテクスを発動するワイアットは精霊化ができない為こちらも通常状態。

 一撃で仕留めるなら動きを止めて体内を破壊するのが効率的だ。

 ヴィンセントが巨獣を引き付けている間にワイアットは緑雷を放って加速し、巨獣の首筋へと強力な雷刃を食い込ませる。

 体表を焼き、体内にもその熱を伝え、全身に伝わった雷撃は巨獣の体をわずかな時間ではあるが麻痺させた。

 ヴィンセントは一気に巨獣との距離を詰め、神速の抜刀からの爆轟を脳天に叩き込む。

 尋常ではない強度を持つ巨獣とはいえ、体が麻痺した状態ではその強化を保てず爆轟に耐えられない。

 頭蓋を砕かれ脳髄を破壊されて大地に沈み込んだ。

 その際にも巻き込まれた多くの魔獣は押し潰された事だろう。

 行手を塞がれ、回り込む事になった魔獣群も多い。




 超級となる巨獣を倒したヴィンセントとワイアットはザウス王の指示通りに本陣へと戻って食事をし、ラウンジチェアに座って戦闘の映像を観ながら待機する。


 魔力回復薬は魔術研究所で作られた特別性の飲料だ。

 食事の消化吸収を早め、魔力への還元量まで増やしているだけでなく、以前の物よりも美味しく色鮮やかなジュースのよう。

 この魔力回復薬を飲みながらゆっくりと休み、その背後からは回復術師が体力を回復させている。


 これから次の戦闘までに魔力回復の為何度も食事をする事になるだろう。

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