第265話 夜戦
その後魔獣群の到着が夜になる事が全軍に伝えられ、クリムゾン副隊長ハクアが光源として上空から照らすと伝えられると軍の士気が高まった。
各国にはクリムゾン副隊長ハクアの信者は多く、テレビ局の仕事にも多く参加している為多くの人々に知られている。
真っ白赤目の少女がキラキラと輝きを放ち、天使の翼を広げて空を舞う姿は見る者の心を奪う。
精霊ヴァルキリーも美しく、戦神のようなその姿が話題となり、戦の天使としてハクアを信仰する騎士や冒険者もいる程だ。
白い装備を身に纏うハクアの専属部隊【パステル】も人気が高く、戦の天使ハクアが手懐けた魔人としてすでに知られている。
戦の天使ハクアが光となって軍を照らすのであれば、ハクア信者でなくとも士気が高まるようだ。
クリムゾン総隊長サフラはハクアの護衛として上空に待機し、月華部隊は空を舞う魔獣に対応するべくこちらも上空に待機。
空からの魔獣に襲われる心配が少なくなれば戦いやすくもなるだろう。
ただ、倒された魔獣が地面に落ちていくのは避けてもらうしかないのだが。
偵察隊も出ておりまだ明るいこの時間だが休むべきだろう。
魔術師団が軍の上空に霧を作り出して日差しを遮り、しばらく休息の時間とした。
地面に寝転がる冒険者達は地面から届く振動に目を覚ます。
魔獣の群勢が近いようだ。
魔術師団が作り出した霧を払い除け、すでに薄暗くなった空に向かってハクアが飛び立つ。
魔獣の到着まであと二十分程との連絡だが、遠く離れたこの位置からでも見える魔獣ともなればその大きさは凄まじい。
巨獣の相手には聖騎士団が臨み、冒険者は通常魔獣を担当する。
しかし通常魔獣とはいえ難易度の高い魔獣が多く、低ランク冒険者では犠牲も多く出るだろう。
魔獣の群勢の三倍近い軍で挑むとしてもその脅威は計り知れない。
偵察隊の視界から魔獣群を確認し、クリムゾン隊員の視界を通して軍の様子を見ていた千尋達。
「みんな結構怯えてるね」
「思った以上に巨大魔獣が多いからだろうな」
「魔貴族もいないみたいだしちょっと数減らして来る?」
「そうだな。そろそろ夕飯だし多少魔力を消費してもいいだろう。リーダー提案してくれ」
「え!? 私ですか!? ロナウドさーん。ちょっと魔獣減らして来てもいいですか?」
相変わらずマイペースな千尋と蒼真だ。
ミリーも大概だが今に始まった事ではない。
「うーむ、すぐに帰って来るんじゃぞ? 魔力を温存せんと魔貴族の相手がきついかもしれんぞ?」
「全員一撃で戻って来るから大丈夫だ」
「リゼが一番狩れそう……」
「そしたら褒めてね、千尋!」
軽いノリで魔獣の群勢へと向かうアマテラスパーティーだが、ロナウドとしても全く心配はない。
ただ調子に乗って魔獣の群勢三万五千を殲滅し、魔力を消耗したところに魔貴族が来るという最悪のパターンだけを心配している。
連合軍にはアマテラスが数を減らすとだけ伝えて様子を見ることにした。
残り十分程で到着するだろう魔獣の群勢に向かうアマテラス。
ハクアも開戦の合図とばかりに頭上に光球を作り出して大地を照らす。
太陽の如くとはいかないものの、ある程度の明るさが得られた事で魔獣群がすぐそばまで来ている事がわかる。
アマテラスのメンバーはある程度距離をおいて魔獣群に向けて攻撃を浴びせる。
蒼真は下級魔法陣を発動しての巨大な竜巻を作り出し、巨獣すらも巻き込んで大地から大量の魔獣を斬り刻みながら上空へと持ち上げ、質量弾として肉塊が大地に降り注ぐ。
千尋は魔獣群の手前に舞い降りて地面にエクスカリバーを突き立てると、大地が割れて大量の魔獣が落ちていく。
魔剣を引き抜くと裂け目が閉じる、千尋が思いつきで作り出したオリジナル魔法だ。
ミリーは殲滅魔法は得意ではない為、エレクトラの協力を得て粉塵爆発を巻き起こす。
下級魔法陣を発動した精霊魔法による粉塵爆発は威力が高く、周囲にいた数十体の魔獣が肉片を撒き散らす結果となった。
アイリの下級魔法陣を発動した雷撃は地電流をも引き起こして大量の魔獣を感電死させる。
全身を一瞬のうちに焼かれた魔獣は何が起こったのかすらわからないだろう。
そして殲滅魔法であればリゼだろう。
魔獣群の中央付近で下級魔法陣を発動し、シズクの錬成した毒魔法を神速の抜刀により周囲に撒き散らす。
直線上にいた魔獣だけでなく、ルシファーを薙ぐことで広範囲に渡ってバジリスクの毒をばら撒いた。
この六人の攻撃により二千程の魔獣の命が刈り取られ、そのうちの千以上はリゼの毒魔法によるものだ。
他のメンバーもできる限り強力な個体を狙って攻撃しており、魔獣群の戦力を大きく削り取る事ができたはずだ。
連合軍に笑顔で手を振りながら本陣へと戻る千尋達アマテラスのメンバーは、上空からハクアの光に照らされて影となった姿が見えるのみ。
数多くの魔獣を殲滅する六人の姿は恐怖の象徴としてその目に焼き付いた事だろう。
戻る途中に巨大なワイバーンに襲われたミリーは一撃で連合軍に向かって叩き落としていた。
本陣に戻ったアマテラスはロナウドを誘って夕食だ。
「お主ら…… あの一瞬で二千近くも狩るとはどうなっとるんじゃ? 頭がおかしいんじゃないか?」
「義娘のリゼが半数以上を狩ったんだ。ロナウドさんの英才教育の賜物じゃないか?」
「む? それでは儂の頭がおかしい事になる。ちょっと待て蒼真。おい、こっち向くのじゃ」
「リゼさんは以前からおかしいんですよ?」
「待ってミリー。聞き捨てならないわ。こっち向きなさい。ちょっと、こっち…… 待ちなさーい!」
戦争中とは思えない緊張感の無さ。
「蒼真さんてロナウドさんには絡みますよね…… 羨ましい」
「アイリもなんかボケてみるといいよ」
「お婆さんの真似を……」
「うん、まあ…… どうツッコむべきか悩む」
アイリもミリーに毒されてきているのかもしれない。
と、ここで慌てて戻って来たロナウド。
「いや、待て待て待て、待つのじゃ。儂は飯など食っとる場合ではない! 戦争じゃ! お主らは勝手に食って来い!」
「「「はーい」」」
夕食に行っている場合ではないのだ。
ロナウドは前線の状況を確認しながら聖騎士団へと指示を飛ばす。
先に走って行ったミリーとリゼを追って食堂へと向かう千尋達だった。
前線では冒険者達と魔獣群がぶつかり合い、アルテリア部隊が派手に魔法を打ち上げて活躍しているようだ。
動きを止めた魔獣を取り囲み、複数で襲いかかる事で魔獣を次々と仕留めていく。
魔術師団からはバリスタが幾度となく放たれ、属性ごとに複数の魔法弾も発射されて魔獣を撃ち抜いていく。
三万ともなる魔術師団からの連続した魔法弾は数多くの魔獣を屠る事が可能だ。
聖騎士団も強力な魔獣を倒しながら後方の部隊に中型の魔獣を通して戦力を分散させていく。
背後にいる五万を超える騎士、領兵団が槍で突きながら後方へと追いやり、弱り切ったところでとどめを刺す。
確実に仕留められる事から誰もが前に出て魔獣に攻撃を仕掛けているようだ。
月華部隊は空を舞う魔獣相手に戦闘を繰り広げ、巨大なワイバーンやグリフォンなどは魔獣群の上空へと追いやって叩き落とす。
ミリーは容赦なく叩き落としていたが、命懸けで戦う連合軍の上に血に塗れた魔獣を落とすわけにはいかないだろう。
光源となっているハクアを狙った魔獣も複数いるが、パステルによって全て斬り伏せられている。
サフラはハクアよりも高い位置で上空からの攻撃に備えて待機中だ。
すでに時刻は零時を回り、数時間にも渡る魔獣の群勢との戦いは未だ終わりが見えない。
半数近い魔獣を倒しているものの、人間の体力はそう長くは続かない。
前線で戦う冒険者達にも多くの怪我人が出始め、左右の魔術師団のいる要塞へと運ばれて手当てを受ける。
怪我の状態によっては王国の医療場へと運ばれて高位の回復術師の治療を受ける事になっている。
次々に冒険者達が運び込まれ、手薄になった前線の陣形が崩れ出す。
冒険者達が遊撃する事である程度流れを調整されていた魔獣群が、その後方にいた聖騎士団に流れ込む事になる。
『前線が崩れつつある! 聖騎士は下級魔法陣を発動して魔獣群を押し返せぃ! 遊撃隊一万は冒険者に代わって前線へ! 聖騎士はそれまでの時間を稼ぐのじゃ!』
負担の増えた聖騎士団も陣形を保てなくなる可能性もある為、聖騎士達を使って魔獣群を押し返す。
流れを維持しながら多くの魔獣を屠り、両脇に待機していた遊撃隊が前線に送り込まれるまでの時間を稼ぐ事とする。
アルテリア部隊は未だ前線で戦い続けるも、威力の高い攻撃は魔力の消耗が激しい。
クリムパーティーも同様に強力な個体を相手にしながら相当な魔力を消耗している事だろう。
前線へと送り込まれる遊撃隊は冒険者達にも劣らない騎士達と、アルテリア騎士団にクリムゾン近接部隊だ。
グロリーやロズが率いるクリムゾン近接部隊が約三百人。
聖騎士の一団以上の戦力であり、冒険者達と交代しても前線を維持する事ができるだろう。
グロリーを先頭に前線へとなだれ込む遊撃隊。
「ハウザー、代るぞ! 一旦休んで来い!」
「おう! こいつぶっ殺したら後は頼むぜ! おい、冒険者共!! 交代の時間だ!!」
巨大な魔獣と一対一で戦うハウザーは最後に上級魔法陣を発動しての一閃。
他の冒険者達を先に下がらせ、周囲にいた魔獣に風の刃を放って十数体を一気に斬り伏せて、魔獣との距離を稼いだところで遊撃隊と交代した。
まだ若い冒険者であるはずのハウザーだが、人を惹きつけ先導する力を持ち、アルテリア部隊だけでなく他の冒険者達の支持も得る事となった。
遊撃隊が前線で戦い始めた事で聖騎士も魔法陣を解除して後退する。
魔獣相手に傷を負う事はなかったものの、聖騎士達も体力と魔力を消耗している。
残り約一万の群勢を相手にどう戦うべきか……
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