第264話 偵察隊

 時刻は十四時を過ぎた頃。

 異形の魔獣群を倒し終え、偵察部隊からはこの後に続く魔獣群は見えないとしてここで一旦休憩をとる。

 魔獣群五万のうち三分の一以上を倒したと考えれば戦果としてはかなりのもの。

 王国で待機していた補給部隊が前線へと向かい、食料や飲み物を配って休憩だ。

 被害者の出なかったこの戦場の雰囲気は明るく、今後襲い来るであろう三万五千の魔獣の群勢であろうと負けるはずがないと、笑顔を見せながら地面に座って食事を楽しんでいた。


 ここまでの映像は偵察部隊や各団に配属されたクリムゾン隊員の視界を通して各国のテレビ局へと送信され、編集と映像を切り替えながら全てのミスリルモニターに映し出している。

 王国民達は最初の偵察部隊からの魔獣の群勢映像に恐怖し、人間領の十万にも及ぶ戦力に驚きながらもこの戦いを見守り、戦争が優位に運ばれている事に安心して胸を撫で下ろした事だろう。

 クリムゾン隊員の達から送られる映像では強大な魔獣が襲い掛かり、それを冒険者達が一層。

 巨大な竜巻に雷撃や炎が舞う光景に、天変地異を巻き起こす冒険者達の頼もしさを知る事になる。

 荒くれ者が多い冒険者達が数多くの魔獣群に駆け出した時にはその勇気に感動し、向かい来る異形の魔獣群を隊列を崩さず完璧に対応する聖騎士団は、人間の強さを知らしめてくれた。

 今笑顔をもって休憩する四国連合軍がこの戦の勝利を信じさせ、安心を与えてくれる。




 しかしそれから一時間程が経ち、先の様子を見に行った偵察部隊からの連絡にこの日の戦がまだ続く事を知る。

 数は不明だが多くの魔獣群が前進を始め、連合軍との衝突は夕暮れ時を過ぎるだろうとの予想だ。

 その魔獣群もこれまでの個体よりも強力なものが多く、異形の魔獣や巨大な魔獣が半数を占めているとの事。

 闇夜の戦いとなれば夜目の効かない人間は不利であり、対する魔獣は夜の狩りを得意とする為、普段冒険者達も夜に戦いに出る事はない。

 映像を確認する本陣でも頭を抱える事になる。


「では、私が空から照らしましょうか。ある程度の明るさは確保できるかと思いますので。ただ戦えなくなってしまいますから誰かに守って頂く必要がありますけど…… ねぇ、サフラ隊長?」


 と、光の精霊ヴァルキリーと契約するハクアからの提案があがる。

 そして好意を寄せるサフラに守って欲しいなぁとばかりに隣にいる隊長に話を振る。

 ハクアには専属の部隊があるとしてももしもの場合に備えが必要だろう。


「夜戦となれば仕方がない。ハクアに光源となってもらう事にしよう。飛行する魔獣の的になってしまうだろうし私がハクアを守ろう」


「やったー!」と喜ぶハクアだが、夜通し照らし続けるのもかなりの魔力を消費する事になるだろう。

 戦力的にも高い能力を誇るハクアだが、連合軍の被害を抑える為にも仕方がない。


「じゃあオレ達月華も上空から周囲の警戒に当たるよ。空を飛んでる魔獣もいるだろうし、いいだろロナウドさん」


「うむ。お主らであれば何があっても大丈夫じゃろう。すまんが頼もうか」


 ハクアを襲ってくるのは飛行する通常の魔獣だけとは限らない。

 もしデーモンや魔貴族などに狙われれば、いかに実力のあるハクアとはいえ光を維持しつつ戦う事はできないだろう。

 護衛にサフラ一人では不安も残る為、月華部隊も上空で待機。

 迫り来る脅威からハクアを守る事とする。


「魔獣群の残りが攻めて来るとすれば向こうの本隊も動き出すかもしれないな。ロナウドさん、状況次第ではオレ達も出るぞ」


「では私とワイアットはここで待機か。魔貴族とやらに備えるとしようか」


「そうじゃの。情報は皆で共有して状況に応じて臨機応変に対応してもらう。場合によってはヴィンセント殿にも前線に出てもらうかもしれんのぉ」


 情報がすぐに届くというのは戦争において有用なもの。

 危険が迫れば戦力の高い者をすぐに送り込めるのだ。

 壊滅的被害が出る前に防ぐ事もできるだろう。


 しかしここで偵察隊から着信が入る。


『魔族の偵察と思しき者を四名確認。魔族は東へと飛び立ちましたので連絡に向かったと思われます。うち二名に追われておりますので振り切ります』


「いや、そのまま追わせよ。聖騎士を向かわせる。コール…… 偵察員が魔族に追われている。テイラー、バラン、ジョシュア、コーネリアの四名は魔族を迎撃せよ」


『『『『はっ!!』』』』


 偵察に魔貴族が来る事は考えづらく、飛行装備を持つとすれば軍団長クラスと考えられる。

 飛行戦闘の得意なテイラーとバランに、雷撃を使うゼス王国の聖騎士が二体一で挑むとすれば負ける事はないだろう。

 そして軍団長クラスの戦闘能力がどれ程のものかを測るのが目的だ。

 以前ハイドが大隊長格を相手に戦った事があり、下級魔法陣を発動した精霊魔導で倒す事ができている為、今回のこの軍団長と思しき二人がどれ程の実力か知る事ができれば、今後の戦いにどうこちらの戦力を割り振るかを考えやすくなる。

 こちらが二人掛かり、これをもし上級魔法陣を発動してなんとか勝てる程の実力ともなれば今後の戦いは厳しい。

 できる事なら下級魔法陣のみで倒してほしいところだ。


 位置情報から高速移動をしている偵察員の場所を確認して飛行装備で向かう聖騎士四名。

 距離も連合軍の待機位置からおよそ20キロ程東にいる為、このまま向かえば十分以内には接触するはずだ。




 まだ下方に魔獣群は見えない位置で偵察員とすれ違い、そのすぐ後ろを追ってきた魔族を確認。

 迎え討とうと空中浮揚するテイラー達に気付いた魔族は速度を落として停止する。


「一匹追ってきたら人間の…… それも高い魔力を持った者達に会えるとはな。俺達も運がいい。手土産に二匹連れて行こう」


「じゃあ、そっちのお揃いの二匹よりこっちの派手な二匹の方がいいな」


 お揃いの二匹とはジョシュアとコーネリアの事だろう。

 恋人同士である二人の装備は男女の違いはあるものの、デザインはほぼ同じだ。


「悪いが負けてやるつもりはねぇんだ。オレ達は右の奴やるから左のはジョシュア頼む」


「わかった。彼はどうやら僕達を殺すつもりらしいからね。手加減しなくていいよね?」


 精霊ヴォルトを顕現させて擬似魔剣を構えるジョシュアとコーネリア。

 下級魔法陣を発動させ、一回り大きくなったヴォルトが光を発すると共に轟音を響かせる。

 一瞬にして魔族との距離を詰めたジョシュアからの右袈裟が振り下ろされ、咄嗟に魔族の男が爪刃で受けるもののコーネリアが真横から右薙ぎに剣を振るう。

 二人のあまりの速さに対応し切れずジョシュアの刃に押され、コーネリアの斬撃を躱す事ができない。

 腹部を裂かれながらも後方に退く事で致命傷を避け、距離をとって魔力を高めて傷口を塞ぐ。


 ジョシュア達が戦い出した事でテイラーとバランも動き出す。

 魔族に向かって翼を羽ばたかせるバランと下から回り込もうと降下するテイラー。

 バランの炎の斬撃と魔族の爪刃が斬り結び、その真下からテイラーの暴風の渦が襲い掛かる。

 暴風に巻き込まれた魔族にバランもサラマンダーのブレスを放ち、炎の旋風が魔族の全身を覆い尽くす。

 まだ魔法陣を発動しない精霊魔法のみでの攻撃だが、人間と侮る魔族に一泡吹かせてやる事ができただろう。


 その強度から深い傷を負わせる事はできないものの、全身に火傷を負い、血に塗れた魔族は焦りの表情を見せながら怒りに打ち震えてバランに斬りかかる。

 魔族の風を纏った右の爪刃はバランの炎の剣を打ち払い、腹部を狙った左の突きはテイラーが斬りかかる事で阻止。

 バランの炎が掻き消された事から精霊魔法だけでは勝てないことを知り、下級魔法陣を発動して魔族の風の爪刃と斬り結ぶ。

 威力が増大したはずの炎の斬撃だが魔族を上回る事はできず、同じく下級魔法陣を発動したテイラーとの二人がかりで挑むが、その全て受け止め反撃まで繰り出してくる。


 ジョシュアとコーネリアは雷を纏った斬撃で挑むも、最初の一合しか雷撃が通っていない。

 魔族の風の爪刃の出力が高く、全て相殺されてしまうようだ。

 ジョシュアが魔族と斬り結び、コーネリアが飛行装備で速度を上げて後方から迫った事から高速飛行戦闘が開始される。

 ジョシュアを跳ね除けた魔族はコーネリアの斬撃を受け、突風を巻き起こして加速。

 後を追うジョシュアと再び回り込むコーネリア。

 人間領側の飛行装備の能力の高さから風魔法を得意とする魔族相手にも速度で勝り、左右上下様々な方向から斬りかかる事で魔族は次第に受け切れず体に傷を負っていく。

 体に負った傷は雷撃を通し、その高い魔力は雷撃による麻痺を打ち消すも熱を防ぐ事ができない。

 傷口を焼かれて塞ぐ事ができず、次第にダメージを蓄積させていく。


 空中浮揚した状態で斬り合うバランとテイラーだったが、こちらも風魔法を得意とする魔族の為空を舞って高速飛行戦闘となる。

 しかしシルフと契約するテイラーの飛行速度は速く、魔族の飛行速度を優に上回る事で翻弄する。

 バランの速度もテイラー程ではないが速く、魔族の上空から回り込んで炎の斬撃を叩き込む。

 朱王から聞いていた飛行戦闘における弱点を攻めたのだ。

 魔族は咄嗟に爪刃を振り上げて炎の斬撃を受けるも、飛行速度は殺され体勢もまともに受けられる状態になく、炎を浴びて斬り払われた。

 爪刃には炎が燃え移り、体勢を立て直せない魔族はそのまま地面に向かって落ちていく。

 そこへテイラーが背後から回り込み、風の刃の乱舞によって斬り裂いた。


 ジョシュアとコーネリアが戦う魔族も限界は近く、全身に傷を負い爪刃で受ける雷撃にも耐えられなくなっている。

 受ける事をあきらめた魔族は左右から斬り裂かれて落ちていく。

 魔族には使用する者のいない雷魔法に戸惑い、恐怖を覚え始めた事で勝敗は決したようだ。




 偵察員の視界を通してその戦闘を見ていた本陣にいるロナウド。

 魔族の軍団長格の強さが予想を超えて高い事から、地上戦では不利と判断する。

 地上戦では聖騎士二人がかりで精霊魔導で挑んだとしても個体差によっては勝てない可能性があり、勝てたとしてもその後の戦いには参加できなくなるだろう。

 そして魔貴族ともなれば聖騎士では勝ち目はない。

 魔剣を持つ者が挑んで勝てるかどうか……

 そのうえ上位魔人と守護者が相手ともなればロナウドでさえ勝てるかどうかわからない。

 ヴィンセントとサフラであれば勝ち目はある。

 アマテラスパーティーも勝てると思われるがデーモンが何体いるかもわからない。

 西の国の出方にもよるが、第二陣としてゼス王国に待機している主力部隊を早々に呼び寄せる必要があるかもしれない。

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