第262話 進軍開始

 人間領にいる千尋達を含む各王国の国王、聖騎士長の元に魔王ゼルバードを納棺した事を告げる連絡が入った。

 これは数日以内に魔人領西の国が動き出すであろうという連絡であり、警戒していた各王国でも対応の為最終的な調整をと連絡を取り合う事となる。


 すでにザウス王国には多くの聖騎士が集められ、各国から一旗あげようとまた数多くの冒険者達も集まっている。

 クイースト王国にも冒険者達は多く集まっており、どちらに攻め込まれても対応できるだけの戦力は集結している状態だ。

 ただ冒険者達が一般の魔族相手に戦えるかすらわからない。

 できる限り魔獣を相手に戦ってもらった方が被害は少なくて済むだろう。


 そしてその日のうちに人間領から西の国へ出していた偵察部隊から着信が入る。

 西の国領地から人間領ザウス王国方面へと魔獣の群勢が前進を開始。

 その数を把握するのは困難だが、おそらくは五万を超えるだろうとの事。

 放射的に全身した魔獣軍は北方向へも向かって前進する群勢もいる為、クイースト王国へと向かう魔獣も多くいるだろうとの事で、ザウス、クイースト共に緊張が高まる。


 戦争開始前夜は恐怖に眠れぬ夜を過ごす王国民達。

 その反対に酒を飲み肉を食らって英気を養う冒険者達と、毎日の訓練の成果を見せる為、明日の準備と体調を整える騎士、魔術師達。

 今の時点で進軍を確認できているのが魔獣軍約五万。

 その後はどれだけの数かわからない魔族との戦いともなれば絶望する者も多い事だろう。


 前夜も映画の日を開催したものの、国民達の笑顔は少ない。

 だが人間領はこの戦いの為に充分に準備を整えており、誰もが負ける事はないと信じている。

 士気を高める為、自分達を鼓舞する冒険者達を見て、商人達もこの日ばかりはと冒険者達に無料で酒や食事を振る舞った。




 開戦前夜のアマテラスのメンバーはというと……


「おじさん! これ美味しいですね! もう二つください!」


「おお、そうか! 美味いか嬢ちゃん! じゃあいっぱい食ってけ!」


「いただきますね、おじ様」


「美人さん達にはサービスだ! 二つずつ持っていきな!」


「千尋! はい、あーんっ」


「ん? あーん!? あっちぃー!!」


「熱いのはお前らだ。向こうでやれ」


「そ、蒼真さんもあーんしませんか?」


「んん。しない」


 屋台で買い食いしながらいつもと変わらず映画の日を楽しんでいるようだ。

 武器や防具を装備もせずに私服で出歩く彼らだが、王国内でも最高戦力としてこの戦争に参加する。

 しかし側から見れば見た目の綺麗な若い男女のパーティーであり、荒くれ者の冒険者からすれば強そうには見えず、他国の知らない冒険者に何度も絡まれるが、護衛としての王国騎士達が慌てて止めに来る。

 それもそのはず。

 うっかりミリーやエレクトラに抱き着こうとした冒険者は爆破され、アイリに抱き着こうとした冒険者は感電し、リゼに抱き着こうとした冒険者は毒を浴びて悶絶する。

 これが何度も続けばせっかく集まった冒険者が使い物にならなくなってしまうと、アマテラスのメンバーに護衛を着けていたのだ。

 もちろん守る必要があるのはアマテラスパーティーではなく絡みに来る冒険者達の方なのだが、当の冒険者達は知るはずもない。


「そういえばですねぇ。朱王がヴリトラのゴーストと戦ったって言ってましたよ。すっごく大きな竜の幽霊で結構強かったみたいです。朱王も一人じゃ倒せないくらい強いそうですよ」


「え、それやばいじゃん。そんなの来たらザウス王国も滅んじゃうんじゃない?」


「朱王さんで倒せないとなるとキツいな」


「でもゼルバードさんに仕掛けられた魔術で出てきたそうなので、南の切り札だろうって言ってましたし大丈夫じゃないですかね?」


「そうだといいですけどゴーストとは戦いたくないですね」


「その後連合軍五十人くらいで魔獣の群勢とも戦ったみたいですよ。だいたい五千体くらい倒したそうです。そのうちの半分くらいはカミンさんが倒したらしいですけどね〜」


「水属性でそんなに倒せるかしら……」


「どの属性でも難しいと思いますが……」


 朱王達の戦いがどれ程のものか想像もつかないが、北と東の国連合軍で南の国との戦闘である為心配はない。


 それよりも……


「私達、勝てるのかしら……」


 西の国との戦争が始まる人間領の方が戦力的には厳しいと見ていいだろう。

 一般の魔族相手に人間領の騎士や冒険者が束になって挑んでも勝てない可能性があり、聖騎士でさえ魔貴族どころか軍団長や大隊長クラスにさえ苦戦する事だろう。

 そのうえ進軍を始めた魔獣の群勢が五万ともなれば、魔族との戦いが始まる前に多くの命が失われる事になる。

 例え人間領の最大戦力と呼ばれる自分達でも全てを守る事はできず、多くの被害が出る事も予想される。

 仲のいい友人が倒れる可能性もある。

 このパーティーでさえ敵わない敵か現れる場合も考えられる。

 こうして映画の日を楽しんではいるものの、不安は拭う事ができない。

 周囲にいる冒険者達も自分達を鼓舞しているが不安でいっぱいなはずだ。


「オレは負けないよ! 勝ってまたみんなで旅をしよう!」


「ああ。魔族領にも遊びに行かないとな」


「アリスさんに北の国を案内してもらいましょう!」


「私は戦争が終わったら美味しいものいっぱい食べますよ!」


「うふふ。今もじゃないですか。では私もご一緒しますわ」


「私は…… 買い物に行くわ! 千尋の可愛い服をたくさん買うの!」


「そんなのいらねー!!」


 不安な気持ちを前向きな未来を語る事で振り払う。

 欲望すらも前向きな気持ちであり、千尋の望む望まないを無視してリゼは恐怖に震える体を欲望の力で止めるのだった。




 明朝五時。

 ザウス王国に集まった人間領四国連合軍はザウス王国東の平原に集って待機。

 王国の高台に設けられた巨大モニターと、そのすぐ前には指示を出す為の本陣。

 複数のモニターを設置して偵察部隊の視覚から状況を常に把握できるようにしている。

 ザウス国王は王城で、聖騎士長ロナウドは本陣で指揮を執る。

 本陣に待機するのはヴィンセントとワイアット、クリムゾンのサフラとハクアに月華部隊の勇飛達。

 そして冒険者であるアマテラスパーティーが特別に本陣で待機している。


 平原には聖騎士率いる各国聖騎士団約六千と魔術師団約三万。

 各国一般騎士団と領兵団合わせて約五万。

 クリムゾン近接、遠距離合わせて約三千。

 そして一万を超える冒険者達。


 およそ十万ともなる人間領の戦士達がザウス王国国王の言葉を待つ。

 ザウス王国の国民達も平原の前に集まり、戦場へと向かう戦士達を見守っている。




 時計が六時を指すと同時に巨大モニターが起動し、ザウス国王が映し出される。


「ここに集いし勇者達よ! 我が国の為、そして全人類の為、よくぞこの戦いに名乗りをあげてくれた! これは伝説とされていた魔族との戦いであり、かつて虐殺されてきた人族が魔族に勝利する為の聖戦だ! 魔族は強く、魔獣を超える強さを持つが恐れる事はない! 人族も魔獣共を屠ってここに国がある! 魔獣を超える強さを持つのは我ら人族も同じなのだ! そして我らは人間領五国の連合軍! 対する魔族は西の国一国である! もう一度言う! 恐れる事はない! 我らは多くの仲間と共にこの戦に臨む! 勝利を信じて前に進め!!」


「「「「「「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」」と、朝の平原に響き渡る咆哮は戦士達の力強さを王国民達に伝えてくれた。




 聖騎士団に続いて一般騎士団、領兵団、冒険者達が広い範囲に前進を始め、クリムゾンを含めた魔術師団は左右へと別れて山に向かい、山に築いた要塞から遠距離魔法を放つ予定となっている。

 近接戦闘が可能なクリムゾン隊員は数名ずつの小隊を作って、聖騎士団や冒険者、騎士団や領兵団と行動を共にする。

 クリムゾン本隊は遊撃隊となり、冒険者との交代要員として連合軍の左右に配置される。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る