第261話 墓

 ディミトリアスとマクシミリアンの戦いが続く中、南からは魔人軍が到着し、先行していた先遣隊の軍団長と大隊長はその戦況が絶望的な事を知る。


 傷つき地面に座り込みながら大王の戦いを見守る生き残った守護者や魔貴族達と、無傷で見守る北と東の連合軍。

 そして南に離れた位置では絶叫しながら転がるチャンドラーと強烈な魔力を発する人間、朱王の姿。

 チャンドラーの記憶を漁り、怒れる朱王は魔人軍全てを飲み込む程の殺気を放ちながら先遣隊に歩み寄っていく。


「お前達は南の軍か」


 ただ声を掛けられただけで心臓を鷲掴みにされたような状態になる軍団長と大隊長。

 先遣隊の他の者は膝から崩れ落ち、意識を失う者さえいる程だ。


「はい…… 魔人軍先遣隊のアレンと申します…… 貴方様は……」


「緋咲朱王だ。魔王ゼルバードの最後の友であり、彼が安らかに眠れるよう弔いに来た。だがあのクズがふざけた真似をしてくれたおかげて今はとても気分が悪い。もしお前達が敵と騙るなら…… 南の軍を皆殺しにする。一万だろうが二万だろうが全員残らずな」


 朱王の放つ殺気は嘘偽りない本物の殺意。

 敵と一言告げれば確実に殺される。

 汗が滝のように流れ落ち、脚が震え呼吸もままならない。

 膝から崩れ落ちたアレンは朱王の目を見る事ができなくなり戦うマクシミリアンの方へと目をやると、アレンを見ていた血を流す守護者が首を振る。


「い、いえ…… 全軍撤退致します……」


「ああ。戦争は終わりだ。だが撤退は少し待て。ディミトリアス大王とマクシミリアンの戦いが終わればゼルバードの墓を作る。お前達にもゼルバードの死を弔ってもらうぞ」


「はい、仰せのままに……」


「軍の指揮は今からアレン、お前が執れ。それとこれも渡しておく。リルフォンといって耳に着けると使い方も理解できる。理解したら行け」


 北の国で予備のリルフォンを作っており、そのうちの一つをアレンに渡す。

 朱王の指示通りにリルフォンを耳につけ、その機能を脳内ダウンロードされると思わず涙が出てきた。

 恐怖と驚き、喜びと様々な感情が入り混じった自分でもわからない涙だろう。

 跪いたアレンは南の軍本隊へと向かって戻って行った。




 ディミトリアスとマクシミリアンの戦いは陽が沈む頃にようやく決した。


 全身に火傷を負い、今も青炎にその身を焼かれながらもマクシミリアンの腹を斬り裂いたディミトリアス。

 内臓を地面に撒き散らしたマクシミリアンは、超速回復があったとしても臓器に深く傷を負っては癒える事もないだろう。

 精霊化も解けてすでに戦える状態にはない。


 ディミトリアスは魔力を放って青炎を掻き消し、膝を地につけたマクシミリアンに向かい合う。


「最後に言い残す事はあるか?」


「私が…… 次代、の、魔王に…… なるのだ!」


 大量の汗を噴き出し、口からは血を吐き出しながらも声を荒げるマクシミリアン。

 精霊剣を上段に掲げたディミトリアスは、覚悟を決めたであろうマクシミリアンを見つめて振り下ろす。

 頭を避けて肩口から腹部にかけて斬り裂かれたマクシミリアンは崩れ落ち、血を払って精霊剣を鞘に納めたディミトリアスは右手を胸に当ててその戦いを心に刻む。

 魔王ゼルバードの仇とはいえ一国の大王を相手に勝利したのだ。

 その戦いに敬意を払う。


 ディミトリアスにアリスが駆け寄り、北の守護者達も大王の勝利をその胸に右手を当てて心に刻む。

 大王が勝つ事を信じて疑わなかった魔貴族達もその勝利に盛大に湧いた。

 東の魔人達もディミトリアスの勝利に祝いの言葉を投げかける。


 敗北した南の守護者や魔貴族達は大王の死に悲しみ、精気が失われたかのように力なく肩を落とす。

 敗戦した南の国がどう扱われるのかは北の大王の心次第であり、南の大王の死体も今後どう扱われるのかわからない。

 死んで尚も惨たらしく引き裂かれる事も過去の大王達を思い返せばあり得なくもない。

 マクシミリアンも先代の南の大王を殺した後にはバラバラにして魔獣の餌としたくらいだ。

 守護者や魔貴族も大王と同じく殺されてもおかしくはないのだ。

 今も喜び合う北の魔人達から声を掛けられるのを待つ南の魔人達。




 朱王は叫び苦しむチャンドラーを転がしたまま、勝利に盛り上がる連合軍の元へと歩み寄る。


「ディミトリアス大王。素晴らしい戦いでしたね」


「うむ。南の大王相手に勝利できた事嬉しく思う。しかしマクシミリアンとの戦いの最中、朱王殿の魔力が気になって仕方がなかったのだがな。南の軍は帰したようだし今後はどうするつもりなのだ?」


「では今後は私が指揮を執っても?」


「構わん。魔王様の弔いをするのだろう?」


 クリシュティナもディミトリアスの言葉に頷いている。


「ええ。では…… 南の者達に告ぐ。マクシミリアン大王の死体は南の国へと連れ帰り丁重に葬ってやれ。ゼルバードの仇とはいえマクシミリアンは一国の大王。棺桶くらいは作ってやる」


 朱王が大王に対する配慮を見せた事に驚きつつ、礼を持って返すべく跪いた生き残った守護者、魔貴族達。


「これから私は魔王ゼルバードの為の墓を作る。魔王の弔いには北と東の魔人だけでなく、この地にいる南の魔人にも参加してもらう。よって全ての者をこの平原に待機させろ」


「はい。すぐにこの地にお呼び致します」


「いや、呼ぶ必要はない。これから魔王の弔いをする事を伝えればいい。ただし拒否する者は連れて来い。敵と見做し…… 殺す」


「はい……」


 朱王に対し南の上位者にはすでに逆らう意思はない。

 戦場において敵対意思を見せれば朱王は容赦なく斬り伏せるだろう。


「コール…… アレン。南の軍を平原に待機させろ。今から魔王を弔う」


『はい。直ちに全軍を待機させます』


 朱王の指示に従い、アレンは全軍の軍団長、大隊長に指示を出して軍の移動を始める。

 一万を超える兵の移動にはある程度時間がかかるだろう。


「よし、じゃあマーリンとメイサはマクシミリアン大王の棺桶を作ってくれ。それと魔貴族のみんなには野営地をここに移してもらう」


 すぐに動き出すマーリンとメイサは木を切り出す為に林の方へと飛び立つ。

 連合軍の魔貴族達もいつの間にか朱王に忠実な部下となり、命令に従って野営地へと移動を開始した。


「南の上位者は…… 守護者はルディから話を聞いてもらおうか。魔貴族と軍団長は南の軍へ、怪我の酷い者はこの場でルディの話を聞け。私は墓を作って来るからカミンとフィディックはその処理を頼む。クリシュティナ大王、あとはお願いしますね」


「あれはどうする?」


 チャンドラーを指差すクリシュティナ。


「お好きにどうぞ。彼が他の者にしてきた実験を自身で体験したように脳内で高速再生してますから。たぶんもう壊れてますよ」


「そうか。まだ叫んでるし放っておく」


 と、言いつつ煩いので遠くに運んで捨ててくるクリシュティナだった。




 朱王は空へと舞い上がり、生物がいない事を確認してから東の林上空で空中浮揚。

 平原からはある程度距離もあり、ここで全出力の紅炎を打ち込んでも問題はないだろうと、朱雀丸を抜いて上級魔法陣インフェルノを発動。

 朱雀丸に付与された灼熱により朱王の制御する範囲が紅に染まり、超高熱の紅球が爆風を生み出し天変地異の如く空が荒れていく。

 朱王の眼下に広がる木々は一瞬にして炭化し、朱王の魔力の色である紅の球、光を放たない太陽が現れる。


 魔王領にいる全ての魔人が見守る中、朱王の最大魔力での紅球が地面へと落ちて行く。

 大地へと落ちる太陽は地面を溶かし、蒸発させながらさらに紅色の太陽は大地へと沈んでいく。


 紅球が大地に沈みしばらく経った頃、大地が爆発して大量のマグマが流れ出る。

 ここで処理を頼むと言われた事を理解したカミンは上級魔法陣を発動し、上空に集められた大量の雲から雨を作り出し、その雨をフィディックが冷却する事で大量の冷たい雨を降らせてマグマを冷却する。

 広がるマグマは止まる事なく流れ出る。


「これはまずい。溶けた岩がどこまでも流れ広がるぞ。朱王殿はいったいどんな墓を作るつもりなのだ?」


「たしか、遠くを見渡せるような大きな山がいいとか言っていたな」


「だな。地面を掘れば作れるとか言ってた」


「おい、お前ら止めろよ!? 木を引っこ抜いた時もおかしな奴だとは思ったが、今度は山を作る!? それでこれか!? あの男は頭がおかしいだろ!!」


 ツッコむクリシュティナだが肝心の朱王がここにはいない。

 あとで引っ叩いてやろうと思いつつ他の者に指示を出してマグマが広がるのを防ぎに向かう。


 流れ出したマグマは数キロにも渡って広がりを見せ、冷却された事によって少しずつ高さもでき始めているが広がる速度の方が早い。

 クリシュティナや風の魔人達は上空の冷気を送り込んで冷やし固め、ブルーノ達地の魔人は熱されたマグマを操作して広がりを防ぐ。

 溶けているとはいえそれが元は岩や土である為、地属性による操作が可能だ。

 魔人領には数少ない水の魔人やセシールはカミン達と同様に大量の雨を降らせて冷却だ。

 マグマに降り注いで蒸発し、また雲になっては降り注ぐ。

 どんどん巨大な火山としてその形を作り出していく。




 しばらくしてマグマ噴き出る中心から紅球を纏って現れた朱王。

 上空へと舞い上がってその紅球を解除する。

 朱王がマグマから出た事により噴出量も低下し、多くの魔人によって冷却され大きな火山となったゼルバードの墓。


 大きく盛り上がった火山を満足そうに見下ろし、野営地に戻ってゼルバードの棺桶のそばにやって来る。


 重力魔法を使って棺桶を運び、火山の火口へと舞い降りる朱王。

 マグマはすでに噴出を止め、火口より数百メートルも下に真っ赤に溶けたマグマが見える。

 朱雀丸の灼熱の魔力放出により朱王が焼け焦げる事はない。

 この場にいる全てのリルフォンを着けた者に発信。

 全員が着信を受けた事を確認して別れの言葉を告げる。


「ありがとうゼルバード。君に会えた事で私はこんなにも大きな夢を持つ事ができた。ありがとうゼルバード。君が私を逃してくれた事で多くの仲間達に出会う事ができた。さよならゼルバード。人と魔人が手を取り合い、共存していく世界。君が望んだ世界を私は必ず実現する。そしてみんなで笑い合って…… 楽しく生き続けて、たくさんの土産話を持ってまた君に会いに行くよ。まだまだそっちに行く事はできないけど、楽しみにしてて」


 重力魔法で棺桶を火口へとゆっくり沈めていく。


 木で作った棺桶が燃え上がり、炎に包まれたままゼルバードはマグマへと沈んだ。


 南の魔人がどうだったかはわからない。

 しかし北と東の魔人は誰もが魔王ゼルバードの死を悼み、その別れを悔やんだ。

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