第260話 南の大王

 ディミトリアスがマクシミリアンの回復を待っていると、戦いを終えて戻って来るグレンヴィルとセシール。

 南の守護者と戦って来たというのに怪我一つ負わずに戻って来た事に少し驚きつつ、部下の力が南の国を凌駕する程に上達している事を嬉しくも思う。

 二人が無傷となれば他の守護者達も苦戦する事なく勝って戻って来る事だろう。


「大王様ももう終わりですか?」


「さすがは我ら北の国の大王様です」


 すでに勝利を確信したかのような物言いの二人だが。


「いや、まだ戦っていなくてな。朱王殿が加減せず殴ったせいでまだマクシミリアンの首が癒えんのだ。仕方なく時間を潰して待っておる」


「そのままとどめ刺しちゃえばいいのに」


「な。その首へし折ればいい」


「貴様ら…… 好き放題言いおって…… 首が治ったら全員殺してくれるわ!!」


 どうやら顎は治ったようだ。

 顔も元通りに癒えたようで、残るは首の回復のみ。

 もうしばらく待つ事にしてディミトリアスはグレンヴィルやセシールの戦いの話を聞き始めた。




 マクシミリアンが立ち上がり、その膨大な魔力を放出しはじめた頃には北の守護者と東の三強が戻って来て話し込んでいた。

 クリシュティナが掴み上げたチャンドラーを見てこの戦いがすでに絶望的な状況と悟りつつも、南の国の大王として引くわけにはいかない。

 そしてマクシミリアンが知るディミトリアスはこの戦いを正々堂々正面から勝利する事を望んでいる。

 まだ魔貴族全てが負けたわけでもないが、右翼や左翼がいるという事はこの二人は守護者と魔貴族を相手にしながらデーモンを討ち倒した事になる。

 自分と同等どころかそれ以上と考えれば、他の魔貴族が生き残っていたところでやはり勝ち目は薄い。

 今後この地に到着する予定の魔人軍があるとはいえ、一般魔人と軍団長、大隊長が何人いたところで東の大王一人すら倒す事はできないだろう。


 ディミトリアスを倒して逃げるべきか……

 いや、魔王となる自分が北と東の魔人如きに負けるはずはないと精霊剣を抜き放つ。


「私の傷が癒えるまで待つなど愚かな。次代の魔王、マクシミリアンがまずは北のディミトリアス大王を討ち倒してくれる」


「おお、待ち兼ねたぞ。では始めようか」


 精霊剣を構えるディミトリアスは地の魔人。

 正々堂々と戦って勝利すると、飛行装備の優位性を活かさず地上戦でこの戦いに臨む。


 対するマクシミリアンは炎の魔人であり、精霊剣に青みがかった炎を纏って右に引いて構える。

 青い炎をイメージしたのか、それとも青い炎を噴出する火山で精霊を捕らえたのかはわからないが、ガスバーナーのような放出するような炎ではない。

 揺らめく青い炎がマクシミリアンの魔法のようだ。


 ディミトリアスがその強化をもって一瞬で間合いを詰めると、右袈裟に精霊剣を振り下ろす。

 マクシミリアンは青炎を放ってその威力を逃しつつ、自身の右へと精霊剣で受け流す。

 返す刃が左薙ぎに振るわれ、それを伏せるようにして躱したマクシミリアンは逆風に斬り上げて反撃する。

 しかし高い強化を持つディミトリアスにとってマクシミリアンの振るう剣はそれ程速くはない。

 精霊剣を振るいながらも半身をずらす事によってその剣を躱し、軽く飛び上がって右袈裟に振り下ろす。

 青炎を噴出して精霊剣を加速させ、その一撃を受けるマクシミリアンだが加速を重視した剣は軽く、ディミトリアスの一撃によって弾かれた。

 後方に飛ばされながらも体勢を立て直し、追撃に向かうディミトリアスと青炎をもって斬り結ぶ。

 そこから数百ともなる斬撃を重ね合い、大地を縦横無尽に駆け巡りながらお互いにその刃を受け、躱し、時には体を掠めながらも相手を斬り伏せようと剣を振るう。


 強化のみのディミトリアスに対し炎を放出しながら戦うマクシミリアン。

 魔法吹き荒れる戦いのような派手さはないものの、その一撃が守護者ですら耐えきれない絶大な威力をもち、掠めただけでもその傷がそう簡単に癒えることはない。

 速度で勝るディミトリアスが優勢だが、反撃するマクシミリアンの精霊剣から漏れる炎がディミトリアスの装備をわずかに焼いていく。

 しかしディミトリアスが装備するのはデーモン素材であり、表面が焼かれたところで内部に熱を伝えない。

 受けた傷も体に届く事はなく、装備表面にわずかに傷を残すのみ。

 マクシミリアンの装備はある程度加工がしやすい通常魔獣の素材だろう。

 斬撃が掠めれば刃を通し、その表面に血を浮き上がらせていく。

 正々堂々と戦おうと思ったディミトリアスだが、装備の面で圧倒的に上回っていた事に気付き、長期戦はマクシミリアンにとって不利だろうと弾き飛ばして距離をとる。




 ディミトリアスが強化魔力を高めて呪文を唱え始めると、マクシミリアンも全力で戦う事を望んだのか、同じように呪文を唱えて精霊化を果たす。


 マクシミリアンは青い炎に包まれた竜魔人へとその姿を変え、その体からは液体のような青い滴が流れ落ちている。

 落ちた液体は青い炎となって燃え上がり、これまでに見てきたサラマンダーとはまるで違う。


 ディミトリアスは強靭な長い髪を背に伸ばした半獣のような獣人へとその姿を変えた。

 ブルーノのような強度を特化した獣魔人化ではなく、速度に特化した獣魔人化がディミトリアスの精霊化のようだ。


 精霊化した二人は互いに距離を詰め、ディミトリアスの右薙ぎが振るわれるとわずかに遅れてマクシミリアンの青炎の斬撃が交錯する。

 威力でディミトリアスが勝るものの、青炎の滴が撒き散らされる事によってそれを躱す必要がある。

 後方に下がりつつ左から回り込んで左袈裟に振り下ろすも結果は同じ。

 滴の方向を限定させつつそのまま体を回転させて再び右薙ぎで払い、咄嗟に受けたマクシミリアンからの滴はその場に落ちるのみで飛び散る事はない。

 そこから舞うように精霊剣を振るうディミトリアスの剣技は見る者の目を惹きつける程に美しく、剣舞によりマクシミリアンを追い詰めていく。


 だがマクシミリアンもただ防御に徹するだけではない。

 自身の能力である溢れ出る青炎の滴を地面に放出し、一歩踏み込んだディミトリアスの脚に引火。

 瞬時にその青炎を魔力によって打ち消すディミトリアスだったが、そこにマクシミリアンが反撃に出る。

 精霊剣から青炎を撒き散らしながら左薙ぎに振るい、それをディミトリアスは屈み込んで躱す。

 逆風に斬り上げたディミトリアスに、ブレスを吐き出す事で後方に下がらせた。


 その後もしなやかさから多彩な剣技を振るうディミトリアスと青炎の滴を撒き散らすマクシミリアン。

 威力を高めた双方の斬撃だが、速度に勝るディミトリアスが攻勢に回るも、青炎の滴が撒き散らされる事で踏み込みが浅くなり決め手に欠ける。

 そして速度で劣っていながらもディミトリアスの攻撃に耐え、青炎を纏った反撃を繰り出し互いにダメージを蓄積させていく。




 地面は踏み荒らされ、大量の青炎が燃え上がるその戦場に集まりだしたのは朱王率いる魔貴族連合軍。

 連合軍の誰も欠ける事なく勝利を収め、余裕の表情で空から舞い降りた。

 唯一ルディだけが体中に大きな傷を複数負うものの、デーモン相手にも勝利する事ができたようだ。


「ディミトリアス大王はどうだい?」


「んー、大王様も結構苦戦してるなぁ。マクシミリアンもさすがは南の大王だけあって強えし、あの能力がかなり厄介だな。属性の相性が悪い」


「属性の相性はあってもこれは大王同士の戦いだ。戦争もすでにこちらの勝利は確定しているとしても手出しは許さんぞ」


「ま、ディミトリアス大王なら大丈夫でしょ。それよりダルマになってるその魔人は何なのかな?」


 チャンドラーを指差す朱王。

 クリシュティナに手脚を斬り落とされてまだ回復する事ができていない。


「このチャンドラーという者は魔術師といってな。東にメレディスを送り込んだのも此奴だが、魔王様の体に魔術を組み込んだのも此奴らしい」


「ほぉう……」


 朱王からの殺気が膨れ上がる。


「ただ殺すだけでは緩いだろう。朱王殿に此奴の処遇を任せようと思ったのだ」


「クリシュティナ大王。今後最高のドロップをプレゼントさせてもらいますよ。髪色も気に入るまで試してもらって結構です」


「ドロップとは…… キラキラになるそれか!? 髪色も…… うん! うん! 期待しておるぞ!!」


 アリスのドロップを見ながら嬉しそうな表情のクリシュティナだ。

 この場にいる全員の精神を削り取るような朱王の殺気にもかかわらずチャンドラーを差し出し、ドロップを貰える喜びに思いを馳せるクリシュティナはさすが大王と言っていいだろう。

 アリスやエルザ、セシールの髪に触れながらどんな色がいいかと期待に胸膨らませていた。


「さて、チャンドラーだったか? 君の記憶も見せてもらおうか」


 朱王はチャンドラーの頭を鷲掴みにして記憶を漁る。

 数百年は生きている魔人の記憶であり、大王を実験にと仄かしていたこの男であれば、魔人とも人とも思えぬ所業を繰り返してきた事だろう。


 チャンドラーはこの時自ら死を選ぶべきだった。

 この後、朱王が記憶を漁り終われば死よりも遥かに辛い地獄が待っているのだから。

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