第259話 北と南

 スタンリーと向かい合うのは南の国の守護者と魔貴族一人、軍団長が二人。

 以前の東との戦いを思い返して少ないなと感じながらも精霊剣を構えて様子を伺う。


 スタンリーは戦いの前だというのに気持ちが昂る事もなく、ただ敵が目の前にいるだけ。

 自分でも信じられないくらいに心が落ち着いている。

 南の守護者も相当な実力者でありその放出する魔力から張りつめた空気が漂っているものの、朱王の隣で戦った事のあるスタンリーにとっては敵と認識する程の殺意すら感じられない。

 味方であるはずの朱王から感じられるのは痺れる程の緊張感と突き刺す程の殺意。

 朱王の放つプレッシャーと比べれば目の前の四人の魔人など驚異として感じる事はない。


 軍団長二人が斬り掛かり、その間に守護者と魔貴族は呪文を唱えて精霊化。

 炎の魔人と風の魔人としてその姿を変貌させた。

 スタンリーは軍団長二人の背後から爆風で煽り、急激な加速にバランスを崩した二人を瞬殺する。


 精霊化した守護者はスタンリーに火球を放って回り込むように空を舞い、魔貴族はその火球に追従してスタンリーに襲い掛かる。

 火球を風の刃で斬り飛ばし、向かって来た魔貴族の斬撃を受け、爆風を生み出して後方に向かって一気に加速する。

 カミンの加速を真似しただけだが思った以上に使い勝手がいい。

 動きを止めた魔貴族と急加速に成功したスタンリー。

 回り込んでいた守護者を置き去りに再び魔貴族に接近し、加速を乗せた風の刃を全力で振り下ろす。

 その場から離れようと翼を羽ばたかせた魔貴族だが、スタンリーの速度からは逃げる事は叶わない。

 一瞬で背後に迫られると背中から斬撃を浴びて落ちていく。

 スタンリーはそのまま上空へと舞い上がり、守護者と距離を詰めて真上から斬り掛かる。

 飛行戦闘においては真上からの斬撃には対抗する事が難しく、背面飛行をしながら受けるもその威力に耐える事ができず打ち払われる。

 地面に叩きつけられる前に体勢を立て直して空を舞い、追従するスタンリーから逃げようと火球を放って距離をとる。

 あっさりと火球を躱したスタンリーは横から守護者へと向かい、精霊剣を構える守護者を斬り付けながら反対方向へと抜けていく。

 再び体を翻して斬り掛かり、右に左にと斬撃を振い続ける。

 速度の乗った斬撃の威力は豪炎を放つ守護者の斬撃の威力を抑え込む。

 精霊化もせずに南の守護者と対等に渡り合える事に喜びを感じつつ、しばらく訓練のつもりで戦うスタンリーだった。




 グレンヴィルにも守護者と魔貴族、軍団長二人の四人が後を追う。

 地属性魔法を得意とするグレンヴィルにとっては空中戦は苦手とするところだったが、現在の飛行装備であれば地上戦と変わらぬ強さを発揮できる。


 ある程度他との距離をとれたところで上空へと舞い上がり、降下すると同時に得意の重力魔法で一気に加速。

 グレンヴィルを追って上昇して来た敵、先頭にいた魔貴族を重力加速度を乗せた斬撃で斬り掛かり、他の魔人全て巻き込んで地面へと叩き付けた。

 地面に深くめり込んだ四人のダメージは大きく、一番下になった守護者は地面に直接叩き付けられてすでに意識はない。

 軍団長二人もその圧力に耐え切れずに泡を吹いて意識を失い、斬撃を受けた魔貴族は両腕を砕かれて自身の精霊剣とグレンヴィルの精霊剣とが肩に十字になってめり込んでいる。

 もう戦えないだろうと判断したグレンヴィルは魔貴族から剣を抜き、軍団長二人と守護者を埋まる地面から引っ張り出して転がしておいた。


 遊びも加減も一切しないグレンヴィルはほんのわずかな時間で全て倒し終えた。




 エルザにも同じく守護者と魔貴族、軍団長の二人が相手のようだ。

 距離をとる為加速するエルザに誰一人としてついて来られる者はおらず、呪文を唱えて精霊化を果たす。

 追いつけない事からエルザと同じように守護者と魔貴族も精霊化をしたようだ。

 エルザはそのまま右方向に旋回し、追って来た守護者一隊の背後から襲い掛かる。

 守護者の真横から豪炎を纏った斬撃で、防御する炎の守護者と斬り結ぶ。

 豪炎と豪炎がぶつかり合えば威力の低い方が競り負けるのは当然だ。

 速度の乗った斬撃は物理的な威力を増大させ、斬撃の重さが豪炎の出力と重なって凄まじい威力を発揮する。

 炎の一閃を引きながら後方へと飛ばされた守護者。

 速度を落とさずに飛行を続けるエルザは急上昇し、魔貴族の頭上からその脳天目掛けて斬撃を振り下ろす。

 やはり誰もが上空からの攻撃には弱く、精霊剣で頭は庇うも鎖骨から腹部に掛けて斬り裂かれ、体表を焼かれて落ちていく。

 その後軍団長は抵抗する事もできずに地面へと斬り落とされて戦いを終える。

 炎の守護者も全身を包んだエルザの豪炎を振り払うものの、体が軋んでいう事をきかない。

 震える足を押さえて立ち上がるもすでに戦う事はできないようだ。


「あの一撃に耐えるとはな。戦士なら敗北に死を選ぶのかもしれないが、せっかく生き残ったのだ。その命を大事にしろよ。これからお前達も近い将来に誕生する魔王様に仕えるのだからな」


 エルザとしても朱王が魔王であるなら喜んで仕えようと思っている。

 もちろん北の国の大王であるディミトリアスが魔王の座に君臨すると言えばそれに仕えるつもりはある。

 しかしディミトリアス大王が朱王を魔王にと認めている事を感じている今、エルザ自身も魔王に仕えたいと望んでいる。

 力がものを言う魔人領において、南の守護者も最強の力を手にする魔王に従うのは当然だ。

 そしてこの南の守護者は自分に負けている。

 上位者となったエルザから生きるよう言われれば従うしかないだろう。




 セシールは人魔と見縊られたのか守護者一人が追って来た。

 精霊契約して初の対人戦の為セシールとしては期待しているのだが、精霊化もしない南の守護者の実力はどれ程のものか。

 空中浮揚して向かい合い、精霊剣を構えて相手の出方を見るセシール。

 ニヤニヤとしながら精霊剣を片手で持ち、ゆっくりとした動きでセシールへと向かう南の守護者。

 片手で右薙ぎに振るわれた炎の斬撃を打ち払い、返す刃で水刃と数百にもなる水弾を放つセシール。

 魔貴族は水刃を精霊剣で受けるも魔法を発動できずに腹部を斬られ、水弾を全て体に受けて全身から血を噴き出して後方へ飛ばされる。

 以前の魔法のみの攻撃に比べて精霊魔法は格段に威力が上昇しており、守護者の得意魔法であってもセシールの威力には遠く及ばない。

 それもそのはず、セシールは通常魔法のみで精霊化する守護者に匹敵する強さを持っているのだから。

 そのセシールが精霊契約した事により、通常時の守護者では相手にならないのは当然だ。

 その強さは大王に届くとも限らない。

 ブルーノやデオンと同格と見ていいだろう。


 血を流しながらも精霊化をする事で放出する魔力を高め、全出力の業火をもってセシールに斬り掛かる守護者。

 空気中から大量の水を集めたセシールは精霊剣を前方に向けて立ち、再び数百の水弾を作り出して放つ。

 業火によって三割程の水弾が掻き消されるも、残る水弾は守護者に当たって小規模な爆発を起こし、その数が数百ともなれば威力は大きく跳ね上がる。

 守護者の全身に当たると同時に爆発が広がり、防御する事すら叶わず後方へと吹き飛ばされた。

 全身を爆破、その後激しく地面に叩き付けられ、意識を保てずにそのまま地に伏す守護者。


 セシールが想像した魔法は水蒸気爆発を起こす水弾であり、精霊ウィンディーネに与えたイメージで表面の水膜を強化。

 加熱して蒸発した水が水蒸気となり、その膨張力によって強化された水膜を破壊して爆発する、セシールが生み出した水属性爆破魔法だ。

 カミンの爆発魔法を気に入ったセシールは、水属性での爆発方法について朱王から学んで自ら作り出したのだ。

 威力としてはカミンのニトロ球には及ばないものの、この小規模な爆発による多様性は戦闘の幅を大きく広げてくれる。

 攻撃はもちろん防御にも使え、牽制に目眩し、飛行装備での加速にまで使えるというセシールの予想以上に便利な魔法となった。




 そしてディミトリアスは朱王によって殴り飛ばされたマクシミリアンを追って深く抉られた地面のある場所へと着地。


 怒りに震えながら折れた骨の回復に魔力を循環させるマクシミリアンは、しゃがみ込んでディミトリアスを睨みつける。


「マクシミリアン無事か?」


「煩い!! あがっ…… ぐぅぅ…… おのれ、人間如きが私の顔を殴るとはっ……」


 顔の状態から顎の骨が砕けている事がわかる。

 顔色が悪く首を押さえて立ち上がらない事から、まともに戦える状態ではないだろう。


「早くその怪我を治せ。正々堂々とお前を叩き潰してやりたいからな。癒えるまで待っててやろう」


 その待たれるというこの気遣いさえも頭にくるのだろう、歯を食いしばりまた顎の痛みに苦しむマクシミリアン。


 ディミトリアスは少し離れた位置に座り、朱雀にもらった飴玉を口に含んでその甘さを楽しむ。

 そしてリルフォンで音楽を聴きながらマクシミリアンの魔力の変動にだけ警戒して時間を潰すのだった。

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