第258話 東と南

 ブルーノを追う守護者一隊とデーモン一体。

 魔獣であるはずのデーモンが魔人に従う理由はわからないが、何か飼い馴らす方法を南の国は見つけたのかもしれない。

 守護者一隊は魔貴族が二人と軍団長が六人の九人編成だが、ブルーノにとってそれ程の驚異とはならないだろう。


「この辺でいいか」


 ある程度他との距離を取ったところで上空へと舞い上がり、その身を翻して急降下。

 軍団長一人を叩き斬る。

 そのまま下降したまま速度を増して空を舞い、加速度を乗せて高速飛行戦闘を繰り広げる。

 飛行能力のそれ程高くないデーモンもブルーノに追従する事ができずにいる為、まずは守護者一隊を殲滅する。

 軍団長を次々に斬り伏せていくと、この戦いが不利と感じた守護者は精霊化。

 続いて魔貴族も部分的な精霊化をしてブルーノに備えるが、その間に全ての軍団長は地面へと落下。

 生きている者もいるがすでに戦えそうにはない。


 精霊化した守護者は風の魔人であり、飛行速度も相当なもので、ブルーノを追いながら他の魔貴族との連携をとって追い詰める。

 しかしブルーノは精霊化した魔貴族を相手に苦戦する程弱くはない。

 ブルーノを迎え討つ魔貴族を精霊剣ごと薙ぎ払い、背後から追いついた守護者を振り向きざまに斬り上げた。

 南の守護者だけありブルーノの斬撃を精霊剣で受ける事ができたものの、力の差が埋まらず上空へと弾かれる。

 斬り上げたブルーノの左脇からもう一人の魔貴族の右袈裟が振り下ろされ、振り上げたままの大剣を体ごと回転して魔貴族へと振り下ろす。

 精霊剣同士がぶつかり合い、威力の高いブルーノの斬撃は魔貴族を地面へと向かって叩き落とした。

 しかし動きを止めたブルーノにデーモンの拳が迫る。

 部分的に強化を高めてその拳を受けるも、あまりの威力にブルーノも地面へ向かって殴り落とされた。


 地面へと突き刺さったブルーノが大地を割って立ち上がると、上空からデーモンの追撃。

 振り下ろされた拳をバックステップで躱して首筋へと強力な斬撃を振り下ろす。

 首に深い傷を残したものの、その強度から両断するまでには至らない。

 傷をものともせずブルーノへと向かって跳躍したデーモンからの強襲に対し、下顎を蹴り上げて距離をとって着地。

 そこへ再び戻ってきた守護者からの暴風の刃の嵐。

 ブルーノは地面を踏み抜き、大地を操作する事で硬度の高い壁を作って防御と同時に守護者の行く手を遮る。

 速度の乗った守護者は避けきれずに壁にぶつかり、地面へと落下。

 立ち止まっているブルーノに魔貴族一人が斬り込むもデーモンへ向かって蹴り飛ばされ、首の回復をしていたデーモンはその魔貴族に拳を振るって払い除ける。

 錐揉み状態で吹き飛ばされた魔貴族はもう戦う事はできないだろう。


 デーモンと守護者が動きを止めたところでブルーノは呪文を唱えて精霊化。

 凶悪な獣魔人へと変貌する。


 超速回復に魔力を注ぐデーモンに詰め寄り、全出力をもって叩き斬るブルーノ。

 最大出力の地属性魔法は一撃の下にデーモンを斬り伏せ、その体を高圧縮によって押し潰す。


 続いて一瞬で精霊剣を構えた守護者の元へと距離を詰め、放たれる高圧の風の刃をそれ以上の強化を持って払い退け、上段から強烈な一撃を振り下ろす。

 精霊剣で受けたとはいえ、その威力に耐えきれずに肩に刃が食い込み、足は地面に深くめり込んだ。


「ぐっ…… さすがは右翼のブルーノ…… 大王に匹敵する強さと言われるだけはある……」


 大量の汗を噴き出し、死を覚悟しながらも戦意を失わない守護者。

 ブルーノは敵とはいえ同じ戦士としてこのような者を死なせたくはないと思う。

 負けた戦士には潔い死を与えてやる事が相手の誇りの為と考えていたブルーノも、朱王や人間達に出会った事で心変わりしたのだろう。


「今は退け。これはお前達では絶対に勝てない戦いだ」


「退く…… わけ、に…… グフッガフッ…… いかん…… 大、王さ、まを…… 魔、王、に……」


「残念ながら我らはすでに魔王と認める者がいる。おそらく…… この戦を一人で勝ち抜ける化け物だ」


 目を見開く南の守護者。

 東の最強の一角である右翼のブルーノが化け物とまで言う者がこの場にいる。

 大王の協力を得てまで捕らえた、デーモンの中でも最強の個体を一撃のもとに斬り伏せたブルーノが言うのだ。

 その言葉に偽りなどあるはずもなく、力なく膝から崩れる守護者の男。


「お前は生きろ。南の大王が倒れようとも南の魔人の為に生きるんだ。国の方針は大王が決めるものだが、魔人の方針は魔王が決める。我らが認める魔王は…… ふふっ、我ら魔人の常識を尽く打ち砕いていくおもしろい男だ。その力も能力も、そして存在そのものも空に見える太陽のような男だぞ」


 ブルーノが言うように大王であるクリシュティナもディミトリアスも朱王が魔王になる事をすでに認めている。

 先のヴリトラゴーストに放った一撃を見れば、殺し合いをした場合に勝てる者など魔人にはいない。

 共に戦って見せた現竜王であるエリオッツと同等かそれ以上の存在だ。


 守護者の男をその場に残し、ブルーノはこの戦いの終わりを見届けに行った。




 左翼デオンは守護者一隊とデーモンを相手に圧倒してみせる。


 朱王との戦闘で学んだ高速飛行戦闘での優位性を活かし、追従する魔人達に差ができ始めたのを確認次第蛇行して速度を乗せたまま強襲。

 倒せないまでも一撃で対象を払い退け、動きが止まったところを、または数が減ったところを斬り伏せる。


 ある時には垂直に上昇して背後に回り込んで火炎弾を放ち、着弾して怯んだところに斬撃を振り下ろせば実力の高いはずの魔貴族でさえも敵ではない。

 精霊化した守護者が相手でも飛行速度と機動力で翻弄し、デオンは精霊化もせずに守護者を圧倒。

 デーモンも同じく高速飛行戦闘で翻弄するものの、その強度から倒し切る事は難しく、圧倒したうえで精霊化してとどめを刺した。


 朱王との戦いの経験と、飛行装備の高い能力のおかげでさらなる強さを手に入れたデオンは、デーモン以外殺す事なく制圧するという圧倒的な強さを見せた。




 クリシュティナは東の国にメレディス一派を嗾けたけしかけた南の魔人と、魔貴族一隊にデーモンを引き連れて西へと向かって他の者から距離をとる。

 先日ヴリトラゴーストが掻き消された場所、今は窪みとなった位置の上空で停止して敵と対面する。


「さて、私の国の民を踏みにじり、多くの者を殺してくれたお前をどう始末してくれようか」


「お前とはつれませんねぇ。私は南の国の守護者にして魔術師のチャンドラーと申します。お見知りおきを、クリシュティナ=オルティス様」


 粘つくような笑みを浮かべるチャンドラーは、美形が多い魔人には見た事がないような醜い顔を持つ。

 その笑みと醜い顔に怒りと同時に気持ち悪さが増す。


「魔術師? もしや魔王様に魔術を施したのもお前か?」


「グッフッフッフッフッ。そうですそうです、そうですとも。どうでしたか? あの魔術は。ヴリトラのゴーストなどこの世に存在しない魔物を作り出した私は天才だとは思いませんか? …… おや? そういえばヴリトラゴーストはどこに?」


「ふん。すでに倒されておるわ。跡形もなく消し去ってな」


「ヴリトラゴーストを…… 貴女方が? 想定した強さはなかったという事でしょうか…… まぁいいでしょう。こうして貴女を実験材料として手に入れる事ができるのですから。貴女の手足を切り落とすのが今から楽しみで仕方がありませんよ」


 ヴリトラゴーストの強さは大王の力を遥かに超えており、エリオッツと朱王、朱雀という大王以上の三人で倒しているが教えてやる必要もない。


「それよりも私がお前を殺せなくなったのが残念だ。この手で引き裂いてやるつもりだったのにな」


「最初から私を殺す事などできませんよ。マクシミリアン大王様が魔王となった暁には私が次の南の大王となるのです。東の大王など私の足元にも及びません」


「それ程の強さを持つとは思えんが、なっ!!」


 クリシュティナが翼を広げると同時に加速。

 チャンドラーへと距離を詰めてその首目掛けて精霊剣を振るう。

 その斬撃は魔貴族に遮られるも、振り抜きながらさらに加速する。

 クリシュティナを追おうと羽ばたいた魔貴族だが、その瞬間に翼がバラバラに切り裂かれて地面へと向かって落ちていく。

 魔貴族を救いには向かわずクリシュティナを追う軍団長五人とデーモン。

 しかし風の魔人であるクリシュティナは速く、追いつく事はできない。

 速度が乗り出した頃にその身を翻したクリシュティナが軍団長達に襲い掛かり、その間をすり抜けざまに暴風をもって飛行装備ごと体を斬り裂いた。

 一瞬にして三人もの軍団長が斬り裂かれ地面へと落下していき、再び戻ってきたクリシュティナに全身を細切れにされて肉片となって落ちていく。

 クリシュティナを追いかけようにも軍団長達の飛行速度では追う事ができず、ただ的として斬り刻まれるのみ。

 ものの数秒で物言わぬ肉片へと姿を変えた。


 次の的にと選んだのはオーガの容姿を残した巨大なデーモン。

 戦う為の翼は持ち合わせてはおらず、ただ移動する為だけに想像したものだろう。

 超高速移動をするクリシュティナを追おうともしない。

 この広い空を縦横無尽に舞うクリシュティナは全方位、あらゆる角度からデーモンへとその斬撃を見舞う。

 斬り刻まれるデーモンは強度と魔法耐性がいかに高いとはいえ、抵抗できなくては戦いにはならず、その体に深い傷痕を負いながら高度を落としていく。

 防御に徹したまま地面に降りて戦いに臨むつもりであろうデーモンに対し、クリシュティナは風の刃渦巻く旋風を精霊剣に纏って突きとして放つ。

 デーモンは体を刻まれながら後方へと飛ばされていった。


 大王であるクリシュティナでも精霊化せずにデーモンを屠る事は難しい。

 吹き飛ばしたデーモン、追従できなかったチャンドラーとの距離を確認して呪文を唱え始める。

 しかし魔術師チャンドラーは朱王と同じく瞬間移動が可能らしく、呪文を唱えるクリシュティナの目の前に現れて頭上から剣を振り下ろす。

 精霊剣を斜めに掲げてその一撃を受け流し、返す刃でチャンドラーに風の凶刃を放つ。

 瞬間移動からの斬撃を受けられるとは思わなかったチャンドラーは焦りを見せつつ再び瞬間移動。

 クリシュティナの背後から精霊剣を振り下ろし、勝利を確信したと同時に吹き飛ばされる。

 クリシュティナが常時その身に纏う風の衣を爆散させ、チャンドラーの体を後方へと吹き飛ばしたのだ。


「む、油断した。新しい装備に傷が…… ないな。素晴らしい防御力だ。しかしその移動法は厄介だな。お前如きが相手でも戦いにくい」


「私に向かって如きですと? 身の程を知らない愚か者が…… それならば私の精霊化をお見せしましょう」


 チャンドラーも呪文を唱えて精霊化をするようだ。


 そこに爆風を背に一瞬で距離を詰めたクリシュティナからの旋風の右袈裟が振り下ろされ、呪文を中断してその一撃を受け、地面に向かって叩き落とされるチャンドラー。


 やられた事をやり返したクリシュティナは再び呪文を唱えて精霊化を完了させる。

 クリシュティナの精霊化は姿形はそのままに、精霊剣から光の刃が薄っすらと伸びるのみ。

 色の魔石により黄色に輝く光の刃は揺らめきながら音もなく薄く伸びている。


 遠くへと吹き飛ばしていたデーモンが咆哮をあげてクリシュティナへと向かって駆け出して来るのを見て、精霊剣を上段に構えて音もなく振り下ろす。


 距離を調整して放った強大な魔力の一閃。


 風の魔法でも物理的な斬撃でもない、空間を斬り裂く絶対断裂魔法がクリシュティナの精霊化の能力だ。

 構わず向かって来るデーモンだが、次第にその体はズルリと滑り落ちて真っ二つに崩れ落ちた。


 そして精霊化を済ませたチャンドラーも地の精霊化を果たし、巨大なゴーレムのような姿でクリシュティナに向かう。

 精霊剣を構えて加速するも、遠く離れたクリシュティナの剣舞によって全身を包み込む鎧は斬り裂かれ、翼も斬り落とされて落ちていく。


 地面へと落下したチャンドラー。

 鎧は全て失ったとはいえ精霊化した事で強度は高く、起き上がって地上に舞い降りたクリシュティナと向かい合う。


「今ここで殺せないのが本当に残念だ。少しずつお前の肉を削ぎ落としてやってもいいのだがな」


「私は負けてなっぎゃあアアアァ!!」


 チャンドラーの右腕を斬り落としたクリシュティナ。

 苦しみもがくその姿を見ながら鼻で笑い、左腕も斬り飛ばす。

 痛みにのたうち回るチャンドラーをしばらく眺め、右足、左足と順に斬り落とした。


 痛みに呻くチャンドラーの髪を掴み、精霊化を解除したクリシュティナは空へと舞い上がり移動を開始する。


「お前の処理は朱王殿に任せる事にしよう。朱王殿であれば我々の想像を絶する苦しみをお前に与えてくれるはずだ。喜んでその苦しみを受けろよ?」


 クククと笑うクリシュティナは朱王が持つ非情さに気付いている。

 味方にとって普段の慈愛に満ちたその姿は全てを照らす太陽のようだが、敵となれば全てを焼き尽くす灼熱の太陽となる存在。

 その朱王が魔王ゼルバードに魔術を仕組んだ相手を前に容赦などするはずがない。

 殺してくれと懇願する程の絶望をチャンドラーに与えるはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る