第257話 殴る

 ジノから魔獣群が攻めて来たとの連絡があったのが午前八時頃。

 連合軍の野営地まではあと二時間はかかるだろうとの予想だ。

 一万と見ていた魔獣群も、ジノの予想を超えて一万五千はいるのではないかとの事。

 さすがにそれ程多くの魔獣と戦った事はこれまでなかったのだが、やはり向こうから宝の山がやって来ると思えば驚異と感じるよりも欲目が勝る。

 こちらは連合軍の最高戦力であり、十時過ぎから戦闘を開始となればこの日のうちには全て討伐する事もできるだろう。


「今日は魔獣群を我々全員で討伐しようか。いつ南の大王が来るかもわからんし早々に終わらせるべきと考えるがどうだ?」


「奴らも危険な夜には移動せんだろうしこちらに向かうとすれば朝のはずだ。距離から考えて夕方までには到着できるだろう。今日発つか、明日発つかはわからんがな」


「あちらも魔獣群の到着はある程度予想してるだろうし、たぶん今日来るかな。パパッと終わらせて大王を待ちましょうか」


 魔獣群一万五千体が相手と聞いてもこの余裕。

 大王二人と右翼、左翼、守護者に魔貴族というこれだけの戦力があれば、魔獣群が一万五千来ようとも驚異とはならない。

 これがもし一般兵で迎え討つとすればその被害は甚大だろうが、こちらは最初から主戦力で対応。

 どう考えても過剰戦力と思われる連合軍なのだ。




 報告を受けて一時間後には平原のやや東寄り、中央付近へと移動して待機。

 朱王達が作り出したマグマの穴も今では冷えて固まっている。


 遠くから地鳴りのような音が響き渡り、魔獣群の到着が近い事がわかる。


「さて、我々も準備運動といこうか」


「久しぶりの戦いだ。肩慣らしには丁度いい」


 ここにきてようやく戦いに参加する事となるクリシュティナとディミトリアスは少し嬉しそうだ。

 魔獣群を相手に準備運動としか思っていないあたりは実力がものを言う魔人故か。


 平原に出て来たところから加速する魔獣群。

 その数の多さから数百メートルに渡って広がる魔獣群は、足の速い魔獣を先頭に次々と向かってくる。


 ディミトリアスが駆け出して接敵した上級魔獣を数十メートル後方へと蹴り飛ばし、蹴られた魔獣は大量の魔獣を巻き込んで転がり血肉を撒き散らす。

 そこから離れた位置ではクリシュティナが風の刃で嵐の如く魔獣の群れを切り裂いていく。

 他の守護者、魔貴族もそれに続いて向かってくる魔獣を討ち倒す。


 足の速い魔獣を討ち止めていき、前方に進めず集中しだした魔獣群。

 そこに範囲魔法を得意とする部隊の殲滅魔法が降り注ぐ。

 カミンの爆破、毒魔法に続き、マーリンとメイサの火炎暴風魔法。

 スタンリーとエルザも同じく連携をとり、風魔法を得意とするルディも朱雀との連携、夫婦であるデオンとステラも火炎暴風魔法で殲滅する。

 四本の炎を放つ竜巻が生まれ、大量の魔獣が切り刻まれ、焼き殺された死体が空を舞い、地面に残る魔獣に質量弾として降り注ぐ。


 朱王はストーンズ数名を引き連れて魔獣群の中央に降りて無双する。

 ただ歩き進みながら向かって来る魔獣を一瞬で斬り伏せ、ストーンズが魔石に還して死骸が邪魔にならないようにする。

 そんな朱王の戦いを見て他の地属性メンバーもストーンズを引き連れて戦う事にしたようだ。

 他属性の者ではストーンズを巻き込む可能性もある為、地属性の者のみこの方法で戦う。


 中央無双組と魔獣群の外側からは殲滅部隊の範囲魔法。

 一万五千体もいた魔獣群もその数をどんどん減らしていく。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 マクシミリアン達が平原上空に到着した頃には魔獣群を全て討伐し、少し遅めの昼食をとっていたところだった。

 まだ戦闘中だった一時間程前にジノから連絡を受けており、全て倒し終えたところでまず食事をしようという事になったのだ。

 ジノも高速飛行が可能な為、見張りを終えて野営地へと戻って来て食事中。

 この後はストーンズやレイヒムの護衛としてこの場に留まってもらう。


「朱王様。マクシミリアン大王他魔貴族の部隊が来たようです」


 食事をしながら南の空をズーム機能で見ていたフィディックが報告する。


「そっか。じゃあ食べ終わったら行こう。レイヒムこれおかわりお願い」


「むぐっ、私も貰おう」


「我はデザートが欲しい」


「私も食べたい!」


 運動した後で誰もが食欲旺盛のようだ。

 今朝焼いたパンと魔獣肉のステーキ、野草のサラダに魔獣の卵を使ったスープにデザート付き。

 食後に紅茶を飲んだらこちらも出撃としよう。




 紅茶を飲んで一息ついた連合軍は、飛行装備を広げて平原の中央へと移動を開始。


 マクシミリアンも自分達に向かって来る五十近い魔人に驚きを隠せない。


「久しいなマクシミリアン大王よ。この戦に決着をつけようではないか」


「ディミトリアス…… と、クリシュティナだと!? ちっ、メレディスの奴、失敗りおって!」


「やはり貴様の差し金か。借りは返させてもらうぞ」


 クリシュティナは魔力を放出して怒りを露わにし、東の国の魔人達は当然のように怒りに魔力を放出する。


「ん? 私がゼルバードの仇を討つつもりだけど?」


 やはりここにきてもクリシュティナと朱王も自分がマクシミリアンと戦うつもりなのだ。


「いや、マクシミリアンは私に譲ってくれ。ゼルバード様の仇を私がこの手で討ちたいのだ」


 ディミトリアスも戦うつもりだ。

 元々対峙した者が相手取るとしていたのだが、こうして全員で相対した場合を考えていなかった。

 困った三人はマクシミリアンを誰が相手をするのか話し合う。

 この戦場で連合軍の最上位に位置する三人がマクシミリアンを奪い合うという謎の光景。


 数分間の言い争いの後、戦う権利を得たのがディミトリアス大王だった。

 クリシュティナはメレディスを送り込んだであろう魔人を相手にする事を条件に諦め、朱王はゼルバードを弔う事と仇を討つ事のどちらをとるかと問われ、この究極の選択にゼルバードを弔う方を選んだ。

 ただし、一発だけはマクシミリアンを殴らせてほしいという事でそれをディミトリアスは了承。

 マクシミリアンの奪い合いはディミトリアスが勝利した。


「おのれ…… 貴様ら舐めおって……」


 怒りを見せるマクシミリアンだがクリシュティナにとってそんな事はどうでもいい。


「東にメレディスを差し向けたのはどいつだ? 私の相手をしてもらおうか」


「ふひひひひ。私をご所望のようですねぇ。大王様、クリシュティナを倒した暁にはこの私が頂いても? 実験にこれ程良い素材はおりませんからねぇ」


「ああ。デーモンと一軍をもって必ず打ち倒せ。守護者には守護者一隊を、右翼、左翼にはデーモンと守護者一隊で対処しろ。他は残りの者を好きに殺して構わん」


「おや? 私の相手は?」


「お前なぶぉっっっ!!!」


 質問に答えようとしたマクシミリアンの目の前に瞬間移動した朱王は全力強化した拳で殴り飛ばす。

 その勢いはマクシミリアンの予想を超えて顎と頬骨、首の骨をも打ち砕き遥か遠くに飛んでいく。


「朱王殿…… 今一撃で殺すつもりだっただろう」


「うん。残念ながら死ななかったけどね」


 呆れ顔のディミトリアスはぶっ飛ばされたマクシミリアンを追って空を舞う。


「おのれ!!」


 呆然としていた魔貴族だが、ふと我に返り、朱王に斬り掛かるが一撃のもとに斬り伏せられて地面へと向かって落ちていく。

 朱王を警戒して動きを止めた魔貴族達。


「俺の相手は誰だ? 場所を変えるぞ、ついて来い」


「全員、味方を巻き込むなよ」


 マクシミリアンからの指名を受けたブルーノやデオン、守護者達はそれぞれ移動を開始。

 指示を受けた魔貴族隊が後を追う。


 指示のない残った敵陣は魔貴族と思われる四十人程と軍団長が五十程。

 軍団長の数に対して魔貴族が多いが、単純に軍団長クラスを魔貴族に位を上げただけではないだろうか。

 デーモン二体もいるがどちらも守護者以上に強力な魔力を秘めている。


 それに対してこちらは朱王を始めとしたクリムゾン五名と、北と東の魔貴族が三十六名。

 デーモン一体はルディに任せ、もう一体は朱王が相手でいいだろう。

 飛行装備で性能が上回るこちらの魔貴族であれば、南の魔貴族と軍団長が複数相手でもなんとかなるだろう。


「じゃあみんな。必ずしも敵を殺す必要はないが…… 君達が死ぬ事だけは許さないよ。勝ってまた勝利を祝おうか」


「おお!!」と掛け声をあげて応える連合軍。

 朱王がデーモンに斬り掛かり、ルディも一体に向かった事で戦闘が開始された。




 朱王は少し物足りないが、デーモン一体を相手取る。

 予測と操作と確定で、強化のみでデーモンを圧倒。

 デヴィル化しているとはいえ、以前戦ったグレンヴィルのデヴィルよりも弱い。


 ルディが戦うデーモンもデヴィル化しており、個体の能力としては守護者をも大きく上回る。

 本来魔人といえども複数名で戦うデーモンが相手ではルディも苦戦を強いられる。

 通常の状態ではその攻撃力に耐えきれずに飛行装備で加速。

 距離をとったところで呪文を唱えて精霊化し、スタンリーとは違う風の魔人へと姿を変貌させた。

 元の精霊化に朱王のイメージを加えた悪魔の如き風の精霊。

 黒い二対の翼を持ち、頭からは角を生やしたルディの持つ朱王のイメージを形にしたようだ。

 本来であれば姿を変える事のない精霊化も、ルディが新たに知った最強の存在をイメージに加える事でこの変貌を可能とした。

 超高速飛行戦闘はこれまでの速度を優に上回り、デーモンもその動きを捉えきれずに翻弄される。

 加速した斬撃はその威力を高め、高出力の風の刃がデーモンの体を切り刻んでいく。


 カミンは通常の魔貴族を相手に戦闘を開始。

 人間と見縊った軍団長がカミンを相手に爆殺される。

 一撃で死んだ部下を見て次の魔貴族は精霊化してカミンに挑むが、魔法陣を発動したカミンに半端な攻撃は届かない。

 全力で斬り込む魔貴族と爆破で受けるカミン。

 魔法陣によって強化された爆水はどの属性魔法と比べても威力が高い。


 マーリンやメイサも魔貴族相手に奮闘する。

 二人にとっては対等と思われる魔貴族の強さだが、これまでの訓練もあって後れをとる事はない。

 一対一での戦いであれば魔貴族を相手にも立ち回れる程までに成長している。


 フィディックは魔貴族相手でも氷結魔法を駆使して優位に戦闘を運ぶ。

 飛行装備で速度で勝り、氷結魔法で相手を鈍らせ、威力をも引き下げ圧倒する。

 軍団長が加わろうがそれ程戦闘に支障はない。


 朱雀は魔貴族を相手にいつも通り遊びの延長。

 炎の斬撃で弾き飛ばし、逃げる魔貴族を追い回し、ブレスを吐いてはまた斬り掛かる。


 アリスは魔人達が見た事もない雷魔法の使い手だ。

 両手のナイフを自在に操り、雷魔法による高速移動で相手を翻弄し、切り結べば雷撃による麻痺を残す。

 不利とみた魔貴族が距離をとろうと加速するが、アリスの飛行速度、移動速度は相手を逃す事はない。

 精霊化もさせずに倒し切ろうとナイフで襲い掛かる。


 マーシャルは魔貴族とはいえそれ程戦闘に特化した者ではないのだが、能力の高い飛行装備のおかげで上位の魔貴族相手に戦闘を優位に運ぶ。

 アリス同様相手に精霊化させずに倒すつもりで精霊剣を振るう。


 アイザックも戦闘が得意ではないとはいえ、速度が上回れば上位の者が相手でも負ける事はない。

 精霊剣を握りしめ、得意魔法である水の刃を放ちながら魔貴族を追い詰めていく。


 デオンの妻ステラもさすがは大王の娘だけあり守護者並みの強さを持つ。

 魔貴族を圧倒し、すでに三人の魔貴族と四人の軍団長を斬り伏せている。

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