第256話 南の進軍
北と東、クリムゾンの連合軍が魔王領に到着すると、西と南の見張りの魔人達が移動を開始していた。
以前朱王達が来た事で警戒を強めており、次に現れた場合はすぐに報告に向かうよう国の上位者から指示を受けていた。
そして第一陣として魔王領内に配備していた魔獣群はすでに進軍を開始している。
もし北の国の魔人がゼルバードにまだ触れていなかったとしても魔獣群が魔術を発動させる事になるだろう。
南の見張りを担当していた魔人が、翌日の朝には上位者の待機する砦へと到着して報告。
夜目の効かない魔人である為夜間飛行は速度も遅く、夜通し移動して昼前にようやく到着する事ができた。
「大王様。北の国がゼルバードの元へと参りました。おそらくは死体の回収をするかと思われます」
「向こうは何人来てるんだ?」
「約五十程の魔人を確認しております。いずれも高い魔力を持つ事から国の上位の者達かと」
「よし。こちらからも魔獣群を出せ。奴らがヴリトラに苦戦しているところを蹂躙してやるのだ」
クククと笑うマクシミリアン大王。
準備を整えた南の国では多くの守護者を従え、魔貴族も優に五十を超える。
さらに魔人一万と魔獣の群勢二万を用意しており、五体ものデヴィル化したデーモンも従えている。
これだけの戦力であれば北の国相手に負けるはずがない。
そのうえゼルバードに仕掛けた魔術によってヴリトラがゴーストとして蘇るのだ。
北の国の守護者、魔貴族ではヴリトラを倒せるはずがなく、大王であるディミトリアスも物理の通用しないゴースト相手には手も足も出ないだろう。
メレディスによって東の国も抑え、万全の状態での開戦となるのだ。
この北の国との戦いを終えれば次は西の国との戦争だ。
西が人間を相手に苦戦するとも思えないが、それでも圧倒的に数の多い人間相手には戦争も長引く事になるだろう。
人間領と戦う西の国を南の国が挟み討ちにする。
西の国が抱える厄介な魔獣の群勢は人間領へと向けられ、南が相手をするのは西の魔人のみ。
魔人領最大の国である為、魔人の数が多いとしてもこちらは充分な戦力を残して西に臨む。
ヴリトラゴーストさえも西に差し向ければその被害も甚大だろう。
この後ヴリトラゴーストが蘇れば、他に待機している見張りの者が報告に来る。
報告を受け次第魔人軍は出陣、飛行装備を持つ者は明日以降にでも出ればいいだろう。
その日の陽が沈む頃にはヴリトラゴーストが蘇ったとの報告を受ける事になる。
「クハハ。ゼルバードに触れてしまうとは愚かな奴らよ。勝ち目のない戦いをせざるを得んだろう。逃げたとしても魔獣群が後を追うだろうしな」
「はい。魔獣群第一陣は今頃あちらに到着している事と思われますので決着ももうすぐかと」
「では今すぐ魔人軍を出撃させ北の国を制圧に向かわせよ。ただし西の国への兵としても使うからな、殺しすぎるなと伝えておけ」
マクシミリアンは魔獣軍の第二陣の到着を明後日の昼過ぎと予想している。
そして魔獣群よりも移動の早い魔人軍が今から向かうとしても到着は明後日の夕方あたりか。
魔王領から北の国領内に入ってしまうかもしれないが、魔獣の群勢が攻め入れば北の魔人達もこちらに従わざるを得ないはずだ。
北の魔人を徴兵し、魔獣群と共に西の国へと進軍させればいいだろう。
余裕をもって北の国に勝てると考えれば酒の味もまた格別なもの。
勝利の酒だと見張りの魔人も含め、守護者や魔貴族を集めて宴会を始めた。
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マクシミリアンが酒を楽しみ出した頃。
すでにヴリトラゴーストは朱王達の手によって倒され、魔獣群の第一陣は残すところ三百体程度。
上位個体がそれ程多くはなかった為、この日の戦闘で怪我を負った者はいないようだ。
デーモンもこの日は現れる事なく大王達の出番はなかったが問題はないだろう。
そのまま放置すると大量のゴーストを生み出す事になる為、北の国の人間二十名による地属性魔法の拡散。
魔獣の死骸を魔石へと還していく。
そして戦闘も終わりが近いとカミン達も魔石に還す手伝いだ。
元々魔石は地面に転がしておくつもりだったのだが、思いの外順調に事が進んでいる為回収してしまおうと、右翼のブルーノや地属性魔法の得意な魔貴族には魔石運びを手伝ってもらう。
本来、魔人の国の上位者が戦争の事後処理などするものではないが、人間達の手によって還された大量の魔石は国を動かす宝の山。
様々な機能を備えた魔石はここしばらく魔道具を見てきた為知っている。
生活魔道具としての使い道のない魔石でさえモニターなどの動力となる為、燃料としての価値を持つ。
大事な価値ある魔石を魔獣に踏み荒らされたくもないのだ。
空に闇が広がり出した頃には魔獣群の第一陣は全て壊滅。
魔獣の死骸も三分の一ほど回収できている。
野営地へと戻り、この日出番のなかった大王達に迎えられて労いの言葉をかけられる守護者、魔貴族達。
朱王もカミン達にお疲れ様と、冷えたお酒の炭酸割りを渡す。
すでに酒を飲んでいる朱王とエリオッツだが、ヴリトラゴーストを倒しているので誰も文句はない。
全員に炭酸割りが行き渡り、この日の勝利を祝って乾杯をした。
疲れて朱雀丸に入って寝ていた朱雀も出てきて料理を楽しみ、いつものようにレイヒムの作るデザートを食べて満足そう。
見た目お子ちゃまな朱雀はやはり酒よりも甘いデザートの方が好みのようだ。
美味しい料理と冷えたお酒を口にすれば戦いでの疲れもふっ飛ぶというもの。
カラオケはなくとも楽しく盛り上がる。
ゼルバードにも同じ料理とお酒を供え、仕組まれた魔術から解放された事を嬉しく思う朱王。
「エリオッツ。君が来てくれてよかったよ。ありがとう」
「うむ。だが我もルシアン様を本当の意味で眠らせる事ができたのだ。ここに来て良かったと思ってる。それに…… 今こうして楽しめてるしな!」
「そうだね。人間と魔人だけじゃなく竜人とも仲良くできてるんだよねー」
「今後はエルフも仲間に入れてやってほしいところだがな」
「今後他種族合同の宴会やらないとね!」
他種族合同の宴会とはどこでやるつもりだろう。
ここにいる魔人達としては人間領でと期待が膨らむ。
朱王達の手によって北の国も随分と発展を遂げているが、人間領にはまだまだ遠く及ばないだろう。
人間領を知れば知るほど遊びに行きたくなる魔人達なのだった。
またこの日、朱王の元には人間領から連絡があり、西の国で確認された魔獣群が動き出したとの報告を受けている。
開戦となるのはおそらくは明日の午前中。
予想される魔獣群の数は五万を超えるだろうとの事。
ザウス王国からは充分に距離を取った林の中や平原で戦う事にするそうだ。
翌日は南からの襲撃はなく、国境付近からの移動ともなればまだまだ時間はかかるだろうと、残る魔獣の死骸を魔石に還す作業を進めてもらった。
午前中には回収を終え、午後からは集めた魔石がどんな効果を持つのか調べてみる。
魔石を少し削ってミスリルナイフに触れさせると反応が起こる為、その魔石の機能がわかるという簡単な方法だ。
その方法でわからない物に関しては朱王やカミン達がヒントを与え、自分達でまた調べさせる。
人間領でほとんど知られている魔石なのだが、自分達で調べる事で学ぶ事は多い為、あえて朱王は教えない事にした。
ただ教えられるよりも興味から得られる知識の方が何倍も価値があるだろう。
今後人間領との取り引きにも役立つ為、たくさんの知識を身につけてほしいものだ。
大量にある魔石を生活魔道具に使える物と燃料代わりの物、他に変わった性能を持つ魔石などに選別していった。
この時、魔獣を魔石に還す事のできる人間達を特別と見たアリスは、魔石還し隊ではあまりにも呼び方が気に入らないと隊の名前をつける事にした。
そこで石をそのままに【ストーンズ】と命名。
朱王の言う「転がっちゃう?」の意味はわからなかったがストーンズのメンバーは少し嬉しそう。
途中、空を飛ぶ南の国の偵察員と思われる魔人を見つけたグレンヴィルが捕縛。
飛行装備を奪い、南の情報を聞き出すべく拷問をしようと大王や朱王の元へと連れて来た。
しかし朱王は敵国の兵とはいえ拷問などするつもりはなく、いつもの殺気を放った「君は私の敵か?」という質問をするのみ。
震える魔人が許しを乞うと、食事を与えて懐柔を始めた。
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マクシミリアンが魔人軍を出撃させた二日後の朝。
「では我々も北に向けて出撃する。北の魔貴族共はすでに壊滅状態とは思うが、残っていた場合は一人残らず始末しろ」
砦を捨てて空へと飛び立つマクシミリアンと五十を超える魔貴族達、そして百を超える軍団長。
マクシミリアンを始めとして守護者十二人が続き、魔貴族軍とデーモン五体も空を舞う。
ここからヴリトラゴーストがいる平原までは相当な距離があるが、夕方頃には到着する事ができるだろう。
魔人軍を追い抜く事になるが、先に北の大王領を制圧してしまうのも悪くはない。
すでに北の五十程いたという魔人も始末できただろうと予想するが、もし北の大王や守護者がいたとすればまだ生きている可能性もあり、弱りきったところを嬲り殺しにするのもいいだろうと口元を歪めて笑う。
勝利を信じて疑わないマクシミリアンは苦しむ北の国を想像しながら魔王領の空を飛んで行くのだった。
マクシミリアン達の移動中、二度空を舞う魔獣が襲い来るも部下によって斬り倒し、順調に魔王領のヴリトラゴーストがいるであろう平原を目指す。
途中、魔人軍が移動する様を上空から確認し、到着が日没頃になるだろうと予想しつつ北へと翼を羽ばたかせる。
大隊長と思しき魔人を先頭にして走る魔人達が速度を上げて北を目指す。
まだ陽が上天から半分程傾きを見せた頃、マクシミリアンは魔王領の平原の空へと辿り着いた。
「なんだ、これは…… 我が魔獣群が……」
そこにはヴリトラゴーストの姿はなく、南の国が何年もかけて集めた魔獣群も全て壊滅。
多くの戦闘の痕は見られるものの、そこに動く者の姿はない。
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