第255話 魔獣の群勢

 朱王が昼寝を始めて四時間。

 ようやく目を覚ましたのだが、昼寝にしては長すぎではないだろうか。


 エリオッツの戦いも熾烈を極め、多少ダメージを負いつつも善戦しているようだ。


 ジノからはあと一時間もすれば魔獣の群勢がこの平原に到着するだろうと連絡を受けている。

 すでに今夜の食事の準備を始めているレイヒムは移動するつもりはない。

 野営地をこの場に移し、魔獣の群勢を迎え討つのは平原の南側がいいだろう。

 大王二人とレイヒム、ルディと朱王、食事をする朱雀を残して連合軍は翼を広げて南へ向けて前進を始めた。




 軽く伸びをして体の状態を確認する朱王。

 朱雀は満足したのか腹をポンポンと押さえながら朱王の隣に立つ。


「じゃあルディ。レイヒムをお願いね」


「私は前線に出なくてもよろしいのですか?」


「ジノからデーモンもいたって聞いてるからね。大王二人にはデーモンを、何体いるかわからないからルディはその控えとして残ってほしい。もし数が多ければ右翼と左翼にもデーモンの相手をしてもらうよ」


「デーモンか。ルディ一人で勝てるか?」


「朱王様のご期待に添えるよう努力します」


「必ず勝て。命令だよ」


 朱王らしくない命令だが、ルディはデーモンと戦っても勝つだけの実力はあるはずだ。

 しかし妻を守り切れなかった事で自信を失ってある可能性もあり、今後の朱王がルディに望む姿に近付ける為、あえて厳しい命令を出している。

 ディミトリアスとクリシュティナ、ルディとレイヒムに見送られ、朱王と朱雀はヴリトラゴーストと戦うエリオッツの方へと飛び立った。




 ある程度削り取る事ができただろうと、ヴリトラを引き付けるエリオッツにメールを送って隙を待つ。


「じゃあ朱雀。隙を見て全力でいくよ」


「倒せるかはわからんがやってみようかの」


 朱王と朱雀はある程度距離をとって上級魔法陣インフェルノを発動。

 一瞬で周囲一帯の温度が急上昇する程の高熱となり、紫色の業焔を放つ朱雀と紅蓮の紅炎を纏う朱王。

 朱雀は初となる全出力での一撃となるだろう。

 そして朱王は以前エリオッツを相手にした時よりも高い出力での紅炎だ。


 ヴリトラもこちらの魔力に気付いているだろう、隙をついたところで瞬間移動で躱される可能性もある。

 完全に無防備なところを狙う為、朱王と朱雀とでタイミングをずらして攻撃するのがいいかもしれない。


「朱雀。私が先に行くからその後お願いね」


「うむ。当たらねば意味がないからのぉ」


 しばらくしてエリオッツがヴリトラの下顎を突き上げたところで隙ができた。

 朱王はヴリトラの首元へと瞬間移動し、超高出力となった紅炎で神速の抜刀。

 朱王の最速攻撃にヴリトラの瞬間移動も間に合わない。

 300メートル程もある巨体が紅炎に包まれ、大地も融解する程の超高熱。

 そこに朱雀からの紫炎の特大ブレス。

 膨大な魔力によるブレスはゴーストにも有効な超威力業焔魔法だ。


 朱王は全出力での紅炎だった為瞬間移動に使用した魔力量は膨大だ。

 同じ技二発分の魔力を消費している。


 ゴーストに対しても相当なダメージを与え、魔力量を削り落としたとしてもまだ倒し切れてはいない。

 朱王と朱雀の最高出力技を受けて今も紅炎に包まれている為、とどめの一撃を放つべきだろう。


 ここで朱王は以前思いついた一つの事を試す事にした。

 朱雀丸にエンチャントしてある【火炎】を自身の得意魔法である熱能力、【灼熱】を新たにエンチャント。

 炎ではない純粋な熱量としての魔法が可能となる為、光や燃焼といった消失のない熱エネルギーとしての能力となる。

 エリオッツの純粋なエネルギーとしての出力に近付ける事ができるだろう。

 エンチャントしたばかりの灼熱に魔法陣インフェルノからの熱魔力ブースト。

 そこに朱王のイメージとが重なり、炎として放たれていた紅炎の揺らめきが消えて朱王の制御する世界が紅へと染まる。

 朱王自身が熱エネルギーの塊となり、熱せられた空気が周囲へと広がり爆風を生み出した。


 朱雀は再び業焔によるブレス。


 エリオッツも朱王の放つこの熱量に驚きつつも、真竜剣ルゥを構えて最高出力で魔力をエネルギーに変換する。


 今もまだ燃え続けるヴリトラに朱雀のブレスが放たれ、ヴリトラの巨体から魔力を大量に削り取る。

 続け様にエリオッツの斬撃が放たれ、朱王も熱エネルギーによる一撃を放つ。


 三体の精霊魔法、魔導によりヴリトラゴーストの精神体はその超威力によって消滅した。

 大地が数キロにも渡ってマグマ化しているが、今は気にしなくてもいいだろう。


「おのれ、朱王よ。我にゴーストを任せて昼寝しておっただと!?」


「最初に結構魔力使っちゃったからね。エリオッツが戦えるように調整したんだから仕方ないでしょ」


「なにぃ!? 我一人でも戦えただろ!」


「まぁよく戦えたと思うよ。エリオッツが削らなかったら最後のでも倒せなかったかもしれないしね」


「ふふん。そうだろう」


 エリオッツとしては戦えていたと自負するものの、朱王は最初の戦闘でヴリトラゴーストの動きを操作して数通りのパターンを作り出す事に成功している。

 いくら強大な魔力を持ちその破壊性能を持とうとも所詮は魔獣。

 エリオッツの攻撃を受けた直後にそれ以上の斬撃を受け続ければ、ヴリトラゴーストも無意識的にも反応してしまう。

 その一瞬を逃さず立ち回れるエリオッツであれば、パターン通りに動くヴリトラに対応できる。


「そんな事より腹が減ったのぉ。さっきも食うたがまた食事としようかの」


「む! 我も食う!」


「もう充分働いたしいっぱい食べて酒も飲もう!」


 魔力を放出して疲れ果てた朱王と朱雀、エリオッツは野営地に戻ってレイヒムの美味しい料理を食べる事にした。

 朱王も朱雀も食べてばかりだが、魔力の回復には食事が最も有効だ。

 食ったそばから魔力に変換されていく為、満腹になってもまたすぐに食べられるのだ。


 ヴリトラ戦を見守っていたディミトリアスとクリシュティナもあまりの高出力に顔をひきつらせる。

 手加減をしない相手を殺す為の攻撃であれば朱王も朱雀も魔人の出力を優に超える事がわかった。

 右翼と左翼との戦いでさえも全出力ではなかったのだ。

 この時点で両国の大王としても、朱王が魔王になると言えば認めざるを得ないだろう。




 魔獣の群勢に備えて南の平原へと場所を移動した守護者や魔貴族達だが、後方で行われていたヴリトラゴーストとの戦いが終局を向かえる事を肌で感じていた。

 それもそのはず、数キロも離れたこの位置でさえ朱王と朱雀から放たれる熱気が灼けつく程の熱量となって背後から届くのだ。

 魔獣の群勢でさえも足を止めざるを得ない超高火力の魔法が放たれ、世界を焼き尽くすような高熱がヴリトラゴーストとその周囲一帯を包み込む。

 実際に地面は溶け出し、ゴーストの下に位置する大地はドロドロのマグマとなっている。


 その後また動き出した魔獣の群勢だが、再び超強大な魔力の放出に足を止め、爆風に煽られて身動きが取れなくなり、待機するこちらの連合軍も身を低くして爆風に耐える。


 三度の超威力魔法が放たれると巨大なヴリトラゴーストの姿が失われ、大地が数キロにも渡ってマグマ化していた。

 連合軍もあと少し後方で待機していたら味方に全滅させられていたかもしれない。


「さすがは朱王様と朱雀様。凄まじい威力ですね。聞いてはおりましたがエリオッツ様も素晴らしい一撃をお持ちのようです」


 うんうんと自分の主人の超威力技に驚きよりも感心しているカミン。

 魔獣の群勢を前にしても恐怖など感じる事もなく、ただ朱王達の作り出した光景を見て嬉しそうにしている。


「さて、私も朱王様から開戦の狼煙を上げろと指示を受けていますからね。準備を始めましょうか」


 魔剣ティルヴィングを手にしたカミンは空高く舞い上がり、上級魔法陣を発動して分厚い雲から大量の水分を集め始める。

 以前ヒュドラを倒した時と同じように直径10メートル程のニトロ球を練成し、カミンは精霊ウィンディーネに追加で魔法イメージを送り込む。

 またいつものように口角を吊り上げて笑い出すカミンの精霊サキル。


 準備を終えたカミンは魔獣の群勢の中心地へとニトロ球を投下。

 落下速度が加わり、魔獣数十体の頭上に落ちるとその大量のニトログリセリンが超特大の爆発を巻き起こす。

 水辺であればさらに威力を引き上げる事ができたのだが、ここは地上であり魔獣の群勢の中心。

 300メートル程の範囲にいた魔獣の体が爆散し、その周囲にいた魔獣も血肉を撒き散らしながら爆心地を中心に吹き飛ばされていく。

 さらに撒き散らされたのは魔獣の血肉だけではない。

 致死性の高い毒魔法を空気中の水分に乗せて撒き散らしている。

 人間や魔人には効果がない特別な毒魔法。

 リゼも使える改良されたバジリスクの毒だ。

 毒を吸い込んだ低位の魔獣は次々とその命を刈り取られ、バジリスクより上位の個体以外は数キロの範囲に渡って倒れていく。

 カミンの最初の一撃のみで二千近い魔獣が地に伏す事となった。


 カミンが開戦の狼煙を上げると、マーリンとメイサが空を舞う。

 二人も上級魔法陣を発動し、メイサが精霊魔導として巨大な竜巻を作り出し、そこにマーリンの豪炎で巻き込まれた魔獣の群れを焼き殺す。

 二人の連携魔法は魔力の消費を抑えつつも高い効果を発揮する。


 殲滅級の精霊魔法で魔獣の出鼻を挫き、そこに右翼のブルーノがその力をもって魔獣を屠る。

 右に薙ぎ、振り下ろし、斬り上げる。

 強化のみのその一振りが魔法攻撃をも上回る威力を持ち、魔獣の個体差問わず一撃の元に叩き伏せていく。

 右翼が出れば左翼も炎を放って焼き殺す。

 カミンの殲滅級魔導で生き残った上級魔獣を一撃で斬り伏せ、倒れる魔獣の体は炎に包まれて再生する事も叶わない。

 右翼と左翼が進軍を止めた魔獣群を蹂躙していく。


 フィディックも下級魔法陣を発動した氷結精霊魔導で魔獣の群れに剣を振るう。

 斬り込んだところで凍り付かせ、表面から砕くようにして魔獣を叩き伏せていく。

 魔獣の数が多いだけに魔力を温存しながらの戦いだ。


 東の守護者、魔貴族も魔獣の群れへと飛び込んで精霊剣を振い始める。

 魔族の上位に位置する魔貴族の戦いであり、並の魔獣に後れをとる魔人達ではない。

 自身の得意属性魔法で放つ一撃は魔獣に耐えられるような威力ではなく、また、精霊剣による剣術はいずれも高い剣技を持って対象を斬り伏せる。


 北の守護者、魔貴族も出撃。

 前方の魔獣群を東の国に任せ、カミンが作り出した爆心地の後方側に飛び込んで戦闘を開始する。

 精霊魔導を手に入れたセシールとアリスは下級魔法陣を発動し、セシールの精霊ウィンディーネによる水刃の嵐。

 空気中の水分だけではなく倒れていく魔獣の血をも巻き込んで強大に膨れ上がり、撒き散らされた水と血が辺りを埋め尽くす。

 セシールが標的を絞って斬り込み移動を開始すれば、血溜まりとなったその場所へとアリスは天から雷を呼び落とす。

 暗雲立ち込めるこの状況では普段以上の雷魔導を放つ事が可能だ。

 血溜まりへと踏み込んだ魔獣群は光に包まれると同時に体内を焼かれて倒れていく。

 スタンリーの風刃、エルザの炎舞、グレンヴィルの物理的な破壊性能。

 いずれをとっても東の国に後れをとる事はない。

 魔貴族達も守護者に続いて魔獣群を圧倒する。

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