第254話 発動

 魔王領までの空の旅は順調で、三日と経たずにゼルバードの眠る平原まで辿り着いた。


 ゼルバードの為に建てた屋根から少し離れた位置に野営地を設け、翌日以降にゼルバードの弔いを行う事とする。

 木を切り出して棺桶を作り、ゼルバードのそばに置いて明日納棺するつもりだ。

 朱王としても最後にゼルバードと酒を飲みたいのだろう、魔人達に頭を下げて二人だけにしてくれるよう頼んでいた。

 そして国境付近にまだ北の国の魔人達は到着していないのだが、南の国が動くとしても衝突まであちらも数日かかる為問題はない。

 ただゼルバードの死体を見守る他の国の魔人達は自国の上位の者に報告に向ったのだろう。

 少し大きな魔力が遠ざかって行くのが確認された。

 こちらが大勢で来ているのでそれも当然だ。




 その日の夜は朱王一人がゼルバードのそばで酒を飲み、野営地ではレイヒムの作った料理が振る舞われた。

 北にも東の国にも人気のレイヒムの料理は、野営地でもその味は健在だ。

 魔石に還し隊の人間達もいつもの宴会の準備で料理を手伝っている為、獲物の処理や簡単な調理もお手のもの。

 大量の料理が作られていく。

 ゼルバードにもうちの自慢のシェフの料理だと言いながら朱王が供え、レイヒムは少し離れた位置から礼をする。

 朱王の気持ちに配慮した優秀な部下である。

 そしてこの日だけは朱雀もゼルバードのそばに寄る事はなかった。






 翌日には雨除けにしていた屋根を取り払い、棺桶の蓋を開けてゼルバードのそばでしゃがみ込む朱王。


 手を伸ばし、その肩に触れ、抱き抱えたところで魔術が発動。

 違和感を覚えるも朱王はゼルバードの遺体を棺桶へと納め、魔人達の元へと運んで供養をする。

 そこにカミン達が集めてくれたのだろう。

 全員が小さな花束を手に持ち、棺桶の上に重ねていく。


 発動した魔術は地面へと吸い込まれ、魔力感知には地中深くから得体の知れない何かが登ってくるように映る。

 地面からは揺れはないものの、次第に強大な魔力と全身がヒリつくような殺意を感じ始める。


「エリオッツ。君を呼んだ甲斐がありそうだよ」


「この魔力…… まさか」


 地面から浮き上がった超巨大な魔力の塊。

 その体は全長数百メートルにも上るであろう、空を覆い尽くすかの如き翼を持ち、城をも一噛みで砕けそうな程に巨大な顎を持つ魔竜が半透明な姿で目の前に現れた。


「そう。ヴリトラ化したかつての竜王ルシアンのゴーストだ。以前ここにゼルバードが地中深く埋めたって言ってたからね。もしかしたらヴリトラゾンビとかボーンドラゴンとかそんなのが出てくるかと思ったんだけど違ったね」


「ルシアン様の…… ゴースト…… 我の物理攻撃で勝てるのか?」


「無理でしょ。魔法攻撃しか通用しないと思うよ」


 ヴリトラゴーストが上空を見上げて咆哮をあげた。

 声を出す事はできないが、魔力の放出により大気を震わせ低音の振動が響き渡る。

 そして顎を下に振り下ろすと同時に口内に魔力が収束。

 目の前にいたエリオッツと朱王目掛けて魔力の塊を放出する。

 朱王は瞬間移動で躱し、エリオッツはその跳躍力をもって上空に回避。

 そこに魔力の篭った前脚からの爪刃が振るわれる。

 物理的な攻撃ではないものの、魔力で切り裂かれればそれはそのまま魔法攻撃としてダメージとなる。

 真竜剣ルゥを構えて魔力をもって爪刃と斬り結ぶ、が、その膂力はゴーストのものとは思えない程に高く、エリオッツは後方に薙ぎ払われた。


 森を突き抜けながらも体勢を立て直したエリオッツは上空へと舞い上がり、ヴリトラ向けて降下。

 ルゥを構えてその額目掛けて振り下ろす。

 しかしたった今目の前にいたはずのヴリトラがいない。

 頭上に陽の光を薄く遮る影があり、瞬間移動したヴリトラが真上からその爪刃を叩きつけてきた。

 振り向きざまにルゥで受けたエリオッツだが、その膂力に耐えきれず地面へと叩きつけてられ、地中深く埋まったところに再び爪刃。

 何度も叩きつけられ、地面に埋まって身動きがとれないエリオッツはただ耐えるのみ。


 そこにまた口内に収束する魔力を感じ取り、ブレスが放たれる直前に朱王は瞬時に作り出した紅炎弾を放つ。

 ブレスを相殺した紅炎弾に、標的を朱王に切り替えたヴリトラゴースト。

 朱王は全身に豪炎を纏い、ヴリトラゴーストに向かって翼を羽ばたかせる。

 左薙ぎに振るわれる爪刃を豪炎の刃で受け、自身の体を回避させる事でその膂力を受け流す。

 前脚を振るって隙ができたところに同じく左薙ぎで首筋に豪炎を放つ。

 わずかに怯むヴリトラだがダメージとしては低そうだ。


 地面から這い出したエリオッツは真竜剣ルゥを一度体内に戻し、両手脚に魔力を集めてヴリトラに挑む。

 剣術を竜人や人間相手に振るっていた事で感覚が掴み難かったのだろう。

 素手で挑んだ方がエリオッツとしては戦いやすい。

 拳を握りしめて朱王を相手に爪刃を振るうヴリトラの腹部に右の渾身の一撃。

 魔力の込められた拳は鋭い一撃となってヴリトラに突き刺さり、痛覚のないゴーストとなったその体を仰け反らせる。

 そのまま空へと舞い上がり、数え切れない程の拳打を叩き込むエリオッツはかつての魔王ゼルバードの戦いを思い返しながらひたすらに打ち込む。

 爪刃が襲いかかれば空を舞って回避し、距離を詰めてはまた殴る。

 エリオッツに対応しきれなくなったヴリトラは再び瞬間移動でその位置を変え、強大なその姿でまたエリオッツに襲いかかろうとするが、背後に回る事を予想していた為上空へと移動して回避。

 降下と共にヴリトラの後頭部を殴り付けて地面へと叩き落とす。

 地面に落ちたとしてもそのまま潜り込んでしまう為ダメージはない。

 エリオッツの魔力の拳のダメージだけだが、通常の魔獣が受ければその体を爆散させる程の威力をもつ一撃だ。

 これに打撃の衝撃も加われば更なる威力が期待できるのだが、ゴースト相手では物理攻撃に意味はない。

 そのうえこの超巨体となるこのゴースト相手に決定打を与える事は難しい。

 魔力のみのダメージでヴリトラゴーストを倒せるだけの威力を発揮するとなると、自身の最大威力の攻撃をもってしても届かないかもしれない。

 いや、現在の状態であれば倒す事ができない。

 それならばできる限りゴーストの保有する魔力を削る必要があるだろう。

 自身の放出する魔力を抑え、ゴーストの保有魔力のみを削り落とす。

 このままひたすら殴り続けるだけだ。

 ただこの大きさの体を持つとなれば時間経過による魔力の回復は相当なもの。

 それも竜族のゴーストとなれば存在値の大きさから1万や2万どころではないだろう。

 対して朱王達人間の大きさで一時間に1,800ガルドしか回復しないのだ。

 魔人であればその数倍は回復するものの、それでも5千を少し超える程度だろう。

 エリオッツはどうかというと、竜人となってその存在値を落としたものの、一時間あたり1万以上は回復する。

 しかしヴリトラゴーストとの差は大きい。

 魔力を削り落とすとすれば相当な時間を要するものと考えられる。




 しばらく朱王との連携をとっていたエリオッツも戦いに慣れ始め、魔力を温存する為に朱王は一旦引く事にした。

 もともと朱王はここで復活するのがヴリトラに繋がる何かだとは思っていたものの、さすがにゴーストでは分が悪いと言わざるを得ない。

 人間も魔人も肉体を持つ為物理的な戦いを得意とするが、ゴーストが相手では魔法のみで戦う必要がある。

 物理に魔法攻撃が乗る、魔法に物理攻撃が乗るといった合わせ技が通用しないのであれば戦いを優位に進めるのは難しい。

 ヴリトラゴーストが相手ではかつて最強を誇った魔王ゼルバードですら倒す事はできないだろう。

 ここにいる地属性を得意とするディミトリアス大王や、右翼のブルーノもゴースト相手には戦う事ができない。

 朱王も試したのだが、エリオッツのように拳に純粋な魔力を纏わせて戦うとしてもそれを魔法として発動しなくてはならない。

 やはり損失のある魔法攻撃による戦いしかできないのだ。

 エリオッツの場合は魔力そのものをエネルギーに変換する魔法となる為、与えたダメージ以外には損失のない魔法攻撃となる。

 朱王とエリオッツとで連携をとりながら戦う際には、朱王はヴリトラゴーストに対する予測と操作と確定をもって隙を作り、エリオッツが高威力の攻撃ができるようサポートに徹していたのだ。

 しかし出力を落とした朱王の技ではヴリトラはエリオッツに向かってしまう為、相応の魔力を消費しながら相手をする。

 そして今エリオッツが一人で戦い始めたのであれば朱王は一旦魔力を回復させ、ある程度回復次第、自身の最大威力の技で挑むつもりだ。

 相手はゴーストであり、爪刃を躱してその巨体に最大威力で技を放てば反動はない。

 右腕を犠牲にせず放つ事ができるだろう。




 エリオッツに任せて魔人連合の元へと戻る朱王。

 魔力の回復の為、レイヒムの作った大量の料理を食べ始める。

 魔力の回復に意識を集中すればフードファイターの如く食べられるだろう。

 そして食事をしながら酒を飲む朱王は戦闘中でも飲みたいらしい。


「朱王殿。ヴリトラの、それもゴーストとなればどう考えても分が悪い。我々も参戦した方が良くないか?」


 クリシュティナからの提案だ。


「いえ、今後控えているのが魔獣一万以上に、魔貴族も数十人から先と考えればできるだけ温存してもらいたいですね。こちらに犠牲は出したくないですから」


「しかしあれに勝てるのか? 私では参戦したところで役に立たんかもしれんが…… それとジノから魔獣の群勢の第一陣がこちらに向かって動き出したと報告があった。夕方頃にはこちらとぶつかるかもしれんそうだぞ」


 ディミトリアスは自身がゴースト相手には戦えない事を知っている。

 そして魔獣の群勢であれば移動速度も速く、空で待機したとしても北の国へと攻め入られてしまう事になる。

 ここで迎え撃つ必要があるだろう。


「ヴリトラ相手には朱雀にも出てもらおうか。魔獣の群勢にはカミンに最初に強力な一発を頼む。派手な狼煙をあげてくれ。その後守護者には上級魔獣を、他の皆には全てを殲滅してもらおうかな」


「ぶははっ! お前らが一番キツいんじゃね? おいアリス頑張れよ〜?」


「うるさい! 私とこのライライなら魔獣の群れなど敵ではないわ! むふふ〜、カワユイな〜ライライは」


 精霊契約した事でその実力を高めたアリスであれば、魔獣相手に後れを取る事もないだろう。


「よし、いっぱい食べたし私は昼寝するね! おやすみ!」


 テントに入って寝る朱王はどこまでも自分の好きなように行動する。

 魔力の回復の為に腹を満たして、体力の回復の為にとりあえず寝る。

 戦闘中、それも魔獣の群勢が攻めて来ている状況でも自分のペースを崩さない。


「肝が座っているというか……」


「本当に自由だなこの男は……」


 呆れる大王二人だが、朱王の部下であるクリムゾンのカミン達にとってはこれ程安心できる事はない。

 朱王の部下となったばかりのルディはこの絶対的な信頼をするカミン達に驚いたが、朱王が寝息を立て始めると自分も落ち着いている事に気がついた。

 周りの魔貴族達もエリオッツの戦いを見ながらも、その表情に焦りはない。

 誰もこの戦いに恐怖を感じていないようだ。

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