第248話 朱王の精霊魔法

 朱王の勝手で始まった東の国での宴会も、腹が膨れ酔いもいい感じに回ってきた頃。

 マイクを手にステージに上がるのはアリスとエルザの二人。

 東の国までの移動中に練習したであろうダンス付きでのカラオケライブだ。

 リズムに合わせて歌って踊れば東の領民達も立ち上がって盛り上がる。

 ステージで簡単なダンスをレクチャーしてから歌いだすアリスとエルザはもっともっと楽しみたい。

 北の国でもそうしたように、観客達を巻き込んで踊ればその盛り上がりは一気に広がる。


 ルディと話し込んでいた朱王も負けてはいられないとステージに上がり、魔貴族達も煽ってさらに盛り上げる。

 東の国に朱王達の歌がこだまする。


 スタンリーが、カミンが、朱雀がと続けて歌い、東の国の盛り上がりは最高潮を向かえた。

 これまで声を高らかに上げて楽しむ事など一切なかった東の国の魔人達。

 美味しい料理を楽しみ、酒を煽って喉を潤し、ステージに合わせて踊れば気分は最高だ。


 ステージの横でもデオンとステラが一緒に踊り、楽しくなってきた娘に巻き込まれ、クリシュティナも一緒に踊れば領民達がまた声を上げて盛り上がる。

 座ったままステージを楽しむブルーノを放っておくゼオンではなく、強引に引っ張り出して一緒に踊る。

 なかなか乗り切れないルディは朱王に引かれてステージ上へ。


「見なよルディ。今日は宴会だから特別かもしれないけど、私が目指すのはこんな世界だ。私が歩く先には辛い事や悲しい事もあるけれど、こうして誰もが笑い合う事もできるんだ。だから私は人も魔人もみんな笑顔溢れる世界を夢見てる。こんな幸せな事、他にないだろう?」


 ステージから見渡した東の国はこれまで見てきた魔人領ではない。

 見渡す限り笑顔が溢れ、声を張り上げて楽しむ魔人達。

 美味しい料理を笑顔で口に運ぶ者達。

 酒を飲み交わしながら嬉しそうに語り合う者達。

 ステージのダンスにつられて一緒に踊る者達。

 この場にいる誰もが幸せそうに今この時を楽しんでいるのだ。


 以前シャオから聞いた異世界の祭りの話。

 多くの人々で賑わい、見るだけで笑顔が溢れる楽しいひと時。

 ルディにも見せたいなと言った妻の言葉が思い出された。


「朱王殿…… いや、朱王様。私にも貴方様の見る夢を一緒に見させてください。私の妻が…… シャオがそれを望んでいる気がします」


「そっか。クリシュティナ大王が許してくれたらね」


 笑顔で答える朱王に、「ありがとう」と女性の声が聞こえた気がした。




 レイヒムからデザートをもらって来た朱雀が嬉しそうに頬張ると、美味しさのあまり満面の笑みで咀嚼する。

 朱王はすぐにレイヒムを呼んで自分の分も頼むと、そばにいたクリシュティナや右翼、左翼、ステラも欲しいと要求する。

 ルディの分も頼んで、カラオケに盛り上がる北の魔人達は放っておいてデザートタイムだ。


 東の国の果物をふんだんに使ったタルトのような物。

 強めの酸味にほど良い甘さが絶妙な美味しさとなってまとまっている。

 もっと食べたいとレイヒムにおかわりを所望する朱雀を見てクリシュティナは思い出す。


「そういえば朱王殿は精霊である朱雀殿と契約していながら精霊魔法は使わぬのだな。まあ、朱王殿は魔人の魔力であるし、精霊と契約できるのも不思議な話ではあるが」


「うーん、朱雀の気が向かないからかな?」


 朱王は朱雀と契約して半年以上にもなるが、これまで一度も精霊魔法を使った事がない。

 それほど気にしてなかったのだが、いざ問われると気になってくる。


「それは…… その…… 今更隠し立てもできぬしこれまでか…… 実は、な。朱王には我の精霊魔法が使えなかったのじゃ」


「おや? そうなの?」


「それに…… 朱王の魔導は我が放つ精霊魔法よりも高い出力を持っておるし、本当は我はここにいるべきではないのかもしれぬ」


「精霊魔法より高い出力とは朱王殿の魔法はどうなっているんだ?」


 炎の魔人となったデオンの攻撃も、朱王の業炎とは同等まで出力を上げる事ができるが、しかし紅炎ともなれば全く通用しない。


「なんでだろうね。この世界に来た時から炎熱系の魔法は得意だったけど特別な事は…… してなくもないかな?」


「何をしておるのだ!?」


 朱雀も炎の精霊として火力で勝る朱王の魔法について知りたいのだろう。


「私の紅炎弾で説明するとね、実はこれ火属性魔法じゃないんだよ」


「「「「「は?」」」」」


 業火を放って戦う朱王を見てきた全員が理解ができない。


「簡単に言うと核融合反応だね。魔力に核融合のイメージを乗せて熱エネルギーに変換してるんだ。それを魔力を吸い上げる性質をもつ朱雀丸に溜め込んで攻撃の瞬間に放出してるってわけだよ」


「言ってる意味がわからんが……」


「えーとね、空に浮かぶ太陽あるでしょ? あれは太陽に多くある水素原子が核融合によってヘリウムに変換されるんだけど、その時に発生する光エネルギーと熱エネルギーが……」


「ちょっと待つのじゃ! さっぱりわからんが朱王の魔法はあの太陽を模していると言う事か!?」


「そうだよ。まあ、そのうちの熱エネルギーだけ利用してるんだけどね」


「ぬおぉ…… そんな馬鹿な事が……」


「朱雀殿。太陽を模した魔法だと何か問題でも?」


「太陽はこのアースガルドのものではない事はわかるか? アースガルドというこの星にあるものではない別の星なのじゃ。ここまでわかるか?」


「うむ。アースガルド以外のものだな」


「精霊魔法とはこのアースガルドで生まれた事象の事じゃ。アースガルド以外で生まれる事象は存在せぬ」


「つまり?」


「朱王は太陽を模したと言うた。これは…… 別の星の事象をアースガルドで再現したという事。存在しない事象、存在しない精霊を作り出したという事じゃ」


「もっとわかりやすく頼む」


「朱王がアースガルドにはない魔法を放つ時、それは朱王そのものが事象であり精霊じゃという事になる」


「え…… 私はいつから人を辞めたの!?」


「出会った時から人とは思えんかったがのぉ。どおりで我の精霊魔法が使えんはずじゃ」


「えー。なんで!?」


「精霊は他の精霊の力を使う事ができんからじゃ。魔人もおそらく精霊化できる者は他の精霊魔法を行使する事はできんはずじゃ」


 確認しようがないのでとりあえずおいておく。


「うーん、私が仮に精霊だとして精霊魔法が使えないのはまあわかった。ただ人間として不都合なんかはあるのかな?」


「それは無いじゃろう。言ってしまえば蒼真も精霊じゃし精霊化できる者はその名の通り精霊じゃ」


「では我々魔人も上位の者は精霊という事なのか…… 精霊を体内に取り込んでいる以上はわからなくもないが」


「うむ。じゃが精霊化せねば精霊としての事象を起こす事はできんがのぉ。通常時はただの得意魔法といったところじゃろう」


「私の場合は? 紅炎弾とか使えるけど」


「朱王はそのまま精霊魔法として使えていると思う。魔力量を補う為に魔法陣を使用しているようじゃが、火属性の魔法陣でも引き出せるのは不思議ではあるのぉ」


「火属性魔法も光と熱を発するものだからね。熱属性魔法陣と考えれば引き出せるんじゃない?」


「たしかに我も同じような事をしておるが……」


 魔法陣とはなんだろうと魔人達は疑問に思うが、それが人間にとっての力の源であるとするならば、おいそれと聞いていい話ではない。

 問いたい気持ちを抑えてただ話を聞いている。


「じゃあ私が得意なのは熱魔法で、熱の精霊という事は…… むふふ。いい事思いついた」


「なにやら危険な感じがするのぉ…… まぁよい。つまりは朱王にとって我と契約するメリットが一切ないという事じゃ。お主の力になりたくともなってやれんのじゃし…… 精霊契約をしておきながら朱王を騙すような結果になってしまった事を許してほしい。すまぬ朱王よ」


「うーん…… 私も知らなかったとはいえ騙すような結果と考えれば私にも同じ事が言えるんじゃないかな。だからお互い様だよ。それに朱雀と契約したメリットなら充分受け取っている」


「何も力を貸しとらんのじゃぞ?」


「よく考えてみてよ。朱雀は特別な精霊だ。たしかに君と契約した時、精霊魔法を使ってみたい気持ちはあった。だけどね、精霊は契約するといつもそばにいてくれるだろう? 私が何よりも欲していたのはいつも自分のそばにいてくれる友人だったと思う。それを考えたら朱雀。君という友を得られたのならそれが私にとって最大のメリットじゃないかな」


 朱王にとって本当の意味で対等な立場にある友人など存在しない。

 朱雀という朱王の分身のような存在ではあるが、朱雀なりに考え、時には朱王を否定、叱咤してくれる稀有な存在だ。


「朱王、本当か!? 我は朱王にとって契約してよい精霊じゃったのか!?」


「もちろん。そもそも君以外に私と契約してくれる精霊なんていないじゃないか」


「ぶははっ! それもそうじゃ! むぅ…… スッキリした。喉に引っ掛かった小骨が取れたような気分じゃ! ちと歌ってくる!」


 わっほーい! とステージに走っていく朱雀だったが、小骨が引っ掛かった程度にしか気にしていなかったあたりは朱雀らしい。

 スタンリーに飛びかかり、マイクを奪って歌い始めた。




 朱王の強さの秘密を知ったクリシュティナ他、東の国の上位に位置する魔人達。

 自分達が精霊化できるとはいえ、目の前にいるのは人間でありながら精霊そのものであると考えればその強さも頷ける。

 しかし人間が精霊化も無しに本当に精霊となれるのか。

 朱王もなぜだろうと考えていたようで、思い出した事を口にした。


「そういえば私がこの世界に転移してきてすぐ、ゼルバードに魔力を目覚めさせてもらったんだけどさぁ。灼けるように体が熱かったから、最も熱いものを連想した気がするなぁ。魔力に目覚めてすぐに魔法を放ったってゼルバードも驚いてたし」


「魔力に目覚めたのと同時に精霊としても目覚めたという事か」


 朱王を目覚めさせたのが魔王ゼルバード。

 最強の存在としておよそ千年の時を経た魔人の魔力で目覚めさせたのが、人間であり異世界からやってきた朱王。

 完璧なまでに精錬された魔力を受け取った朱王は、その練度に耐え切れず、拒絶反応を起こした体が熱を発し、朱王が最大の熱量をイメージした事で精霊魔法を作り出したのかもしれない。


「まあ、自分でもなんかおかしいなとは思ってたんだけどねー」


「異常だろう。あの出力は」


「死を覚悟したからな」


 ブルーノもデオンも朱王の攻撃をその身に受けており、自分の最大出力の攻撃でさえ耐え切れないどころかあっさりと打ち払われた程だ。

 このアースガルドにはない精霊魔法であればわからなくもないといった表情だ。

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