第247話 ありがとう
朱王が語る夢物語。
人と魔人とが手を取り合い、豊かで争いのない楽しく平和な世界を目指す。
朱王も自分で夢のような世界だと感じているが、夢を語るだけでなく、実際に作り上げてきた今がある。
夢を叶える為に様々な努力も、辛い思いも、楽しい世界にする為に笑顔で歩いて来た。
だからこそ、今この夢を語るのには真剣な表情でクリシュティナ大王と向かい合う。
一通り話し終えた朱王はレイヒムが用意したキンキンに冷えたお酒を口に含む。
カミンと朱雀に労いの言葉をかけながら今日一杯目の酒を楽しみ始めた。
クリシュティナは朱王の語る理想の世界は現実のものになるだろうと予想しつつ、今後人間領との繋がりができた場合のメリットについて考える。
態度には出さなかったものの、カミンが乗って来た車には叫び出したい程に驚きを覚えている。
それにまだ受け取ってはいないが、リルフォンという遠くの相手と連絡を取る事を可能とする神器もあると聞く。
美しい建物が建ち並ぶ王都と美味しい食べ物、女性を飾る様々な衣服や装飾品。
大王とはいえ女性であるクリシュティナも自分を着飾る事には興味がある。
人間領の技術力は是非とも我が国に欲しいと思う。
東の国の大王としてではなく一人の魔人としての欲が勝り、人間領とはどんなところかと思いを馳せていた。
ルディはというと、妻と同じく平和を望むという朱王の言葉に感涙し、夢を実現する為に歩み続けるというその前を向く姿勢に自分もついて行きたいと思い始める。
強さと優しさ、全てを見通したような聡明さに他を統べる統率力。
一人の男としてのその存在の大きさにルディはただただ惹かれる思いだ。
ブルーノが血抜きした獲物を石を積んだ調理場へと届け、レイヒムが魔人達に教えながら解体を始める。
それから少ししてデオンとステラも魔鳥を大量に獲ってきてレイヒムへと渡していた。
レイヒムの調理は始まったばかりでまだまだ時間がかかるだろう。
クリシュティナはブルーノのやデオン、娘のステラを交えて話がしたいとの事で、朱王はまた勝手に動き出す。
今後建て直すであろう大王城前は綺麗に片付けられている。
そして他の家屋よりも少し高い位置にあるこの場所なら遠くからでも見えるだろう。
朱王は今後場所の移動も考えたうえでここにモニターを設置する事にし、カミンとルディに指示を出しながら組み立て作業を進める。
何をするのかわからないルディだが、朱王がする事であれば何にでも興味があり、不器用ながらも指示通りに行動していた。
朱王達がモニター設置作業をしているのであれば、戻って来たアリスやエルザがただ見ている事もできない。
東の国の魔人達に指示を出しながら大王城前の広場を綺麗に片付け、周囲の家からテーブルや椅子になりそうなものを運んで並べていく。
この北の上位に位置する魔人である二人が、片付けなどという一般の民がするような作業を自ら進んで行う事に、普段何もしない東の国の魔貴族達、領民達は驚いた。
「これから楽しくなるのだ。みんなで準備を整えて一緒に盛り上がろうではないか!」
アリスの言う楽しいがまだ理解できない東の魔人達。
「この後、東の国の常識が覆る。其方らのその顔も笑顔が絶えない事になるはずだ。楽しみにするといい」
笑顔を見せるエルザは美しく、この準備作業一つをとっても楽しそうに進めている。
何が楽しいのかはわからなくとも、笑顔を見せる者と行動を共にすれば自ずと周囲も楽しくなるもの。
東の魔人達にも次第に笑顔が広がっていく。
朱王達がモニター設置を終わらせて、テスト動作でモニターに明かりを点すと注目が集まる。
映されるのは朱王の視界だが、映像など見た事もない魔人達はただ戸惑うばかり。
あとは音楽を流してスピーカーもチェックすれば設置は完了。
流れる音楽にまた戸惑う東の魔人達だが、その音の生み出す心地よさから胸が高揚し始める。
「朱王殿! カラオケは付けてくれたのか!?」
「エルザさんもカラオケ気に入ったねぇ。もちろん付けてあるよー」
やったー!
と喜ぶ魔人二人を見て、東の魔人達はさらに期待が膨らみだす。
レイヒムの調理が終わったのは日没前。
十九時を回る頃だった。
大王領に住む上位の者達が城から近い位置に席をとり、目の前のテーブルには見た事もないような料理の数々。
領民達全員にも配られており、冷やされた東の国の酒もコップに注がれている。
高台となった大王城前。
モニターの前のステージに、照明を浴びて立つのはクリシュティナ大王だ。
大きなミスリルモニターにその姿が映し出されると、(おお!)と驚きの声があがる。
声が大きくなる装置だと説明を受けたマイクを持ち、少し緊張を覚えながら言葉を発する。
「あ、あー…… これはすごい! あ、いや、おほん! 我が東の国の者達よ。此度は私が囚われた事で皆に大変な迷惑をかけてしまった。辛い思い、悲しい思いをさせてしまった者もおるだろう。愚かにも一国を守る大王が騙され、囚われ、人質として利用された。これは私の不徳が招いた事。大変申し訳ない」
大王が頭を下げて謝罪する。
これまで魔人領で民に謝罪する大王など存在しただろうか。
魔貴族達からも領民達からも謝罪をしないでください、頭をあげてください、大王様のせいではないとの声があがる。
少し間をおいて頭を上げたクリシュティナ。
「先程まで囚われていたが…… 私を助け出してくれたのは朱雀殿と、サニーである。朱雀殿には心より感謝を。サニーには相応の立場を用意しよう」
サニーの周囲に座っていた者達から称賛の声があがる。
魔貴族としては中位に位置するサニーでは本来であれば大王の側に近付く事すらないのだ。
「そして我が東の国を救ってくれたのは、ここにいる北の国の使者、アリス殿とエルザ殿。人間領からの使者であるカミン殿とフィディック殿。その主人である朱王殿。仲間の窮地に駆け付けたスタンリー殿である。今このような状況で何もお返しする事はできないが…… せめて彼らと私が敵対する事はないと誓おう」
クリシュティナは朱王達に向き直って話を続ける。
「また、北の国と人間領の使者殿から我ら東の国との和平を結び、交易をしようとのお誘いを頂いた。これは我が国にとってとてつもなく有益な話であり、この広い魔人領に変革の時がきたのだと私は感じている。そして朱王殿の夢の話に私は感銘を受け、国の大王として、そして一人の魔人として、私も同じ夢を見てみたい。共に歩みたい。そう思った」
再び魔貴族や領民達の方に向き直る。
「人間を友として迎え、差別のない豊かな国を! 誰もが笑い合える幸せな国を! 国を超えて人間と魔人が互いに手を差し伸べられるそんな優しい世界を私は望む! 我々は北の国と人間領との和平を結ぶとここに誓おう!」
大王の宣言と共にブルーノとデオンが立ち上がって拍手する。
続いて朱王達も立ち上がり、全員で拍手。
広場の魔貴族も領民達にも拍手が広がり、次第にその拍手は大きくなっていく。
「アリス殿。朱王殿。お二人からご挨拶を頂戴したい。お願いしても良いか?」
クリシュティナに促され、アリスと朱王がステージにあがる。
二人共マイクとグラスを持って乾杯をする気満々だ。
「皆さんこんばんは。人間領のクリムゾンという組織の総帥を務める緋咲朱王です。私が望む世界に賛同してくれたクリシュティナ大王に感謝を。これから良い関係を築いていきましょう」
「北の国の使者、アリス=ヘイスティングスである。私は魔人と人との混血、人魔種ではあるが、今こうして魔人と人とが繋がりを持てた事をとても嬉しく思う。我ら北の国も人間領と繋がりができたばかりだが、寝る時間さえもったいないと思う程に毎日を楽しく過ごせている。東の国も今日この時がその第一歩となるが、人間の良さを出来るだけ多く知ってほしい。魔人にとって人間とは弱き者かもしれないが…… ここには魔人を凌ぐ化け物がおる。強くて頭が良くて何でもできる、いろんな意味で最強の化け物がここに!」
朱王を指差すアリスの本音だろう。
実力を測り兼ねていた朱王が大王に匹敵する強さを持つ事を今日知ったのだから。
「うーん…… 人間領にはまだまだ強い人はたくさんいるけどね? ま、それよりも魔人領に必要なのは技術力でしょ。今後はクリシュティナ大王も忙しくなるだろうからみんな協力してね! 魔人と人間とが仲良く楽しい世界を目指してー! 乾杯!!」
「かんぱーい!!」
コップを打ち付けあった朱王とアリス。
大王達のそばでもエルザやカミン達がコップを持ち上げ打ち付けあう。
同じように魔貴族達、領民達もコップを打ち付け合い、朱王とアリスが酒を煽れば誰もが冷えた酒を飲み干した。
音楽を流して照明を動かしながら色を変えれば雰囲気も出る事を最近北の国で確認している。
それならば東の国でも同じように照明を組み込むのは当然だろう。
ノリのいい音楽に美味しい料理。
酸味と渋みのある酒に濃い味付けの肉料理がとてもあう。
これまで感じる事のなかった戦い以外の高揚感に魔人達は酔いしれ、料理を堪能しながら酒を煽って盛り上がる。
魔貴族も一般魔人も楽しく酒を飲み交わし、音楽に体を揺らしながら夜のひと時を楽しむ。
ブルーノは誰から見ても超絶美人なエルザと飲み交わし、デオンは久しぶりに会えたステラと仲良く酒を飲んでいる。
クリシュティナはアリスから今の北の国の状況などを聞き、人間領から来たフィディックの話を聞いてはまた人間領への思い馳せる。
朱雀はレイヒムにくっ付いてデザートを要求し、カミンはサニーに礼を言いつつその場で魔貴族達と飲み交わす。
朱王はルディから落ち人であった妻の話を聞く。
名前はシャオ=レンという。
魔人からすれば短い時間かもしれないが、共に過ごした時間は十七年と長く、出会いこそ魔人と人間で良くはなかったものの、彼女の話を聞いて人間に興味を持ったとの事。
ルディが自分の領地を飛びながら調査をしていたところで落ち人として出現したばかりのシャオに出会ったそうだ。
戦いや争いのない世界で育ってきたシャオは臆病で、空から舞い降りたルディを見て腰を抜かしていたと笑みをこぼす。
ルディは大気中の魔力によって苦しみだしたシャオに魔人の魔力を与え、並の魔人よりも遥かに高い魔力を持った人間になった事に驚いたという。
簡単な魔法の使い方を教え、知能の高いシャオであれば放っておいても生きてはいけるだけの強さもある。
しかし東の守護者たるルディが大王に報告しないわけにはいかない。
自分が興味を抱いたシャオを死なせたくはなく、東の国の大王に報告するにもどう報告していいか悩んだそうだ。
結局、しばらくはシャオを自分の屋敷に匿い、高い実力を身に付けてから大王に報告。
もしもの場合には逃げられるようにと考えたとの事。
シャオは自分の為にと訓練してくれるルディに感謝し、毎日必死で努力していたそうだ。
そして訓練のあとには笑顔で「ありがとう」と言うシャオにルディは少しずつ惹かれ、もし何かあれば一緒に逃げようとさえ考えるようになったという。
しかし大王に報告したその日。
クリシュティナ大王は人間であるシャオの東の国に住む事を認めてくれた。
ただ自分にいろいろな話を聞かせて欲しい。
それだけを条件に、シャオは東の国の人間として過ごす事となった。
その後しばらくして思いを伝えたルディに、シャオはまた「ありがとう」と言い、笑顔を見せながらも涙を流したそうだ。
それからメレディスが現れるまでの十七年間、幸せな日々を過ごしてきたという。
子供こそ産まれなかったものの、そばにはいつも笑顔を見せてくれるシャオがいる。
それだけでルディは幸せを感じられたそうだ。
そして三月程前、王宮に呼ばれたシャオに付き添ったルディだったが、そこにクリシュティナ大王の姿はなく、玉座に座るメレディスからジャンへの突然の指示。
ルディの目の前でシャオは背中から斬られ、抱き抱えたものの言葉を発する事なく息耐えたそうだ。
ルディはその場でジャンに挑んだものの、他の五人に遮られ、精霊化する間もなく敗北を喫している。
肩を震わすルディは、仇を討てたとはいえ自分が守り切れなかった事を悔やんでも悔やみきれないのだろう。
「ルディさんが幸せだったように、シャオさんもきっと幸せだったと思うよ。私が言う事でもないかもしれないけど…… 私の同胞に幸せを与えてくれた事に感謝するよ。ありがとう、ルディ」
「朱王殿…… ありがとうございます……」
涙を流すルディに何かしてやれないだろうかと考える朱王。
たった一人とはいえ、彼も朱王の望むように人間と魔人とが共存する事を実現し、互いに幸せを感じる事ができていたのだから。
朱王はバッグから作りかけのリルフォンを取り出して組み立て、一つの幻術を組み込んでルディに渡す。
人の心を偽るこの魔法は本来使用するべきではないのだが、今の彼の心には救いが必要だろう。
装着する事で朱王の幻術が発動し、ルディの記憶からシャオの姿が脳内に投影される。
いつも見せてくれた笑顔のシャオ。
幻術により美しい花畑に立つシャオを見て、ルディの心は幸せな感情で満たされる。
お互いに歩み寄り、その目を見つめ、抱き締める。
そして……
「ありがとう、ルディ」
その言葉を残してゆっくりと遠ざかっていくシャオの姿。
幸せを胸に、ルディの心の中に生き続ける。
世界が砕ける事なく幻術が解かれた。
「ありがとう、シャオ」
妻を失った悲しみを幸せな記憶で塗り替えられたルディは穏やかな表情だ。
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