第246話 終結

 右翼と左翼を消し去った朱王が歩み寄る。

 戦った後とは思えない綺麗な姿の朱王。

 その表情は曇り一つない笑顔だが、その笑顔がさらに恐怖を掻き立てる。


「終わったよ。あれ? どうしたのみんな。なんでそんな怖い顔してるのかな?」


 心底不思議そうな顔で辺りを見回す朱王。

 その場に立つ誰もが恐怖に怯え、理解が追いつかないといった表情で朱王の言葉さえ理解できない者もいる。


「なんでって…… 朱王さん、わかんねぇのかよ」


「うーん。なんだか怯えてるようにも見えるけど」


「そうだよ、あんたにみんな怯えてるんだよ! せっかく東との問題が解決したってのになんで! なんで右翼と左翼を!?」


 声を荒げるスタンリーだが、不思議そうな表情のまま朱王は答える。


「決着をつけようって言ったのは彼らじゃないか。望み通り戦って…… 倒しただけだよ」


 朱王が愉しそうに笑う。


「だからと言ってあれでは! さすがにやり過ぎであろう!?」


 エルザも朱王の行き過ぎた攻撃に口を挟まずにはいられない。


「手加減すれば私も危ういだろう」


「朱王殿…… 本当の貴方はどんな方なのだ? 私が知る朱王殿は優しく、笑顔を絶やさない、誰からも愛される素晴らしい方ではなかったのか?」


 アリスも信じていた朱王のあまりにも無慈悲な行いに肩を震わせ涙が零れ落ちる。

 アリスが涙を零したと同時にステラの目からも涙が流れ落ちた。


「朱王よ! 悪趣味が過ぎる! お主らしくもない、いい加減この幻術を解くのじゃ!」


 と、朱王の幻術は通じない朱雀が叱咤する。


「えー、でも余裕がなさそうに見られたくないんだけど…… 仕方ないか」


 視線を集めたままの朱王は幻術を解除する。

[ガシャン!!]と視界がガラスが割れるかのように崩れ落ち、目の前には両腕から血を流し、頬が黒ずんだ姿の朱王が立っている。


「ああ…… すっごく痛い…… ミリーに今すぐ会いたいよぉ」


 痛みに耐えていたのだろう、両腕を上げて蹲る朱王。

 朱王はいくら強いとはいえ魔人とは違い、超速回復ができない人間なのだ。


「痛いとか言うとらんでブルーノとデオンはどうしたのじゃ。早う教えてやれ」


 珍しく朱王に厳しい態度の朱雀だが、涙を流すアリスとステラが可哀想に思えばこそだろう。


「コール…… ブルーノさんもデオンさんもあの一撃じゃ死なないよ。まだ生きてるから安心してね。もしかしたら意識ないかもしれないけど……」


 実は朱王の最大威力の技は、全魔力を攻撃に振ってはいなかったのだ。

 以前のエリオッツ相手に振るった一撃は防御を捨てた渾身の一撃だったのだが、片腕が完全に使用不能になってしまう諸刃の技だ。

 ミリーの回復があってこその最大威力であり、今回魔人領東の国にはミリーどころか回復術師すらいない。

 ブルーノとデオンとの戦いで底上げされた出力を持って、強化にも充分な魔力を残しつつこの一撃を放っている。

 それでも唯では済まないだろう事は予想がついた。

 やむを得ず、デオンから受ける自分のダメージを誤魔化す為にも幻術を発動し、閃光を発する事でデオンの姿を掻き消した。

 これでブルーノとも短期決戦が叶うだろう。

 血塗れの右腕を庇いながら左腕でブルーノに対峙。

 デオンに放った一撃と同等の出力を持って消し飛ばしたのだ。


「あ、ブルーノさん大丈夫? デオンさんも出た。二人共回復したら戻って来て。アリスさんとステラさんが泣いてるよー…… あ、デオンさんの通話切れた。すぐ来そうだね」


「デオンは…… 生きてるんですか?」


「うん。咳き込んでたけど無事みたい」


 朱王の言葉を聞いてまた涙を流すステラだが、今度のは安心しての涙だ。

 朱雀が魔法の鞄から飴を取り出してステラに渡す。

 泣き止んだアリスにも渡して自分も舐め始めた。

 アリスは涙を拭って飴を口に含むと、その甘さが口いっぱいに広がって笑顔が戻る。

 ステラにも飴を食べるよう勧め、アリスのように口に含むと、これまで食べた事のない果物以外の甘い食べ物に驚き、笑顔で美味しいと言葉を口にする。

 スタンリーも朱雀に飴をねだり、結局全員に配ってデオンの帰りを待つ事にした。




 デオンより先にカミン達が到着し、荒れ果てた大地を見て何があったのかを理解する。

 この現状を作り出せるのは自分の主人である朱王しかいないだろう。

 大地は割れ砕け、数十メートルともなる円形のクレーターの内部には真っ赤に溶けた地面がボコボコと泡立っている。

 朱王達が立つ岩場に、ジャンを連れたカミンとフィディックは舞い降りた。


「朱王様、ジャンをお連れしました」


「ああ。カミン、フィディック、ご苦労様。彼にもこれを…… ある程度回復してるようだし大丈夫だろう」


 魔力を封じる首輪をカミンに渡してジャンに着けさせ、傷を回復できていないメレディスの横に転がした。

 メレディスも朱王達の戦いを見ており、自分が敵に回していい相手ではなかった事を知ったのだろう。

 力なく項垂れ、事の成り行きを見守る。


 それから数分してデオンが戻って来たが、朱王から受けたダメージが大きく、空を飛ぶ事はできるものの自らの足で立つ事さえできない状態だった。

 全身焼け焦げ、両腕は折れておかしな方向に曲がっている。

 駆け寄ったステラが抱きとめて、涙を流して生きていた事を喜んだ。

 そしてこの命懸けの戦いをした事を怒ってもいたが。




 ブルーノはある程度傷を回復させて戻って来た。

 高い魔力による傷は回復が遅く、焼かれ、斬り裂かれた傷ともなれば簡単に癒える事はない。

 しかしブルーノは上位魔人であり、朱王から受けた傷であろうと回復にはそれ程時間が掛からなかったようだ。

 それでもしばらくは身動きが取れずに回復を待ち、戻って来るまでに三十分以上が経過していた。


 この場で回復に魔力を巡らせていたデオンと手を取り合い、朱王へと頭を垂れる。

 右翼と左翼は朱王をこの戦いの勝者と認めたようだ。


 朱王は傷が癒えないものの、洗浄魔法で体を浄化してヴリトラ装備で止血。

 表面上は平静を装っているものの、痛みに耐えて笑顔を見せている。


 メレディスと共に座り込んでいるジャンの首輪を外した朱王は、ルディに向かって声をかける。


「さて、ルディさん。今度は貴方が仇を討つ番だ。カミン、ジャンの装備を返してあげて」


 朱王の指示に従ってジャンに飛行装備と精霊剣を渡すカミン。

 魔力が尽きかけているとはいえジャンも魔人族の戦士。

 死ぬ事がわかっているが、飛行装備を装着し、精霊剣を握り締めて空へと舞い上がる。


「朱王殿。助けて頂いたうえ、仇を討つ機会を与えてくださいました事、心より感謝を……」


 ルディは朱王に跪いて感謝を伝え、ジャンの待つ空へと羽ばたいた。


 すでに精霊化する程の体力も魔力も残らないジャンは精霊剣を右に構えてルディと向き合う。

 ルディは魔力が戻り十全に戦える状態にあるが、精霊剣が手元にない為自身の爪を剣のように伸ばして相対する。


 距離を詰め、お互いに炎の斬撃が交錯すると、肩から腹部にかけて血が噴き出したジャン。

 傷口からは炎が燃えあがり、次第に炎は燃え広がっていく。


「ルディ…… 最後、ま、で甘いな…… オレ、達を…… 恨んで、いただろう…… に……」


 最後の言葉を絞り出したジャン。

 ルディの攻撃は苦しむ事のないよう一撃で死を迎えられるような斬撃だった。

 ルディは言葉を返さず、燃えながら地面へと落ちていくジャンを見届けた。

 一筋の涙を流し、ルディは愛する妻へと祈りを捧げる。




 その後大王領へと戻り、クリシュティナ大王は頭を抱える事となる。

 これまでメレディス達の手によって荒らされた東の国を元に戻さなければならないのだが、大王城はカミンが破壊した事でほぼ半壊状態。

 誰もが戦いで疲れ切っているうえ、客人である朱王達のもてなしをする事すらできない。


 しかしこんな今だからこそお互いに交流を深めるべきだと提案する朱王は、やはり全員で酒盛りしたいのだろう。

 朱王にとっては楽しい時間はどこでもよく、戦いが終わり和解したのであれば酒を飲み交わして好きな事を語り合いたい。


 メレディス一派の生き残りがいたとしても、逃げ出そうが野垂れ死のうが朱王としてはどうでもいい。

 上位にあったジャン達六人は既にこの世になく、主犯であるメレディスは魔力を封じて牢獄に閉じ込めた。

 メレディスは鍵を持っている可能性もあった為、朱王は持っていたミスリルワイヤーで固定して外す事をできなくしてある。


 勝手に自分がしたいように行動する朱王はその場を仕切って作業を始める。

 まずは領民を集めて大王城前の死体を片付けさせ、血溜まりができた地面はカミンの洗浄魔法と朱王の熱処理で綺麗にした。

 ある程度破壊された城前が綺麗になったところでカミンはバリウスを取りに行く。

 瓦礫は地属性魔法を駆使して端に寄せ、形の良い瓦礫はテーブルや椅子代わりとして利用する。

 傷が回復したブルーノとデオン、ステラには魔獣を獲りに行くよう指示を出し、フィディックには野草を、アリスとエルザには果物を採りに行かせた。

 サニーと三人の魔人達には普段料理をする魔人を呼びに行かせ、大きな調理器具があれば持ってくるよう指示を出す。

 エルザと戦っていた守護者には領民を使って酒を持ってくるよう言いつけた。

 ルディは妻と同じ人間である朱王を知りたいと、作業の手伝いをするようだ。

 レイヒムはもちろん調理を担当する。

 魔人四人に指示を出しながら、食材が集まるまでに調理場として使えるよう瓦礫の積み上げ作業を進める。



 メレディスとは対立したが、東の国の大王であるクリシュティナとは会談が済んでいない。

 朱王とクリシュティナはテーブルを挟んで向かい合い、ルディはクリシュティナの背後に立っていたのだが、朱王に座るよう促されて席に着く。

 車に乗って戻って来たカミンは城の前に停車させ、朱王に呼ばれて席に着いた。

 朱雀も働きたくないので朱王の隣に座る。


 朱王は自分の考える人間領と魔人領の今後の関係について語った。


 これはあくまでも和平を結ぶ為の交渉であり、助け出した事への恩を感じる事なく、朱王の話からどうするか考えて欲しいとして、人間と魔人が手を取り合って生きていく世界について語っている。

 争いのない平和で楽しい世界。

 子供が描く絵空事のような世界を望む朱王の考えは、魔人にとっても人間にとっても甘い考えだ。

 しかしその絵空事を語る朱王だが、人間領でもあった悲しい現実を目の当たりにし、自身が守りたいと思った者達を守り、奴隷制度という気に入らないものを撤廃し、人を人とも思わない者達を粛正した事も語った。

 魔人が人を虐げる事も、人が人を虐げる事も何も変わらず、朱王の手によって人間達が変われたように、魔人達も考え方を変える事ができるのではないか。

 全ての人と魔人とが手を取り合う事もできるのではないかと理想を語る。

 何の力もない愚か者が語る夢物語ではなく、大王に匹敵する力を持ち、人間領を纏め上げるだけの能力を持つ朱王の言葉は夢物語ではない。

 実現できるかもしれない可能性を持った夢。

 今この場にいる全ての者が歩むべき道ではないだろうか。

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