第245話 本気
クリシュティナ大王が力を取り戻し、サニーが戻って来るのと一緒にスタンリーもついて来る。
スタンリーは苦手な堅苦しい挨拶をし、朱雀とメレディスの戦いを見る。
子供のような姿をした朱雀が守護者に匹敵するほどの実力を持ち、メレディスを圧倒しながらもまだその戦いには余裕さえ見える。
お子ちゃまとしか思っていなかった朱王そっくりな子供が、自分と対等かそれ以上と考えればスタンリーも嫌な汗が流れる。
しばらく見ているとわかるが、朱雀はメレディス相手に遊んでいるようだ。
おそらくはカミン達の到着まで遊ぶつもりなのだろう。
「ねぇスタンリーさん。メレディス一派は何人倒したの?」
「えーと、カミンが一人だろ? アリスが一人とオレが二人…… さっき蹴った奴で三人か。あと一人はわかんねぇな」
「私が斬ったかも。私に明確な殺意をもって向かって来た者は全員死んでもらったからね。おそらくは彼らもメレディスの部下だと思うし」
朱王は殺意をもたなかった者は斬り伏せてはいるが殺していない。
魔人であれば致命傷を受けない限りは時間をかければ回復も可能だろう。
カミンやフィディックが逃げながら倒した者達は知らないが、サニーが生きていたように他の者も生きているかもしれない。
朱王をよく知るカミンであれば、同じように敵を選んで葬っているはずだ。
東の大王に忠誠を誓う者達は生きている可能性が高い。
体や飛行装備が回復次第戻って来るだろう。
それから三十分以上待っただろうか。
デオンとブルーノが到着し、ステラの無事を確認するとデオンは抱き付いて喜んだ。
「ところで…… 貴方がルディさんだね? 貴方の伴侶にはお悔やみ申し上げる。私の同胞である女性の、安らかな眠りを祈ろう」
「ありがとうございます、朱王殿。我が妻も同じ人間である貴方にお会いしたかった事でしょう。命を賭して守ると誓いながらも目の前で殺されてしまいました。せめて私のこの手で仇を討ちたいと思ったのですが…… 力及ばず……」
涙を流すルディの姿は人間の思う悲しみの姿と何も変わらない。
やはり思いやる気持ちは人間も魔人も変わらず持ち合わせているのだ。
「命令を下したメレディスに関しては大王に委ねるとしても、仇は必ず討たせる事を約束しよう。今私の部下が連れて来るからしばらく待ってくれ」
カミンにジャンを殺さないよう言ったのはルディに仇を討たせる為だ。
朱王の言葉を察したカミンはジャンを大王領へと運んでいるが、速度が出せない為まだしばらくかかるだろう。
その後アリスとエルザが到着し、血に塗れるメレディスを見てこの戦いも終わりを迎えるのだと思ったのだが。
「朱王殿。誠に勝手ながら…… 我々と決着をつけて頂きたい」
「うむ。我々が勝とうが負けようがこの戦の勝利は朱王殿達のもの。しかし魔人の国の強者として一度始めた戦いに決着をつけなければならん」
デオンとブルーノが朱王に向き直って語りかける。
魔人の国の強者の戦い。
それは国の最上位に位置する者が命を懸けて戦った場合には決着をつけなければいけないようだ。
朱王にとっては必要のない戦いだが、魔人にとっては大事な矜持。
「そうだね。今度は全力で戦おうか」
これまでの戦いは互いに全力ではない。
精霊化したブルーノとデオン。
上級魔法陣を使用した朱王。
この戦いが始まれば大王領は跡形もなく消し飛んでしまう事だろう。
場所を移動して戦う事になる。
朱雀に声をかけて場所の移動を伝えると、最後に強力な一撃を浴びせて戦闘を終え、メレディスを掴んで戻ってきた。
すでに満身創痍で戦える状態にはないメレディスに魔力を封じる首輪を付け、大王領から遠く離れた位置で朱王達の戦いを見る事にする。
装備を奪われていたクリシュティナとステラ、ルディは周囲に爆殺された魔人の死体から飛行装備を剥ぎ取って使用する。
いずれもクリシュティナの知らない魔人であり、メレディスの部下達であろうと思われる。
クリシュティナが飛行装備を剥ぎ取ったところに東の魔人達も戻って来た。
やはり大王に忠誠を誓い、メレディス達にいいように使われていた魔人達なのだろう。
跪き、大王の無事を喜んだ。
大王領から北へ10キロ程離れた岩場のある平原。
空を浮揚するブルーノとデオンが同時に精霊化し、炎の竜魔人と凶悪な獣魔人へと変貌する。
対する朱王は上級魔法陣インフェルノを発動し、紅蓮の炎を纏って抜刀の構え。
最初と同じ、一瞬でブルーノの前に現れた朱王からの神速の抜刀。
業火を放出する斬撃は二人をもってしても受け切れないだろう。
デオンが刀を受け、ブルーノが左薙ぎに大剣を振るい、朱王の回避を促す事によってその威力を逸らす。
今度はデオンからの舞うような斬撃に加え、ブルーノの荒々しくも重い斬撃を朱王は一振りの刀で捌き切る。
攻撃ばかりを見せてきた朱王だが、防御に回るとこれまで以上にその強さが見えてくる。
以前よりも成長した朱王は、精霊化によって威力を高めたデオンやブルーノの攻撃にも耐え、予測からの操作により攻撃を限定しつつ、確定させたところで反撃も繰り出してくる。
一人で挑めば防戦一方、二人で挑めば攻め続ける事はできるものの、油断をすれば反撃を食う。
一瞬でも気が抜けない。
だが右翼も左翼もただ攻防を繰り返すだけではない。
朱王の反撃を誘いつつ出力を高めた一撃を繰り出す。
いくら朱王といえども耐え切れずに上体を揺らし、そこからバランスを崩され予測も安定しなくなる。
一旦剣を弾きながら距離を取り、空を舞って高速飛行戦闘に持ち込む。
飛行性能は朱王の方が格段に上だが、二人を相手にする場合には優位とは言えない。
挟み込まれて剣を振るわれては捌き切る事は不可能だろう。
加速してデオンの方へと距離を詰め、互いに業火を纏った斬撃で斬り結ぶ。
そこから数十ともなる剣戟を重ね、背後からブルーノが襲い掛かったところで朱王は急停止。
上空へと舞い上がる。
デオンとブルーノの斬撃がぶつかり合い、互いにその威力で弾き合って距離を取る。
下方に二人の背を見る朱王は二つの紅炎弾を作り出して放つ。
上級魔法陣によって強化された紅炎弾は、速度も威力も以前の比ではない。
まだ紅炎弾に気付かない二人に背後から着弾。
超高熱となって膨れ上がり、収縮を始めた瞬間にブルーノは膨大な魔力を放出して爆散。
そこに頭上から急降下してきた朱王からの上段斬りが振るわれる。
業炎を纏った斬撃はブルーノの強化をもってしても耐え切れず、精霊剣を傾ける事で脳天を避け、肩口に深く斬り込まれた。
傷口を超高熱によって焼かれながら地上へと落ちていく。
デオンも紅炎弾を受けて収束する熱量に耐え、紅炎弾以上の魔力量をもって払い除ける。
自身の熱量以上の技に炎の魔人としてもまだ高みがある事を知りつつ、朱王の斬撃を受けるブルーノの姿を見届けた。
右翼と左翼二人相手に対等に戦う朱王なのだ。
すでに勝ち目は薄いと見ても、ここで引くわけにはいかない。
デオンは加速しながらブルーノに斬撃を見舞った朱王に急接近。
業火の斬撃をその背に振るうが、朱王の姿がブレると同時に背中に衝撃が走る。
瞬間移動からの蹴りを受け、地面に向けて落下していく。
朱王もこの瞬間移動擬きは消費する魔力量の大きさから使い道はないだろうと思っていたのだが、あまり多用する事はできないとしても相手の油断を誘うにはなかなかに有効だ。
あとで千尋と蒼真に教えてやろうと思う朱王だった。
地上に落ちたブルーノは傷口を超速回復しようと魔力を巡らすものの、焼かれた傷はなかなかに癒えない。
切口を集中的に回復させ、切創部を繋ぎ合わせる事を優先する。
デオンも蹴られた肩の痛みに耐えながら、患部と引き千切れた筋肉を回復させる。
ゆっくりと地上へと舞い降りる朱王は、右翼と左翼をもってしても恐ろしい存在だ。
戦闘時の朱王は普段の優しさなど欠片も見えない程に強烈なプレッシャーを放つ。
刀を片手に歩み寄る朱王。
ブルーノの回復が遅くなるだろう事を予想し、デオンは最大出力での攻撃を放つ為全身を業炎で包み込む。
大気は焼け焦げ、周囲は陽炎となって視界が歪む。
それならばと朱王も自身の持つ最大威力の技で迎え討つ。
刀を納めて抜刀の構え。
翼を広げて紅炎をその身に纏う。
以前エリオッツとの戦いで放った超威力の抜刀だ。
朱王の膨大な魔力を熱エネルギーに変換した紅炎は大気を紅く燃やし、大地を融解、蒸発させながら巨大なクレーターを作り出す。
打ち合えば最悪の場合消炭にされるだろう事を覚悟しながらも、デオンは炎の翼を羽ばたかせて朱王へと向かう。
朱王も上体を傾けてデオンに向かって前進する。
デオンの全出力の業炎と朱王の紅炎を纏った斬撃がぶつかり合い、閃光と爆発音と共にデオンの姿が消え去った。
デオンの最後を見届けて、ブルーノも傷がまだ癒えない状態で全魔力で強化し、盛り上がらせた大地を踏み台にして跳躍。
大地を踏み砕き、重力魔法で質量の塊として朱王へと向かう。
朱王の斬撃とブルーノの斬撃がぶつかり合う瞬間、対象を高圧縮によって叩き潰す地属性魔法の最大威力技。
それすらも朱王の紅炎の前には技としての意味を成さない。
右薙ぎに振るわれた刀によって一瞬にしてブルーノの姿も消し去った。
戦いが終わった朱王は刀を納めて魔法陣を解除。
悪魔のような姿をした朱王が空を舞い、ゆっくりと皆のいる方へと戻って来る。
この戦いを見ていた全員言葉を失い、デオンの最後を見届けたステラは生気を失ったかのように膝から崩れ落ちた。
数ヶ月振りに助け出され、涙の再会をしたばかりのデオンが目の前で消え去った。
想像する事のできなかった現状に意識がついていかない。
涙すら溢れないまま朱王を見つめていた。
クリシュティナや東の魔人達とて理解が追いつかない。
東の国でも自分と肩を並べる強さを持つ二人が一瞬にして消え去ったのだ。
魔王としての条件、最強である事を体現したような朱王の強さに畏怖の念を抱く。
ルディの心境は複雑だ。
自分の妻に対して祈りを捧げてくれた、優しい姿を見せる朱王とは真逆。
今の朱王は残酷にして冷徹、慈悲など欠片もない化け物のように映る。
同じように朱王の本気を初めて目の当たりにした北の国の魔人達。
あの常に笑顔を絶やさない朱王の持つその破壊性能。
常軌を逸したその強さに、人間領から招き入れてしまった最強の化け物に恐れを抱く。
このまま北の国に連れ帰る事が本当に正しいのか、魔人同士が争っている場合ではないのではないか、今ここで北と東とで手を組んで抹殺するべきではないかとさえ思えてくる。
こちらへと向かって来る朱王の姿は凶悪な存在そのものではないだろうか。
それぞれが思いを胸に抱く中、朱王はふわりとその場に舞い降りる。
その朱王の表情は笑顔。
一欠片も曇りが感じられない笑顔だ。
その笑顔にまた恐怖を覚えて魔人達は身構える。
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