第244話 救出

 デオンとブルーノが精霊化し、朱王が上級魔法陣を発動しようとしたところで着信を受ける。


「朱雀。今良いところだから邪魔しないで欲しいな」


『朱王よ。良いところとか言うとる場合ではない。大王とやらを見つけたが、見えるじゃろ? この後どうする気じゃ?』


 朱雀の視界を通して牢獄のような檻の中にクリシュティナ大王と思われる魔人女性が見える。

 驚いたような表情をしているが怪我などはしていないようだ。

 隣の檻にもクリシュティナ大王によく似た女性がいるのが見える。


「どうするって…… もうメレディスと戦ってるんでしょ? そこに誰か倒れてるし」


 檻の前には倒れた魔人と、天井には巨大な穴が空いている。


『うむ。サニーの案内で忍び込んだのじゃが見つかってしまってのぉ。やはり斬るしかないじゃろ?』


「見つからないように忍び込まないと駄目だよ。せっかく忍び装束に変えてあげたのに」


『仕方がないじゃろ。彼奴らにリルフォンを渡しておるから魔力感知に引っ掛かって見つかってしまったのじゃ』


「それを掻い潜るから楽しいんでしょ! 朱雀はもっと頑張るべきだよ! 忍者っていうのはねぇ……」


『あの、大王様をお助けしても?』


『待つのじゃ。朱王がまだ助けると言うておらん』


『ええ!?』


 破壊された大王城地下に忍び込み、助けに来たはずの大王達を放って忍びについて論じる朱王。

 何故か朱雀も興味深そうにコクコクと頷きながら聞いている。




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〈時間を少し遡る〉


 カミンがジャン達から逃げている間にサニーは体を回復させ、リルフォンを拾って耳に装着。

 その機能に驚き涙しつつもカミンに連絡。

 朱王と朱雀、スタンリーに繋いで情報を共有する事にした。


 メレディスが東の国へ来たのがおよそ一年程前。

 南の国の大王が魔王を討った事を知り、これは重大な問題行為だとして国の在り方を疑い、メレディス達七人は東の国に亡命して来たそうだ。

 クリシュティナ大王はもともと人間達と争う気はなく、メレディス達の語る魔王に対する思いを聞いて受け入れの許可を出したとの事。


 しばらくは東の国の民として過ごしていたものの、その実力の高さから魔貴族とするべきだとの評価を受けて大王城へと上がった。

 そして東の国では知られていない事を多く知るメレディスを気に入り、クリシュティナ大王は次第に心を許すようになったと言う。


 しかし三月程前にはクリシュティナ大王はメレディスによって力を封印され、城の地下にある牢に閉じ込められてしまった。

 そしてクリシュティナの娘だというステラも同じく力を封じられて投獄されているそうだ。

 このステラは左翼デオンの妻であり、大王とステラを人質にして左翼を抑え、メレディス達は東の国を我が物顔で統治するようになったとの事。

 左翼が抑えられては右翼ブルーノも大人しく従うしかなく、右翼と左翼が従っている以上は守護者も魔貴族も従わざるを得なかったそうだ。


 また、守護者の一人であるルディもジャン達に倒され投獄されているとの事で、その地下牢にいると思われる。


 敵となった東の国の魔人であるサニーが言う事ではないが、大王達を助け出してほしいという事で、大王救出作戦が実行に移された。


 カミンは多くの魔人を引き連れたまま東の国を逃げ回って時間稼ぎ。

 朱王達の到着を待つだけだ。


 朱王とスタンリーは到着後にカミンを追う魔人との戦闘を担当する。


 朱雀はサニーと合流して大王城に忍び込み、メレディス達に気付かれる事なく大王他閉じ込められている人々の救出を担当とした。




 朱王が通話を始めた事でブルーノとデオンは何か動きがあった事を察したようで襲ってくる事はない。

 しばらく忍者論を語った朱王はブルーノとデオンのリルフォンの通信を再開させ、グループ通話で発信。

 カミン達と北の魔人達にも発信する。

 着信を受けた右翼と左翼はサニーから現在の状況を聞いて精霊化を解除した。


「私は大王領に向かうけどみんなどうする?」


「俺も行く。ステラが心配だ」


「我々も行きましょう。死んではおりませんがジャンは既に虫の息。このまま連れて行きます」


 どれだけの爆破を受けたのかわからないが、全身血塗れのジャンが地に伏している。

 精霊剣と飛行装備を奪えば空では抵抗できないだろう。

 フィディックに指示を出して一緒に連れて行くようだ。


 戦いを中断して残っていた魔人達にも声をかけ、大王領へと戻る事を伝えると誰もが一緒に行くと言う。


 デオンを先頭に大王領へと向かう。




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 朱王からの指示で朱雀はクリシュティナ大王と隣の牢にいたステラ、奥の牢にいたルディを助け出した。


「私はクリシュティナ=オルティス。愚かにもメレディスの罠に嵌ってしまった東の大王だ。助けてくれた事、感謝する」


「我は朱雀じゃ。朱王が助けよと言うからのぉ。それよりなんじゃその首の輪っかは。外せんのか?」


 三人は首に装飾された円環を着けており、朱雀の目にはその円環が魔力を封じるものである事がわかる。

 破壊しようとルディの円環に力を込めるが、魔力が通らず外す事ができない。

 後ろ側には鍵穴のようなものがあるが鍵はどこにも見当たらない。

 メレディスか部下の者が持っていると思われたが、先程倒した男は持っていなかった。


「仕方がない、朱王に何とかしてもらおう」


 朱雀の中では朱王は何でもできる人間だ。

 鍵が掛かっていようが魔力が流れなかろうが何とかできると思っている。


「すまんな、朱雀よ。それより其方は魔人ではないな。人間のように見えるが人間でもない…… 初めて見る存在だが」


「我は人間の朱王という男と契約した精霊じゃ。少し精霊としても変わっておるかもしれんがのぉ」


 精霊であるはずの朱雀は器を必要とする以外には見た目も行動も人間の子供と何も変わらない。

 しかしクリシュティナには人間ではない事がわかるようだ。


「人間が助けに来たと言うのか!?」


「そうじゃ。ちと遠かったがのぉ」


「はい。北の国の使者と共に人間領からも使者が来ております。そして人間領の使者、カミン殿の主人がメレディスと対立。我ら東の魔人軍はわずか数名を相手に……」


「まさか、殺してはおらんだろうな!?」


「いえ…… その逆、壊滅状態となっているようです」


 驚愕に震えるクリシュティナ。

 東の魔人は他国と比べても弱くはないはずだ。


「そんな事が…… 右翼と左翼はどうしたのだ!?」


「お二人とも精霊化しておられましたがご無事のようです。お相手をされていたのが朱王殿のようですが」


「あの二人…… 私でも一対一で勝てるかわからん強さなのだぞ!? 二人とも精霊化をしていたとは本当か!?」


 まだ朱王は精霊化した右翼と左翼とは戦っていないのだが、この二人が精霊化しなければならない相手と考えればその実力はクリシュティナとて測り知れない。


「む。サニー、この者達を頼めるか? 我は彼奴の相手をする」


 天井に空いた穴から飛び出した朱雀。

 弾き飛ばしていたメレディスが戻って来たのだろう。


 朱雀に続いてサニーがクリシュティナ、ステラ、ルディの順に地上へと連れ出した。




 朱雀が舞い上がった先には装備に血と焦げ跡を付けたメレディスの姿。


「おのれ!! ガキがよくも!!」


「お主は朱王に喧嘩を売ったんじゃ。それ相応の覚悟はした方がよいぞー」


 朱雀は炎の翼を羽ばたかせてメレディスに向かう。

 物理を無視した高速飛行からの斬撃にメレディスは弾かれ、右へと回り込むようにして飛行戦闘を開始する。

 楽しそうに追う朱雀は速く、機動性も高いうえに一撃が鋭い。

 メレディス相手に遊び感覚で剣を振るっている。

 それでもメレディスはジャン達を上回る程の実力を誇り、精霊剣を振るう剣技は一流と言えるほどに鋭い。


 右へと左へと進行方向を変えながら続く飛行戦闘。

 一気に決着をつけたいメレディスだが、朱雀から距離をとりたくとも飛行能力が劣っている為難しい。

 紫色の豪炎を放つ朱雀に対し、風魔法で挑むメレディス。

 これまで速度で劣る事がなかったメレディスが、自分よりも速い相手に苦戦を強いられる。




 朱雀とメレディスの戦いを続ける中、地下牢で倒れていた魔人の男が目を覚ましてクリシュティナを人質に取ろうと襲い掛かる。

 しかしその場にいたサニーによって遮られ、二人もまた戦闘を開始した。




 それから約三十分程も戦い続けただろうか。

 サニーが相手どる魔人は精霊化をしており、精霊化ができないサニーは血に塗れながら何とか耐えている状態だ。

 メレディスも弾き飛ばされた際に精霊化を済ませて朱雀と戦うものの、上級魔法陣を発動した朱雀の業炎はメレディスの風魔法を優に上回る。

 精霊の力を魔人の体で最大限引き出す事ができる精霊化と、精霊そのものが魔法陣によって出力を上げたものとではその差は歴然だ。

 精霊を上回る能力を発揮するとなれば、より高い魔力やイメージ力が必要となるだろう。

 すでにメレディスの左腕は上がらず、満身創痍となって朱雀の攻撃に耐えている。


 そこに超高速で飛んで来たのはもちろん朱王とスタンリーの二人だ。

 先に向かったゼオンさえも抜き去って来たようだ。

 朱王はメレディスの直前で急停止。

 その制動力によって生じた爆風にメレディスは弾き飛ばされた。

 スタンリーは前回同様、加速したまま魔人の男を蹴り飛ばす。

 相手が精霊化していたとしても充分な威力があるようだ。


「お、来たか朱王。あれは我の獲物じゃから手を出してはならんぞ? 譲らんからな」


「うん、任せるよ。ただ殺すのだけは禁止ね」


「うむ。朱王は…… ああ、おった。あそこにクリシュティナ大王がおるんじゃが首の輪っかを外してやってくれんかのぉ。なにやら魔力を封じる物のようじゃし鍵がかかっておるんじゃ」


 朱雀が指差す先にはクリシュティナ他二人が立っている。


「変な魔術が組み込まれてたりは?」


「しない」


 朱王は朱雀にメレディスを任せて地上へと降りていく。




 クリシュティナ大王の前に立つ朱王。


「無事で良かった、東の大王よ。私は人間領のクリムゾンという組織の総帥をしている緋咲朱王という者だ。この度、メレディスが私と敵対し…… 使者として送り込んだ部下を殺そうとしたのでね。奴を斬りに来たんだ」


「私も名乗らせてくれ。東の国大王、クリシュティナ=オルティスだ。助けてもらい申し訳ない。情けない話だがメレディスの罠に嵌められてしまってな…… 愚王と罵ってくれても構わん」


「たまたま。私がメレディスと敵対して、そこにたまたまクリシュティナ大王を助ける結果となっただけだよ。気にしなくていい」


「そうは言うが…… 朱王殿は東の国の恩人。この借りはそう簡単に返せるものではない」


 朱王としては東の国と良好な関係が築けるのであれば、このメレディスとの敵対関係が解決すれば問題はない。

 そこにたまたま東の大王が罠に陥れられていたとしてもそれはそれ。

 メレディスが敵対したので始末するだけだ。


「まあそれよりもその首輪を見せてくれますか? 外せるかわからないし」


 本来であれば大王の背後を取るなどあってはならない事かもしれないが、状況が状況なだけに外せる可能性があるなら朱王に委ねてみるべきだろう。

 朱王はクリシュティナの首の後ろにある鍵穴を確認し、バッグから工具を出して鍵穴を弄る。

[カチリ]とあっさりと外せるのは朱王の器用さ故か。

 続けてステラとルディの首輪も外し、三人の体に魔力が戻った事が確認できた。

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