第243話 激戦
ここまで三十以上もの魔人を斬り伏せた朱王だが、東の魔貴族は以前戦ったサディアスと比べるといずれも劣る。
しかし今朱王と対峙する右翼のブルーノと左翼のデオン。
大王に届くとまで言われた二人の実力はどれ程のものか。
構える二人の魔力は、これまで相対した者のなかでも最大のもの。
右翼と左翼。
一対一でさえ戦う事が難しい相手に、朱王はいつものように刀を収めて抜刀の構え。
静止状態からであれば距離を詰めるまでに時間が掛かるが……
「じゃあ右翼のブルーノさん。準備はいいかな?」
肩に担いだ剣に力を込めて朱王の攻撃に備える。
「いくよ」
朱王の魔力が増大し、翼を羽ばたかせた瞬間。
一瞬でブルーノの目の前に現れた朱王から神速の抜刀が振るわれた。
だが大王に届くとさえ言われる程の実力者であるブルーノは、朱王が現れる直前に魔力の塊が接近した事を把握していた為、後方に下がりつつも剣を振り下ろす。
しかし目で追えない程の朱王の斬撃に間に合わず、ガード部分で受けたブルーノは錐揉み状態になりながら遥か後方へと弾き飛ばされた。
そこへ朱王の追撃。
刀身に紅蓮の炎を纏い、全てを焼き尽くす程の高熱を宿した火球を放つ。
直後、刀を振り下ろした朱王の首元を目掛けた左袈裟斬りがデオンから振るわれるも、咄嗟の斬撃である為朱王の予測に捉われ空を切る。
予測が操作の前に確定となった今、朱王にとってデオンは隙を晒している状態だ。
デオンの後方から突風を巻き起こして下顎を蹴り上げ、無防備となったところを左逆袈裟に刀を振るう。
既のところで剣を引き戻したデオンは、豪炎を纏った刀を受けてそのまま後方へと飛ばされる。
朱王がブルーノに向けて放った火球は遠い大地に当たって巨大に膨れ上がり、超高熱を放って一点へと収束しながらその場に留まる。
放った火球は高い魔力に引き寄せられ、着弾ととも熱を発し、膨張しそうになる熱を収束させるよう朱王が作り出した、通常時にも使える紅炎弾だ。
熱量を稼ぐのに多少の時間を要するものの、威力としては上級魔法陣で放つ紅炎に引けを取らない。
しかし収束していた炎は爆散し、その中央には膨大な魔力を放つブルーノの姿。
如何に朱王が作り出した紅炎弾といえども魔力量では上級魔法陣は及ばない為、それ以上の魔力をもってすれば破壊もできる。
紅炎弾は消えたものの、ブルーノは耐えられたとしても飛行装備までは熱量に耐え切れない。
しばらくは戻っては来られないだろう。
デオンの方に向き直る朱王。
先程の斬撃を受けた傷を塞ぎ、再び剣を構えながら朱王を見据える。
再び朱王が翼を羽ばたかせ、一瞬で間合いを詰めるかと警戒したデオンの予想とは違い、風に乗って速度を上げて向かってくる。
空での戦いは動きを止めた状態では分が悪い。
デオンは朱王に真っ直ぐには向かわず左下方に向けて空を舞う。
朱王はデオンに追従し、速度をさらに上げて追い付き、高速飛行しながら剣戟を重ね合う。
朱王の豪炎にデオンも同等の出力を持った豪炎を放って斬り結ぶ。
距離を取り、速度を上乗せしては剣戟を重ね、剣技を持って斬り交わす。
デオンは自分と対等に戦える者などそう出会う事もないのだろう、自身の豪炎でも相殺し切れない程の朱王の攻撃を辺りに撒き散らす。
朱王の攻撃はデオン程の出力はないものの、デオンの攻撃速度をわずかに上回る事で最大威力を抑え込む。
互角に見えて優勢に戦いを運ぶ朱王。
デオンが追われ、朱王が追う形で高速戦闘が行われている。
これは剣技と能力、魔法練度と、総合力では朱王の方がデオンを上回っているのだろう。
数え切れないほどの攻防が繰り広げられ、二人の剣戟によって炎が吹き荒れ大気を焼き焦がす。
熱を帯びた大気は上昇気流となり、空には分厚い雲が発生し始めた。
光が遮られた空の下で赤に緑の混じった炎と橙色の炎とが暴れ狂い、乱れた光の線を描きながら縦横無尽に空を舞い踊る。
あまりに凄まじい戦いに、アリスもエルザも戦闘を中断し、スタンリーも魔貴族一人にとどめを刺そうというところで手を止める。
フィディックも魔貴族一人を残して、朱王の戦いを見守るスタンリー達の元へとやって来た。
朱王とデオンが戦いを続ける中、ブルーノは飛行装備の回復を待ちきれずに大地を操作して土の翼を作り出す。
速度は出ないものの、重力魔法で重さを打ち消しつつ強風を受ければ、遠く離れたこの距離を詰める事はできる。
飛行装備の回復まではまだ掛かるとはいえ、デオンが朱王を地上戦へと持ち込めればブルーノも戦う事ができるだろう。
朱王とデオンの戦っている地点に向けて移動を開始した。
精霊化したカミンとジャン。
朱王とデオンの戦いをよそに二人も動き出す。
燃え盛る炎を吹き上げて加速するジャンにカミンは後方に下がりながらその剣を受け、爆破を利用して後方に向かって加速する。
爆破で速度を殺されたジャンと加速したカミン。
ジャンの後方から回り込んだカミンが追い抜きざまに剣を振るい、爆破を浴びせて地面へと叩き落とす。
さらに加速したカミンは上空へと舞い上がり、体を翻して下降。
地面スレスレを飛行しながらジャンへと向かう。
地面に体を沈めたジャンは口に溜まった血を吐き捨て、向かい来るカミンに向けて剣を構える。
速度を乗せたカミンの爆水とジャンの炎の斬撃。
出力を上げたジャンの炎は自身の全力での一撃だが、カミンの一撃はそれを遥かに上回る。
大地を削り取り、広範囲にわたってあらゆる物を撒き散らす。
爆破によって再び弾き飛ばされたジャンは地面を転がりつつも立ち上がり、震える腕を押さえながら空へと舞い上がる。
地上に立ち、ジャンを見上げるカミン。
真っ黒な仮面に淡く光る鋭い目をした悪魔がカカカと笑う。
怒りに震えるジャンは咆哮を上げ、魔力を高めて前方に火球を生み出す。
竜魔人化したジャンの最大威力のブレス。
火球から射線状に放たれた業火がカミンに襲い掛かり、カミンも対抗するべく前方に水球を作り出し、超威力の爆水弾を発射。
業火と爆水により地面が弾け飛び、空をも破るかの如く大気が震える。
上空に集まっていた雲さえもがかき消された。
ジャンはその爆発に遥か後方に押し流され、地面に立っていたカミンも耐え切れずに翼を広げて後方に飛ばされる。
互いに相手を討とうと体勢を立て直して空を舞い、剣を構えて距離を詰める。
カミンの魔剣とジャンの精霊剣が交錯する瞬間、ジャンは弾き飛ばされる事を覚悟の上でカミンの腹部を蹴り上げる。
爆破によってジャンは弾き飛ばされ、カミンは腹部を蹴られた事によって体勢を崩し、速度も低下。
そこへジャンの火炎の弾幕が襲い掛かる。
威力で劣るならば魔力量をもって相手をすればいい。
弾幕を全て爆水による斬撃で打ち消しながら体勢を立て直すカミン。
さらに火炎弾を撃ち込むジャン。
何発かの直撃を受けながらも体勢を立て直したカミンに豪炎の斬撃が向けられ、火炎弾の相殺に威力を削られた爆水はジャンの一撃に耐え切れない。
相殺し切れない豪炎を受けたカミンは後方に飛ばされ、周囲から水を集めて消火。
再び火炎弾を放ってくるジャンを迎え討つ。
朱王とデオンの戦いも熾烈を極め、デオンの体に傷が目立ち始めた頃に右翼のブルーノが戦場へと到着。
飛行速度が遅い為、風を受けて空中浮揚して二人の姿を見据える。
ここでブルーノを相手取る必要もないのだが、敢えてデオンとの戦いを中断してブルーノの前で急停止する朱王。
デオンも速度を落としてブルーノの横に浮揚する。
「さすがは大王に届くとまで言われる強さだね。精霊化もしないでここまで強いと思わなかったよ」
「それは俺の台詞だ。まさか人間がここまで強くなれるとは……」
「朱王…… 殿。ここで止まったって事はオレの相手もしてくれるのか?」
先程までの無表情だったブルーノではない。
愉しそうに、嬉しそうに、遊び相手を見つけたかのように、今にも飛び掛かって来そうなそんな表情だ。
「うん、いいよ! デオンさんはどうする? 一緒に相手する?」
「いいや。次はオレの番だ」
「じゃあ…… 地上戦にしよっか。それじゃ戦えないでしょ?」
「ああ、助かる」
ブルーノの飛行装備を指差す朱王。
朱王の見立てでもおそらく回復まであと二十分は掛かるだろう。
朱王とブルーノは地上へと降り立ち、デオンは高い岩場に座って体の回復に魔力を巡らす。
再び納刀状態からの抜刀に構える朱王。
対するブルーノは肩に担いだ大剣となる精霊剣を握りしめ、全身を膨大な魔力で強化する。
朱王は一足でその距離を詰めて神速の抜刀を振るう。
先に見せた抜刀に反応したブルーノだが、それでもタイミングが合わず重さの乗り切らない斬撃は弾かれ、必然的に防御に回る事になる。
朱王の連続した斬撃に大剣を上手く操って防ぎ続ける。
ブルーノの振るう剣技は一流と言っていいだろう、防御に徹しながらも朱王の動きを観察し、大剣を持ちながらも最小の動きで反撃を繰り出そうと隙を伺う。
しかし朱王の剣技に隙などあろうはずもなく、ブルーノはひたすら防戦を強いられる。
朱王の豪炎に対して地属性強化のみのブルーノ。
戦闘能力だけで考えれば朱王が今まで戦った誰よりも強い。
強さの上限が見えない千尋さえも上回るだろう。
そして攻撃する朱王の操作でも確定に持ち込めない程の強化となれば、一度攻守が入れ替われば朱王も防戦一方となる可能性が高い。
それどころか押し切られる可能性さえある。
攻撃の手を休める事なく攻め続ける朱王。
これまでは抑え込んでいた自分の力を余す事なくぶつける事ができる相手だ。
強化を高め、出力を高めて自身の上限を引き伸ばしていく。
次第にブルーノの強化でさえも耐え切れない攻撃が振るわれるようになり、朱王は自分の成長を感じながら魔王への一歩を踏み進めた喜びに笑みが溢れる。
そこから十数分が経過した頃には、朱王がブルーノを圧倒し始めていた。
一撃を受ける度に腕が軋み、肉が裂け、耐え切れずに弾き飛ばされる。
すぐさま体勢を立て直してブルーノは前に出るが、追い討ちに向かう朱王の攻撃に押し切られてしまう。
何度立ち向かおうとも押し負けるようになったところで朱王は朱雀丸から放つ豪炎を霧散させる。
そして手首に装着しているブレスレットに下級魔法陣グランドを組み込んで発動。
魔力を全身に漲らせ、今度は強化のみで挑むつもりのようだ。
朱王のこの行動に怒りを覚えたブルーノだが、次の朱王の攻撃に考えを改める事となった。
これまでの攻撃でさえもなんとか捌く事ができていたのだが、さらにまた一段と速度を上げて振るわれた技は目で追う事すら難しい。
威力こそは落としたものの、反応がわずかに追いつかず弾き飛ばされてしまう。
しかし速度が上がって自身の反応に違和感を覚えた朱王も戦いづらく、首を傾げながらまたブルーノに向かって足を運ぶ。
ブルーノは朱王の動きに対してある程度先読みしながら剣を振い、未だ目で追えない斬撃に何とか対応する。
一撃一撃が超高速の斬撃であり、踏み込み一つが地面を割る程のものだ。
朱王もブルーノも地面を割りながら剣戟を重ね続ける。
地上で行われる超高速戦闘に地面が耐え切れずに荒れ果てていき、二人の戦場は深く抉られていく。
そこから更に戦闘は続き、ブルーノも必死に食らいつくが朱王の成長に追いつかなくなってきた。
さすがにこのままでは東の魔人最強の一角である右翼が倒れてしまう。
デオンは呪文を唱えて精霊化。
他の魔人とは一線を画す、全身が炎となる竜魔人へとその姿を変化させる。
ブルーノを圧倒する朱王へと向かい、業火を纏った斬撃をもって払い退ける。
しかし今の朱王は先程までとは比べものにならない程に速い。
デオンの斬撃を躱して空へと舞い上がる。
ブルーノも飛行装備を展開して朱王を追って飛翔し、デオン同様に呪文を唱えて精霊化。
その身長は3メートルを超え、全身を覆う暗黒色の鎧をその身に纏った魔獣のような姿へと変貌した。
知性を感じさせないその姿は精霊化というよりも超級魔獣であるデーモンのようだ。
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