第242話 開戦

 カミンが東の魔人一人を爆破すると同時にリルフォンの通信が遮断。

 朱王は逃げるよう指示を出しているが、カミンはおそらく一戦交えてから逃亡をはかるはず。

 それも数を減らし、王宮を破壊して逃亡する事だろう。

 そして全員が逃げるとしても速度の速い魔人からは逃げる事が難しい。

 どこかに隠れる必要もあり、あちらに渡したリルフォンで連絡を取り合われても面倒だ。

 朱王は遠隔操作で東の魔人達の通信を遮断し、リルフォンでの連絡を取れないようにした。

 それでも通信以外の機能は生きている為捨てられる事もないはずだ。

 カミン達には東の魔人の位置情報を一分毎に送信する事にして逃亡に役立ててもらう。


「よし、これでたぶん逃げ切る事はできるはず。私は東の国に行ってくるから北の国はこれまで通り…… 花火作りを続けてくれ。帰って来たらみんなで勝利を祝おう」


「我は行くぞ。朱王の精霊じゃからのぉ」


「私も…… いえ、朱王様の勝利を信じております」


「朱王様、御武運を。カミン様とフィディックをお願いします」


「マーリンとメイサは今は花火作りに専念してくれ。君達には南との戦いに協力してもらいたいからね」


 東の国との戦いが始まっているというのに、花火を気にする朱王は誰よりも楽しみにしているのかもしれない。


 朱王と朱雀は空へと舞い上がり軽く手を振ると、高速で上昇してそこから急降下による加速度を得ながら東へと消えて行く。


「スタンリー! 朱王殿を追えるか!?」


「え!? めっちゃ速いんすけど!? いや、追える! 追ってみせる! 行って来ます!!」


 スタンリーは風の魔人として速度で負けるわけにはいかない。

 風魔法を駆使して加速し、朱王と朱雀の後を追う。




「なあディミトリアス。東の国とはどうなったんだ? 朱王が行ったって事は戦争か?」


 リルフォンでの東の国との会談に参加しなかったエリオッツが最近開発したばかりのクリームソーダを二つ手にしてやって来た。

 一つをディミトリアスに渡して二人は空を見つめる。


「残念だが朱王殿は東の国の大王代理とかいう者と敵対する事になった。北の国は南に備えよとの事だが…… 私も人の親だ。アリスが心配でな」


「ああ、娘も行ってるんだったか。だがそう心配するな。朱王が着くまで生き延びられれば大丈夫ではないか?」


「しかし……」


「大王が動けば国が動くのだ。ディミトリアスは彼奴らを信じて待てばいい」


「うむ…… ここ最近、ただ待つという事がなかなかに苦痛でな」


「やる事はあるだろう。これ飲んだら花火作りにまた行こうではないか」


「そう、だな。うん、美味い」


 北の国の大王として、ここは娘や部下を信じて待つほかないのだ。

 そこに速度に優れた朱王や朱雀、スタンリーが時間稼ぎをすれば全員が無事帰れるだろうと思えなくもない。

 朱王も朱雀もその放出する魔力から高い実力を持つ事がわかるとはいえ、その強さは未知数なのだ。

 ディミトリアスから見ても守護者以上である事はわかるがどれ程までかは想像がつかない。

 しかし大王の思いとは裏腹に、自分よりも強い事が予想される竜人エリオッツが大丈夫だと言う事や、朱王の部下であるマーリンやメイサの見せる余裕。

 朱王が無事帰ってくる事への絶対的信頼を思わせる程に自然体だ。

 アイスクリームを三段積みで楽しんでいる。

 ここで自分だけが焦っていても仕方がない。

 ディミトリアスも気持ちを落ち着かせて帰りを待つ事とした。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 高速で空を舞う朱王と朱雀。

 スタンリーがついて来ている事に気がついて速度を少し落として待つ。


 しばらくして追いついたが、風の魔人と呼ばれるスタンリーでさえも距離をなかなか縮める事ができない程に朱王と朱雀の飛行速度は速い。


「スタンリーさん。もっと速度上げるけど大丈夫? 通常飛行より落下加速を乗せると速度を出し易いからさぁ」


「朱王さんの言ってる事がわかんねーよ。どうすりゃいいんだ?」


「ここから高い位置まで上昇したら重力魔法で重さを加えて落下するだけだよ。速度が乗ったらそのまま滑空すれば良いだけだから簡単!」


「ほぉぉ。朱雀はできんのか?」


「我は重力魔法は使えんがのぉ。飛行速度には自信があるのじゃ」


 スタンリーが理解したところで朱王は上昇を始める。

 ここでも重力魔法で軽くし、風魔法で上昇を促す。


 上空2千メートル付近からの重力魔法を乗せた落下。

 大きく広げた飛行装備で横から風魔法を受ける事で落下加速度を乗せた飛行が可能となるのだが、スタンリーの飛行装備は朱王の物より性能が低い。

 危うく林に突っ込みそうになりながらも超加速を可能とした。

 朱雀は落下加速度の初速は遅いものの、その飛行能力の高さから余裕でついてくる。

 風の魔人であるスタンリーが最も遅い。


 速度が低下するまではそのまま滑空し続け、スタンリーが追いついたところで朱王がバッグから取り出したミスリルナイフを渡す。


「今これしかないから貸しておくよ。飛行装備の性能上がる魔石組み込んであるから使って」


 普段の作業で使っていたミスリルナイフに、飛行装備の補助機能を付与した朱王の魔石が組み込まれている。

 再び上空へと舞い上がって加速を狙う。


 さらに速度を上げた朱王が加速していく。

 スタンリーもこれまで以上の強力な重力、翼の強度、攻撃魔法に近い突風を巻き起こす事で更なる加速が可能となった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 およそ六時間で東の国の魔人達と戦うカミンを捕捉。

 フィディックも数人に追われながら耐え忍んでいるようだ。


 時速300キロともなる速度のまま接近した朱王は、カミンに襲いかかる魔人の背後から蹴り飛ばす。

 その蹴りの威力は尋常ではなく、爆発音を響かせて魔人の体を吹き飛ばす。

 背骨を砕かれ内臓を破裂させた魔人の生死は定かではない。


「待たせたね、カミン。無事で良かった」


 朱王が到着を知らせると同時にスタンリーも他の魔人を蹴り飛ばす。


「っああ!! 顔が痛え!! 朱王さん速度出し過ぎだろ!?」


「あははっ。スタンリーさんは強化も鍛えないとだね」


 風の魔人スタンリーといえど六時間もの間300キロ近い速度で移動した事はない。

 顔の形が変形する思いだろう。


「おう。来たのか朱王とやら。そっちのは北の魔人か? ははっ。お前ら二人来たところで何になる」


 メレディスがジャンと呼んでいた魔人が笑う。

 カミンが相手にしていたのは魔人四十人以上。

 カミンの攻撃力の高さに攻めきれずにいたものの、体力を削る為に追い回していたようだ。


「まだこっちは二人いるだろ。今呼ぶからちょっと待てよ。コール……」


 スタンリーはアリスとエルザを呼ぶつもりだろう。

 ジャンとしては隠れている二人が姿を現すのであれば都合がいい。


「朱王様。あの後ろのお二人が右翼のブルーノ様と左翼のデオン様。その実力も大王様に届くと言われているそうです」


「そうか。たしかに強そうだけど…… あまり戦う気はしないかな。私はメレディスを倒しに来たんだし。一応聞くけど君達は私の敵か?」


「「……」」


 二人は応えない。


「この二人は当然お前の敵だ。どんなに足掻こうが右翼と左翼がいる限りお前らに勝ち目はねえよ」


「返事がないね。まあいいけど……」


「朱王様。あの魔人は私が戦ってもよろしいでしょうか?」


 朱王は興味がないようだが、カミンは朱王に対するジャンの物言いに黙っていることはできない。


「うん。ただ生かしておいてくれるかな?」


「はい。ではあの者を叩き伏せます」


「なんでオレがわざわざ相手をしてやる必要がある。おいお前ら、やれ」


 アリスとエルザの到着を待たずに開戦となりそうだ。

 周囲を囲んでいた魔人達が同時に動き出すが、朱王は神速の抜刀で二人同時に斬り裂いた。


「珍しくカミンが君の相手を望んだんだ。邪魔はさせないよ」


「カミン。やっちまえよ」


 スタンリーも目の前の魔人と斬り結び、そこから乱戦が始まる。




 朱王は魔人の中から魔力量で判断して軍団長クラスと思われる者を片っ端から斬り伏せる。

 魔力を放出する事もなく、強化のみの刀で信じられない程の強さを持つ。

 スタンリーは耳にリルフォンを付けた魔人、おそらくはメレディス直属の部下二人を引きつけ、飛行装備の能力が高くなってからの初戦闘。

 これまで以上となった機動力は、魔人二人を相手にも立ち回れる程に滑らかでありながら鋭さを持つ。

 その間、カミンもジャンも動かずにお互いの動向を見る。


 気付けばわずか数分で魔人の数も半数となり、アリスとエルザも合流。

 朱王が圧倒している魔人の集団に斬り掛かり、アリスはメレディス直属の部下を相手取る。

 エルザはおそらくは東の守護者だろう、リルフォンを付けた強大な魔力を持つ魔人に斬り込む。


 高速飛行戦闘で優位に戦いを運んだスタンリーは一人を斬り捨て、残る一人も限界が近い。

 相手の強さとしては魔貴族の中位といったところか。

 部分的に精霊化した魔人を相手に圧倒する。


 朱王は軍団長クラスを全て斬り捨て、残るは魔貴族と思われる八人の男女。

 実力の高い者から距離をとっては精霊化して朱王に挑むものの、豪炎を放つ朱王の一撃が自身の最大の攻撃力をも上回る。

 全力で挑んでも斬り結ぶ事すら出来ない人間に恐怖さえ覚え始める。


 離れた場所で複数の魔人に追われていたフィディックも、朱王の到着に気付いてすでに戦闘を開始しており、魔貴族の一隊を相手に残る魔人は二人となっていた。


 カミンが精霊化、もとい悪魔化してジャンと向かい合い、ジャンも精霊化して剣を構える。

 炎の竜魔人となったジャンだが、その実力はどれほどのものか。

 その実力差は最初の一合で明らかとなる。

 ジャンの業炎がカミンの爆水がぶつかり合った瞬間。

 その爆発力によって弾き飛ばされ、背後にいた右翼に受け止められる。

 剣を持つ手には力が入らず、超速回復の為魔力を腕に集中させた。


「おいブルーノ! デオン! 奴らを殺せ!!」


 肩に担いだ剣を握るブルーノ。

 腰に下げた剣を構えるデオン。

 放出する魔力はカミンのリルフォンにも映し出され、強化のみでも五桁に届きそうな数値に自分の悪魔化した姿に近い出力がある事が予想される。


「おや? 貴方は逃げるのですか?」


「うるせぇ!! 指揮官が戦う必要なんざねぇんだよ!!」


 後方に下がるジャンと入れ替わり、前に出るブルーノとデオン。


「待ちなよ。邪魔はさせないと言ったはずだ」


 朱王は残る魔貴族三人をスタンリーに押し付け、右翼と左翼の相手を受け持つ。


 残っている魔貴族もすでに限界が近く、超速回復があるとはいえ残る魔力量もそう多くはない。

 スタンリーは精霊化した魔貴族数人を相手ならと自身も精霊化。

 飛行装備の能力が上がった事で、精霊化した風の魔人としての本領を発揮できるだろう。


 しかしこの三人とスタンリーの戦いは決着がつく事はなかった。

 東の守護者と互角に戦い、傷を負うエルザも戦いを中断せざるを得なかった。

 何故なら大王に届くであろう実力を持つ右翼と左翼を相手に、一人で挑む朱王の戦いが始まったのだから。

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