第238話 東の国へ《カミン視点》

 北の国大王領を出て今日で二十二日。

 ようやく東の国大王領に到着しました。


 アリス王女とエルザ侯には大王様との謁見ができるよう手配してもらっており、準備が整い次第呼びに来るとの事ですのでこちらの宿でゆっくりとさせて頂きましょう。

 おそらくは明日以降になるだろうとの事でしたし。


 東の国でもやはり車を見るのは初めてでしょうからね、武装した魔人の方々に囲まれてしまったのは仕方のない事かもしれません。

 アリス王女とエルザ侯が説得してくださいましたが、お二人とも見た目が変わっていますからお話だけでは武装解除して頂けませんでした。

 やむを得ずお二人は魔力を放出し、北の国からの使者として来た上位魔人と魔貴族である事をご理解頂けたようです。


 しかし北の大王領から東の大王領まではもっと時間が掛かるものと思っていたのですが、東の領地は平原が多く、二十二日のうち十八日が北の国の移動に要した時間となります。

 北の国は雑木林が多いですから時間が掛かるのも当然なのですがね。




 こちらの宿…… 

 来客を宿泊させる宿と言っておられましたが、宿?

 土壁で作られていて天井は木と大きめの葉っぱを載せてあるだけという我々の知る建物とは違う作りをしています。

 屋根に乗っている葉もまだ青々としている事から、頻繁に貼り直してあるのではないかと思われます。

 まだ外も明るいですからね、葉の隙間から光が差し込んでいて今は明るさが確保できていますが、夜になれば光もなくな不便でしょうねぇ。

 部屋にはベッドもあるようですが、木を組んだだけのもので寝心地は悪そうです。

 我々は車から野営道具を出して、部屋をある程度快適に過ごせるようにして今夜は眠る事にしましょう。


 しかし同じ魔人領とはいえ、北の国と東の国でこれ程までに違うものでしょうか。

 北の国は多くの人間も住んでいますから物作りもそこそこ盛んですし、建ち並ぶ家々も人間領に比べれば粗雑なものの、それなりにしっかりとした作りとなっていて区画も整っていました。

 人々も彩り豊かとは言いませんが染料で染められた衣服を身に纏っており、食事もそこそこ美味しいと思える料理を食べていましたしね。


 東の国では点々と建っている家? とも呼べない住居? そうですね、今私がいるこの宿よりも作りが粗雑と言っていいでしょうか。

 多くはない人々がそこに住んでいるようです。

 衣類も粗雑に切られた獣の皮を纏った魔人達でしたし、武装していたと言っても肉体から作り出した爪の刃ですから魔人の方々がもつ能力なのでしょう。


 なんと言いますか時代を巻き戻したような世界に迷い込んだ気分です。

 もしかすると北の国が特別なだけで西や南もこのような国なのかもしれません。


 確かフィディックも……

 最初会った時は上半身裸にカーテンを纏っていましたか。

 下半身にはそこそこ上位種と思われる魔獣の皮を巻いていましたが、粗雑である事には変わりはありませんね。




 夕方になると私の部屋…… 部屋にアリス王女とエルザ侯が来て、食事は自分達で用意するよう言われたとの事でした。

 我々客人に対して食事を自分達で用意するようにとはどういう事なのでしょう。

 しかしここは魔人のみが住む東の国ですからね。

 魔人領の文化ではそうなのかもしれませんし、我々も食事の準備をしましょうか。


「私とフィディックで獲物を捕獲してきますのでレイヒムは調理の準備をしていてください」


「私も何か手伝うぞ」


 アリス王女は我々と旅をする様になってからとても協力的で私としても嬉しい限りです。

 エルザ侯も頷いている事からお二人共手伝ってくれるのでしょう。


「では何か野草を採取して頂けますか? あと、果実もあると嬉しいですね」


「わかった、任せろ!」


 もう少し口調が整えば本当に美しい女性なのですが、と思うのは私の勝手でしょうか。

 今後人間領の貴族が主催するパーティーなどにも呼ばれる事がないとも限りませんし、その辺の教育も進めておいていいかもしれませんね。




 この日の夕食は野営しているのとほぼ変わらないとはいえなかなかに豪勢でしたね。


 フィディックが捕まえた獲物が大きかった事もあり、大量のお肉を使った料理が振る舞われました。

 肉のソテーに風味豊かな果実のソースがとても美味しく、添え物の野草も肉の油を含んだソースを絡めるとまた美味しい。

 骨で出汁をとったスープも格別でした。


 我々がこの美味しい夕食を堪能していると、領地に住む魔人の方々がずっと覗いています。

 他の国に住む我々の料理が珍しいのかもしれませんね。


「カミン様。このままでは食材が余ってしまいますし、あちらの方々に振る舞ってもいいですか?」


 料理人であるレイヒムとしてはこの東の国でもご自分の料理を食べてもらいたいのは当然ですか。

 北の国では多くの弟子まで抱えていたくらいですからね。

 東の国でも喜んで頂けるでしょう。


「余った食材はレイヒムがお好きなように使ってください」


「ありがとうございます。では早速」


 と、レイヒムはまたお肉を焼き始めました。

 果実や野草もアリス王女とエルザ侯がレイヒムの行動を予想していたのかは知りませんが、とても多く用意してくれています。

 ここに集まっている魔人の方々には行き渡るだけの量もありそうです。


 エルザ侯がこちらを覗いている魔人の方に声をかけ、各々皿を持ってくるよう指示を出したようですね。

 魔人の方々が見えなくなりました。




 少しして恐る恐ると近付いて来た東の国の魔人男性。

 やはり魔人の方は男性も女性も整ったお顔をしていますが……

 体中に怪我が目立ちますね。

 たしか魔人とは高い回復能力を持っていたはずなのですが、回復しても傷跡は少し残るという事でしょうか。


 レイヒムは焼けた肉を差し出された皿? 平らな石に乗せて野草の添え物と果実のソースをかけました。

 この石の皿以外には食器を持っていない事から手掴みで食べるのでしょう。

 気を利かせたレイヒムは肉を食べやすいようスライスしてお渡ししています。

 ただレイヒムの場合、包丁捌きと言うよりも精霊魔法捌きと言っていい切り方ですから、魔人の方がとても驚いておりました。


 レイヒムの料理を受け取った方々は少し離れた位置に座り込んで食事を始めました。

 どうも私の知る魔人とは違った印象を受けましたので少し観察させて頂きます。

 焼き立てのお肉は熱いですから手掴みで食べるのは難しいでしょう。

 彼らは伸ばした爪で突き刺してお肉を食べています。

 指の一本一本を別に爪の伸ばし縮みができるようで、串のように使う事ができるようです。




 ふと、エルザ侯に問いかけてみると魔人はこの爪の操作は当たり前にできるとの事。

 ただし、この伸ばしているのは爪ではなく、体内にある魔力の物質化でありイメージを形にしたものがこの爪のようなものなのだそうです。

 ほぼ全ての魔人ができる事であり、もちろんフィディックもできましたが、アリス王女の場合は人魔である為物質化する事ができないとの事。


 そういえばアリス王女とセシール侯の戦うところを見ていませんが、アリス王女は武器を持っていませんでしたね。

 こちらはアリス王女に質問してみたところ、人魔で高い戦闘能力を持つ者は、過去の魔人が所有していた精霊剣で自分の体に合った物があれば受け継ぐ事ができるそうです。

 セシール侯は自らに合った精霊剣を手にする事ができましたが、北の国の精霊剣の中にはアリス王女に合うものがなかったとの事。

 ただこの精霊剣を受け継いだ場合には精霊の能力は得られず通常魔法のみで戦うしかないのだそうです。


 エルザ侯は魔人ですので精霊剣を自ら生み出し、精霊を取り込んでその能力を得たわけですから守護者たる力を持つのも頷けます。

 しかしセシール侯は精霊剣を持つ以外は通常魔法のみで守護者の地位に就いているわけですか。

 と、思い至ったところでエルザ侯はこう仰いました。


「セシールには天賦の才がある。どの属性魔法においても高い能力を発揮できるが身体強化のみでも恐ろしく強いぞ」


 なるほど。

 朱王様も火属性魔法を使わずともあの強さですから、セシール侯も天賦の才があるとすればそのような事も可能なのでしょう。

 ふむ。

 今度手合わせ願いたいものです。


 おや?

 アリス王女が浮かない表情で東の国の方々を見ていますね。

 もしかしたらまだ食べたかったのでしょうか。


「アリス王女。如何なさいましたか?」


「む? ああ、その…… 私は精霊剣を手にしていないから少しその話はな。あまり好きではないのだ。大王様の娘ともあろう者が武器も持てないとは情けない話ではないか」


 ふむ。

 強さが重視される魔族であればそうなのでしょうか。

 アリス王女に何故精霊剣が合わないのかはわかりませんが、いえ、合う合わないが何かはよくわかりませんが武器を持つのに我々は合わないなどという事も特にありませんね。

 せいぜい武器の使い方くらいでしょうか。


 この旅で朱王様から頂いたこのミスリルナイフ。

 サバイバル用にと頂いたのですが、何にでも使えるようにと魔法陣グランドが組み込まれた擬似魔剣です。

 こちらはどうだったのでしょうか。

 以前使用した事もあったと思いますが。


「アリス王女。我々人間の武器を使ってみては如何ですか? フィディックも使っておりますし我々人間は合わないという事はありませんので」


「私のはカミン様から頂いた物ですがとても使いやすい武器ですよ。アリス王女もこの国にいる間はこちらをお持ちください」


 フィディックも私が買ってあげた剣を大事に使ってくれていますし、特に不具合もなさそうです。

 東の国にいる間は必要ありませんしアリス王女に何かあっても困りますので、私とフィディックが持つミスリルナイフをお渡ししました。


「良いのか!? これは魔力も流れやすくて使いやすかったしな! それにとても綺麗だし精霊剣よりもこっちの方が私は好きだったのだ!」


「確かに我々が持つこのミスリル製の武器というのは魔力が流れやすい事が最大の利点ではあるのですが、擬似魔剣化したこちらのナイフは魔力を溜め込む性質を持ちます」


「うむ。私の魔力が溜まっているようだな」


「はい。その溜め込んだ魔力量が一定に達した状態で魔法陣をイメージすると、現在組み込まれている地属性魔法陣グランドが発動する仕組みとなっています」


「お、おお!? すごい! フィディックと同じ丸いのが出た! それに…… 体に力が漲るようだぞ!」


 できれば精霊とご契約頂きたいところですが、魔人の魔力では精霊が逃げてしまうとの事ですからね。

 我々の契約している精霊では説得はできないでしょうし、魔法陣の発動するミスリルナイフにご満足頂けているようですの今は諦めましょう。

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