第237話 久しぶり
朱王達がまた大王領に戻ったのは出発から六日後の事だった。
片道三日と考えれば順調な旅だったと言っていいだろう。
朱王は大王領に戻ってすぐに各国の国王に連絡をとり、ゼルバードに仕組まれた魔術が今後の魔人領が動き出すトリガーとなるだろうと報告した。
西と南の国の状況に関してはディミトリアス大王との謁見のあとすぐに報告しており、今日この日の夜に全王国で魔族について伝える予定だったとの事。
ノーリス王国とウェストラル王国もつい先日には魔族の襲撃を受けており、人間領のどこに潜んでいるかもわからない事もあって緊急事態宣言として伝えられる事になるそうだ。
状況が状況だけに朱王もゼルバードの弔いをする事もできないのだが、西が今も戦力強化を図っているとするならば人間領の準備を整え、こちらのタイミングで事を運んだ方が都合がいいとして、東の国との交渉が済み次第実行に移す事とする。
ゼルバードの弔いを作戦に含むようで朱王としては不快な話ではあるが、ゼルバードの体に魔術が仕組まれている以上は仕方がない。
この報復はきっちりとさせてもらうつもりのようだ。
さて、カミン達が東の大王領に入るまではまだ時間がかかる事だし、銭湯作りにまた取り掛かろう。
銭湯のセメントもある程度固まっており、本来の強度の半分程にはなっているのではないだろうか。
シャワーもセメントで作った水路を通して、浄化湯沸かし装置に繋いであるので完成すれば使えるはずだ。
次の工程に進んでも問題はないだろう。
グレンヴィルとスタンリーが集めていた竹もすでに運び込んでおり、整形して板状の加工まで済ませてある。
まずは銭湯の周囲を囲む壁作りだ。
地面に開けた穴に長い竹を差し込み、板材の柱として利用する。
固定にはやはり天然素材がいいだろうと、柔らかくした竹を編むようにして固定した。
大人数で作業にあたればこの作業もすくに終わる。
仕切りができたら今度は男湯と女湯を隔てる壁を同じように柱を立てて板材を固定。
男湯と女湯には入り口から別れるようにしてあり、故意に入っていかない限りは間違って入ることもないはずだ。
あとは屋根や脱衣場を数日がかりで作ればいいだろう。
湯船に入れるようになるのもまだ少し先になりそうだし、しっかりといい銭湯になるよう作り込んでいこう。
大王領に戻ってから二日目には朱王が呼び出した友人が到着する。
「やあ。久しぶりだねエリオッツ」
「クハハ。朱王よ、会いに来てやったぞ」
「まずは紹介しようか。ディミトリアス大王、彼が私の友人ですよ。ほら、エリオッツはご挨拶!」
「なに!? 我が挨拶せねばならんのか!?」
「いいからほら! はやく!」
朱王は何故か竜王エリオッツとだけは対等な物言いをする。
無意識かもしれないが、実力が亀甲している、または実力的に自分よりも高いと評価してゼルバードに近い思いを抱いているのかもしれない。
「なんでだ、我の方が格が上であろう…… まあ客としてもてなして貰うしいいか。竜人族、竜王のエリオッツだ。今日から世話になる」
「竜王…… 私は魔人族北の国大王、ディミトリアス=ヘイスティングスだ。朱王殿の友人とあらば我ら北の国は歓迎するが…… 竜王?」
ディミトリアスとしてもまさか竜王を名乗る者が来ようとは思ってはいなかった。
そして見た目は人型であり見上げる程背が高い。
「ん? 来る時も不思議に思ったがいつの間に人族と魔族が仲良くなったんだ? 北の国は歓迎するって事は他は違うのか」
「東はまだわからないけど西と南は人間とは敵対関係かもね。今後戦争になるんじゃないかと思ってるけど」
「おい、言っておくが朱王。我々竜族は人族と魔族との争い事には関わるつもりはないぞ?」
竜族はエルフを庇護してはいるものの、お互いに利があっての関係であり常に争いを起こそうとする人族や魔族のもめ事には首を突っ込むつもりはない。
ただし、敵対しようとすれば容赦なく叩き潰すつもりはある。
「まあ私の勘違いだったら君の出番はないんだけどね。そしたら北の国を楽しんでいってくれればいいからさ」
「そんな理由で竜王である我を呼び出すか!? 人間のくせに生意気だぞ!? そもそもここに来るのにどれだけ苦労したと思ってるんだ!?」
竜王の苦労とはいっても、他の竜人達が自分も行きたいとゴネただけだが。
「えー、でもきっと楽しいよ? 映画も観れるし宴会もカラオケもある。なんなら花火だってあげるけど?」
「宴会…… カラオケ…… う、歌ってもいいのか? 美味い物もあるのか?」
「私のとこの料理人、レイヒムの弟子がいっぱいいるし、ここの料理は美味しいよ。毎日は無理だけど…… 今日は宴会しても?」
朱王が勝手にやると宣言する事はできないので、ディミトリアスに問う。
「エリオッツ殿の歓迎とあらば開催しよう」
「今夜は歌えるよエリオッツ」
「よーーーっし! 我の自慢の歌声を皆に披露してやろう!」
やはり長く退屈している竜人である為、楽しい事や美味しいものには簡単に釣られるようだ。
そう考えると魔族も竜族もエルフ族も頭の回る人間には簡単に騙されてしまうかもしれない。
今後騙される事がないよううまく調整する必要もありそうだ。
エリオッツを交えた夜の宴会も大いに盛り上がり、「北の国最高! ここに攻めて来る奴は潰す!」と魔族と仲良くなった竜王は、人族と魔族の争い事には関わらないはずではなかったのだろうか。
実力的にもこの場で最強であろうエリオッツは、強さが求められる魔人達に受け入れられるのも早かった。
エリオッツ到着から五日程して完成した銭湯。
セメントもまだ完全硬化とまではいかないだろうが、すでに充分な硬度がある。
お湯を張って準備は万端だ。
男湯には朱王を先頭に朱雀、ディミトリアス、エリオッツが続き、マーシャルとスタンリー、グレンヴィルも一緒に入る。
女湯にはマーリンとメイサ、セシールが入っているが、あちらはお風呂が大好きな三人なので今頃久しぶりのお風呂を楽しんでいる事だろう。
お風呂初体験の彼らは朱王に倣ってまずは体を洗う。
ここでは千尋が作った魔法の洗剤は用意できなかった為、メイサに頼んで石鹸を作ってもらったものを使用する。
また、体を洗うためのボディタオルは天然素材のものでマーリンが作っている。
木で作った椅子に座り、軽くシャワーを浴びる。
湯沸かし装置も気持ちいいと感じられる熱さとなっており温度調整も完璧だ。
しっかりと泡立てたら体の前面を洗い、タオルを伸ばして背中を洗う。
久しぶりに体を洗うのは気持ちよく、洗浄魔法では表面の汚れは落ちるとしても擦り落とすのとでは訳が違う。
体を洗い終わったのだが、大勢で入っているのであれば背中を流し合うのも悪くはない。
エリオッツに頼んで背中を洗ってもらう。
文句を言いつつも素直に従い、今度はエリオッツが前面を洗ったあとは背中を洗ってあげる。
人に背中を流してもらう事の気持ちよさを知ると、エリオッツは今度グレンヴィルの背中を洗っていた。
ウマが合うのかこの二人は仲が良い。
全員で背中を流し合い、髪や顔も洗ってシャワーで泡を落としたら、次は湯船に浸かろう。
湯船に張ったお湯はシャワーよりも少しだけ温度が高い。
足先から伝わる熱に思わず声が漏れる。
全員が湯船に浸かり、お湯の気持ち良さにその表情も緩む。
そして朱王はいつものように桶をお盆代わりに冷えた酒を乗せて全員に配り、銭湯完成を祝って乾杯をした。
朱王も朱雀も久しぶりに入る湯の感触を存分に味わえて満足そうだ。
今回コーヒー牛乳擬きは準備できなかったのだが、大王領の周辺にはカトブレパスが生息していない為調達も難しい。
今後どこかで捕獲してテイムの魔石を与えて家畜とすれば良いかもしれない。
明日以降はこの銭湯は上位の者から使用を許され、大王領でもある程度浸透してきたところでまた新たな銭湯を作る事となった。
他には銭湯作りに携わる者は優先的に現在の銭湯への入浴も許可され、お風呂の入り方やマナーなどを学んで今後の銭湯作りに活かしてもらうそうだ。
それからカミンが東の国大王領へと到着したのが六日後の事だった。
北の国からの使者であるアリスとエルザが謁見を依頼し、人間領からの使者を連れてきている事も伝えている。
後日、謁見できるよう調整するとし、大王領の指定宿で待機するよう案内されたとの事だ。
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