第236話 魔王領へ

 朱王は朱雀とディミトリアス大王、グレンヴィルと共に魔王領へと向かって空を舞う。

 それ程速度は出ていないが、車で進むよりは障害物のない空の移動は相当に速い。

 風の抵抗によってバラつきはあるものの、時速60キロから80キロといった速度が出ている。

 まだ肌寒さはあるものの日差しを受ければ暖かく、快適な空の旅と言えるだろう。




 何事もなく空を進み、昼食の為に地上へと降りた以外は一日目は600キロ程の距離を進む事ができた。

 川のすぐそばで野営する事にした為、夕食は魚の塩焼きとした。

 ふわふわとした淡水魚の身もなかなかに美味しいが、体長3メートルはあろうかというヌルリとした長いうなぎのような魚は、皮のあたりに弾力がありとても美味しい。

 その大きさから満足いく食べ応えがあった。



 翌日の空の旅では所々で魔獣に襲われたりもしたが、強過ぎる四人を相手に魔獣などなす術もなく一撃で沈んでいた。

 夕方に襲われた際にはその魔獣をその日の夕食として調理したのだが、それ程美味しい肉ではなかった。

 いくら朱王が調理したとはいえ、材料もほとんどない状態では焼いて味付けするくらいしか調理方法がないのだから仕方がない。

 しかし朱雀は大量のお菓子を魔法の鞄に詰めており、食後には皆にわけてくれる。

 甘くて美味しいお菓子と香り豊かなお茶で食後の満足感を得る事ができた。




 三日目の朝には魔王領へと入っており、そこから魔王城へと向かって進路を進める。

 しかしディミトリアスの話ではゼルバードが放置されている場所は魔王城ではなく少し離れた平原との事で、朱王の機嫌が少し悪くなるのを皆が感じた。




 速度を少し上げて向かった事で陽が傾く前にはその場へと到着する。

 草木生えない平地に横たわるゼルバードの姿が遠くに見える。

 ここからは自分以外の者に近付いてはほしくない。


「ディミトリアス大王。この場に案内してくれた事、心から感謝します。それと魔王ゼルバードの最後の友である私が葬りたいんですけど構いませんか?」


「うむ。ゼルバード様もそれを望んでいるだろう。私からも朱王殿にお願いしたい」


「我は共に行くぞ。朱王がなんと言おうと我はお主の精霊じゃからな」


「まあ…… 仕方ないね」


 しぶしぶといった様子だが、朱王は朱雀と共に魔王に近付いて行く。


 横たわったゼルバードは干からびており、肩口から深い傷跡が残され、顔面も潰されていた。

 右腕も斬り落とされており、少し離れた位置に白骨化した腕が転がっている。

 顔が潰されているとはいえ、朱王にはその亡骸がゼルバードである事は間違いないとわかる。

 共に過ごしたのがたった三ヶ月とはいえ、二人で交わした言葉の数は誰よりも多い。

 そしてゼルバードの髪を切ったのが朱王なのだ。

 鋼とも思えるあの髪を通常のハサミで切るのに苦労をしたのをよく覚えている。

 懐かしく楽しい思い出だ。


「ゼルバード遅くなってすまない。また君に会いに来たよ……」


 朱王は言葉の返さないゼルバードに多くの言葉をかけ続け、自分が過ごしてきたアースガルドでの話を延々と語る。


 そして魔人領北の国が魔人と人魔、人間とが共存している夢のような国だったと、ゼルバードの夢を叶えてくれていたのだと、二人で礼を言おうと語りかける。


 言葉を返さないゼルバードに、朱王の目から一筋の涙が流れた。




 時間にして三十分も経っただろうか。

 朱王がゼルバードを弔おうとその体に触れようとしたその時。


「朱王よ。触れてはならん」


 朱雀の言葉によって遮られた。


「説明…… してくれるよね?」


 ゆらりと立ち上がり、朱雀に振り返った朱王の体からは膨大な魔力と、その表情からは激しい怒りが見てとれる。


「おかしいとは思わんのか? すでに四年以上もの月日が経つというのに白骨化もしておらぬ。それに魔王の体には魔術的な何かが感じられるが…… 何かはわからんのじゃ」


「あいつ……」


「まずはその怒りを鎮めよ。今は魔人領も危険な状態なのじゃろう? まずはカミンが東の国との繋がりを持つまで待った方が良いのではないか?」


 ゼルバードに魔術的な何かが仕組まれているとすれば、触れた瞬間、またはその亡骸に変化があった場合に起動するものと考えるのが妥当なところだ。

 朱雀の言う通り魔人領が不安定な状態で、その何かわからない魔術を発動させる事はとても危険な事のように思われる。


「確かに…… 朱雀の言う通りだ。カミン達が東とうまく繋がりを作ってくれる事を待つしかないか」


「うむ。我が言う事ではないが、魔王も今危険を冒してまで弔われるよりも、朱王が思い描く未来を望んでおるのではないかのぉ」


「はあぁぁぁぁ…… 朱雀に諭される日がきてしまったよ……」


「なんじゃ? 我をバカにしておるのか?」


「いや、そういう意味じゃない。朱雀は私達をよく見ていてくれてるよ。君にはいつも感謝してる。ありがとう朱雀」


 怒りを収めた朱王は笑顔を見せてお礼を言う。

 いつもの明るい笑顔ではないのは仕方がないだろう。


「やめよ。朱王は我に感謝などしてはならん」


 目を逸らした朱雀。

 朱王は朱雀の頭にポンと手を乗せ、ゼルバードの亡骸をそのまま放置したくないがと相談する。

 朱王には見えない魔術的な何か。

 朱雀にそれが見えるならと相談したようだ。


「せめて屋根くらいは作ってあげたいんだけど」


「ふむ。魔王の体に触れなければ問題はなさそうじゃし大丈夫かと思うがのぉ。魔王から地中深くに繋がっておるようじゃし」


「じゃあ屋根作りするから朱雀は獲物とって来てくれる? また塩焼きだけど美味しいのが食べたいし」


「任せるのじゃ!」


 と、朱雀は狩りに向かった。

 朱王は事情をディミトリアスに説明し、木材集めに協力してもらう。

 工具も何もないが、何かに使えるかもしれないとミスリルのワイヤーを持ってきてあるので、木々の固定にはワイヤーで充分だろう。




 四本の柱とする木材と梁を四本。

 屋根に表面を焼いた板を複数用意した。


 ディミトリアスとグレンヴィルには野営の準備をしてもらい、朱王は木材をゼルバードのそばまで運んでいく。

 すると近付いて来る知らない魔人が三方向から二名ずつ。

 ディミトリアスには自分が対処するとメールを送り、朱王は近付いて来た者達に向かい合う。


「おい、お前。それに何するつもりだ?」


 正面から来た魔族の男が問いかけた瞬間に朱王はぶん殴り、地面にめり込んだところに言葉を返す。


、だと? 言葉には気を付けろ、魔王ゼルバードの亡骸だ。今からここに屋根を作るから邪魔をするな」


「貴様! 我ら西の魔族が許すと……」


 また容赦なく殴る朱王。

 右側から来た魔族が西の魔族。

 朱王が現在南方向を向いているとすれば、先程殴った正面の男は南の魔族という事だろう。


「お前の許可など必要ない。まだ邪魔をしたい奴はいるか? それ以上ゼルバードに近付くようなら全員斬り捨てるが」


 朱王は魔力を放出して殺気を放つ。

 朱雀丸に手をかけ、わずかに刀を抜くだけで焼きつく程の熱が放出される。


「じょっ、上位魔人!?」


 後ろ向きに倒れ込む魔族達。

 西も南も東も構わずゼルバードに近付く者は全て敵とばかりに殺気を向ける。


「二度とゼルバードに近付くな」


 西と南の魔族は地面に埋まった仲間を引っ張りあげ、朱王は六人が去るのを待つ。

 刀と共に魔力を収めて屋根作り作業を始めた。




 柱となる木材は先端を尖らせており、頭上に持ち上げて全力で地面に打ち込む事でしっかりと固定する。

 四本の柱を5メートル間隔で立て、そこに梁を乗せて屋根を貼る。

 柱と梁の固定だけは切り込みを入れてしっかりと固定してある。

 屋根板は全てミスリルワイヤーで固定している為強度は充分。

 片屋根だが雨風を防ぐ事ができるだろう。

 トビーの小屋のようにしっかりと作ったわけではないが、数ヶ月保てばいいので問題はない。




 朱雀は美味そうな肉だと鳥型の魔獣を獲って来た為、周辺から野草を集めて焼き鳥にして食べた。

 朱雀の読み通り美味しい鳥肉だったので、一瓶だけ持ってきたきつめの酒を飲みながらこの旅の目的、朱王を魔王の元に案内してくれた事に感謝の言葉を述べた。

 もちろんゼルバードにも焼き鳥とお酒を供え、少しの時間朱王はゼルバードのそばで飲んでいた。




 この夜、朱王はディミトリアス大王に一つ聞いておかなければならない事がある。


「ディミトリアス大王。この魔人が何処の者かわかります?」


 朱王は自分の記憶から一人の魔人の写真を切り出してディミトリアスに送信した。


「久しく見ていないが南のマクシミリアン大王だな。どこでこの男と会っ…… まさか」


「その男がゼルバードの仇ですよ。そうか…… 奴は南の大王か。これで私の敵がはっきりしたね」


 南のマクシミリアン大王。

 奴をこの手で始末しようと、朱王は普段見せる事のない獰猛な笑みを浮かべていた。


 しかし南の大王がゼルバードの体に魔術を施したと考えだ場合、何を目的にしてそのような事をしたのか疑問が残る。

 戦争を起こすきっかけか。

 それとも他国の戦力を削ぐ何かがあるのか。


 ディミトリアス大王からは西と南の国がすでに戦争する用意があると聞いている。

 西はやはり人間領に攻め入る準備を整えているらしく、現在も戦力強化をはかっていて、各地からの魔貴族や魔人の召集に加え、多くの魔獣を従えた部隊もあると報告を受けているとの事。

 魔人領最大の面積を誇る西の国だけあり、集結した魔人の数も三万人を超えているそうだ。


 南に関しては各地に散らばる魔人を魔貴族領に集め、兵力として使えるよう訓練をしているそうだ。

 西の国の兵力を考えれば徴兵するのも当然なのだが、それでも数は二万には届かないとの事。


 北の国で戦える者は六千人にも満たないとの事で、西の国の兵力が如何に強大かがわかるというもの。

 南の国でさえ三倍以上ともなる。

 戦えない一般民を合わせれば五万人ほどいるそうだが、ディミトリアス大王は民を戦わせるつもりはないと語る。


 また、一時期、西の魔貴族が南の大王領で目撃されていた事もあり、両国の繋がりがあるのは明白。

 やはり可能性があるとすれば北か東の国を抑え込む何かと考えるのが妥当だが、南にしてみれば西の国も邪魔なはずだ。

 しかし西の国が人間領に攻め入りたいと考えているとすれば、やはり北か東を狙ったものか。

 元は西の魔族、それも下位に位置していたフィディックが北と東は人間と争うつもりはないという噂を知っていた事から、上層部では確かな情報として北の国が人間と共存している事を知っていたものと思われる。

 もしそうだとすれば人間との接触、そして害する事を禁じたゼルバードを弔いに来る可能性が最も高いのが北の国であろう。

 北の国を封じる何か。

 そして思慮深いとは決して言えない魔族の単純な策…… 難しく考える事はなかった。


「大王領にまた私の友人を呼んでもいいですか? 南の大王の策を挫いてやりたくて」


「ふむ。何か思いついたのだな? 朱王殿の友人であれば我々は歓迎しよう」


 大王領から少し離れたこの場所。

 草木が生えないこの場所は、かつてゼルバードに案内された事があったのだ。

 ゼルバードという高位の魂を媒介とした魔術である事や、この草木生えない平地となれば思いつく事があったようだ。

 実際にそのような魔術があるのかは知らないが、状況から考えれば結びつく。




 今後ゼルバードの弔いには朱王の友人の到着やカミンの報告を待つ必要がある為、しばらくは大王領で過ごす事になる。

 大王領に戻り次第、早々に銭湯を完成させ、のんびりと過ごすのも悪くはないだろう。


 翌日にはまた空の旅に戻るのだった。

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