第235話 お風呂
翌朝もミリーに起こされた朱王。
通話を終えるとデータの処理をして朝の支度を済ませ、カミン達と共に大王城へと向かった。
本当は大王領を観て回りたい気持ちもあるが、今日から少し仕事をしなければならない。
昨夜ディミトリアスにお風呂は無いのかと問うと、魔人領では洗浄魔法で体を綺麗にするだけで風呂やシャワーを浴びるなどという習慣はないそうだ。
夏場には水浴びなどする事もあるらしいが、体を冷やすのが目的であって汚れを落とすものではない。
たしかに洗浄魔法でも体は綺麗になるのだが、朱王は大好きなお風呂には毎日でも入りたいのだ。
それをこの約一月の間、洗浄魔法のみで過ごしてきたのだ。
大王領にはあるだろうと期待していたのだが、無い事を知って本気で落ち込んだ。
だが朱王は簡単には諦めない。
酔いも回ってわがままが出たのだろう。
大王城からそれほど離れていないアリスの保有する土地が空いているとの事で、お風呂が無いなら作ればいいと本人の了承を得ずに銭湯建設を勝手に決めたのだ。
大王城に行くと誰もいない。
カミンに問うとまだ寝ているだろうとの事で、大王城を見て回る。
石造りで積み上げたのだとすれば大変な労力もあったのだろうが、やはり大王の城としては粗雑に思えて仕方がない。
人間領の職人達にはまず先に大王城の工事から手掛けてほしいなどと思いながらディミトリアスを待つ。
しばらく起きてこなかったのだが、マーシャルが城に来たので呼びに行ってもらった。
どうやら魔人族というのは時間に縛られる事なくのんびりとした生活を送っているのだろう。
ここに来る途中も外を歩いている者はいなかった。
もしかしたら昨夜騒ぎ過ぎてなかなか眠れなかったのかもしれないが。
マーシャルに連れられて大王とアリスが大王城に来たのが三十分も経った頃か。
旅の間早起きだったアリスも久しぶりに家に帰った事で安心して眠れたのかもしれない。
「さて、今日からお風呂作るよ! 温泉掘り当てるのと銭湯作るのだとどっちがいいと思う?」
「お風呂!? ここ大王領にもお風呂を作ってくれるのか!?」
「そうだよ。アリスさんの土地に作るけどいいよね?」
「もちろん!!」
やはりお風呂の良さを知ってしまったアリスであれば了承してくれるだろうと朱王も思っていたのだ。
「温泉はこの辺りの地形だと難しいと思います。銭湯を作る事にして川の水を浄化して沸かせば良いかと」
昨夜聞いていたのだが、農作業用にとマーリンとメイサで多くの人々の協力を得ながら工事をしたらしい。
大王領から2キロ程離れた位置にある川から引いたとの事だが、農作業に従事する領民達が水汲みの手間が省けるならと喜んで協力してくれたそうだ。
「じゃあ私の邸と同じ浄化湯沸かし装置でいいよね。あとは石造りにしてセメントで固めればいいかな」
朱王の言う浄化湯沸かし装置は砂利や土などの自然の素材を使用し、その下の層にミスリル板を配して魔石をセットすれば、綺麗なお湯を作る事ができる。
セメントも近くに石灰岩が多く取れる場所があるとの事で他の工事などに使用しているそうだ。
銭湯を作る事が決まったのでアリスに案内されて場所を移動し、各々仕事を分担して作業に当たる。
マーリンとメイサは川の水をまたこの土地まで引く為の人員の手配に向かい、カミンとフィディックは風呂に敷く為の玉石や周囲を囲む為の岩探しに向かった。
朱王は図面を描き込んでいき、朱雀がその土地に生えた草を焼き払う。
朱王がアリスと相談しながら図面を描いていると、今到着したのだろうグレンヴィルとスタンリーがやって来る。
エルザが来ないがまだ寝ているのかもしれない。
「あれ? カミンがいねぇな。えーっと朱王…… だったか?」
「スタンリー、朱王殿と呼べ。あと言葉使いも気を付けろ」
魔人領では朱王殿と呼ばれるのは何故だろう。
もしかすると客人に対してそう呼ぶものなのかもしれない。
「やあ、私は緋咲朱王だ。スタンリーさんとグレンヴィルさんだよね。よろしく頼むよ」
「んで朱王殿は今いったい何してんだよ?」
「ブレねぇなお前は…… オレ達も手伝いに行くよう言われて来たんだが」
どうやら手伝ってくれるらしい。
お風呂作りに関してある程度説明し、その風呂の良さについてしっかりと語るアリス。
朱王に劣らない熱弁ぶりだ。
スタンリーとグレンヴィルには竹藪に行って同じ太さの竹を大量に刈ってくるよう頼んでおいた。
竹は浄化装置の活性炭作りにも必要だし、土地の囲みや男湯、女湯の仕切りなどに利用する予定だ。
露天風呂のようにしてもよかったのだが、この北の国は雪が降る事もあるので屋根は必要だろう。
屋根も竹で作ればそれ程作るのは難しくはない。
しばらくしてカミンから着信があり、石の映像を見ながら良さそうな物の位置を脳内マッピングし、フィディックからも良さそうな物があればマッピングして今後取りに行く事にしてまた探してもらう。
地図はないとしても現在地と方位からカミン達の地図情報を照らし合わせて場所を特定している。
大きな石や岩が多く必要な為大量に探してもらわなければならず、朱王が良いと言った石に似た物であればカミンとフィディックは自分達でマッピングしていく。
朱王の脳内マップとリンクさせて三人で位置を把握できるようにしている為、被りが発生する事もないだろう。
図面を描き終えた朱王とアリスは、地属性魔法を使って地形の変化をさせて整地作業だ。
朱王の指示に従って作業を進めるアリスだが、自分の土地に立つ銭湯を良い物にする為にも真面目に頑張る。
朱雀は整地作業ができないので魔人領散策に向かってしまったが。
昼過ぎになってようやく銭湯予定地にやって来たエルザ。
昨夜あまりにも楽しくて、宿に戻ってからもしばらく一人で飲んでいたらしい。
すでに昼休憩の連絡をしていた為、みんな戻って来て昼食を食べていたのだが、エルザの話を聞いてスタンリーもグレンヴィルも昨日のうちに来るんだったと後悔していた。
今日も昨日と同じようにカラオケ大会をするつもりなので楽しんでもらえるはずだ。
それでも一日分を損したと嘆いていたが。
午前中に整地作業もある程度済んでいるので、エルザには午後から石運びを手伝ってもらおう。
カミンとフィディックがマッピングしたおかげで大きな石の位置は随分と多く把握している。
必要数が決まっているわけでもないので今日運べる分は運んで配置してしまいたい。
領民達を集めて運んでくれば今日中にも相当数が運べるはずだ。
まだ陽の明るい十六時を過ぎた頃には大通りの方から今夜の宴会準備の音が聞こえ始め、スタンリーとグレンヴィルが担当する竹材もかなりの数伐採できたと連絡を受け、この日はひとまとめにして戻って来てもらう事にした。
カミンとフィディックが率いる石運びの領民達も戻って来ており、数百キロもあろうかという石を朱王がヒョイと持ち上げて配置していく姿を見て引いていた。
ここまで運んだ石だけで三分の一程も配することができただろうか。
あと数日は石運びに時間はかかりそうだ。
最後のエルザ率いる石運び隊が到着すればこの日の作業を終える事にする。
夕方にはセシールが仕事を終わらせて戻って来ており、大王城の映画部屋で仮眠していたとの事。
どうやら宴会する事を予想して昨夜は寝ずに仕事をしていたようだ。
アイザックも同じように仮眠をとっていた事から巻き込まれたのだろう。
二人揃って眠そうに目を擦りながら大通りにやって来た。
この夜もまたカラオケをしながら食って飲んで踊ってのどんちゃん騒ぎ。
スタンリーもグレンヴィルも楽しそうに歌い、アリスは昨日朱王と歌って踊った曲をセシールと共に披露した。
アイザックはディミトリアス大王にステージに上げられ、人間領との繋がりを作ったとこの功績を称え、辺境伯の地位は変わらないが、大王直属の魔貴族としてアリスやマーシャルと同等の発言力を持たせると発表された。
今後アイーズは人間領との交易に重要な拠点となり、ここ大王領での働きを見て充分な能力があると、大王から多大なる評価を得た。
そのアイザックが歌えばさらに盛り上がったのは当然と言えよう。
この楽しい時間を作った大王領での最大の功労者なのだから。
二日後にはカミン達は東の国へと出発する事となる。
カミンとフィディック、レイヒムに、アリスとエルザが同行する。
「それでは朱王様。行って参ります。より良い結果を以たらせるよう尽力致します」
「うん、期待してるよ。ただ最優先すべきは君達の安全だ。もし危険と判断した場合は必ず逃げる事。車も捨ててしまっても構わないから必ず生きて帰ってくれ」
「ご安心ください。この命必ず守り通してみせますとも。朱王様も魔王領への旅にはお気をつけて」
東の国へのお土産を積んだ車に乗って走り去るカミン達。
多くの領民達にも見送られて出発した。
ディミトリアス大王の準備が整ったのはそれからすぐだったのだが、朱王の銭湯作りがある程度進むまで出発を遅らせていた。
カミン達が出発してから四日後には浴槽にセメントを流し込み、周囲も石畳を貼って隙間をセメントで埋めている。
浄化湯沸かし装置もすでに完成しており、セメントが固まり次第仕切りや屋根の作成に移る段階まで進んだ。
セメントは化学反応によっての硬化となる為数日は放置する事になる。
その間に魔王領へと向かう事とした。
魔王領へと向かうのは朱王と朱雀にディミトリアス大王、護衛としてグレンヴィルも同行する。
マーリンやメイサも行きたいと言うのだが、大勢で向かえば西や南の魔族も動き出すかもしれない。
それにゼルバードの状態がわからない以上、朱王としては魔王の姿を誰にも見せたくはないのだ。
ディミトリアスやグレンヴィルにさえ見せたくはない。
しかし案内が必要である以上、彼らの同行は仕方がないだろう。
魔王領までは飛行装備でおよそ二日。
ゼルバードが眠る場所まではさらに一日は掛かるだろうとの事。
セシールやマーシャルに大王領を頼み、それ程多くない荷物を持って出発した。
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