第234話 みんなで踊れ
セシール達が飛び立った後も少し話をし、マーリンとメイサが大王城へと来たところでこの場での話を終えた。
すで夕方に差し掛かっており、朱王もモニターを設置しなければとカミン達に指示を出す。
大王が歓迎の催しをしてくれるという事なので、アイーズでも好評だったカラオケ大会を大王領でも開催すべきだろう。
アリスも朱王の提案に喜び、マーリン達を呼びに行かせた部下、ジノを巻き込んで設置の手伝いに向かう。
外に出ると城前の大通りには多くの人々が集まり、宴会の準備作業を始めていた。
朱王達が到着した時点でマーシャルの部下が指示を出しており、手の空いている領民総出で作業を始めたようだ。
ディミトリアス大王も一緒に出て来た為大通りは一瞬静まり返るものの、気にせず続けよとの命令からまた賑やかに作業が再開される。
モニターの設置場所は大王とアリス、マーシャルとで話し合い、大王城の正面階段の手前側に配置しようというのだがやはり邪魔になるだろう。
城の正面から見て左側にステージを設けて少し高めの位置にモニターを設置する事にした。
しかし大王領の広さから考えればこのモニターでは少し小さいかもしれない。
大通りの向こう側にも一台設置したいところだが、残る一台分は東の国用に用意したものである為設置するわけにはいかない。
今後また人間領との交易が始まれば運ぶ事もできるだろうと今回はこの一台の設置で終了とする。
クイースト王国の放映に繋ぐのもいいが、やはり北の国大王領での映画の日を開催すべきであり、魔族領には休日という観念がない為人間領の暦に合わせて開催日も同日とした。
また朱王は小さなミスリルモニターと魔石でカラオケ機能も追加し、スピーカーから音楽を流す。
アイーズの人々と同様この音楽に喜び、楽しそうに準備を進めていく。
空が暗くなり始めた頃、大通りに面する家の高い位置に取り付けられた光の魔石が輝いて周囲を照らしている。
テーブルにはたくさんの料理が運び込まれる中にレイヒムの姿もあった。
彼は料理人としてこの日の準備を魔人領の料理人と共にしていたのだろう。
朱王に挨拶をして労いの言葉をかけられると嬉しそうに一礼して作業に戻る。
ディミトリアスが席に着くと隣にアリス、マーシャル、ジノ、フィディックが、対面には朱王、カミン、マーリン、朱雀、メイサが座る。
いずれもモニターに近く見やすい場所となっている為、一番いい場所なのだろうと思われる。
空いた席には他の位の高い者達が順に座っているようだ。
「準備は整ったようだな。では皆にこの歓迎の儀について伝えたいところだが……」
「大王様。では私が挨拶をしますのでそれに続いてお願いします」
「そうか、頼むぞアリス」
朱王と一緒にいたせいか、この雰囲気にも慣れてきたアリスがステージに上がってマイクを持つ。
画面に大きく映し出されたアリスは、以前とは違って美しい紫色の髪や目をしており、煌めき効果もあって神々しいまでに美しい。
元々綺麗で可愛らしい人魔だったのだが、化粧も覚えてさらに美しさに磨きがかかっていた。
領民達からも「おおっ」「美しい」「綺麗」と声があがる。
「皆の者、久しぶりである。見た目は随分と変わっているがアリス=ヘイスティングスである。この度カミンに…… いや、カミン殿に連れられて人間領へと向かい、人間だけが住む国を見に行って来た。そこは素晴らしく美しい国であり、優しき人々に囲まれて楽しいひと時を過ごす事ができた。私は…… 人間領に住みたい!!」
何故か爆弾宣言をするアリス王女。
「だがしかし、私は魔人領の大王、ディミトリアス様の娘であり、人間領に住みたいと思うと同時に、この国を豊かで幸せに満ちた国にしたいと思ったのだ! その為にも皆に協力してもらいたい! また、この度はカミン殿の主人である朱王殿が同行されている。この北の国と人間領との架け橋を作ってくれた方であり、人間領のどの国の国王様方よりも発言力のある方だ。くれぐれも失礼のないように頼む。私からはこれくらいにして大王様からのお言葉を頂戴する。心して聞くように」
やはり上からの物言いだが、これが魔人領のあり方としては普通なのかもしれない。
ステージに上がってマイクを受け取るディミトリアス大王。
「あ、あー。おお、すごいなこれは。皆の者、ご苦労。今日はアリスが言ったように人間領から朱王殿を招いている。その歓迎の為に皆には準備をしてもらったのだ、感謝するぞ。もうすでに知っているかもしれないが、我が北の国は人間領と和平を結び、今後は互いに利のある交易をしていくつもりだ。自然と共に生きる我ら魔人族とは違い、人間領では様々な技術を用いて発展を遂げている。このモニターなどまさにその代表と言えよう」
このモニターは現在の技術では朱王の魔石があって初めて作れるものなのだが。
「そこで人間領との交易に際して、我々は学ばねばならない事が多くある。ただ生きていく為に何かをするのではなく、我らは発展を向かえる為に様々な事を考えなければならないのだ。魔人領では……」
そこからディミトリアス大王は自分の考えや北の国のこれからの在り方を語りつつ話をまとめた。
「では朱王殿からも挨拶頂きたい」
少し長くなったディミトリアスの話に次いで朱王が挨拶をしなければいけないらしい。
ここは簡潔に挨拶をして乾杯までやってしまおう。
しかし魔人領には乾杯の慣わしなどないはずだが、気にせずコップを持ってステージに上がる。
「北の国の皆さんはじめまして。人間領のクリムゾンという組織の首領を務める緋咲朱王です。この度は我々を受け入れてくれた事、また、この歓迎の席に感謝します。本当は客である私がする事ではないんですが、料理が冷めては勿体ないですからね。人間領式の宴会の始め方をさせてもらおうかと思います。私が乾杯と声を掛けたら、ディミトリアス大王とアリス王女の乾杯の真似をしてください」
今もステージに立つディミトリアスとアリスにもコップが渡される。
ディミトリアスもアリスも映画を観ている為、乾杯を知っているので問題はない。
「それでは北の国と人間領の友好を祝して! 乾杯!!」
「乾杯!」とコップを打ち付けあったディミトリアスとアリスに、それを真似して全員が「乾杯」とコップを打ち付けあい、酒をグイッと煽る。
やはり待ちきれなかったのか一気に飲み干してコップを打ち付ける音が聞こえてくる。
カミンとフィディックが拍手をすると大通り全体が拍手に包まれ宴会が開始された。
料理を堪能しながら酒を飲み、しばらくはワイワイと騒ぎながら会話を楽しむ。
飲み会が大好きな朱王は大王だけでなくマーシャルやジノとも飲み交わしながら楽しそうに笑っている。
食事など静かにするものが当たり前となっている魔人領なのだが、飲みの席で楽しまないなど人生の損とばかりに盛り上げる。
どこに行っても楽しそうな朱王に釣られてアリスもテンションが高い。
腹を満たし酒が進めばカラオケが楽しめる。
美味しい料理は暖かいうちにたくさん食べ、カラオケ歌って酒で喉を潤す。
こんな楽しい時間を静かに過ごすほど無駄な事はない。
朱王と何度もコップを打ち付けあうアリスは、人間領に行く前までは物静かな性格だったはずなのだ。
それが今では楽しくて仕方がないとばかりに笑顔が満ち溢れている。
「よし! 朱王殿! 一曲目から会場全体を盛り上げてみないか?」
「お? いっちゃう? 早速盛り上げていっちゃう?」
「では我々もいきましょうか」
「はい。楽しんでいきましょう」
「我はもっと食いたいんじゃが…… 仕方がないのぉ。これ我のじゃから食ってはならんぞ!」
大王領までの移動中に練習したダンスを五人で披露する事にした。
アリスと朱王が歌い、他三人はダンスに専念する。
本当はアリスとセシールが歌う予定なのだが、領地に戻ってしまったので代わりに朱王が歌うのだ。
歌とダンスにつられて体を揺らし始める若者達。
間奏で会場を煽る事で次々と立ち上がって盛り上がり始める。
こんなに気分が高揚する事がなかった魔人領の領民達も、リズムに乗れば気分が上がりだし、どんどん大通りが熱気に包まれていく。
一曲目が終わればカミン達は席へと戻り、今度はディミトリアス大王をステージに引っ張り、流れる音楽に合わせて軽いステップで一緒にリズムを刻む。
腕を上げてステップと組み合わせて踊れば大通り全体で踊り始める。
準備は整い次の曲。
今度は朱王が歌い出す。
朱王が歌えばディミトリアス大王も聴いている曲なのだろう、マイクを持って歌い出す。
大王が歌えばさらに領民達は盛り上がり、大王領が一つになる。
もう誰もが楽しくて仕方がない。
曲が終われば笑顔で肩を組みながらステージを降りる朱王とディミトリアスと代わり、アリスはジノと一緒にステージに上がる。
アリスだって朱王には負けはしない。
ジノと一緒に少し難しいステップに挑戦だ。
アリスが歌えばジノも一緒の踊り出す。
領民達も新たなステップに挑戦しながらも思い思いに楽しみ出す。
息を乱し、声を上げて盛り上がり、酒を煽ってまた踊る。
何曲か続けばどんな曲でもリズムに合わせて体が勝手に動き出す。
カミンもマーシャルと共に歌い、マーリンとメイサは朱雀に連れられてステージに上がっていた。
最初は人前で歌う事を躊躇ったものの、歌い始めてしまえば気分が上がって楽しさで満たされる。
飲んで歌って踊って騒ぐ。
これまでの魔人領にはない天地がひっくり返ったかのような盛り上がりを見せた。
宴会が始まって盛り上がりが最高潮の時にエルザが到着した。
到着早々の第一声が「ズルイぞ!!」だったのだが、酒を飲みながら料理を楽しむうちに立ち上がって踊り始めていた。
そしてマーシャルが一人で歌った後には自分も負けられないとステージに上がり、二曲続けて歌って満足そう。
アリスの髪を見て良いなと髪に触れたところで、アリスもミリーから預かっていた物を思い出す。
ミリーが買ってくれたドロップを渡し、首に下げたエルザは光を放ってその見た目が変化する。
ミリーとエレクトラが選んだ色は澄んだ晴天の空のような美しい青だった。
目の色は黒い結膜を人魔と同じく白として、青髪赤目の綺麗な女性へと変貌した。
カミン達との東の国への任務の話など一切せずにこの日の夜を目一杯楽しんだ。
大通りでの宴会もあまり遅くまで続けるわけにもいかないだろう。
日付が変わる前にはお開きとなり、領民達は片付けをして解散する事になった。
しかしまだ少し飲み足りない朱王は酒場に行きたいと言うと、途中参加のエルザもやはり飲み足りなかったのか一緒に行くと言う。
ディミトリアスとカミンもまだまだ飲める。
片付けをしていたレイヒムも連れて酒場へと向かった。
朱雀はお腹いっぱい食べて満足したのか、すでに朱雀丸に入って眠っている。
アリスとフィディックは酔い潰れ、マーシャルはもう酒は要らないと帰って行く。
酒を煽って踊り続けていたら酔い潰れるのも当然だろう。
酒場は大通りから少し外れた酒造地区という場所にあるとの事だったが、その地区の中央にある倉庫のような建物内にテーブルや椅子があり、そこで酒樽から注いで飲むだけの場所らしい。
料理も元々は持ち込みなのだが、レイヒムが何か適当なつまみを用意してくれるとの事。
宴会でパーっと楽しむのもいいが、静かな場所で語り合うならこの酒場でもいいだろう。
今後について真面目に意見を交わすのだった。
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