第233話 到着

 大王領に到着したのはアイーズを出てから十九日後の昼過ぎだった。


 エンジン音を響かせながら領内へと進んでいく。

 驚愕の表情でこちらを見る領民達は悲鳴とともに走り去る。

 何事かと家から飛び出してきた者達もこの黒くて巨大な塊に驚き、武器を持った者達は武器を構えて身構える。

 しかし車の窓から身を乗り出したアリスが手を振れば、人間領から戻ってきた事がわかったのか武器を収めて立ち尽くす。

 アリス王女が帰ってきた事はわかっても、この黒い塊に近付いても安全かまではわからないのだろう。

 エンジン音が凶暴なまでに鳴り響いているのだから。


「皆の者、怯える必要はない! これは車という魔力で動く乗り物なのだ! 危険はないからな、通してもらうぞ!」


 アリスが声をかけて先へと進む。

 大王領内に立ち並ぶ家々はアイーズとそれ程変わりない簡素な作りではあるが、その数は随分と多い。

 人間領と比べれば大した数ではないものの、魔人や人間が入り混じるこの国は他の魔族領よりも多くの人々が住んでいるはずだ。

 魔人はエルフ同様、長寿であるが故に子が産まれづらいのだ。

 この事から魔人の数は比較的少なく、多くの魔人が住む他の国であってもこの北の国程は人が住んではいないだろう。


 多くの家の間を進みながら、朱王は集まってくる人々を嬉しそうに見つめている。

 魔人と人魔、そして多くの人間が住む北の国大王領。

 アイーズとは比べものにならない程に多くの人々が住んでいた。


 大通りを進んでそのまま真っ直ぐに大王城へと向かい、朱王が少し歩きたいと言うのでアリスとセシールも共に歩き出す。


 この日朱王はヴリトラ装備を着ており見た目からして恐ろしいまでに強そうだ。

 全盛期の魔王ゼルバードをもってしても自分よりも強かったというヴリトラを素材とした装備などこの世には存在しない。

 見る者が見れば化物の皮を被った化物が目の前を歩いている状態なのだ。

 そのうえいつものゆるい雰囲気ではなく真剣な表情。

 商人の緋咲朱王ではなく、クリムゾン総帥の緋咲朱王としてこの道を行く。

 臨戦態勢ではなくとも真剣な朱王が放つプレッシャーは尋常ではなく、隣を歩くアリスとセシールにもビリビリとその圧が伝わってくる。

 朱王は楽しみにしていた大王領に、踊り出したい気分を抑え込んで真剣に歩き続ける。




 大王城の前で待つのはマーシャル侯爵だ。

 左右に部下を従えて朱王の到着を待っていた。


「お待ちしておりました。大王領で侯爵をしているマーシャル=クルツと申します。大王様がすぐにでもお会いしたいとの事ですので謁見の間へ足をお運びください」


「ああ、世話になるなマーシャル殿。しばらくよろしく頼む」


 笑顔を見せる朱王だが真面目モードは維持したままであり、正面から向かい合うマーシャルは額から汗が流れ落ちる程にプレッシャーを感じている。

 カミン達にとっては心酔する朱王から感じる重圧は心地の良いものなのだが、マーシャルの部下達に至っては震える程に恐ろしいものだろう。


 マーシャルに続いて大王城へと足を踏み入れた。




 謁見の間の玉座に座るディミトリアス大王。

 以前は薄暗かった謁見の間は光の魔石によって照らされており、大王の表情もどことなく気分が良さそうに見える。


「よく来てくれたな、朱王殿。今一度名乗っておこう。私は北の国大王、ディミトリアス=ヘイスティングスだ。其方達を歓迎しよう」


「では私も。クリムゾン総帥、緋咲朱王。今日は魔王ゼルバードの弔いを目的として魔人領へ来た。案内していただける事に感謝を。それと…… ゼルバードの夢であった魔人と人間が手を取り合う世界。それをここ北の国では実現していた。ディミトリアス大王には感謝してもしきれないが一言礼を言わせてくれ…… ありがとう」


 朱王が頭を下げて礼を言い、それにカミンとフィディックも続く。


「頭を上げてくれ朱王殿。私は人間を知り、人間である妻を愛し、大王となって人間と共に生きる事を選んだのだ。其方に感謝される事ではない。それにゼルバード様には申し訳ない事をしてしまった。王命により人間との接触を禁じられた我ら魔族が、こうして人間と共に過ごしているのだ。ゼルバード様の本意を知らず、本当の事を申し上げる事ができなかったのだからな……」


「まあ、そこはゼルバードが悪いと思う。最初から人間と仲良くするよう命令すべきだったと思うけど…… そう簡単な話ではないよね」


 挨拶から一転して軽い口調に切り替えた朱王。

 距離を縮めようと一歩踏み出し、笑顔で会話を始めた。




 ディミトリアスと朱王の話がある程度広がりをみせ、カミン達も質問に応えるようになるとアリスやセシールも話し出す。


「ディミトリアス大王様! この男! あ、いや、朱王殿はおもしろすぎる! 毎日毎日楽しい事ばかり、なんなのだ!? 一体この者の頭の中はどうなっているのだ!?」


「お、おお、落ち着くのだアリス。それでは朱王殿の事がよくわからぬ。セシールはどう見たのだ?」


「はい。朱王殿が通ればそこは笑いが溢れる場所となり、人々を惹きつける力があるのか周囲には多くの者達が集まるようです。途中立ち寄ったアイーズなど朱王殿の街のようになっていました」


 朱王は確かにアイーズに住むのも良いかもねぇなどとこぼしていた。

 アイザックの立場がなくなってしまうのでやめてもらいたいところだ。


「はっはっはっ。それではアイザックが困ってしまうな。では人間領はどうだったのだ?」


 アリスは興奮しており聞いても無駄と判断したのか再びセシールに問いかける。


「人間領はとても美しく素晴らしいところでした。綺麗な物や美味しい物がたくさん。寝る前にも翌日が楽しみでアリス王女でさえ朝早くから目覚めてしまうほどなのです」


「また今すぐにでも行きたい!」


「いや、東に行かせる」


「お父様のケチ!」


 齢百歳を超えるアリス王女だが、精神年齢はやはりまだ幼いようだ。

 歳の近いセシールも大王の前でなければ同じように振る舞っていた事だろう。




 少し無駄話を挟みつつ本題に入る。


「朱王殿は今後どのように行動するつもりなのだ? 私も魔王領へと向かうのであればある程度調整が必要でな」


「大王の準備が整うまでは私はここに待機しますよ。ただカミン達には明後日…… いや、三日後には東の国へと向かってもらおうと考えているが…… カミン、行けるか?」


「はい。仰せとあればいつでも」


「じゃあ北の国へのお土産を下ろして車で向かってくれ。この任務も不確定な部分が多く危険もあるだろうから充分に注意してほしい」


「レイヒムも同行したいと申しておりましたがいかがなさいますか?」


「そうだね。東の国にもレイヒムの美味しい料理を振る舞ってもらおうか」


「では同行するよう指示を出します」


「よし、ではアリスはエルザを呼びに行け。セシールは領地に戻って仕事を片付けてこい。アイザックをお前の穴埋めに派遣しておるからそう多くはないはずだ。他の守護者二人も呼んでおくが…… 領地管理を放っておくわけにもいかんしな……」


 アイザックには二人の優秀な部下がおり、リルフォンを渡してあるので本人に確認しようと思えばすぐできる。

 もちろんセシールにも部下はいるが連絡が取れない為指示が出せない。

 やむを得ずアイザックをセシール領に派遣していたのだ。

 他の守護者達も領地へと戻されているが、大王領にいれば映画を観る事ができる為戻りたくはない。

 大王ばかりが映画を楽しむのであってはそう簡単には諦めてはくれないだろう。

 仕方なく映画を観る時間を決めて、リルフォン越しに大王の視界から映画を観せる事にしていた。

 場所を選ばなければ、映像が透けて見える事や音が遠く聞こえる事さえ我慢すれば観れなくもないという程度だが、音のしない部屋で目を閉じて観ればある程度まともな映画として観る事もできる。


「セシールさんにも部下はいるよね? アイザックさんとこのドルトルさん達みたいな直属の部下とか」


「はい。アイザックだけでなく全ての守護者、魔貴族には二名ずつ部下が付いています。大王様の場合はアリス王女とマーシャルがそれに当たりますが、この二人も魔貴族という立場ですのでお付きの部下がいますね」


「なるほど。守護者を呼ぶのならそうだな。十二個なら私の手持ちであるし、仕事もリルフォンがあれば問題はないって事だよね?」


「問題ないどころかこれまで以上に円滑に進んでいる。報告が早いというのがこれ程までに有用とは思いもしなかったが」


「情報速度は最大の武器ですからね。仕事にしても戦にしても個人の力と数による総力ではその差は歴然ですし、強さがものを言う魔人領ではわかりづらいかもしれませんが、場合によっては知能の高い者の方が強いとも言えるでしょう」


「そう…… なのか。では人間領は」


「はっきり言いましょう。人間領は全ての国が協力し合い、魔人領…… 現在は西の国からの脅威に備えています。数で上回る人間が総力を持って当たれば勝利する事も難しくはありません。それにカミンに近い強さを持った者も複数名いますからね」


 朱王が語るのは西の国との総力戦で考えた場合での話であり、被害を少なくしたい人間領とすればそれ程単純な話ではないのだが。


「むぅぅぅぅ…… まさかそれ程とはな。しかし良いのか? そのリルフォンを」


「はい。差し上げますよ」


 朱王が腰に下げているバッグからジャラリと取り出したリルフォンに驚くディミトリアス。

 神器とも思っていたリルフォンがバッグの中に無造作に入れられていたのだ。


「あ、ケースないや。お土産なんだから何か必要だよね」


「朱王様。先日緋咲宝石店からイヤリング用の物を多数頂戴して参りましたのでそれを」


「さすがはカミン、気が利くね」


 ケースの問題も解決し、すぐに必要だろうとカミンが車へと取りに向かう。


 アリスとマーシャルは直属の部下を呼び、それぞれに朱王からの土産だとして渡したところ、やはり驚きのあまり叫んで大喜びではしゃいでいた。

 その後大王の前という事で青ざめていたが、大王もその気持ちがわかるので笑って許す。


 残る八個のうち二つをセシールに、部下三人に二つずつ渡して守護者の領地へと運ばれて行った。


 残ったアリスの部下にはレイヒムとマーリン、メイサを呼びに行ってもらう事にした。

 どうやら大王領の設備を整えていたらしく、今も領民を従えて作業をしているとの事だ。

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