第232話 アイーズ
アイーズ初日の夜は、この街でこれまでにない程の盛り上がりを見せたのは当然といえよう。
客人として王女であるアリスの他、大王の守護者であるセシール、人間領からの使者である朱王達が来た事で歓迎ムードでの準備の中、心躍る音楽が流れる事で準備作業から盛り上がり始めていた。
そして準備が終わればすぐに宴会が始まり、アリスを始めとして全員が挨拶をし、酒が回り始めたところからはカラオケ大会だ。
ステージに上がった朱王が歌い、まるでライブでもしているかのように街の人々を煽ってどんどん盛り上げていく。
続いてカミン、フィディックが歌えばアリスとセシールも負けてはいられない。
二人で練習していたのであろう、ユニゾンで歌い出す。
そしてアリス達が歌った曲は以前朱王が千尋達と踊った曲であり、朱雀も巻き込んで踊れば街全体が盛り上がり、みんな立ち上がって思い思いに踊り出す。
曲が終われば歓声と拍手に包まれ、次の曲をとまた朱王がステージに押し上げられた。
グラスを片手に一曲歌いあげ、自分のライブでもやっているかのようにMCを挟みつつ続けてまた何曲か歌っていく。
楽しそうに場を盛り上げ、グラスが空になったところでフィディックと交代してステージを降りた。
その後はドルトルやグレックも歌い出した事で更なる盛り上がりを見せた。
夜も更けてなおも盛り上がるアイーズだが、このまま朝まで騒ぎ続けては人間の老人達の体がもたないだろう。
ドルトルが〆の挨拶をしてこの楽しい宴会は終わりを向かえた。
客人である朱王達は宿泊先に案内してもらい、街の人々は真夜中の片付け作業だ。
朱王達はアイザックの邸内に部屋を借りてベッドに横になり、ベッドが固いと寝袋を持ってきて寝ることにした。
もちろんこの夜も宴会から抜けてミリーに通話したのだが、街の人々に引っ張られて途中で通話を終えてしまっている。
翌朝少し長めに話そうと思う朱王だった。
アイーズにはあと二日滞在する予定であり、翌日は朝から街の様子を見学に行く朱王達。
とても楽しそうな朱王は行く先々で声をかけられ、家の造りを見せてもらったり、洗濯場や調理場の見学、街人に教えられながら農作業体験などもして、アイーズの街の生活スタイルを満喫しているようだ。
昼食はグレックが持ってきてくれた物を広場に設置されてあるテーブルで食べる事にする。
すると街の人々が昼休みに食事を持って集まりだし、木の実やフルーツをもらってデザートに食べる事にした。
食後には集まった人々を集めて、昨日のダンスのレッスンまで始めてしまう朱王。
やはり世界は違えど若者は新しいものが大好きだ。
すぐにできるようにと簡単にアレンジしたダンスを教えていく。
若者達がダンスを覚えようとする中、アリスはソワソワと混ざりたさそうに見つめながらも必死で堪えている。
王女としてその街人の輪の中に入って練習するのはプライドが許さないのかもしれない。
今後、大王領への移動中にでも教えれば喜んでくれるだろう。
この日の夜はカラオケはやめて映画を観る事にした。
クイースト王国の映画の日は昨日と今日。
昨日はアイーズに着いたばかりでパーっと楽しみたかった朱王は、映画をやめてカラオケ大会を実行したのだ。
この日はアイーズの人々にも映画を楽しんでもらおう。
ここ最近では映画を十九時から、二十一時からはクリムゾンで作った番組を放映しているはずだ。
また広場で宴会を開催し、この日はアイーズの酒を飲みながらワイワイと人間領や魔人領の話を交わしていく。
アリスやセシールは人間領の良さを全身を使って表現し、今すぐにでも戻りたいなどと言いながら様々な事を語っている。
しばらく宴会として酒を飲み交わしていたところでモニターに映像が映し出された。
昨夜もカラオケで本人の映像や魔族文字などが表示されていたのだが、この日映るのは人間領に住むクリムゾン隊員だ。
簡単ではあったが挨拶のあと、この映画の見どころや興味を惹く物言いで気分を盛り上げたところで映画が開始される。
これまで観た事のない世界が映し出され、賑やかだった広場は静まりかえり、映画に釘付けとなっているようだ。
ここアイーズでも映画の世界に感動し涙する者が続出。
拍手喝采と感動の涙、そしてこの映画に乾杯を。
この魔人領という閉鎖的な空間に生きてきた彼らの心に新たな芽が生まれた瞬間だろう。
心動かす映画の感想を語り合う人々と、その光景を見つめながら美味しく酒を楽しむ朱王と朱雀、カミンの三名。
アリスやセシール、フィディックも感想を語り合っているのだが、朱王達はただ酒を飲みながら思う。
《これは昨日観たやつだ》
車の移動中に観た映画がたまたま今日クイースト王国で放映されたようだ。
少し期間をおいて観ればまた違った気持ちで観れたのだろうが、二回続けて観たとすればそれほどテンションは上がらないだろう。
それから少ししてクリムゾンの番組が始まった。
その内容は【クイーストの美味しい物を食べ歩こう】というもので、綺麗な料理や可愛らしいお菓子などが映され、美味しそうに食べる映像が流される。
映画のように盛り上がるような事はないのだが、見た事もないような食べ物が映し出され、それを美味しいと食べられる映像を見せられては人間領の料理に興味が湧かないはずがない。
そして朱雀にとっては興味も食欲もそそる番組だったらしく、クイーストに帰ったら絶対に食いに行くなどと言っていた。
三日目に見学したのは魔人領の資源についてある程度把握する為、街の外に出て様々な場所を見て回った。
この広大な魔人領であれば人間領よりも豊富な資源があるのは確実であり、その産出場所がある程度わかっているのであればすぐにでも貿易が始められるだろう。
ここアイーズは人間領に比較的近い位置にあり、この周辺で採れるとすれば輸送もそれほど大変ではない。
鉄鉱石や宝石類、もしくは特殊な魔石などであればその価値は高くなり需要も高い。
街にも製鉄場があり、刃物なども金属で作られていることからどこか採掘場所は見つけているはずだ。
魔石については使い方を知らないようだが、ミスリルがないのであれば仕方がない事だ。
ミスリルは特殊な金属であり鉱石からの抽出に手間が掛かる為、朱王でさえも自分で抽出しようなどとは思わない。
ただ一つ、朱雀丸を削り出したミスリル塊に関しては別であり、ミスリル鉱石から抽出したのではなく、そのままの形状でミスリル塊として手に入れている。
人の手を加えられる事なく自然に抽出されたミスリルなのだ。
もしそれがまた見つかるような事があれば朱王はまた手に入れたいとも思っているのだが、そう簡単に見つかる事はないだろう。
この日一日掛けて資源の確認作業を行った。
これはアリスやセシールにとっても今後の取り引き材料として重要なものであり、朱王の説明を受けながらしっかりとリルフォン内にメモを取っている。
もちろんドルトルとグレックもだ。
少し専門的な内容になれば理解できないだろうと、朱王は映像を記録するよう指示を出し、リルフォン内にフォルダを作成させて個別に引き出しやすいよう整理して説明を続けていた。
結果としては見て回った資源の総量はそれ程多くはなかったが、今後調査を進めれば人間領との取り引きに使える材料は充分にあるだろうという結論に至った。
アイーズの周辺に関してはドルトルとグレックで担当する鉱石や宝石類を分担し、他にも採掘場を増やす事で新たな資源を確保。
運搬などに関しては今後煮詰めていくとしても、まずは調査が重要だろうとして今後獲物探し以外にも街の外へと人員を割いてもらう必要がある。
街が発展すると知れば皆協力的になるだろう。
他の領地でも今後は資源の調査を進めていく必要もあるが、人間領から遠い地であれば運搬の問題がある為それ程急ぐ必要はない。
まずはアイーズ周辺の調査が最優先だろう。
領主であるアイザックの許可なく今後の方針が決まってしまったのだが、その命令が王女からとなればアイザックも従う以外にない。
ドルトルとグレックはまとまった話を今夜アイザックに説明する事としてこの日の確認を終えた。
夜はまた酒盛りをしながらカラオケをして楽しんだ。
街の人々も何人かで一曲ずつ覚えてきたらしく、ハモったりハモらなかったり、上手かったり下手だったりと様々ではあったが、歌う気持ちよさを知ってとても満足そう。
今後もたくさんの曲を覚えて楽しんでもらいたいものだ。
街の人々が歌っていれば朱王も少し抜け出しても連れ去られる事はない。
広場から離れてミリーと通話をし始めた。
ミリー達は今、ゼス王国の観光で飛び回っているようで、毎日違う景色を見ては美味しい物を食べて回っているとの事。
朱王がアイーズに到着した日には車が完成し、思ったより乗り心地が悪くて困っていると笑うミリーはやはり可愛らしかった。
アイーズで楽しい三日を過ごし、出発の際には街人総出で見送ってくれた。
帰りもまた寄りたいなと思いながらも車を走らせる。
すでに坂道も広く拡張されており、問題なく下っていく事ができた。
アイーズから近い場所であればある程度拓けていて走行も問題ないのだが、程なくして人通りが少ないのか道の脇には足の長い草が生えていて見通しが悪くなり、道はあっても草が邪魔をしてどこが道なのかわからない程だ。
そして道幅もそれ程広くはなく、バリウスは地球でいうところの軍用車に近い大きさがありその横幅が足りない。
道の端に大きな石でも埋まっていれば車を壊してしまう可能性もある。
道がある以上草原や林の中を抜けるよりはマシだがそれ程速度を出す事はできないだろう。
およそ20キロの速度で走り進み、八時間走ったとして一日で160キロ。大王領までは約2500キロ程あるという事なので、十五日以上、それも草原が続くとは限らない為二十日以上は掛かるだろうと予想される。
それを見越して食料も大量に積んであり、肉などは現地調達になるが時間が掛かる事以外はそれ程問題はない。
アイーズから徒歩での移動であれば優に二月以上は掛かるとの事だし、まだ車の方が充分に早いのだ。
それ程急ぐ事なくのんびりと向かう事にする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます