第231話 見つかろう

 翌朝、ミリーからの着信で目を覚ました朱王。

 昨夜もカラオケの合間に通話したのだが、魔人領の夜空の下で宴会しながらカラオケしている事を伝えると、「やはり私も行くべきでした!」と悔しがっていたところはミリーらしい。


 朝の通話はいつも手短に、挨拶とこの日の予定を話しあえば終了だ。

 少しでも顔が見たい、話がしたいと思いつつも、人間領の今後が掛かっている朱王の仕事の邪魔をしてはいけないという気持ちがあるのだろう。

 笑顔を向けてまた今夜会いましょうと通話を切るミリーだった。




 朱王が通話を終える頃にはカミン達も起きていた。

 誰もが眠そうであり、その表情は寝不足である事が窺える。

 それもそのはず。

 夕方から始めた酒盛りとカラオケは、いつの間にか日を跨いで深夜となっていたのだから。


 少し伸びをしながら高台となるこの位置から魔人領を見下ろすと、遠くには複数の魔族が何かを探しているかのように歩き回っている。

 おそらくは昨夜のカラオケが魔族の集落にも聞こえていたのだろう。

 武器を手にしながら草を掻き分けて探している。


「彼らは何してるのかなぁ?」


「たぶん…… 私達を探してると思う。昨夜あれだけ歌って騒いでたんだから気付かれない方がおかしいからな」


「そうか。でも私達はあんな草むらに隠れたりしないけどね」


 真剣な表情で応える朱王は少し感覚がズレているのだろう。


「このままでは断崖を移動するとしても見つかる可能性もありますね。しばらくはこの場に待機とするべきでしょうか」


「いや、ここは北の領地なのだ。私かセシールが行けば問題はないはずだ」


「そうですね。アイザックが今大王領にいますからその代わりに様子を見に来たとでも言えば大丈夫でしょう。それに見つかってしまった方が都合がいいかもしれません」


「ん? というと?」


「彼奴らの住む集落もアイザック領なのだ。その集落からはアイザック領までは道ができているはずだ。林の中を抜けるよりも余程良いのではないか?」


 道が作られているのであればこれ程助かる事はない。

 隠れる必要もなく道まで用意されているとなればその話にのる以外ないだろう。

 朱王はバリウスにアリスとセシールの魔力登録を行い、二人に運転してもらって彼ら魔族の集落へと向かう事にする。


 ただその前に手土産を用意してやろうと思った朱王。

 昨夜大量に作った唐揚げも全て食い尽くしたのだが、まだまだヒュドラの肉は余っている。

 朝食を作る前にまた下準備をしておき、朝食後に大量に揚げていく。

 大皿は今後も使用するので盛り付けには使わず一旦袋に詰めておき、ここしばらくはジュース用にと活用しているポリ容器に小分けして渡せばいいだろう。

 集落にどれだけの人がいるかはわからないが、大量に作れば全員に配れるだろうと昨夜の三倍となる量の唐揚げを一気に作る。


 昼食も唐揚げでいいと言う朱雀だった為、昼食用に人数分の唐揚げをわけておき、ついでにご飯も炊いておいた。




 野営道具も片付けて準備が整ったら出発だ。


 朱王が運転し、助手席にはアリスとセシールが乗り込んだ。

 平地であればアリスとセシールにも運転させる事にして魔族達の元へと車を走らせる。


 ドロロロロロロロロロッ!!


 車が向かってきた事に驚いた魔族達は巨大な魔獣が襲ってきたと思い一斉に走りだす。

 さすがに魔族といえど見た事もない黒い塊が轟音を鳴らしながら迫って来ては悲鳴をあげて逃げ出すのも無理はないだろう。

 そのうち走っている一人の横に並んで声をかける。


「おい貴様ら、少し止まって話を聞け。我ら魔貴族の命令だ」


「ななななに!? ま、魔貴族様!?」


「うむ。私はアリス=ヘイスティングス。大王様の娘だぞ。言う事を聞け」


「え? え? 大王様の!? は、はいぃ!!」


 と立ち止まった魔族の男。

 目の色から魔人である事がわかる。


「少し用があってここにいるんだが、貴様らの集落まで案内してくれ」


「わ、わかりました。オイラ達の村で王女様をもてなす事ができるかはわかりませんが……」


「もてなす必要はないから安心しろ」


 ただ寄るだけなのでもてなされても困るのだが。




 魔族の男を走らせて村へと向かい、およそ十五分も進んだところで小さな集落が見えてきた。


 男は村長を呼びに行き、一応話を通す為に車を降りて待つ。


「これはこれはアリス王女様。お初にお目にかかります。アルモト村村長のベルモンガと申します。この度はどのようなご用件で?」


 ベルモンガの声はやや震えており、魔貴族であるアリスに対して恐れを抱いているようだ。

 力がものを言う魔人領ではこれが普通なのかもしれない。


「ああ、アイザックが今大王領へと行っているから代わりに様子を見に来たのだ。ここ最近何か変わった様子はないか?」


「はい。以前ゲゼル湖からヒュドラが倒された際にアイザック様がいらっしゃって以降は何もございません」


「そうか。それならば良い。ではアイーズに戻るにはどの道を行けばいいのだ?」


「もうお戻りになるので? あ、いえ、ご案内させていただきます」


「案内してくれるか。では貴様らに土産をやろう」


 アリスが土産をと言うのでカミンがテーブルを用意し、朱王が唐揚げの詰まった袋をそこに置く。

 朱雀がポリ容器を取り出して、朱王と二人でトングを使って詰めていく。

 カミンとセシールで魔人と人魔の村人達に配っていき、いくつか残った唐揚げに朱雀が手を伸ばす。


「皆に行き渡ったな。美味いからよく味わって食うといい」


 アリスに食っていいなどと言われてもそう簡単に食べる事ができないのも魔族故だろう。

 上位の者が食事をして初めて下の者が食事をするのは当然の事なのだ。

 それもわかっていたのだろう、アリスも袋から唐揚げを取り出して一口。

 セシールと朱王も同じように食べると、ここでようやくベルモンガも唐揚げを口にした。

 魔族とはなかなか面倒な種族かもしれないと朱王は思う。

 ベルモンガが咀嚼し、美味いと声をあげれば誰もが唐揚げを口にする。

 ただの串焼きでさえ絶品ともなるヒュドラ肉を唐揚げにしたのだ。

 この場にいる誰もがこれ程美味いものを口にした事などなかっただろう。

 この村にも味の革命が起こった。




 全員が唐揚げを食べ終えたらアイーズまでの道を案内してもらい、ベルモンガに手を振ってアルモト村を後にする。


 アイーズまでの道は林の中の回廊と言うべきか、巨木が両脇にそびえ、その枝が日差しを遮るようにして伸びている。

 この回廊であれば巨大な魔獣もそうそう侵入してくる事もないのだろうと予想される。

 運転をセシールと交代してゆっくりとアイーズへ向けて走り出す。


 カミンがアイーズからゲゼル湖までの距離を計測したところ、およそ230キロほどという事なのでそれほど速度が出なくとも今日中には到着する事もできるだろう。

 もしかしたらアイザックを追っていた時は、場所をわかりにくくする為に右へ左へと進路を変えていたのかもしれない。


 ある程度整った道ではあるものの、人間領の街道などと比べるとやはりまだ粗く、今後北の国との貿易が始まる前には整備しておきたいものだ。


 この日の移動はアリス、セシールで交代しながら運転とし、カミンと朱雀は映画を、朱王は映画を観ながらダンテから送られてきたデータを脳内処理して過ごす。





 陽が傾き始めた十七時頃にはアイーズに到着し、フィディックも先に着いて待っていたらしくアイーズに入る前に合流した。

 街は高台にあり、登っていく際にはやや道幅が足りなかったのだがバリウスの性能であればなんとでもなる。

 朱王が運転を代わり、車体を傾けて強引に登っていくだけだ。


 ドルトルとグレックに迎えられて街へと入るのだが、この道幅が足りなかった事から、ドルトルは他の魔族に道幅を広げるよう指示を出していた。




 アイーズでは街の人々から歓迎され、そこに住む魔人と人魔、人間の姿を見て朱王は嬉しそうにカミンに声をかける。


「カミン。ゼルバードが叶えたかった夢をこの北の国では実現していたんだね。君から話を聞いた時も嬉しかったが、今日ここで直接自分の目で見てこれが現実であると思うとまた嬉しさがこみ上げてくるよ。ここに来れて本当に良かった。アイーズに来れたのも君達のおかげだ。ありがとう」


「もったいなきお言葉です。私も北の国をこのような姿で統治されているディミトリアス大王様にも心から感謝を」


「そうだね。彼にもお礼を言わないとね」


 街の人々が歓迎の準備にと動き出し、魔族と人間とが協力して作業にあたる光景を目にして嬉しさがまたこみ上げてくる朱王。

 自分もこの街の為にできる事をするべきだろう。


 朱王はお土産として持ってきたモニターを広場に設置し始め、カミンとフィディックも手伝う。

 朱王がやる事であれば一緒にやりたいと思うようになったアリスも手伝いに参加し、セシールもそれに続く。

 あっという間に映画用モニターが完成し、ここでもクイースト王国からの映像を受信できるように調整。

 これで毎週この街の人々も映画を楽しむ事ができるだろう。


 他にも小型のモニターを設置して映画用モニターと接続し、いくつか朱王の魔石を組み込んでカラオケ機能も追加した。

 今はまだ街の人々は歌う事ができないが、普段スピーカーから音楽を流しておけば曲を覚えていってくれるはずだ。


 機材を組み終えたところでさっそく音楽を流し始める。

 アイーズに住む誰もがこの聴いた事のない音楽に耳を傾け、そのリズムに体も踊り出す。

 街全体が楽しい雰囲気に包まれていき、その光景をまた嬉しそうに見つめる朱王だった。

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