第228話 伝えられる

 千尋はダルクと魔剣を作るためにアルテリアに戻る必要があり、王国へ来て早々ではあるがまたバイクに跨って出発する事となる。


 ダルクは騎士達への指示も特になく、ロナウドの許可をもらえばそのまま行けるそうだ。

 受け取ったお土産の衣類もあるので着の身着のままというわけではないが、荷物の準備もなくそのまま出発するとの事。


「ロナウド様。しばらく留守にする事、お許し頂きありがとうございます。魔剣を手にした暁には必ずや王国の為お役に立てるよう努力致しますので」


「まあ気にするでない。これまでも充分に努力しておるのじゃし少し羽を休める事も必要じゃろう」


 魔剣を手にするのに実力も充分なダルクであれば、王国内でもロナウドに次ぐ、もしくは匹敵するまでの能力を得られるかもしれない。

 数日間王国を開けたところで、それ以上の力が手に入るのであれば何も問題はない。


「何日かあれば完成すると思うからまたすぐ来るねー」


「ああ。ダルクに最高の魔剣を頼むぞ千尋」


 と、誰よりも期待しているのは蒼真だったりもする。

 千尋とダルクが乗るバイクが走り出し、私を置いて行かないでとばかりに手を伸ばすリゼなのだが諦めるしかない。




 その後、すでに訓練を始めている蒼真は別としても、リゼやアイリを加えての聖騎士訓練場は苛烈を極めた。


 ロナウドやサフラでさえも苦戦するリゼの圧倒的攻撃性とアイリの超速戦闘。

 特化型である二人の精霊魔導は自分の長所を強引に押し付けるものであり、それを覆すのは容易な事ではない。


 エレクトラは久しぶりに師であるヴィンセントとの剣術訓練ではあるが、また一段とキレを増したエレクトラの剣技に扱い慣れてきた精霊魔導。

 弟子の上達を喜びつつも、そして同じ流派であるが故に見えてくる技と属性魔法の相性など、弟子から学ぶものも多く感じられるようだ。


 ミリーはハクアと訓練を始めるが、ミリーを相手に地属性強化のみで挑んだところで以前と変わらない結果が待っている。

 魔槍アラドヴァルを振るった精霊魔法で挑むべきだろうと判断して飛行装備で空へと飛び立つが、光属性魔法でさえもミリーには届かない事を知る事になる。

 危険過ぎて訓練では使う事のできなかった光属性魔法も、今後その能力を強化させる必要があるだろう。


 そしてミリーが訓練に参加するという事は、終わりのない訓練が可能である。

 これまでもの訓練にも回復術師は呼んでいたのだが、その能力はミリーとは比べるまでもない。

 大きな怪我を負えば、しばらくは訓練に参加できなくなってしまうだろう。

 しかしミリーの回復であれば命の危機や欠損などではない限り、わずかな時間で回復する事が可能だ。訓練で死戦を繰り広げる事になろうとはこの時誰も思わなかっただろう。

 これからアマテラスが滞在する期間、死を覚悟しなければならないような戦闘訓練が続く事になる。


 そしてテイラーとワットはハウザー達を交えて訓練する事とし、乱戦を希望する聖騎士二人はハウザーパーティーとの実戦的な訓練を開始する。




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 千尋とダルクを乗せたヴェノムはアルテリアの工房へと到着し、エイルへの宿泊を三日頼んでおく。


 千尋の工房を見回すダルクだが、そこに武器は一つもない事を不思議に思ったようだ。

 しかし作ればすぐに売れてしまう事、王国武器屋のナーサスから仕入れの依頼がある事から、工房に武器が一つもないという状況となってしまうのだ。

 他の武器を見てこれから作られる魔剣の参考にしたかったようだがこればかりは仕方がない。


 まずはどんな魔剣にしようか。

 コーヒーを飲みながら以前描いたたくさんの武器の絵を見せ、また、これまでに作ってきた魔剣や改造した聖剣の記憶を見せつつ、ダルクの魔剣のデザインを相談し始める。






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 聖騎士訓練場へと千尋達が戻って来たのはそれから四日後。

 魔剣テンペストを携えたダルクは嬉しそうにそのド派手で装飾過多な魔剣をみんなに見せつける。

 千尋の好みをこれでもかという程に盛り込んだ、暴風を思わせる魔剣にリゼも少し苦笑い。

 千尋とリゼが作るのであれば装飾がこれ程多くなる事もなく、心から美しいと思える魔剣となったであろう。

 ダルクが嬉しそうにしているので問題ないとは思うのだが、見た目は暴風を表現したデザインに装飾を必要以上に加えた鏡面仕上げ。

 色は全体を青と紫のグラデーションとし、金色の刃と装飾にガードの中央には大きな緑色の宝石をデザインしてある。

 薄く加工された刃の切れ味は確かなものではあるが、波打つ刃は斬りやすさを無視しているように見てとれる。

 今回魔剣の名前をテンペストとしたのは、魔剣の能力に暴風を付与した事から魔剣暴風テンペストと名付けたいとダルクが決めたものだからだ。

 見た目も能力も名前もテンペスト。

 何も違和感はない。




 この日から千尋とダルクを加えての訓練となるが、千尋が剣を振るえば一対一では相手をできる者がいない。

 蒼真でさえまともに戦う事ができない千尋だ。

 精霊魔導を駆使して魔剣を持つ精霊を押さえ込み、千尋の双剣と斬り結ぶ。

 一振りの刀で四刀流を抑え込める朱王はやはり異常なのだ。

 ある程度戦えるようになるまではと双剣から始める事にした。


 ダルクの相手はエレクトラがしてくれるようだ。

 同じ風属性の使い手であり、魔剣に慣れないであろうダルクと精霊魔導の出力を上げたいエレクトラ。

 一国の王女と剣を交えるのには抵抗はあるものの、ヴィンセントも認めるエレクトラの強さであればダルクとしても手加減などいらない。

 それどころか全力で挑んでもどうなるかわからない相手だ。


 二日前からはザウス王とレオナルド、レミリアも訓練に参加しており、まだ昼前だというのに憔悴しきっている。

 それもそのはず、訓練漬けだった者たちが死闘を繰り広げていた中に訓練不足の三人が放り込まれたのだから。


 また、クリムゾン月華部隊となる勇飛は魔獣狩りのクエストに出ているが、千尋が戻って来たら連絡してほしいとの事で通話にて呼び戻す事にした。

 どうやら勇飛の訓練に付き合って欲しいらしい。

 すでに相当な範囲の魔獣を狩っているらしくいつ戻って来てもいいそうだが、またしばらくクエストに行けないならとギリギリまでは狩りを続けるとの事だった。

 クエストを受けなくてもお金には困っていないだろうが、冒険者としてクエストはしっかりとこなしておきたいのだろう。


 夕方には勇飛達が戻り、翌日から勇飛との訓練を開始する事となる。






 それから二日後。


 朱王は北の国大王領から魔王領へと移動するとの連絡があった。

 これは各国の王達にも伝えられており、魔族領の動向に一層の警戒を強める事となる。


 また、調査に出ていた聖騎士達からもすでにいくつもの報告があがっており、そのうちの一人、聖騎士ハイドの隊が魔族と接触し戦闘となったそうだ。

 その魔族のうち、今回は大隊長と呼ばれる者がいたらしく、これにハイドは苦戦を強いられたものの見事勝利をおさめたらしい。

 ただし手加減できる相手ではなく、捕らえる事ができずに死なせてしまったとの事。

 他の魔族の部下は四名捕らえたものの、その他八人も死んでしまったそうだ。

 そこはザウス王国から北東に竜車で三日程移動した場所にある村で、そこに住む村人を捕らえていたところにハイド隊が遭遇したとの事。

 捕らえた魔族から人間を捕らえてどうするのかと聞き出そうとしたものの、どれも一般の魔族という事で理由は知らないのだという。

 他にあがった報告といえば小さな村や集落が無人になっていた事だ。

 やはりハイドが遭遇した村と同じく、人々は拐われたと考えていいだろう。


 クリムゾンの部隊でもザウス王国よりも東方面の森や山中に魔族の姿を見ており、それを追うもいずれも見失ってしまったとの事。

 どこかに隠れる場所があるのかもしれないが、深追いして危険に晒される必要はないとしてサフラからはその周辺の警戒をするよう指示を出している。

 わざわざ危険をおかして探さなくとも魔族の動きを抑え込む事はできるだろうとの考えからだ。


 他にはノーリス王国やウェストラル王国でも魔族の襲撃があったとの事。

 すでに人間領内に魔族は入り込んでいるようだが、それほど強い魔族でらなかったらしく大事には至っていない。

 今後はどこに魔族が潜んでいるとも限らない為、四日後には各国で国王達から伝えられる事になった。




 翌日には蒼真とアイリ、ミリーとエレクトラは【ヴァイス=エマ】へと移動を開始する。

 エルフの女王であるクラウディアから、数日のうちに赤子が産まれそうだと連絡が入ったのだ。

 産まれてすぐに魔力に目覚めさせる必要がある為、荷物とお土産を積んですぐに出発した。


 千尋とリゼはまたアルテリアに戻り、他の街や村から戻って来ている冒険者達の装飾依頼を受ける事となる。

 アルテリアに戻った時にはすでに多くの冒険者が集まっており、装飾の予約だけで三十を優に超えてしまった程だ。

 今後もまだ増えるとの事で一日に一つずつなどと悠長な事は言ってられず、千尋とリゼで別々に担当する事にしてアシスタントに他の街から帰ってきたルーンパーティーに依頼した。

 以前グリーンランク昇格の審査に同行したのも少し懐かしい記憶だが、今では彼らもシルバーランクに上り詰めるまでに成長しており、多くのクエスト達成よりもしっかりとした訓練こそがランクアップの近道だと彼らは語る。

 戦闘訓練だけでなく魔力制御訓練も欠かさず行っている事から、リゼ程ではないとしてもアシスタントとしても充分な制御が可能だ。

 ルーンとチュリが最初の二週間。

 その後は恋人となったカールとアザレアに二週間。

 彼らの報酬として武器の装飾を無料で行う事としてある。

 装飾依頼料金が約一月で稼げると考えれば破格の依頼だろう。

 他の冒険者達に比べても飛び抜けた能力があり、ハウザー達に届くであろう程の練度がある。

 彼らにも国王からの発表がある前に魔族の話を説明して飛行装備とリルフォンを渡し、充分な実力があると判断して精霊魔導師となる強化もする事にした。






 その後……


【人間領に危機が迫っている】


 これまで噂としてだけ伝えられていた魔族の話を国王の口から伝えられたのだ。

 ザウス王国が襲撃を受けた。

 クイースト王国も襲撃を受けた。

 そしてゼスでは魔族が捕らえられた。

 そこにノーリスやウェストラル王国でも襲撃を受けたとなれば噂が噂ではなくなり、そして国王から伝えられればそれが真実なのだと知る以外ない。

 伝説上その力が人間を上回るものとされている為絶望を覚える事となる。


 しかしウェストラル王国、ハロルド国王のファーブニル討伐を見ている国民達は国王への信頼は揺るがない。

 魔族の襲撃を受けた際にも映像を録画しており、国王の発表の後にその映像を放映。

 国王は戦うこともなく王子王女達が一対一での戦いに勝利し、その強さを国民達に知らしめる事となる。

 それをまだ幼いルファ王子でさえもその力を示してみせ、自分の力はまだ聖騎士には遠く及ばないと告げると王国が揺れるほどに湧いた。


 これに負けじと各国でも国王、聖騎士ともに力を示す必要があるだろうと動き出す。

 この危機が迫っている時に狩りに出ている場合ではないのだが、国の士気を高める為にも高位魔獣の討伐を宣言。


 超級魔獣に挑んだのはゼス国王だけなのだが、巨獣【ガルム】を相手に竜人化して圧倒した事で絶対的支持を得る。


 クイースト国王は【ティラヌス】と呼ばれる水棲魔獣を討伐した。

 これは伝説上存在したとはされていたものの、人間領から遠く離れた湖で発見された事から難易度も驚異も知られてはいない。

 倒す予定だった上位魔獣を餌として食っていたところを偶然発見して討伐したのだ。

 上位魔獣をも餌として捕食できる個体ともなれば、それを討伐したとあればその力を誇示するのに充分と言えるだろう。


 ノーリス王国では竜族とエルフが住む谷【ヴァイス=エマ】との交友が始まっている。

 ノーリス国王もヴァイス=エマを訪れており、魔獣を倒して国民に力を示したいと竜人達に相談したところ、雷竜であるルエが相手をしてくれるとの事。

 ところが竜人ルエは見た目は小さな女の子。

 それでは力を示せるかどうか怪しくも思ったのだが、ルエが放つ雷魔法は人間の考える魔法というレベルではない。

 自然災害をルエという個人の意思によって巻き起こされるのだ。

 さすがに勝つ事はできないが、竜人に決死の覚悟で挑むノーリス国王の姿は国民達に熱くするものを感じさせる。

 体中から煙をあげ、大量の血を流しながらも立ち上がる国王は少し考える。

 超級魔獣の方がまだ余裕があったのではなかろうかと。

 しかし挑んでしまった以上は力を示すまで。

 歯を食いしばり、聖剣を振りかざしてルエに立ち向かう。


 ザウス国王はこの時少しだけ後悔していた。

 魔獣狩りを進めていた為周囲に魔獣がおらず、勇飛達の手によって上位魔獣もすでに討伐済みだ。

 超級魔獣も今はザウス王国周辺にはおらず、力を示そうにもその対象がいない。

 聖騎士訓練場には国王の実力を上回る強者が大勢おり、それらを相手に訓練して見せたところで自分がやや劣勢となってしまうだろう。

 やむを得ずザウス国王は一つパフォーマンスをする事にした。

 一度千尋の工房に立ち寄って魔法陣の組み替えを頼み、飛行装備のバックルには上級魔法陣アクアを、貴族用ドロップには下級魔法陣ウォーターを組み込み、精霊ウィンディーネとも契約した。

 その後王国から東に数キロ離れた位置に降り立ち、上級魔法陣アクア、上級魔法陣ブリザードを発動し、全力の精霊魔導で巨大な紫色の氷柱を生み出す。

 契約したばかりの精霊ウィンディーネではあったが、上級魔法陣アクアと暴水のおかげもあって思った通りの魔法を錬成してくれたようだ。

 王国のどこからでも見える氷柱。

 天へと突き上がる氷柱はこの世のものとは思えないほど異質に映る事だろう。

 それがザウス国王個人の魔法であると考えれば、その魔法の強大さも驚異と言えよう。

 これをもってザウス国王は自己の力を誇示しようと考えたようだ。

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