第229話 朱王が行く
魔人領へと出発した朱王、朱雀、カミン、フィディック、アリス王女、セシールの五人と一精霊。
カミンの運転する車はゼス王国を北へと向けて進み、北門から東へ抜けてクイースト王国を目指す。
途中昼休憩を挟む以外はどこにも寄る予定はない。
助手席には朱王とフィディックが乗り、運転するカミンも気分良さそうだ。
後部座席では映画を楽しむ朱雀をはじめ、アリスとセシールもジュースとお菓子を両手に持って興奮しながら観入っている。
北門の街に到着したがここにも立ち寄るつもりはない。
ゆっくりとその街の景色を見ながら車を先へと進めていく。
後部座席で観ていた映画を停止して、三人も外の景色や行き交う人々を見ているようだ。
この時期はまだノーリス王国の方は見られず、獣耳をした者はいないのはまだノーリス王国へと渡る橋が川に沈んだままなのだろう。
途中でフィディックと運転を交代してまた車を走らせる。
この日は少し空模様が怪しく、街道から少し外れた位置に車を停めて、車内で弁当を食べる事となった。
車の仕掛けを作った朱王からの指示で食事の準備を始める。
アリスとセシールに両端に寄ってもらい、朱雀もアリス側へ、朱王は朱雀とセシールの間へと座る。
そしてフィディックが助手席へと座り、運転席を前方へとスライドさせ、カミンとフィディックが座る助手席を回転させる事で後方を向く事ができる。
その後運転席も回転させて助手席の位置まで移動すると対面式の座席となるのだ。
朱王は運転席へと座って席の準備は完成。
今度はルーフの取手を引き下ろすことでテーブルが降りてきて準備は完了だ。
車の後方に設置された冷蔵庫から弁当を六つ取り出し、レンチン魔法で温めてから全員で食べる。
ゼス王国の料理人アルフレッドの腕も確かなもので、美味しさから思わず笑みが溢れるようだ。
美味い弁当を楽しみ、お茶やお菓子で一息ついたらまたクイースト王国へ向けて出発する。
その後も特に語るようなトラブルもなく順調に進む事ができ、夕方には朱王の邸に到着し、車庫に停車したらカミンは朱王を出迎える。
「おかえりなさいませ、朱王様。長旅お疲れでしたでしょう。お風呂をご用意致しますのでまずはお部屋でおくつろぎくださいませ」
「おかえりなさいませ。お荷物をお持ちします」
「相変わらず固いねーカミンもフィディックも。君達も一緒に来たんだから一休みしなよ」
朱王はそう言うものの、カミンとフィディックとしてはそうする事はできない。
「当邸は朱王様より私が預かり、おもてなしをする為に管理している場にございます。私とフィディックが休む為のお邸ではありません」
「ま、カミンはそう言うよね。じゃあこうしよう。君達も私と一緒に風呂に入って美味しいご飯を食べよう。できればお酒にも付き合って欲しいとこなんだけどねー」
「お心遣い感謝致します。お酒以外でしたらご一緒させて頂きたいと思います」
朱王の指示とあれど邸では一切の酒類を飲むつもりはないカミンだ。
「あーあ、また一人酒か…… あ、それなら魔人領では一緒に酒飲もうね!」
「はい。その際は喜んでご一緒させて頂きます」
ゼス王国では酒を飲み交わしたカミン。
朱王は誰かと一緒に酒を飲むのが好きであり、クイースト王国の朱王邸以外であれば共に酒を飲むつもりだ。
ここクイースト王国では魔人領へと運ぶ魔道具類のお土産を積んでいく事になる。
翌朝には国王に挨拶をして、王城の倉庫から車へとお土産と荷物を積み込んだ。
この魔道具類は研究所の所員達が飛行装備のお礼にと喜んで用意してくれたとの事。
どうやら国王は研究所から献上された飛行装備を、有効活用するようにと
国王は朱王と話しがあると別室へ、カミン達は集っていた聖騎士と共に客室で待機する事になった。
以前聖騎士達とも仲良くなっていたアリスとセシールは楽しそうに話をしていたが。
それから三日程クイースト王国に滞在し、朱王はクイースト王国での仕事を片付けていたようだ。
仕事だというのに今回は珍しく朱雀も一緒していたが、朱王と一緒に美味しい昼食を食べようとついて行っただけのようだ。
アリスとセシールはまた少し観光ができると喜び、クリムゾンから何人か同行する者をつけている。
二人には人間の護衛などは必要ないが、女性のお供が一緒であればまた楽しめるだろう。
カミンとフィディックは邸の管理と手入れが仕事の為、この短い滞在期間中はしっかりと頑張っている。
クイースト王国からの出発はカミン達も名残惜しく感じているようだ。
以前の魔人領への旅立ちの際には、任務の重要性からそれ程名残惜しいと思う事もなかったようだが、こうして車を走らせながらだと寂しさと言うのか少し思うところもあるのだろう。
運転する朱王はクイースト王国が見えなくなるまで少しゆっくりと車を走らせていた。
しばらく草木生い茂る草原を進み、しばらく行くと広大な林が見えてくる。
ここからが魔人領西の国の領地となるのだが、ここからは思うように進めなくなってしまう。
やはり木々が立ち並ぶ林の中は車を走らせるのが難しく、速度も歩きと変わらないかそれよりも遅くなってしまうのだ。
広めの獣道を選んで進んでも木の根や切り株、倒木など多くある為進みにくさは変わらない。
少し考えた朱王は北にある断崖を走ろうと提案しする。
道無き道を進み、車が通れない場所などは朱王が木を斬り倒して進んでいく。
西の魔族がこの斬り倒された木を見て不可解に思わないか心配ではあるのだが、朱王がする事であればそれは全て正しい事と思うカミン達は何も言う事はない。
林をしばらく進んで断崖へと進路を変えたところで朱王から指示が出る。
「ねぇフィディック。どこにいるかわかんないけどトビーを探して来てくれないかな。リルフォンで熱源感知に切り替えて人型を探せば見つかると思うから」
「何をなさるおつもりですか?」
「この辺にトビーの家でも作ってあげたら彼も喜ばない? 道具ないし小さな小屋みたいなのしか作れないけどさぁ」
朱王はトビーの事を覚えており、家も持たずにこの辺に住んでいるのであればと家を作ってやろうと思ったようだ。
「トビーの為に朱王様が…… トビーも喜ぶと思います! 探しに行って参ります!」
「フィディック、私も探しに行きましょう」
「我も行こうかのー」
朱雀も暇をしたくないのか探しに行くようだ。
アリスとセシールは朱王の小屋作りを見学したいとこの場で待機する。
カミン達は北の断崖壁面に近い位置から上空へと舞い上がり、熱源感知に切り替えてトビーを探し始める。
この広い林の中を探すのは時間がかかりそうだが仕方がないだろう。
しばらく探していたが人型の熱源は見つからない。
朱王からの着信で昼だと気付き、食事をしようとの事で戻る事となった。
先程いた位置から断崖に向けた一本道となるように木が斬り倒されており、枝を処理された大量の木が積まれている。
その一本を椅子代わりに弁当を食べるようだ。
「やっぱり見つからない? ここ広いだろうしそう簡単に見つかるとは思ってないけどさぁ」
「トビーどころか人型の熱源も見当たりませんね。ある程度低い位置まで降りないと形状もわかりませんので相当な時間がかかるかと……」
「そっか。高い位置から探した方が探索範囲も広がるね。ちょっとズーム機能でも作ろうか」
そう言った朱王はリルフォンにまた新たにズーム機能を作り込む。
少し特殊な機能となるらしく、朱王が直接魔石に付与する必要があるとの事。
目の前に魔法のレンズを作り出す事で望遠機能を持たせる事が可能なのだそうだ。
それと午前中に見つからなかったのであればある程度離れた場所にいるかもしれないという事で、トビー用の飛行装備とリルフォンを受け取っていた。
午後からまたトビー探しに戻り、倍率は最大二十倍となったズーム機能で空の高い位置から探索が可能となった。
上空500メートル程の高さから熱源を探し、見つかり次第拡大してその形状を把握するという方法で探す。
午前よりも格段に探索範囲が広がったと言えるだろう。
結局この日トビーは見つからず、夕食はクイースト王国から持ってきた弁当で済ませる事となった。
外はまだ少し肌寒い為、テントを張って寝袋も用意する。
モニターを出して映画を観ながら酒を飲み交わし、野営一日目から楽しく過ごしていた。
トビーが見つかったのは翌日の事だった。
人型の熱源が唯一トビーだけのもので、他の魔族はこの辺りにはいないようだ。
見つかったトビーに話を聞いたところ、以前は見る事のあった他の魔人達を全く見なくなり、不思議に思って村へと帰ってみたそうだが誰もおらず廃村のようになっていたとの事。
もしかしたら魔貴族の呼び出しがあったのかもしれないと言うが真相は定かではない。
トビーに飛行装備とリルフォンを渡し、脳内ダウンロードと少し飛ぶ練習をしてから野営地へと戻る。
やはりトビーも感激に涙していたのは魔人族故だろう。
朱王の仕事はやはり早く、昨日集めた木を乾燥処理して加工を始めていた。
昨日は木の伐採の後は断崖付近で大量の石を集めて運び、地面の整地作業を行なっていたがこの日は木の加工をしていたようだ。
「朱王様、トビーが見つかりましたのでお連れしました。トビー、ご挨拶を」
「お久しぶりです、トビーです。こうしてお会いできて嬉しいです。あの、こちらには何を……」
「やあトビー。ちょっと北の国に行く用事があって通りがかったんだよ。君にはカミン達がお世話になってるから、家という程の物は建てられないけどせめて小屋をくらいは作ってあげたくてね。住み心地は良くないかもしれないけど雨風はしのげるだろう?」
「小屋でも雨風は…… ってええ!? 朱王様自らオレなんかの為に!?」
「北に君を連れて行ってもいいんだけど、西の国の民だろうから北の大王もどう思うかわからないからね。とりあえず今から建てる小屋は君との友好の証として受け取ってくれればいいよ」
「朱王様。私とフィディックもご一緒させて頂いても?」
「うん、助かるよ。朱雀はなんか魔獣でも狩ってきてくれる?」
「うむ、任せるのじゃ。朱王なら美味い料理を作ってくれるじゃろうしのぉ」
主人である朱王に料理をさせても良いものかと考えるのはカミン達だろう。
確かに朱王が作る料理はカミンが作るよりも遥かに美味いのだが、主人に料理をさせてしまっていいものかと戸惑いの表情だ。
「私も料理は得意だから期待しててね」
それでも朱王は料理好きなので問題はない。
朱王との作業は的確な指示もあって順調に進んでいく。
木の乾燥ではカミンが水分を絞り出して朱王が熱を加える事で急速に乾燥させるのだが、木の乾燥時に起こる割れを防ぐ為に圧力もかけながら熱している。
そしてこの乾燥した木材をフィディックが皮剥ぎ作業を進めていく。
専用の工具はないのだが、車に積んであるミスリルナイフに下級魔法陣グランドを組み込んだ事で用意に作業する事ができるようだ。
それでも力仕事になる為フィディック一人では大変そうだ。
ところがフィディックの作業を見ていたアリスとセシールが手伝い始め、楽しそうに作業を進めている。
「この二人は誰なんだ?」とフィディックに問いかけたトビーは二人が王女と守護者と聞いて青ざめていたが。
乾燥させた木材の準備も整い、
長さを整えた丸太を束石に突き刺し、角材として加工した土台材を敷いて形を作り、その上に板に加工した床材を敷き詰める。
土台材に盛り上がりがあるため全てが平らではないが小屋の床が完成。
ここに丸太を組んでいき、長さを整えられた丸太の両側に次の丸太を受ける溝を削り込んで積んでいくのだ。
窓を三つとドアを一つ作る為、加工した枠をはめ込む事で丸太と固定。
約2メートル程積んだ丸太の上に屋根枠を固定し、徐々に短くなるよう両端を斜めに切った丸太を積み上げる。
屋根材には表面を焼いた木を利用して耐水性をもたせてあり、この日は屋根板を固定して小屋の形が完成したところで作業を終えた。
朱雀様は屋根材を固定し始めた頃には戻っており、美味しそうな肉が良かったとの事でずいぶんと探し回ったようだが、ロックボアという強固な皮膚を持った魔獣を仕留めてきた。
皮膚は硬いが鍛えられた肉と適度に蓄えられた脂肪が美味しい魔獣だ。
小屋作りの作業の合間に朱王が血抜きなどの処理をし、カミンも肉の洗浄などをして美味しく食べられるように協力している。
ボア肉のステーキと角煮、雑炊が夕食に並び、誰もが無言で口に運ぶほどに美味い料理だった。
特筆すべきは角煮だろう。
普通の鍋で作っていたが、魔法で圧力をかけながら熱を加えた事で、ホロホロと崩れる赤身と滑らかな脂身が舌の上でとろける、朱雀も絶賛する一品だった。
翌朝も昨夜の残りの角煮と新たに炊いたご飯で朝食とし、昨夜よりも味の濃くなった角煮で食べるご飯はまた格別。
大量に作ってあった角煮も全部平らげてしまいました。
残ったボア肉でまた作ってもよかったのだが、当面のトビーの食料として燻製にしようとの事。
昼にはその燻製の味見をするので全員に我慢してもらう。
小屋作りも残すところ扉と窓作り。
扉は木の板を貼り合わせて作ればいいが、窓はガラスもないので明かりを取り込む機能も欲しいところだ。
それほど難しいものでもなく、朱王の設計に合わせてカミン達五人で作業を進めていく。
朱王は簡単に家具を作ると言いベッドや椅子、テーブルを作るようだ。
作った扉を取り付け、窓の方は木板を数枚使って作ってあり、横にスライドすると一枚おきに配された板が開いて光を取り込めるようにしてある。
それほど大きな作りではないが、山中に建てられるような丸太小屋が完成した。
室内には朱王が作ったベッドとテーブルが置かれ、部屋の隅には小型のモニターまで設置されており、クイースト王国の映像を受信できるように調整してあるそうだ。
他には家に必要な魔道具をいくつか置いていくことする。
「こんなに立派な家をオレがもらってもいいんですか!?」
「うん。外で寝起きするよりはずっとマシでしょ? 使ってよ。それにもしかしたら今後人間領と北の国の行き来があるかもしれないから、ここを野営地にさせてもらえると助かるしね」
「野営地は、はい、歓迎させてもらいます。せっかく皆さんが作ってくれた家だし、もし魔獣が現れてもここは守りきってみせます!」
それほど多くはないとはいえ魔獣のいる西の国領地である為魔獣に襲われることもあるだろう。
「トビー、お前弱いだろ。本当に守れるのか?」
フィディックが言うようにトビーは戦闘ができるようには見えず、マーリンにあっさりと捕まった事もあり抵抗した形跡すら見当たらなかった。
それでも食料となる獲物を狩るくらいならできているようだが、大きな魔獣が相手であれば到底勝ち目はないだろう。
「い、一応火魔法で戦うくらいはできるし、死ぬ気で戦えばなんとか……」
「んー、火属性ね。トビーが契約できるかわからないけどまぁいいか。はい、これあげるよ」
朱王が差し出したのは先ほどまで家作りに使っていたナイフであり、強化して火属性魔法陣も組み込んだものだろう。
朱王は簡単にあげるよなどとは言っているが、このミスリルナイフであれば3,000万リラはくだらないものであり、擬似魔剣化ともなればその価値は計り知れない。
「こんな綺麗な武器までもらっていいんですか!? 魔貴族様でも持ってねぇようなこんなに綺麗な武器を!?」
「トビーも大袈裟だなぁ。その武器は人間領では一般的な武器だから気にしなくていいよ。それより精霊契約したいからさぁ、地面にこの魔法陣をナイフで描いてよ」
残念ながら人間領でも一般的な武器ではないのだが。
トビーは朱王に言われるがままに魔法陣を描いて呪文を詠唱すると、火属性精霊サラマンダーが召喚されたが…… すぐに逃げてしまう。
「あ、やっぱり。朱雀、お願いしていい?」
「うむ。面倒くさいしの」
再びサラマンダーを召喚し、また逃げ出そうとしたところを朱雀様が捕まえて命令すると、サラマンダーは恐る恐るトビーに近付いて契約を済ませた。
戦い方を知らなくても精霊魔導師であれば魔獣にとってある程度の脅威にはなるのだが……
「朱王様。トビーに少し戦い方を教えたいのですが許可を頂けませんか?」
「じゃあフィディックはトビーにある程度教えたら飛行装備で追いかけてきてね。こっちは車だからそれほど先に進めないと思うしさぁ」
「はい、ありがとうございます」
フィディックが教えてくれるのであれば心配はいらないだろう。
このあと家に魔力鍵の登録をして全て完成。
昼食をとったら出発とする。
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