第227話 ただいま

 キャンプを終えて翌朝。

 この日から少しの間ザウス王国で過ごす事になる。


 魔族の事も話し、ハウザー達にも飛行装備を渡してあるので一緒に向かう事にした。


「オレはバイクで行くがな」


「えー、ズルい! オレもバイクで行く!」


 もともとはお土産も積んであるという事で車に乗って行くつもりだったのだが、蒼真と千尋がバイクで行くのであればハウザー達は後部座席であっても車に乗ってみたい。

 ミリーが運転席に乗り、エレクトラとウェルが助手席に、ハウザー達四人は後部座席で映画を見ようと乗り込んだ。

 千尋とリゼはヴェノムに跨り、蒼真とアイリはゼノンに乗って出発だ。




 バイク二台は風を切ってスピードを出しながら進んでいくが、まだ調整の甘い車はスピードを出すと少し揺れが大きい。

 車酔いするのも嫌なのでバイク組は先に行かせて自分のペースで進む事にしたミリーである。

 ウェルは憧れのミリーとも話せて嬉しそうに、エレクトラもウェルの修行の話を聞いて楽しそうだ。

 後部座席メンバーも映画を楽しんでいるなので、それほど急いでほしくはないだろう。




 ミリーの運転する車は一時間半ほどかけてザウス王国の市民街へとたどり着いた。

 バイク組はお菓子を食べながら待っていたが。


 市民街をゆっくりと進み、どこに寄ることもなく真っ直ぐに聖騎士訓練場へと向かった。




 聖騎士訓練場前に着くと門の前にはテイラーとワイアットが待っており、門を開けて訓練場内の空き地に車やバイクを停めさせてもらう。


「テイラーさんただいま戻りました!」


 テイラーと仲の良いアイリがバイクを降りて真っ先に駆け寄った。


「おかえりアイリ。元気そうで良かったよ。みんなもよく帰ってきたな」


「やっほー。テイラー久しぶり! ワイアットもおっひさー!」


「皆久しぶりだな。また会えて嬉しいぞ。エレクトラ様とミリー様もご無沙汰しております」


 車から降りてきた二人も挨拶を返し、久しぶりの再会を喜ぶ。


「ワイアット。腕は鈍ってないだろうな」


「試してみるか? ヴィンセント様に稽古をつけてもらい始めてから自分でも驚くほどに上達しているつもりだ」


「ふっ、いいな。早速訓練しようか」


「望むところだ!」


 蒼真とワイアット、またこの暑苦しい二人は仲良さそうに訓練に向かった。

 そんな二人は放っておいて、テイラーの案内に従ってお土産を持ってあとに続く。


 案内されながら少し話を聞くと、現在聖騎士の半数以上が隊を率いて王国各地の街や貴族領へと調査に向かっているそうだ。

 王国の偵察部隊、クリムゾンの偵察部隊、そして各地にいる冒険者達から情報を集めると、各地にある小さな村や集落から人が消えている事が判明。

 どこも小さなところであるがために近隣の街との交易も少なく、たまたま通りかかった冒険者が気付いたり偵察部隊が直接様子を見に行った際に気付いたりと、発見が遅くなってしまっているようだ。

 最初は盗賊などの仕業かとも考えられていたのだが、人々が殺された形跡や争った様子もない事から、何者かに拐われたのではないかと予想される。

 その拐って行った者達が魔族ではないかとの見解から各地に聖騎士を派遣して対処に当たらせているそうだ。




 案内されたのは訓練場にある応接室。

 そこには聖騎士長ロナウドと聖騎士ダルク、聖騎士ワットと剣豪ヴィンセント、クリムゾン総隊長サフラと副隊長ハクアの六人が待っていた。


「皆、久しぶりじゃのぉ。こうしてまた会えて嬉しいわい」


「ロナウド様、ただいま帰りました!」


「むっふっふ。リゼとはリルフォンで連絡をとっておるから久しぶりという感じはせんがな。直接会うとまた違った喜びを感じるものじゃ」


 ロナウドとリゼが再会の挨拶を交わし、各々挨拶を交わしながら再会を喜び合う。

 ヴィンセントとエレクトラ師弟もこれまでの旅の話に盛り上がっている様子。

 ミリーとハクアも義親子? の再会に嬉しそうだ。

 アイリはテイラーとの話が尽きないようで今もまだ盛り上がり、ダルクは蒼真とワイアットがいない事に気付いて訓練場へと走って行く。


 残った千尋とサフラが向かい合う。


「サフラ。よくよく考えてみるとオレ達あまり接点無かったんじゃない? みんなみたいに再会をどう喜んでいいかわかんないや」


「ははは。千尋は相変わらずだな。そんなはっきり言われても…… でも確かにそうかもしれない。蒼真とはよく一緒してたんだけどね」


 苦笑いするサフラだが、実際千尋とそれほど触れ合う事もなかったなと思い返す。

 サフラとしては主人である朱王と同じように何でもできてしまう千尋に対して好感を持っているが、朱王と話す事が多く千尋とは言葉を交わす事も少なかった。

 千尋もサフラの事は優しさと強さを持った好青年であると認識しており、男の自分から見てもかっこいいと思わせる人物である。

 お互いに好印象を持ち、周囲の絡みもあって接点が極端に少なかった二人が再会をどう喜ぶべきなのか。


「なんだかなー。みんな嬉しそうに再会してるしオレも再会を喜びたいなー」


「私はまた千尋と会えて嬉しいと思ってるんだけどね。んー、それは喜びを表現したいとかそういう事かな?」


「うーん。そうなのかな。とりあえずハグでもしてみる? 久しぶりーみたいな感じで」


「よくわからないがそれで満足するなら構わないが」


 千尋としてもよくわからないが喜びを表現してみようと思ったらしい。


「よし。じゃあいくよ。久しぶりサフラ!」


「また会えて嬉しいぞ千尋!」


 ガッとハグする二人。


 その瞬間リゼとハクアは動き出す。

 リルフォンのカメラを起動させて撮影を開始。

 千尋とサフラの周りを歩き回りながらあらゆる角度から映像を記録する二人だった。


「何やってんだお前ら」


 一緒に来て待ち呆けのハウザーも呆れ顔だ。




 しばらく再会を喜んでからお土産を配り、調査に出ている聖騎士達の分も渡すよう頼んでおく。

 女性用の衣類が多く、テイラーもハクアもこのお土産にはとても喜んでいた。

 リゼはもちろん千尋用の女性服も複数購入しているが、着てくれる可能性は限りなくゼロに近い。

 男性用の服のお土産も買ってあったので、試しに着てみようかと部屋を変えて着替えをして見せあったりもしていた。


 そんな中でミリーが思い出したように声をあげる。


「そういえばキャンプが楽しみで言うの忘れてましたけど、朱王が北の国に着いたって言ってましたよ! 昨日は北の大王に謁見してたくさんお話ししたって言ってました」


「あのねミリー。それすっごく大事な話だからそういうのは早く言わないとダメよ?」


 人間領と魔人領の今後が掛かった重要な話であり、この場にいる誰もが朱王の動向を気にかけている。


「じゃあ今度からはそうします。えーとそれで、今日から大王領を自分が過ごしやすいように少し工事するとか言ってましたね。お風呂入りたいから銭湯を作るとかなんとか。洗浄魔法だけじゃ日頃の疲れはとれないだろうってお風呂について熱く語ってましたよ」


 相変わらず自由な朱王のようだ。

 相手国に着いて早々に自分の都合で銭湯を作る事にするとは。


「さすがは朱王さんです。魔人領の方々の為にも大衆浴場を設けようとお考えなのでしょうね」


「はい。朱王様はお優しいお方ですから」


「身や心を清め、洗い流してくれる風呂の文化を魔人領にも伝えようとは…… 武器も持たず、身体一つで向き合おうとする姿勢を見せようと提案なされたのだろう。本当に素晴らしいお考えだ」


 アイリを始めクリムゾンメンバーは相変わらず朱王贔屓なところは変わらない。


「それとモニター設置したから夕方からはお祭り騒ぎで楽しいって言ってましたね。魔人領のお酒も悪くないし今夜もカミンさん達と酒場に行くんだそうです」


「酒場に…… 魔人領の方々と交友を深めようという事でしょうね」


「酒を通じて大王や魔貴族だけでなく、領民達との距離を縮める事で魔人領の全体を見ようとしているのかもしれない」


「そうですね。領民の生活を知る事はとても大事な事だと思いますし、酒場は人々の本質が見えてくる場所でもあります」


「いや、あの、クリムゾンてこんななの? 朱王さんは単純にお風呂入りたいだけだろうし、お酒もみんなで楽しく飲みたいだけだと思うわよ?」


「リゼは朱王様の事を何もわかっていないな。常に誰かの為にと行動されるあのお優しい朱王様が、我欲の為に行動する事などあり得はしない」


 リゼが言うように朱王は間違いなく風呂に入りたいから銭湯を作り、楽しく酒を飲みたいから酒場にも行っているのだが、朱王を崇拝するサフラ達には全てが朱王の善意としてとらえられてしまう。


「ミ、ミリーはどう思う?」


「私は朱王を信じてますからね! 朱王は魔人領の方々を知る為に一生懸命頑張ってるはずですよ!」


 グッと拳を握って言い放つミリーだが。


「酒場って綺麗な女の人がいる店かなー? オレも行ってみたいなー」


「千尋はダメよ!!」


「え!? え!? 綺麗な女性がいるお店なんですか!? いやそんなはずは…… 朱王に通話してきます!! コール!! …… ふおぉぉぉお!! 朱王、それは許しませんよー!?」


 朱王と通話しようと別室に走り出したミリー。

 信じているのではなかったのだろうか。




 しばらくして戻って来たミリーは笑顔だった。

 どうやら魔人領の酒場は、酒蔵のすぐそばにある建物というだけで店などではなく、自分で酒樽から注いで食べ物は持参するという酒を飲む為だけの場所らしい。

 そこにレイヒムが料理道具を運び込んで調理をする為、今はちょっとした酒場のようになっているそうだが従業員などはいない。

 今夜朱王が酒場で楽しんでいる映像を見せてくれるという事でミリーも朱王を信じて戻ってきたようだ。




 その後全員で訓練場へと向かい、蒼真とダルクの戦闘を見て千尋が一つ提案をする。


「ねぇロナウドさん。ダルクに魔剣作ってもいい?」


「む? 良いのか? 是非とも頼みたいが」


 擬似魔剣でありながら精霊魔導を駆使して蒼真の精霊魔法と戦えるまでに上達していたダルク。

 千尋が思わず魔剣作りを提案してしまう程にその技は洗練されていた。


「彼奴は儂も驚く程に成長してな。今では魔剣を持ったレオナルドを上回るほどの実力を身につけておる。まぁ国王様付きの護衛をしておるレオナルドは訓練できんし仕方がない事でもあるのじゃが」


「今後は王様も訓練させといた方がいいんじゃない? それならレオナルドとレミリアも訓練できるだろうしさぁ」


「そうじゃな。国王様も本当かどうかは知らぬが暇じゃと言うておったしそうするか」


 もし魔人領が攻めてきた場合を考えれば、聖剣や魔剣を持った者の鍛錬が不十分であればその性能を発揮できないだろう。

 最大級の戦力となる武器を持つザウス国王、レオナルド、レミリアの三人を今からでも鍛えておく必要はある。

 国の仕事を放って訓練するわけにもいかず、そこはリルフォンを侯爵達に配る事で分担してもらう事にし、国王は最小限の仕事量まで減らす事で時間を確保する事にした。




 そして魔剣作りを提案した千尋はダルクを連れてまたアルテリアに戻る事とした。

 リゼも千尋と魔剣作りがしたいと言っていたのだが、魔剣ルシファーを相手にした訓練は乱戦時に役に立つだろうと千尋が断った。

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