第226話 キャンプで
それから五日が過ぎ。
千尋とリゼはミスリル武器の装飾加工の毎日だが、キャンプは夕方からなので参加している。
二人は今後ヴァイス=エマに一緒に行く事ができなくなったものの、ミリーが産まれた赤ちゃんに魔力を与える為に行くのであって遊びに行くのではない。
期間はどれくらいになるかはわからないが、エルフも人間と同じく十月十日と言われているのでそれほど長くは滞在する事もないだろう。
その間に出来る限りの装飾加工を処理するつもりである。
蒼真とアイリ、ミリーとエレクトラは三日目くらいからはツーリングといってどこかに出掛けていたようだ。
風を感じ、自分の思うままにバイクを走らせれば、目的のない旅でもその走るという行為そのものが目的と言えるだろう。
道なき道を行き、魔獣を跳ね、川を渡り、ある時には虹を駆け、またある時には空を飛ぶ。
バイクは最高の乗り物だと蒼真は思う。
「なんか間違ってませんか?」
「いや、最高だろう」
「風になりましょうよミリーさん」
「スピードの向こう側を見に行きましょう」
本当に最高の乗り物だ。
話したい事もあってハウザー達も呼んでのキャンプとした。
このキャンプにはハウザーパーティーの新メンバーであるウェルも一緒だ。
ここ数日は王国聖騎士に会いに行っていたそうだ。
長身で逞しい肉体を持った冒険者で、どこかで見た事のあるミスリル製のガントレットを装備しており、そのガントレットと脚に装備しているレガースは師匠である勇飛から譲り受けた物らしい。
三カ月程前にアルテリアに来た勇飛に弟子入りし、わずか十日程度ではあるが教えを受けて今現在ではシルバーランクにまで上り詰めたという。
実力としては相当なものである事が予想される。
勇飛の弟子という事であればやはりヒーラーの冒険者であり爆破魔法の使い手だろう。
元々彼はアルテリアの街の回復術師の息子らしく、優れた回復魔法を持ち、人知を超えた強さを持つミリーに憧れて冒険者になったとの事。
街の冒険者達が呼ぶように、優しく、美しく、常に笑顔を見せるミリーを本物の女神だと思っていたそうだ。
その話を聞いて照れながらもミリーはご機嫌の様子。
肉好きの女神は今日も笑顔を絶やさない。
キャンプではテントを張ったり火の準備などを手際良く進めるハウザーパーティーに対し、何故か覚束ないように作業を進めるアマテラスのメンバー。
ハウザー達に手伝ってもらいながら、野営をした事がほとんどないと伝えるとやはり呆れられた。
野営をせずによく冒険者ができるなと言うが実際できているので問題はないのでは?
討伐依頼しか受けないのも大きな理由かもしれない。
ハウザーパーティーには用意していた飛行装備とリルフォンを渡してそれぞれ身につけてもらう。
この飛行装備も蒼真とアイリで作ったもので、元々ハウザー達の為に作ってあるので装備とも相性がいいようだ。
ウェル用のは用意していなかったのだが、まだ他にも何着かは作り置きがあった為、装備に合った物をプレゼント。
全員すぐに空を飛んでみたいとも思ったようだが、せっかくもらったのだからとまずはリルフォンを耳に着ける。
するとリルフォンの脳内映像に驚き、続く脳内ダウンロードが開始された事に戸惑いを隠せない。
その後リルフォンを試し、飛行装備で空の遊泳を楽しんでもらって食事の準備を開始した。
このキャンプではハウザー達にも今後起こりうる魔族問題について事細かに説明した。
アルテリアの冒険者は一度魔族を見ているので理解しやすいとは思うのだが、戦争が起こるかもしれないと聞かされればその表情は曇る。
人間領の全ての王国が絡んだ重要な話であり、全員が真面目に聞き質問しながら内容を受け入れる。
「まじかぁ…… あん時蒼真が苦戦してた魔族が下っ端なんだろ? そんなのが集団で襲ってきてオレ達で勝てんのかよ……」
「今のハウザーなら余裕だと思うがな。まだ会った事はないが大隊長クラスまでならなんとかなるだろう」
「うん。軍団長だっけ? あれとも戦えるとは思うけど倒すのは難しいかも」
千尋や蒼真でさえ軍団長クラスが相手であれば簡単に倒せるような相手ではない。
数をものともしない千尋が二人相手に倒しきれなかったほどの強さだ。
「その上に魔貴族もいるのか……」
「魔貴族は戦った事がないからな。デヴィル並みの強さと考えればオレ達も勝てるか怪しいとこだ」
「そのデヴィルすら初めて聞いたんだが」
「うーん、んじゃあデヴィル戦の時の記憶見る? リルフォン通せば三次元的に観れるし」
「リルフォンってそんな事もできんのか?」
「うん。記憶を保存するからちょっと待ってねー」
モニターに映す記憶とは違い平面映像に編集する必要がない為、ある程度訓練を積んだ千尋にとって記憶の保存はそれほど難しい事ではない。
しかし千尋の記憶とは言うが、千尋が見た記憶をそのままを脳内視野に映し出すものであり、全く戦闘する意思がないままに敵と相対する事となる。
実際に戦闘を行う必要はないものの、意思も覚悟も持たずに襲いかかられるのは恐怖でしかないだろう。
記憶の保存に集中する千尋を放置して、蒼真達は今の人間領側の情勢を説明し始める。
ある程度説明すると、ザウス王国に戦力を集中させるという話もすでに始まっているんだなと納得の表情。
どうやらハウザー達も王国聖騎士と訓練した事があるらしく、そこでヴィンセントやサフラと会ったそうだ。
「そういや勇飛は全然帰ってこねぇな。オレ達と一緒に王国に行ったんだけどさぁ、サフラと訓練始めてからは全然戻ってこねぇし」
「師匠は月華のメンバーでクエストに行ってるみたいですよ。なんでも王国西部の山中に避難経路を作る為の魔獣狩りだそうです」
「あー、そんなクエストならオレ達も行きゃあ良かったな。そこそこ稼げるだろうしな」
アルテリアが初心者の街となったのであればハウザー達は他の街や王国に拠点を移すべきだろう。
それなのに今もまだアルテリアにいて小さなクエストを受注しながら生活をしている。
もしかするとアルテリアを頼んだ事を、律儀にもアマテラスが帰って来るまではと待っていたのかもしれない。
今後は冒険者として気の向くままに生活を送ってもらいたいものだ。
しかし魔族との戦争を前にして彼ら程の実力者を手放すには惜しい。
自由であるはずの冒険者を縛るような事はしたくないのだが。
それを察したのかどうかはわからない。
「オレはザウス王国で戦うぞ。これはもう国だけじゃあない、人間全ての問題だ」
「私も戦うぞ。ここザウス王国は私達の故郷だ。魔族なんぞに奪われてたまるか」
ベンダーもアニーも王国の為に戦うつもりだ。
「リンゼ、いいか?」
「ええ。私も気持ちは一緒だもの」
「よし。蒼真、オレ達もこの戦いに参加するぜ。これはオレ達人間にとって絶対に負けらんねー戦いだ。この先何年も、何十年も、何百年かもわかんねぇ未来がかかってる。そうだな…… 身近に考えりゃあオレとリンゼの未来。へへっ。数年後にはオレ達の子供もいるかもしれねぇしな」
「おいやめろ」
「もうっ、ハウザーったらっ!」
蒼真が真顔で言い、リンゼが頬を押さえて照れ笑い。
「魔族との戦いが終わったら…… 結婚しようぜっ、リンゼ」
「…… うんっ!」
頬を赤くして笑顔で頷くリンゼだが、蒼真の表情はとても冷たい。
「お前わざとか? なんでフラグ立てるような事言うんだ」
「なんだよ蒼真。フラグとか意味わかんねぇ事言ってんなよ。まっ、オレもな、ザウスの王様の為に戦うのも悪くねーなって思ってんだよ。なんつぅかな、この王様について行こうってのはねぇんだけど、オレなんかでも支えになってやれねぇかなって思わせてくれる人だったからな」
ハウザーの言葉に頷くベンダーとアニー。
もしかすると聖騎士訓練場に国王が遊びに来ていたのかもしれない。
「僕もご一緒させてください!」
ウェルも戦う意思があるようだ。
千尋の記憶の保存が終わり、この場にいる全員に映像を送信すると各々再生を開始する。
千尋が保存したのはデーモンと遭遇したところから始まり、朱王がサディアスを倒し終えるまでとしているが、エンやガクとの契約を結んだ闇の世界は視界ではない為映像には残らない。
岩山から姿を現すデーモンにハウザー達は体が硬直したが、映像はどんどん進んでいく。
時間にして二十分程の記憶だったのだが、恐怖から始まっての期待と余裕、その後の絶望と恐怖、怒りと焦り、そしてまた絶望。
様々な感情を味わいながらも最後には期待と安心感で終わりを迎えた。
過去に経験した千尋達は辛かった、苦しかったといった思いはあるだろう。
それを記憶として見たエレクトラとハウザーパーティー。
これまで経験した事のない本当の戦いであり、殺し合いなのだ。
今後魔族との戦いともなればこれが現実となる。
そう考えると体が震えだす程の恐怖を覚えた。
「これが…… 魔族と戦うって事なのか?」
「んー、でもここまでの魔族はそんなにいないんじゃないかなー。サディアスは魔貴族の中でも相当強い方ってフィディック、魔族の友達が言ってたし」
「そもそも戦争になるのかもまだわからないしな」
「出来る事なら戦いたくはないが」
「人間族と魔人族での考え方の違いもありますし、相手の事を何も知らずに向き合ってしまえば戦争も起こりえるでしょう。ですが魔人族北の国とは和平を結ぶ事ができましたし、そう遠くないうちに東の国とも良好な関係を築けるかもしれません」
「朱王は人間と魔族が共存している世界を目指してますからね。戦う事は望んではないんです」
「でも西の国では人間領を攻め入る準備があるんでしょ? やはり戦争になるんじゃないですか?」
「朱王様は攻め入られるのであれば戦う事も辞さないと言ってましたわ。遥か昔より関係の築く事のなかった双方がお互いの主張を理解し合う事は難しいでしょうし、何よりも力を求められるという魔人族が相手では血も流さずに歩み寄る事は難しいでしょう」
「ふむ。どの王国も魔族と歩み寄るつもりで今は動いているが、あちらの出方次第では戦争に起こりえるとすれば仕方のない事だな」
「うん。まだどうなるかはわからないけど備えておいて損という事はないよ。オレ達は必要であれば戦うし、向こうが望むなら手を取り合う。何もせずに死んじゃうのは絶対に嫌だしね。世界が動き出すまではオレ達もできる限りの事をやっておこうよ」
朱王が魔人領に行っている今こそ危険な時ではある。
だが戦争においては情報の伝達が最も重要であり、各国にリルフォンがある事で魔人領よりも指示が正確に素早く伝えられる。
もし魔人領に動きがあった場合でもすぐに連絡を取り合う事ができる為、今はしっかりと準備を進めておくべきだろう。
夜遅くまで語り合い、寝袋に潜りながらそれぞれの思いを胸に眠りにつくのだった。
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