第216話 やっぱりお仕事
まだ陽が昇らない早朝。
千尋は邸の部屋で目を覚ます。
外はまだ溶けない雪のせいでテラスに出る事はできないが、広い場所という事で室内プールにテーブルと椅子を設置してある。
邸の執事ボルドロフがこの場所を案内し、コーヒーを置いて一礼する。
この後起きてくるリゼ達を待つのだろう、邸のロビーへと去って行った。
今日もいつも通りに全力で強化をしつつ、新たな魔力球を無意識下で制御できるよう意識を集中する。
「千尋、時間よ」
「ん…… おはよう!」
魔力制御訓練に集中する千尋は、名前を呼ばれるまで何にも反応しない。
毎朝決まった時間に声を掛けてもらう事で意識を現実へと引き戻す。
その後七時になると蒼真と朱王を起こしに向かい、朝食を摂って一日の活動を開始する。
この日の朝食も、城の一流料理人アルフレッドが作る創作料理はとても美味しい。
「今日も頑張らないといけませんねぇ」
「そうね、でも物作りって何だか楽しいわよね!」
「はい! 少しずつ出来上がっていくのを見ているとドキドキします!」
「完成が待ち遠しいですわね!」
「こっちは順調だが千尋達の方の進捗状況はどうだ?」
「それがまだ結構掛かりそうなんだよねー。エンジンに改良加えてるんだけど精度がなかなか出なくてさぁ」
そう、ここはゼス王国の朱王城。
ゼス王国に到着してすぐに始めた作業だが、今まで乗っていた車を魔人領に向かうカミン達へと引き渡す為、新しく車作りをしている。
この日もまた観光そっちのけで車作りに汗を流すのだろう。
作業着を着て朱王城裏にある開発室で、それぞれの担当する部品を製作していく。
千尋は朱王の教えを受けながらエンジン作りを担当し、以前の車よりも高出力で燃費のいいエンジンを開発中だ。
もし上手く作れなかったとしても、以前の試作エンジンのストックはいくつかある。
「成功よりも失敗から学ぶ事の方が多いからね。
これまでの朱王の失敗作を見ながら新型エンジンを考案、製作していく。
現在はその精度出しに苦戦中のようだが。
蒼真とリゼは部品のプレス加工を担当する。
プレス機は朱王特製のミスリルプレス機での作業だが、蒼真の魔法であれば苦労する事なく部品を製作する事ができる。
ただ金型が特殊でミスリル製の物を使用しており、図面に合わせて形状を変える必要がある。
図面を見ながら寸法を測定し、接着の魔石のミスリルを溶かす効果を利用して雄型を製作。
魔力を流せばその形状を変えられるのだ。
プレス機のクランプに固定して金型の準備は完了となる。
次に雌型となるのはミスリル製の巨大な容器と大量のミスリル粉末だ。
まずは器に取り付けられた魔石に魔力を流してミスリル粉末を平らにする。
平らになった粉末の上に加工する鉄板を敷き、雄型を吊り上げて上部に配置。
雌型を担当する方は魔石から器内の粉末に魔力を流し込む事で圧力を一定に保ち、雄型担当はグラビティで鉄板を一気に変形させる。
余計な部分を切り落とす事はできないが、リゼの技術があればミスリル工具で簡単に処理できる。
アイリとエレクトラは各部品の溶接を担当している。
蒼真と一緒にプレスを担当したいと言ったアイリだが、雷属性を得意とするアイリであれば溶接を担当した方が効率的だろう。
渋々始めた溶接作業だったが、自分の雷魔法で鉄の表面が溶けて接合されるのが面白いらしく、エレクトラと共に作業を進めていく。
ミリーは朱雀と共に組み立て作業を担当する。
「我は市民街へと行かねばならんのじゃがのー」と言いながらも真面目に組み立て作業をする朱雀。
ミリーと時々開発室を抜け出しては露店で買い物をして来たりもする。
部品が完成しなければ組み立てる事もできない為、進捗に遅れがないので問題もない。
ゼス王国に来てすでに一週間程となるが、まだまだ完成までは時間が掛かりそうだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ゼス王国で車作りを始めて十日目。
この日も朝から開発室に篭って作業を進める千尋達。
朱王城を訪れたカミン一行。
すでに入国を許可されていた為、城の玄関口へと空から舞い降りる。
「ようこそお出でくださいました、カミン様。それと魔人領からのお客様ですね。はじめまして。私、当邸の執事をしておりますボルドロフと申します。ただいま朱王様をお呼び致しますので邸内でお待ち下さい。ではどうぞ、こちらへ」
ボルドロフに促されて邸、朱王城へと案内される一行だが、共に来た三人の魔族は口を開いたまま驚愕の表情で固まっている。
カミンに引かれてロビーへと進んで行った。
カミン達が客室で待たされる事十五分程で、廊下から賑やかな若者の声が響いてくる。
朱王城のあまりの巨大さに、怯えきった魔人達は体を強張らせながらテーブルの一点を見つめているが、そんな事はお構いなしに部屋の扉が開かれる。
「フィディック! 元気だった!?」
客室に入るなり走って向かって行くリゼ。
それに続いてぞろぞろと蒼真達も歩み寄る。
全員作業着ではなく、着替えを済ませてから客室に来たようだ。
「カミンさん。久しぶり」
「皆様お久しぶりでございます。またお会いできて嬉しい限りです」
「お久しぶりです。皆さんお元気そうで良かったです。リゼ様はまた綺麗になりましたね」
いつも笑顔のカミンと、フィディックも緊張が一瞬で解けたのか、嬉しそうに挨拶を交わす。
カミンの後ろでアリス王女とセシール侯爵は震えながらその場に立つ。
「アリス王女様! アイリです! 覚えてますか?」
「セシールさん! うわぁっ…… すっごく美人さんじゃないですか!!」
「こうして直接お会いできて嬉しいですわ」
アイリは以前リルフォン越しにアリス王女と話をしていた。
それはセシール侯爵も同じで、ミリーやエレクトラと
人間魔人を気にする事なく話をしている。
「あ…… アイ、リ…… アイリー!! うわあぁぁぁあん!!」
「ふえぇぇぇぇんっ……」
と泣き出した二人の魔族。
よくわからないまま慰めようと近く。
カミンは何となくその気持ちを察したのか苦笑いしていたが。
「朱王様と千尋様はどちらでしょう。お二人のお姿が見えませんが……」
「ああ、あの二人ならもうすぐ来るはずだ。エンジンを組み込んでたから少し手が離せなかったんだ」
「なるほど。我々が車をお借りするので、新しく車を作っておられるのですね?」
今後魔人領東の国へと向かうカミン達は、朱王の車に乗って向かうのだ。
車にモニター用のミスリルや機材、他にも便利なアイテムを積んで向かう予定でいる。
各々席に座って談笑しながら千尋達を待つ事にした。
しばらくすると客室へとやって来る千尋と朱王。
組み付けが終わったのであろう、今後の試験運転などの話をしながら部屋へと入って来た。
「やっほー! カミンさん、フィディック久しぶり! あとお客さんこんにちわー!」
来客への応対としては0点だろう千尋の挨拶。
「待たせてしまってすまない。アリス王女とセシール侯爵、こうしてお会い出来て光栄だ。カミンの所属する組織の総帥をしている緋咲朱王だ。よろしく頼む」
朱王はまず魔人領よりの使者二人に挨拶する。
「おおおお招き頂き感謝する! 魔人領北の国、王女のアリス=ヘイスティングスででである」
「守護者の…… セシール=ローゼンです……」
守護者と同等の力を見せたカミンの主人、朱王を見て再び緊張するアリス王女と、その実力を動きから読もうと意識を集中するセシール侯爵。
そして笑顔のままカミン達へと視線を向ける朱王。
「カミン、フィディックはよく帰って来たね。君達のおかげで最高の成果を得られた。ありがとう。本当に嬉しいよ」
朱王が労いと感謝の言葉を告げると、椅子から立ち上がって跪く二人。
「ありがたき幸せ。今後更なる成果を出せるよう努力致します」
「あはっ。堅いなーカミンは。でもこの邸では君達も客人だ。ゆっくりしていってよ。部屋はボルドロフに案内してもらうとして…… 荷物は無いのか。じゃあカミンとフィディックは車の魔力登録しよっか!」
「「はっ!!」」
朱王に連れられて部屋を出るカミンとフィディック。
今まで乗っていた車をまた確認したいと、千尋と蒼真もついて行く。
取り残された王女と侯爵だが、ミリー達女性陣に任せるようだ。
朱王が部屋から出ると王女と侯爵もふうと息を漏らす。
「じゃあ私達はお買い物に行きませんか? お二人にドロップをプレゼントしたいです!」
「アイリがドロップ買ってあげるの? それなら私がセシール…… 侯爵の分を出すわよ」
「荷物が無いのでしたら服も必要ですわね」
「そうね! たくさん買いましょう!!」
「それならお菓子もいっぱい買いましょう!」
「む? お菓子なら我も行くっ!! アリスもセシールも構わぬか?」
エレクトラの提案に乗るリゼは、美人な人魔二人を着せ替えして楽しむつもりだろう。
ミリーと朱雀がお菓子を買いに行くのはいつもの事だ。
「あ、あの…… 私達はカミンからもらった分のお金しか持ってないのだが……」
「クイースト王国では必要な物は買ってもらっていたので……」
カミンは二人に何でも買い与えてはいたのだが、お金の勉強という事で食事代と少しのお小遣いを渡していただけだ。
お金の大事さもわかってもらわないといけない為、少額を渡して金額が足りる、足りないなども考えて買い物などもさせている。
そのおかげもあってお金を大事に扱い、ある程度の計算もできるまでになっている。
「大丈夫ですよ! アリス王女にプレゼントしようと考えてましたから!」
「気にしなくていいわよ? 私達お金には困ってないもの、ね! エレクトラ!」
「はい。それよりもわたくし皆さんとご一緒してからお金を使っていないような気がしますけど……」
エレクトラもパーティー入りしてからお金を使う機会がほとんど無い。
あっても出店や露店で買い食いをする程度のもので、身に付ける物や高額な物は全てクリムゾンから支払われているのだ。
「良いのか!? 私もセシールも欲しい物がたくさんあるかもしれないんだぞ!?」
「平気平気! 行きましょっ!」
「でも……」
「行かねばお菓子が買えんぞ。ほれ、これでも食いながら早く行くのじゃ」
朱雀はバッグから飴を取り出して二人に渡し、リゼ達にも配ってから自分も口に含んで歩き出す。
飴ちゃんをコロコロしながら貴族街へ買い物に向かって行った。
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