第214話 人間領はすごい《カミン視点》

 ゲゼル湖を渡ればすぐに西の国領内になります。

 西の魔族に接触しない為にも低空で、北の山岳付近を飛行する事で出来る限り見え辛くして人間領を目指しました。

 出来れば戦闘は避けたいですからね。


 それに西の国領内では危険をおかしてまで休憩をとる必要はありません。

 少しトビーの事が気掛かりですが、彼も魔族ですから大丈夫だと信じましょう。


 西の国領はそれ程距離もありませんし、せいぜい一時間も飛べば抜けられるはずです。

 北の国山岳地帯が目安となりますからわかりやすくていいですね。




 我々も低空飛行での移動ですから地面から飛び上がって襲い掛かる魔獣も多少はいます。

 しかし向かう相手が悪い。

 守護者、上位魔人ではないとはいえアリス王女も魔貴族です。

 襲い掛かってきたところで一撃で殴り落としてしまうだけの実力がありました。




 北の山岳地帯が終わり、そこからおよそ10キロ程で草原地帯に出ます。

 草原地帯に出てしまえば隠れる場所はありませんからね。

 あとは上空へと舞い上がってクイースト王国を目指しましょう。

 王国の手前にはデンゼルの街もありますが、勇飛様ももう旅立たれていますし知り合いも特にいませんしね。

 王国に直接向かいます。

 ここまで来れば人間領まであと少しですし、休憩を挟まず向かいましょう。




 時刻は十四時ですか。

 流石に許可なく魔人であるお二人を入国させるわけにはいきません。


「ここからはクイースト王国の領内となりますので、国王様から許可をもらう必要があります。少々お待ち下さいね。コール……」


「ふむ。人間領はなかなかに面倒なのだな」


「人間は戦えない者も多くいますからね。仕方ない事なのです」


 フィディックはよくわかっていますね。


『カミン様? 久しぶりっすねぇ、どうしたんすか?』


 聖騎士長ヴォッヂに連絡しました。


「お久しぶりです。重要なお話しとなりますので国王様に取り次いで頂けますか?」


『直接連絡すればいいじゃないっすか…… ああ、カミン様は律儀っすからね! まあいいっす。一度切るっすよ』


 むぅ……

 聖騎士長が警戒心無さすぎではないでしょうか……


 少し待つとヴォッヂから着信がありました。

 脳内視野に映し出されるのはヴォッヂとクイースト国王様。


「お久しぶりにございます、国王様。こうしてまたお目に掛かれる事を嬉しく思います」


『ふっ。堅苦しい挨拶は要らん。要件を聞こう』


 私はアリス王女とセシール侯がお出でになった事をお伝えし、クイースト国王様も朱王様からお話しは聞いているとすぐに許可を下さいました。

 ただし王宮にお二人を連れて来るようにとの事ですので、このまま寄り道をせずに向かいましょう。




 市民街を歩いて進み、人々の多さにお二人共驚きの表情を隠せないようです。

 魔人領に比べて人間領は数が多いですからね。

 驚くのも無理はないでしょう。

 それに建物の作りや店先での人々の商売の様子、道行く人の衣服にと目を泳がせておりました。

 寄り道はしないつもりでしたがお昼ご飯を食べていませんでしたからね。

 行儀悪いとは思いますが買い食いをしながら向かいましょう。

 肉の串焼きと柔らかいパンを両手に握り締めながら歩きます。

 私がお金を支払う事にも興味を示しておりましたが、今後お金についてお教えしないといけないですね。




 貴族街まで来ると聖騎士の皆さんがお待ちのようです。


「お帰りなさいっす! カミン様!」


「「「「「「お帰りなさいませ!」」」」」」


 うーむ……

 今の私はあなた方の上司でもなんでもないのですよ?

 まあ、私が帰って来た事を喜んでくれる彼等を見るととても嬉しい気分になりますが。


「すみませんね、皆さん。お土産は特にないのですがお客様をお連れしました。人魔のアリス王女とセシール侯爵です。ご挨拶は国王様の元でして頂きますね」


 人魔のお二人を見て美しい、可愛いなどと言う聖騎士達もいます。

 確かにお美しいお二人ですのでお気持ちはわかりますが、聞こえないところで話してほしいです。


 そのまま聖騎士に連れられて我々は王宮へと向かいました。

 美しい貴族街にも興味深々といったお二人に、聖騎士の者達も説明しながら歩きます。

 やはり警戒心が無さすぎではないでしょうか……




 王宮の謁見の間。

 ここは以前リゼ様が破壊してしまったのですが、今ではしっかりと修復されており美しい部屋となっています。

 この煌びやかに装飾された室内にアリス王女も表情を崩されているようです。

 セシール侯も自分が場違いなところにいるのではないかとさえ思っているのではないでしょうか。

 開いた口が塞がらないといった表情です。

 大王城と比べればその差は歴然ですからね。


「国王様、お待たせしました。魔人領よりの使者、アリス王女とセシール侯爵です。お二人共緊張されているようですのでご配慮頂きたく……」


「うむ。まずは自己紹介とでもいこうか。私はクイースト王国国王、シダー=クイーストだ。其方達の事は朱王より聞いていてな。よく来てくれた。歓迎しよう、楽しんで行ってくれ」


 国王様は女性でありながら、女王ではなく国王と名乗っています。

 聖剣を手にするのが国の王であり、男女の性別など関係あるまいと国王を名乗っているそうです。

 お美しい方なのですが男顔負けの物言いをしますので、威厳ある素晴らしい国王様なのです。


「私は…… アリス=ヘイスティングス。魔人領北の国、ディミトリアス大王の娘だ。私達を迎えてくれた事を感謝する」


「セシール=ローゼンです。北の国の守護者をしております。お見知り置きを」


 動揺していたお二人でしたが、表情を正して挨拶をしています。

 ですが…… お二人共魔人領からいらっしゃいましたからね。

 すぐにでもあの装飾を見に駆け出したいのでしょう。

 ソワソワとして落ち着きがありません。


「なんだ? この部屋が気になるのであれば好きに見てもらって構わんぞ。ただし、修繕したばかりなのだ。壊したりはしないでくれよ?」


「いいのか!? うわっほぉぉぉお!」


「うっわぁっ!! すごい綺麗ですね!!」


 奇声を発しておりますが、やはり魔人領の方々は素直で可愛らしいところがありますね。

 この大きな体のフィディックも可愛らしいと思えますから。


 アリス王女とセシール侯は壁や床、天井まで見回していましたので、装飾の美しさに感動しているのだと察した国王様。

 触れてはならんぞと言いながら聖剣自慢をしておりました。

 顔が映り込む程に磨き込まれた聖剣、魔剣は宝飾品と言える程に美しいですからね。

 お二人共羨ましそうにその輝きに魅入っていました。




 クイースト王国での宿泊先として、アリス王女とセシール侯共に朱王様のお邸にという事で案内します。

 私の実家でもいいのですが、おもてなしをするのであれば朱王様のお邸に敵うはずもありませんからね。


 やはりお邸に到着するとお二人共震える程に驚いております。

 今は冬という事で入る事はできませんが、お邸の前には大きなプールがあります。

 そして正面の玄関は全てガラス張りですし、美しい装飾を施されたロビーが視界に飛び込んできます。


「いらっしゃいませ。ようこそお出で下さいました」


「「「「「いらっしゃいませ」」」」」


 当邸の使用人全員で出迎えてくれました。

 私とフィディックもお邸の中では執事として客人をおもてなしする事になりますからね。

 私達も挨拶をしましょう。


「ようこそいらっしゃいました。当邸の執事長、カミン=リープスと申します。主人が不在ではありますが、ごゆるりとお過ごし下さいませ。ではお二人が使用する寝室をご案内しましょう」


 空いているお部屋はたくさんありますので、好きなお部屋を選んで頂きましょうか。

 しかしお二人とも口を開いたまま呆然としています。

 表情から察するに王宮以上に衝撃を受けているのではないでしょうか。

 私とフィディックでお二人の手を引いて寝室をご案内します。


「ちょ…… ちょっと待ってくれ! ななな何なのだこの邸は!?」


「む? 何かおかしなところでも?」


「いや、カミン殿! おかしなところしかないだろう! 王宮よりも豪華な作りなのでは!?」


「豪華かと言われれば何とも答えかねます。朱王様のお好みで作っておりますので、高級な家具や調度品などはありませんからね。朱王様の手作りによる物も多くありますが、全て特注品の家具が配されております」


 確かに邸にある全てがプライスレス。

 お金に替えがたい価値ある物とも言えるでしょう。




 寝室を選んで頂きましたがお二人のお部屋はあっさりと決まりました。

 やはり女性の方ですので可愛らしいお部屋がお好みのようです。

 アリス王女は紫色を基調としたお部屋、セシール侯はピンク色をお選びになりました。


 部屋へと案内するなり可愛いと叫び出し、ベッドへと飛び込んでその柔らかさにまた驚いてととても騒がしくされていましたね。

 少しお部屋で休んで頂いてもよかったのですが、体も冷えている事ですしまずはお風呂に入って頂いた方がよろしいでしょう。


 お風呂は男である私共がご一緒するわけにもいきません。

 クリムゾン幹部の方々にお願いします。

 テレビ局の方も軌道に乗ってきたという事で、快く引き受けて頂けました。




 この日のお邸の中はとても賑やかなものとなりましたね。


 露天風呂に入っては大騒ぎ、コーヒー牛乳を飲んではまた騒ぎ、ブロー魔法でまた大騒ぎです。


 夕食の方もレイヒムとは別に国王様お抱えの料理人を派遣して頂いてますのでお喜び頂けたようです。


 そしてこのお邸の夜の楽しみである映画の時間です。

 ポップコーンと炭酸のジュースを渡されて映画部屋へと移動します。

 蒼真様が旅立たれてからも毎日欠かさずポップコーンやジュースを持って映画を観ているそうで、誰もが手慣れた様子で準備を進めておりました。

 魔人領では振舞われるなかったこの二つのアイテム。

 映画の楽しさ、感動に加えて満足度を与えてくれるのですからこちらもお喜び頂けるでしょう。




「人間領…… 想像以上に…… すごい」


「感動で涙が止まりませんよ」


 終わってみればやはり…… お二人共泣いておりましたね。

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