第210話 再会
ファーブニルを討伐したハロルド=ウェストラル国王。
ワクトガ洞窟内の強い魔獣もある程度は倒している為、今後は王国から騎士を派遣して鉱石の回収をさせる事とする。
リルフォンで王子達に連絡をとり、派遣隊の編成を指示して一休みとした。
「お疲れ様でした、国王様。実に見事な戦いでした」
「あれ程の巨竜を相手に一歩も引かないお姿に感動致しました」
「ふははっ。そうは言うが私も本当にギリギリの戦いだったのだ。なんとか勝利を収めることができて私も嬉しい」
国王の言葉通り、膝が笑ってまともに立っている事さえ出来ない状態で、魔力も相当に失っている為意識も朦朧としているようだ。
手頃な石に腰掛けて、しばらくは回復薬を飲んで体力の回復を待つべきだろう。
ファーブニルを討伐できた事の安堵感から座りながら眠りについていた。
国王の疲れがある程度まで癒えるまでは時間が掛かるだろうと、クロエとハリーとでファーブニルの死骸を魔石に還しておく事にした。
ジャバウォックでさえもその巨大さから魔石に還すのに時間が掛かったのだし、その倍以上ともなるファーブニルであればさらに時間が必要となるだろう。
頭部側と尻尾側に別れて地属性の魔力を流し込む。
国王が目を覚ましたのはそれから一時間半も経った頃だろう。
ファーブニルはすでに魔石へと還され、クロエとハリーが魔獣の襲撃に備えて見張りをしていた。
「む、すまんな二人とも。少し眠ってしまったようだ」
「気付かれましたか。あれ程の魔獣と戦ったのです。ご無理はなさらずお休みください」
「いや、多少は魔力も回復できたし大丈夫だ。王国へと帰るとしよう」
「はい。ファーブニルの死骸を放置するわけにもいきませんでしたので勝手ながら魔石に還しておきました。魔石はどう致しましょう?」
クロエが指し示す場所には直径60センチ程もある巨大な魔石が転がっていた。
ハロルド国王によって体表を相当な量を削られたというのにも関わらずこれ程の大きさの魔石であれば、ファーブニルの保有していた魔力量が膨大なものであった事が窺える。
「この魔石を持って帰りたいが…… 飛行に支障がありそうだな」
綺麗な球状の魔石を見つめた国王は、戦利品として持ち帰りたいのだろう。
「ハウエルズ伯爵に預けるとしてもここから20キロ以上離れていますからね……」
「今日は仕方がない。今後この鉱石を回収しに来るのだし置いて帰ろう」
この場所に来るには地底湖を渡らなければいけない為、魔石や鉱石が盗まれる事もないだろう。
国王は少し名残惜しそうに魔石を見つめてから帰る事にした。
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◇◆千尋達サイド◆◇
串焼きやかき氷を食べながらハロルド国王の戦いを見守っていた一行。
国王の白熱した戦いに商売も忘れてモニターに釘付けになる市民達だが、千尋達はそんな戦闘シーンも娯楽の一つのように見ながら次々と買い食いを続けていた。
「ファーブニルって竜種? 竜族と同じ扱いじゃないのかな?」
そんな疑問からエリオッツと通話して質問したところ、竜種という部分で同じではあるが、知性が無ければ魔獣という扱いになるそうだ。
魔力の込められた事象が魔法。
魔力の込められた事象が自我を持ったものが精霊。
そして精霊が受肉した半精霊が竜種となり、その自我に知性があればエリオッツ達は竜族として迎え入れる用意があるとの事。
この世界を探せばエリオッツ達も知らない知性ある竜種が存在するかもしれないとの事だが、そう簡単に竜種は見つからないそうだ。
今後、魔族との問題が解決したら竜探しの旅に出るのもいいかもしれない。
「いやしかしセリフはないがなかなか迫力ある良い映画じゃったのー。もっと引きで映してもいいとも思ったが監督さんの考えもあるのかのー?」
「本当ですね。シーンに合わせて音楽とかも欲しかったです!」
映画ではないのだが……
朱雀とミリーは映画と思って観ていたのかもしれない。
その後はお祭り騒ぎの街を見て周り、十九時になると映画が上映される。
ウェストラル王国では映画前の挨拶はないようだ。
これには朱王も少し不満そうで、ミューランに連絡して明日からは映画前の挨拶をするよう指示を出していた。
この日も映画は大いに盛り上がりを見せて、長く楽しい夜となりそうだ。
そんな夜の街を楽しみたい朱王は、千尋と蒼真を連れて歓楽街へ向かおうとして……
ミリーに捕まり怒られていた。
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翌日も映画の日のお祭り騒ぎを楽しもうと市民街へと向かう千尋達。
朝食は軽めに済ませてあるのでまた今日も買い食い三昧をするつもりだろう、ご機嫌な様子で貴族街の下り坂を進んで行く。
下り坂を終えて貴族街の門から出ると、前方には複数こ騎士を連れた竜車が立ち止まって何かを待っているようだ。
「…… はい。では貴族街の門の前におりますのでよろしくお願いします」
そのうちの一人が何かを呟いており、どこかで聞いた声だが誰だろうと正面側に回り込んでみる。
「お? シェルベンスの…… シーバースさんじゃない?」
「おぉお!! 千尋君じゃないか!! 半月振りだろうか、元気にしてたかね!? 我々はクラークのメンバーを連れて今日ようやくウェストラル王国に着いたところなんだよ!」
「そっかー。遠かったし大変だったでしょ? ウェストラルでゆっくりしてくといいよー。今日は映画の日だしパーっと楽しんでって! ねっ朱王さん…… 朱王さん!? そんな嫌そうな顔したらシーバースさんに悪いじゃん!!」
「ん、ん? ああ、表情に出てた? ごめんねシーバース。別に君を不快に思ったわけじゃないよ」
眉間に皺を寄せて竜車を睨み付けていた朱王だが、千尋に指摘されてようやく気付いたようだ。
「あ…… いえ、お気になさらず…… 調書を確認しましたが朱王様のお怒りは当然の事ですので…… シェルベンスの騎士としてクラークを放置した我々にも責任はあります。団長の私の首一つで済む問題ではない事は重々承知ではありますが、部下達の事はどうかお許しを……」
頭を下げて部下の許しを乞うシーバースを見て、千尋も朱王に対して思うところはある。
「朱王さん。シーバースさんを罰する事にオレは納得しないよ!!」
「オレも千尋と同じ意見だ。朱王さんが自分の意思を通す事は知ってるが、シーバースさんを罰すると言うならオレ達はそれを全力で阻止するぞ」
朱王の前に立ちはだかる千尋と蒼真。
今まで朱王に対して意見する事のなかった二人だが、ここにきて初めて朱王に意見し向かい合う。
女性陣は今までにない出来事に戸惑いを隠せない。
ゆっくりと千尋と蒼真に歩み寄る無表情な朱王に、千尋と蒼真も考えが読めずに身構える。
千尋の目を覗き込む朱王。
そして蒼真の目を覗き込む朱王。
ただ目を覗き込まれただけなのにもかかわらず全身が震える程のプレッシャーだ。
そして少し体を引き、両手を広げて……
笑顔と共に二人に抱き付く朱王。
「うおぉお!! 力が強いっ!! 潰される!!」
「むおぉぉぉお!! 負けるかぁぁあ!!」
全力で朱王のハグに対抗する二人。
「いやぁ、君達がこんな風に私に意見してくれるのは嬉しいよぉ! シーバースの事を罰するつもりなんてさらさらないんだけど、私だって間違う事もある! 今後も私が間違う前に意見をしてくれるといいなー!」
嬉しそうに千尋と蒼真に抱き付き、自分の間違いを指摘しようとした二人に喜ぶ朱王。
嬉しさのあまり魔力強化全開でハグする程だ。
しかし千尋も蒼真もそれどころではない。
千尋は全力強化、蒼真は暴風の衣を発動して背骨を折られないよう必死に耐えている。
朱王の緑色、千尋の黄色、蒼真の青色の魔力が煌々と輝きを放ち、大地の揺れと放電現象、空に巻き上がる竜巻が発生して天変地異かと思えるようなハグとなった。
数分間に渡って続くハグだが、そこへ空からミューランとノーラン王子が舞い降りて叫ぶ。
「いったい何が!?」
「これはどう…… ミリー様!? これは何がどうなっているのですか!?」
すぐ近くで困った表情をしているミリー達を発見し、問いかけるミューラン。
「これはー…… その…… 簡単に言うと朱王の喜びのハグですね」
頬を掻きながら答えるミリー。
「ハグ!? 精霊魔導の暴走などではないのか!?」
ノーラン王子は驚愕の表情のままだが、ミューランは
朱王が喜びを表現するだけで天変地異が起こる。
神と崇める朱王がする事であれば、クリムゾンのメンバーは簡単に納得してしまうようだ。
ミューラン達が来てまた数分後には朱王の気持ちも落ち着いたらしく、天変地異が収まり、嬉しそうに笑顔を見せる朱王が立っていた。
そして息を切らす千尋と蒼真は少しフラついているが、一回り体が大きく見える。
全力で耐え続けた事でパンプアップしたのだろう。
「あれ? ミューランとノーラン王子じゃないか。何かトラブルかい?」
「天変地異の原因を突き止めようと思ったのですが朱王様でしたので問題ありません!」
「問題はあるだろう……」
呆れ顔のノーラン王子だが、聖騎士であるミューランが問題ないとすれば問題はなかったとして報告するまでだ。
その後貴族街からやって来た王国の騎士達がクラークメンバーを乗せた竜車を引いて連れて行く。
シェルベンスでの調書も渡してあるので今後重い罰が課せられるだろう。
朱王が絡んでいる事から死罪となる可能性の方が高いのだが。
クラークメンバーを引き渡したシーバース達は数日後に確認の為国王に呼ばれる事になっているが、それまでは王国に滞在して自由にしていいそうだ。
「朱王さん。シーバースさん達の宿はどうすんの? 邸の部屋数足りないよね?」
「うん。仕方ないからウェストラルで一番いい宿とるからそこに泊まってもらおう。いいよね?」
「一番いい宿!? そそそそんな恐れ多い……」
「日中は朱王さんの邸に遊びに来るといい。オレ達もプールと海で遊ぶしな」
明日からはまたクエストでも受けようかと思っていたのだが、シーバース達はウェストラル王国から500キロ以上もあるシェルベンスの街から半月も掛けてたどり着いたのだ。
彼等が王国に滞在している間は一緒に遊ぶのもいいだろう。
その日は映画の日を楽しんでもらい、翌日からはプールや海、街の観光を一緒に楽しみながら過ごした。
千尋達とシーバース達が一緒に遊ぶ中、時々邸を訪れるおっさんと若い男二人。
そして若い二人の美女と一人の少年、妙齢の美しい女性四人。
まさかの国王一家まで遊びに来たりもするのだ。
休日にはクリムゾン幹部と聖騎士長まで遊びに来る。
一般の騎士、それも辺境にある街の警備騎士が国王達と楽しく遊ぶ事はなかなか出来るものではなかったが、そこそこウェストラル王国を楽しんでくれたのではないだろうか。
次の映画の日が終わるまでの七日間滞在し、シーバースは調書の確認をして帰る事になった。
飛行装備を作って渡してやろうかとも思ったが、各国が金を出して用意した魔石である為私的に使用してはいけないだろう。
そして竜車もある為置いていくわけにもいかない。
沢山の食料やお土産、衣類を詰め込んで帰ってもらう事にした。
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