第209話 ファーブニル討伐

 岩壁を登っていくファーブニルを見上げながら飛行装備を展開して様子を見る国王。

 あの巨体を支えながらも軽々と壁面を登っていく事から考えれば、無自覚ながらも重力操作グラビティも発動しているのだろう。


 登っていくファーブニルを見つめるのはハリーとクロエも同じ事。

 ファーブニルから距離を取りつつ撮影を続けている。


 ファーブニルが壁面から天井面へと場所を移し、真下を見つめるように首を傾ける。

 そして口内が真っ赤に染まり、炎のブレスが吐き出された。

 狙われたのはハリーとクロエだが、二人も警戒していた為下級魔法陣は発動している。

 精霊魔導としてブレスを相殺したと思った直後に、クロエの目の前に現れたファーブニル。

 天井面を蹴って落下してきたのか、その速度も重量も尋常ではない。


 そのクロエとファーブニルの間に割って入るのは国王だ。

 ファーブニルがブレスを放つと同時に飛行装備で舞い上がり、向かってきたファーブニルに対応するべく聖剣を振るう。

 巨大化したコーアンの水嚥で全身を飲み込んで強引に聖剣を払うと、その落下方向を逸らされて地底湖へと落下していくファーブニル。

 しかしただ方向を逸らされるファーブニルではない。

 コーアンに飲み込まれながらも左脚を突き出して国王を捉えて同時に落ちていく。


 地底湖へと沈むファーブニルと国王。

 ファーブニルのその左脚に捕まりかけた瞬間に体表の水を滑らせる事で回避するも、その衝撃までは抑えきれずに地底湖に沈んでしまった。

 水中に沈むファーブニルは体を唸らせる事で泳ぎは速い。

 深く潜っていく事で姿を隠し、その間に国王は水面へと浮上。

 また水上に立ってファーブニルの襲撃に備える。


 水面は光の魔石を反射して水中に少し潜るだけでもその姿は見えにくく、やはり水上に立つのは危険だと飛行装備で空中へと舞う国王。

 飛び立つと同時に真下から飛び出してきたファーブニルはその牙で噛み付く。

 国王は咄嗟に聖剣を振り下ろして鼻先に叩きつけ、体を捻ってなんとか回避。

 飛び上がった事で隙ができたファーブニルの背に、体を翻した国王は水刃を放つ。

 またわずかに背を傷付けられて悲鳴をあげるファーブニルは国王と距離をとって地底湖の浅瀬に泳ぎ着く。

 国王もさらに高い位置まで飛翔して様子を見る。




 ファーブニルはこれまで出会った事のない強敵に戸惑っているのだろう。

 警戒しながら国王を見据え、咆哮をあげて威嚇する。


 国王はファーブニルと戦う事ができるのはいいが、決め手に欠けるとどう攻めるべきか考える。

 ハリーのように上級魔法陣を展開してとどめを刺せればいいのだが、リゼとの訓練では魔力の高められたコーアンを制御しきれず暴走させてしまった為使用を躊躇うところ。

 訓練での成果として防御特化となった自身の魔法だが、どう攻撃に利用するか考えなければならない。

 コーアンの水嚥は防御しながらの攻撃も可能だが、威力としては単発で放つ水刃の方が高く、水刃はコーアンのブレスを聖剣に乗せて放っている。

 これまで周囲に展開させていたコーアンは水量によってその巨大さを維持しているものの、精霊魔導としての魔力は分散しているだろう。

 その分水刃として放った場合には、コーアンに込められた魔力が集中した水の刃となる事で威力は高められる。

 いざ防御となれば周囲に水は大量にあり、咄嗟にでもコーアンの水嚥魔導を再開できるだろう。


「コーアン。奴を斬るぞ」


 イメージを固めてコーアンに魔力を渡すと、その取り込んだ水で形成されたシィサーペントを思わせる姿を崩壊させる。

 そして聖剣内へと飛び込むコーアン。

 聖剣フロッティの表面を覆う水の幕が張られ、これまでのシィサーペントのような姿はない。


 飛び上がったファーブニルがまた壁面を登り出し、国王は翼を羽ばたかせて距離を詰める。

 岩壁に掴まったまま炎のブレスを吐き出すファーブニルだが、国王は水の刃でブレスを横薙ぎに斬り裂き、そのまま逆さになったファーブニルの頭の顎下に斬り下ろす。

 血を噴き出しながら地面に落下するファーブニル。

 聖剣フロッティはその血を吸い込んで一回り大きく、黒く染まってすぐにまた魔力色の青へと変化する。


 地面に落ちたファーブニルは裏返ったまま悶え、そこに国王は急降下して腹部に聖剣を突き立てる。

 悲鳴をあげながら暴れるファーブニルの後脚に蹴り飛ばされる国王。

 ミスリル胸当てを蹴りつけられ、その表面に凹みができる程に威力のある蹴りだ。

 生身の部分が蹴られようものなら一撃で致命傷になりかねない。

 しかし聖剣がまた一回り大きくなっている事からファーブニルの体内からまた血を吸い上げたのだろう。

 聖剣の纏う水の量からファーブニルの傷の深さを窺わせる。


 防御特化としてコーアンを振るえる精霊魔導に対し、聖剣に水を纏う事で血液を直接奪う精霊魔導。

 攻撃に向けようとすれば吸血魔法としての性質を持つようだ。

 そして巨大化したこの水の刃には、これまで感じた事のない魔力が宿っている。

 おそらくはファーブニルの魔力だろう。

 体内に引き戻す事はできないが、コーアンの魔力として形を変える事はできるようだ。

 水の刃の厚みや長さの調整が可能な事からそう判断できる。

 これは水属性の毒魔法を使用した場合に相手の魔力を侵食する特性がある事も考えると、血を奪うと同時に魔力をも奪って自分のものにする性質があるのかもしれない。

 今回は魔獣ファーブニルという竜種に近い存在であれば魔力量は絶大。

 その魔力を奪って利用できるとすれば、かなり効率的にファーブニルを弱らせる事もできるだろう。




 起き上がったファーブニルは再び咆哮をあげて炎のブレスを吐きまくる。

 その全てを斬り裂いてファーブニルに接近して斬り掛かる国王だが、そう易々と攻めきれる相手ではない。

 両前脚からの爪刃と噛み付き攻撃。

 それを全て受け流しての腹部への斬撃も後脚に阻まれ、背後に回り込んでも巨大な尾に跳ね除けられる。


 わずかに傷をつけながら血を奪い、少しずつ魔力を削っていくが、国王の受けるダメージの方が大きいだろう。

 前爪を受け流し、噛み付きを受け止めようともその威力が体を軋ませ、体力を奪っていく。




 どれだけ時間が経ったのだろう。

 膝が立たず、聖剣を握る手にも力が入らなくなってきた国王。

 聖剣の纏う水量もおよそ4メートルをも超える程まで巨大化しているが、それでもファーブニルにはまだ余裕がある。

 咆哮をあげてブレスを吐き出すファーブニルに対し、国王は飛翔して回避する事で体力を温存する。

 ブレスを斬り裂く事を諦めた時点ですでに危機的状況と言えるだろう。


 国王はリルフォンの数値を確認し、自分の魔力量がすでに三割を切っている事を知る。

 ファーブニルの体力をもっと削りたい気持ちもあったがさすがにもうこれ以上は無理だ。


 腰に下げた器に入れてある回復薬を飲みながらブレスを躱し続け、わずかに体力が回復するまでブレスを回避し続ける。




 疲れは感じるが聖剣を握る手に力が入り始め、ブレスを斬り裂いて上級魔法陣アクアを発動する国王。

 しかし背後に魔法陣が展開されるのみでコーアンの姿形には変化がない。

 アクアによる多くの魔力をどう精霊魔導として利用するのか。


 ファーブニルが吐き出す炎のブレスを搔き消しながら接近する国王。

 聖剣フロッティを振り下ろし、巨大なコーアンとファーブニルの右の爪がぶつかり合う。

 悲鳴のような咆哮をあげるファーブニル。

 国王はそのまま聖剣を斬り上げ、コーアンがファーブニルの頭部を掠めていく。

 さらに高く咆哮をあげて蹲るファーブニル。


 コーアンを浴びた右脚と頭部からは煙が上がり、異臭を発しながらその形を変化させている。

 強靭なファーブニルの鱗や爪がグズグズに溶けていたのだ。


 コーアンの持つ能力の分解、消滅、還元はそのままに、上級魔法陣アクアの魔力をそのまま消滅の能力を高めた融解能力とした捕食魔導として使用する。

 水刃のミキサーでの分解。

 分解された肉を液体とする消滅。

 形状を失った液体を浄化し、魔力へと還元。

 ファーブニルの強靭な鱗には水刃が通らず分解する事は出来ないが、消滅の能力を強酸とする事で有機物を融解させ、強度を低下させる。


 鱗の隙間からは強酸が浸み込んで肉を焼き、ファーブニルも苦しみの咆哮をあげ続けている。




 苦しみ、蹲るファーブニルを見据えながら、国王も自分に残る魔力量に余裕はない。

 一気にカタを付けるべきだろう。


 距離を詰めて水嚥の乱舞でファーブニルを融解させ、体表を斬り刻み、消滅、還元しながらその体積を削り落としていく。


 表面からは鱗も翼も全て剥ぎ取られ、肉塊となってもまだ死んではいない。

 聖剣を翳し、コーアンの水嚥魔法でファーブニルの頭部を食い破って勝負は決した。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 国王とファーブニルの戦いを見守る国民達。


 ファーブニルに相対する極度の緊張感、恐怖と興奮に国中が手汗を握り締めて国王を応援する。

 最初はファーブニルの姿に怯え、言葉を失う市民達だったが、国王の白熱した戦いに誰とも知れず声をあげ始めた。

 国王様頑張れ、負けないで、勝ってくれと。


 最後は残虐性を見せる精霊魔導となってしまったが、聖剣もまともに握れなくなる程に疲弊しながらも勝利した国王の姿に、安堵と歓喜、盛大な拍手で勝利を喜び合う。

 そして次々と湧き上がる国王を讃える声。


 国王様万歳。


 国王様は我が国の誇り。


 ウェストラル王国全ての民に国王の力を知らしめることが出来ただろう。

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