第208話 クロエも冒険

 ウェストラル王国のモニターに映る国王達。


 ワクトガの洞窟に入ってすでに一時間以上が経過し、ハリーがジャバウォックを討伐してさらに奥へと進んでいる。


 ウェストラルの市民にとって初めて見る魔獣との戦いが大画面で映され、それもリアルな人の目線からとなれば脚も竦む思いだ。


 巨大な魔獣は見ているだけでも恐ろしく、それが目の前から襲い掛かってくるとなれば、戦いを知らない市民達では叫びたい程の恐怖を覚えるだろう。

 恐ろしい魔獣が向かってくる度に、目の前に映る国王とハリーとが剣を振るいながら制圧していく。

 魔獣と戦う自国の国王と聖騎士の姿は、実に勇ましく、頼もしく映る。


 映画にはないリアルな恐怖を感じながら見る戦いに市民達の目は釘付けだ。


 冒険者達も自分達よりも圧倒的な実力を持つ二人から、学べるものがあるのではないかとその目は真剣そのもの。


 息を飲み拳を握り締めて画面を見つめていた。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 多くの小型魔獣や小型魔虫も見られるが、これらは人間を襲ってくる事は滅多にない。

 怪我を負って血を流していればまた別の話だが。

 また、洞窟内という事で目に頼らない魔獣が多く、普通の人間では灯りとなる光の魔石を失おうものなら戦う事すら困難だ。


 襲いくる魔獣を次々と蹴散らしながら進んで行くと、奥の方から光が漏れてくるのが見える。

 洞窟の出口にしては光の色が青白く、太陽の光とはまた違った光の色だ。

 この光から想像するのは光の魔石。

 それも水辺や地底湖付近にある魔石と考えられる。


 そして光の差す場所までたどり着くと、やはり多くの光の魔石によって青白く照らされた真っ青な世界、地底湖が広がっていた。

 水深がどれ程かはわからないが、無闇に飛び込むのも危険だろう。

 しかしここから先にファーブニルが居るとなるとまだ先に進まなければならない。


「さて、どうしたものか。ハリーは鎧を着たまま泳いで戦えるか?」


「無茶を言わないでください……」


「クロエはどうだ?」


「泳いでは戦えませんが水面を凍らせれば何とかなるかもしれません」


「ではここからはハリーに撮影係を頼もうか」


 クロエは王国へと配信していた映像を切り、代わりにハリーの視界映像を配信開始。

 これまでよりも高い位置での映像になるだろう。


 前方は広大な湖となっており、やや左方向に傾斜のある岸が見える。


 両手にダガーを持つクロエは、下級魔法陣アイスを発動して精霊魔導として水面に直線状の氷の道を作り出す。

 ある程度の強度を保たせる為に精霊魔導としたのだろう。

 対岸に傾斜のある壁に繋がる氷の道は、一番体重のあるハリーが乗ってもヒビ一つ入らない強度だ。




 クロエ、国王、ハリーと続いて氷の道を渡って行く。

 すると水の中から水棲魔獣が姿を現し、氷の道に上がってくると奇声を発して水に飛び込んだ。

 そしてまた水から顔を出すと、叫び声をあげてこちらを威嚇する。

 もしかすると氷の道が冷たかったのかもしれない。

 この水棲魔獣はサハギンの中でも大きな個体、キングサハギンと呼ばれる上位種だ。

 役所でクエストを発行するとすれば、難易度9になる強力な魔獣。

 それが叫び声によって数を増やし、水面に見えるのは六体のキングサハギン。


 クロエは再び下級魔法陣を発動して精霊フラウを両肩付近に顕現させ、ダガーを氷結させる事なく冷気を纏う。


 水中に沈み込んだキングサハギンは深く潜ったようで視界に捉える事はできないが、氷を警戒してすぐには襲って来ないようだ。


「国王様、5メートル程の範囲で水の表面から不純物を取り除いて頂けませんか?」


「む? 構わんが何をするんだ?」


「相手の勢いを削ごうかと思いまして」


「ふむ。面白そうだ」


 国王は水の中にコーアンを沈めると、イメージした範囲の水面から水と不純物とを分離する。

 それ程コーアンに魔力を渡していなかった為、深さとしては30センチ程度しかないのだが。


 クロエはリルフォンに表示された国王の魔力を確認しつつダガーを水に付けて精霊魔導を発動。

 前面側、背面側と同じようにダガーを水に付けて準備が完了し、キングサハギンの襲撃を待つ事にする。


 国王もハリーも首を傾げながらその時を待つ。


 水中でタイミングを見計らっているキングサハギンも、五分もすれば息継ぎをしなければならない。

 それならばと時間を掛ければ油断もするだろうと、息継ぎのギリギリまで引っ張って同時に襲い掛かろうと水中で仲間と連携をとる。

 普段から獲物を狩る為、魔獣でもこれくらいの考えは持つようだ。


 キングサハギンの一体が動き出したのをきっかけに、他の五体も同時に水面目掛けて加速する。

 数メートルは飛び上がれる程の推進力で襲い掛かろうと水面から顔を出そうとした瞬間。


 ゴシャッ!!

 バキャッ!!

 メキャッ!! 


「「「「「「ギィエェェェエッッッ!!」」」」」」


 水面を叩き割って、頭から血を吹き出しながら胸まで浮き上がったキングサハギン。

 もちろん水面を叩き割る事は出来ないので、叩き割ったのは氷なのだが。

 そしてキングサハギンによって氷の表面に出てきた水をまた氷つかせて捕獲する。


「ふむ。面白い魔法だがクロエ。何故水が割れるのだ?」


「いいえ国王様。割れたのは水ではなく氷です。国王様に水面の不純物を取り除いてもらったのですが、不純物のない水を凍らせると透明な氷となります。それに気付かずサハギンは飛び掛かって来たという事ですね」


「なるほど。俺が初めてガラス扉にぶつかったのと同じ事か」


「ふむ。私もあるがな」


 ハリーも国王もガラスにぶつかった事があるらしい。

 水の表面が透明な氷だとすれば境目もわからずぶつかるのは当然だろうと思える。


 氷から突き出したキングサハギンは、首を横に傾けて白目を剥きながら痙攣しているが、やはりとどめを刺すべきだろう。

 透明な氷の上を歩いてサハギンに近付き、冷気の刃で首を両断するクロエ。

 意識のないサハギンの首は、氷結と同時に斬り付けられる事であっさりと斬り落とされた。




 クロエの愉快な戦闘後、すぐに対岸の傾斜のある岩場へとたどり着き、岸のすぐ横を凍らせながら歩く事数分。

 また対岸に陸地が見えてきたが、そのさらに奥。

 青白い光の魔石に照らされながら異質な輝きを持つ何かが見える。

 クロエがまた氷の道を作って渡り、その輝きを放つ場所へと近付いていく。


 そしてハリーのサラマンダーで照らすと、金銀や宝石が埋まった大量の鉱石が一面を埋め尽くす程に転がっていた。


「これはすごい…… 鉱石の山じゃないか」


「もの凄い数だな…… これだけあれば城がいくつ建てられる事かわからんな」


「ここにあるのは不自然な気もしますね」


 鉱石の山を見ながら一つ手に取って見つめる国王。


 すると「グルルルルルルル…… 」という唸り声が響き渡り、国王達は警戒しながら声の主を特定しようと周囲を見渡す。




 肩に降りたサラマンダーが頭上を見上げてクルルと鳴き声をあげ、同じように上に目を向けるハリー。

 光の魔石が散りばめられた洞窟の天井に真っ黒な影があり、目を向けた直後に地面に向けて落ちて来る。


 ズシンッ!! と地面に着地したのは体長20メートルを超えようかという黒色の巨竜だ。

 四つ脚だが物を掴めるような四本指となっており、洞窟の天井に捕まっていたのも頷ける。

 そして洞窟内に棲むせいか、背中に生えた翼は退化してその体には合わない大きさだ。


 唸り声をあげながら鉱石を手に持つ国王を睨みつける。


「これがファーブニルか…… 此奴は私の獲物だ。二人とも下がっておれ」


「はっ。御武運を」


「お気を付けください」


 ハリーとクロエは飛行装備を展開して空中から国王の戦いを見守る。

 もちろん映像はウェストラル王国に配信しているが、前方でハリーが撮影、後方から全体映像をクロエが撮影する事で視点を切り替えながら配信するつもりだ。




 鉱石を投げ捨てて聖剣を握り締める国王は下級魔法陣ウォーターを発動。

 聖剣に巻き付いていた水精霊コーアンが一回り大きくなり、国王の周囲に広がってファーブニルを見据える。


 国王の魔力が増大すると共に、ファーブニルは洞窟内全てに響く程の咆哮をあげて襲い掛かる。

 高く振り上げた前脚を叩きつけ、国王はその爪をコーアンの渦に飲み込みながら払い除ける。

 コーアンの水圧と水刃の渦とで引き裂こうとした前脚だが、ファーブニルのその高い魔力強度で水刃は通らない。


 続く左爪、右爪と次々と振り下ろされ、それを全てコーアンの水嚥すいえんで飲み込み、軌道を変えて捌く国王。

 重く鋭いファーブニルの攻撃といえども、リゼの操るルシファーのような不規則性はない為捌くのもそれほど難しくはない。

 時折強靭な牙で噛み付こうと向かって来るが、水嚥で捕らえて軌道を逸らしつつ立ち位置を変える事でその質量から逃れている。

 さすがにファーブニルの巨体で押し掛かられては、コーアンの水嚥でも軌道を変え切れないのだ。


 ひたすら耐え凌ぐ国王にしびれを切らしたファーブニルは、一度距離をとって体重を乗せて飛び掛かる。


 飛び掛かってきたファーブニルの攻撃はさすがにコーアンの水嚥でも軌道を変える事はできない。

 国王も地を駆けながら左右の爪撃を受け流し、ファーブニルの腹下を潜って背後をとる。

 前脚で襲い掛かっていた事で前傾になっていたファーブニルには隙があり、背後から巨大な水刃を放つ国王。

 水刃はファーブニルの背を鱗ごと斬り裂いた。

 それほど深い傷とはならないが、攻撃に振るう脚や頭程の強化はされていない為魔法の刃が通るようだ。


 しかしファーブニルに傷を付けた直後に国王は巨大な尾に薙ぎ払われ、地底湖の方へと数十メートルも弾き飛ばされる。


 地底湖の水面を跳ねるようにして転がっていく国王だが、勢いが収まると水上に立って身構える。

 水魔法により沈まないよう張力と水圧を制御しているのだろう。




 水上を駆け出す国王と水面に飛び込むように走り出すファーブニル。


 国王は地底湖から巻き上げた水を利用し、コーアンを巨大化してファーブニルの全身を飲み込ませる。

 そして水嚥による水刃の渦でファーブニルの表皮を切り刻み、強化の弱い翼の皮膜部分がズタズタに切り裂かれた。

 そのまま水嚥で飲み込み続けるが、ファーブニルの体の一部が赤くなるとコーアンの水が湯気となって蒸発し始める。

 そして頭部に魔力が集中すると、国王目掛けた炎のブレスが吐き出された。


 咄嗟に足元から水を立ち上らせて水柱で防御するも、炎のブレスの威力は防ぐ事はできない。

 水柱を突き破って国王に直撃し、全身を炎に包まれてしまう。

 湖の水を巻き上げても消せない炎はファーブニルの強大な魔力が原因だろう。

 止むを得ずコーアンを引き戻して自身を包み込む事で炎を相殺。

 体表に水の幕を張っていた事でそれ程のダメージはなかったが、その炎の熱によって全身から湯気が立ち上る。


 再び聖剣を構えた国王にファーブニルからの連続した炎のブレスが放たれ、聖剣を振るいながら水嚥で全て相殺。

 その熱量に一撃相殺するごとにコーアンの水量が激減。

 すぐさま地底湖の水を取り込む事で質量を取り戻す。

 ここに地底湖がなければ水量が不足してそのまま押し切られた事だろう。

 ファーブニルの棲む場所が地底湖である事が国王にとっては何よりの救いだ。


 全てのブレスを相殺されて怒りの咆哮をあげるファーブニルは、今度は洞窟の岩壁を登り始めた。

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