第202話 歌いたい
国王達の三日間の訓練を終えた日。
昨日と同じように訓練をした王女達。
夕方にはルイン王女、エイラ王女の上達した剣術と、それに合わせた精霊魔導の発動を披露してこの三日間の成果を確認。
ルファ王子は朱雀と作った技を披露して、今後の成長を期待させる事とした。
また、ノーラン王子とストラク王子も互いの精霊魔導を込めた剣術で成長を確認し、これまでの比ではない程の実力を身に付けた事も確認できた。
そして聖剣を持つ国王はというと、徹底的にリゼに攻め続けられた事もあって、防御に特化した戦闘方法を身に付けていた。
水魔法同士、リゼと研鑽し合った…… のかは不明だが、お互いの水魔法を上回ろうと試行錯誤しながら精霊魔導を作り込んだ為、攻撃特化のリゼに対して防御特化のハロルド国王の魔法となってしまった。
放出系の水渦のリゼに対して、他の攻撃をコーアンの体内に飲み込む
取り込んだ全てを吸収、消化する超凶悪な魔獣のような精霊魔導だ。
ジェイソンとの戦闘でも使用していたのだが、他の精霊魔導に作り変えるよりも、コーアンが持つ性質を生かした方が強力になるだろうとその精度を高める事とした。
それがリゼを相手にする事で防御に特化し、国王の間合いではその強度が高まり、攻撃魔法そのものが無効化されてしまう。
刃もコーアンに触れた瞬間にその体内に取り込まれ、ハロルド国王に届く事はない。
結局リゼに反撃をする事は一度も出来なかったのだが、三日目の昼を過ぎた頃にはリゼの攻撃も一切通らなくなるまでに成長していた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
訓練を終えて王宮に帰ったとしても、そこには朱王はいない。
邸に帰ってくつろいでいるのだろう。
千尋達が邸に帰ろうとしたところ、使用人から国王達に朱王からの伝言が。
「国王様方も訓練でお疲れでしょうし、今夜は泊まりに来てはどうかとの事です。朱王様のお誘いですので私もお断りする事は出来ませんでした」
「むっ! それなら朱王の邸に泊まりに行こう!」
国王も迷う事なく朱王邸への宿泊を決める。
王子王女達も他所への宿泊などそう出来る事ではない為嬉しそう。
国王は王妃に連絡を入れ、全員で朱王邸へと向かって飛び立った。
朱王邸ではニコラスが門の前で待っており、一緒に邸へと向かって歩き出す。
ニコラスは三代前の国王の時代の聖騎士長である為、ハロルド国王とは直接接点はない。
ただシルヴィアの祖父である事からすぐに打ち解けて話を始めていたが。
邸へと向かって進んでいくと、ビーチチェアに座りながら書類を確認している朱王の姿があった。
これはウェストラル王宮での仕事ではなくクリムゾンの仕事だろう。
「朱王! たっだいま帰りましたよ!」
仕事中の朱王にもお構い無しに向かっていくミリー。
朱王も気付いて仕事をやめて立ち上がる。
「お帰りミリー、みんな。国王は訓練はどうでしたか?」
「訓練の成果は上々だ。それより誘いを受けて来てしまった。今夜はよろしく頼む」
国王はシルヴィアの時程やつれた様子はないが、それでもその表情には疲れが見える。
その背後に立つ王子二人は訓練後のシルヴィアと同じような表情をしていたが。
まずは汚れた装備を着ている事だし、疲れをとる為にも風呂に入ろう。
この日は男性陣は露天風呂、女性陣は洞窟温泉に入る事にし、ニコラスやウルハ、エイミーも命令があるだろうと風呂に入る準備をする。
男性陣は魔法の洗剤で体を洗い、まだ日が高いうちから湯船に浸かる。
こんな大勢で風呂に浸かるのも初めてだが、ウェストラル王国を見下ろしながら酒を飲むのは、なんとも言えない贅沢さを感じられる。
ニコラスは仕事中なので酒を飲む事はないが、酒がなくても話好きのこの男は国王とこの国の過去の話で盛り上がっている。
心身共に疲れ切った表情の王子二人は酒を飲んだ直後に眠気に襲われ、風呂の中に沈み込んだりもしていたが、一緒について来ていた精霊が王子達を溺れさせる事はなかった。
これだけを見ても精霊を上手く使役できるようになった事が窺える。
ルファ王子はまだ子供だが、朱雀が飲むのでお酒を初体験。
ウェストラル王国には食前酒などという習慣もない為、子供が酒を飲む事はないようだ。
朱雀が飲んでいたのはよく冷えた果実酒で、甘みが強くてとても美味しい。
しかし飲み込むと喉の奥に熱を感じ、戸惑いつつもルファ王子はチビチビと飲んでいた。
女性陣側もやはりウルハとエイミーも一緒に入浴し、使用人であるこの二人に戸惑うのはエイラ王女。
ウルハ達もエイラ王女の噂は聞いていた為、接し方は慎重にと考える。
それも自分が罰を受ける為などではなく、エイラ王女が使用人に対する恐怖があるだろうとの思いからだ。
ミリー達との会話を上手く誘導し、エイラ王女の普段の生活やこの三日間の訓練についてなど、彼女が話し易いようにと聞きに回るよう配慮する。
楽しかった話、辛かった話などにも共感をもちつつ、否定する事なく聞き続ける。
たとえ辛い思いをしてきたとはいえ、元奴隷であるリナ達クリムゾンのメンバーに比べればそう大した事ではないのだから。
相手とどう接するべきか考え、どんな言葉を投げかけるべきか、どんな対応を取るべきかと常に考える事も優しさなのだと、ウルハとエイミーは朱王の言葉を信じている。
二人にとって考えのない優しさなど、無責任以外の何物でもないのだ。
そんな考えを平気でぶち壊すのはリゼだ。
「やられたらやり返しなさい。拷問に掛けたのなら良くやったと褒めてあげるわ」
優しい言葉どころか嫌がらせに対して罰を、拷問を与えたエイラ王女を褒める始末。
エイラ王女もまさか褒められるとは思っていなかったようで、リゼに近付いて問いかける。
「あの者を拷問に、酷い仕打ちを命じてしまったのですよ!? それが許されるとお思いですか!? わたくしが皆に嫌われるのは仕方がない事なのです!!」
「ふんっ。他の人達が嫌っても私は嫌わないから安心していいわ。これからはやられたらやり返しなさい」
「っっ!? リゼさん…… ありがとう」
ポロポロと涙を流すエイラ王女。
リゼはそっと抱き締めて王女を慰める。
ちょっとリゼがかっこいいと思ってしまうウルハとエイミーだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
風呂上がりにはいつものようにコーヒー牛乳とブロー魔法。
国王や王子、王女も大満足のサラッサラヘアだ。
服屋に国王達用の洋服を持って来させてあるので、普段着る事のない衣類に王子王女も嬉しそう。
普段から貴族服やドレスを着ている為、ラフな服装には少し憧れがあったそうだ。
夕食の時間まではまだ時間はあるのだが、ベイロンに地下洞窟ホールへ運ぶよう頼んで移動する。
この日は地下洞窟で食事を摂るのだろうと特に気にするでもなく朱王について行くと、何故かモニターが設置され、テーブルやソファも並べられていて少し装いが変わっている。
「あれ? ホールでも映画観れるようにしたの?」
「ふっふっふ。それが違うんだよねー」
「ん? なにが違うんだ?」
「実はねぇ、カラオケを作ったんだっ!」
「「うおー!! まじか!?」」
「やったーーー!! ついに私の美声を披露できますねーー!!」
「む? からおけとは何なのだ?」
「歌って盛り上がれる機材なんですけどね。国王も曲を覚えた方がいいですよ。とりあえず今日歌える分として何曲か脳内ダウンロードしておきます? 今後は自分で覚えた方が楽しいでしょうけどねー」
「それは楽しそうだ。是非頼む」
「私達にもお願いします!」
今日この一日でカラオケの機材を完成させた朱王。
王国の仕事をしていたはずなのに、訓練から帰って来てみればカラオケが完成しているというのはどういう事だろう。
本人に聞いたところで考えがまとまったから作ってみたとか簡単に言ってくるのだろうが。
しかしこのカラオケ機材はどう作られているのか。
元々音楽の魔石など、朱王や千尋、蒼真の潜在意識から完全に再現してコピーした音楽がリルフォンや車内のスピーカーなどを介して再生可能だった。
これをまた機材に組み込んで音楽を再生するのと同時に、音声のみをメールの文字機能のように文書化して表示、少し遅れて音楽のみを再生する。
その音楽に合わせて文字に色が付くようにしてカラオケ機材として利用している。
まだ料理は並んでいないが、国王達にはそれぞれ違う曲をダウンロードしてもらい、カラオケを楽しむ準備をしてもらう。
千尋と蒼真は元々歌える曲はたくさんあるので問題ないが、リゼやミリー、アイリにエレクトラもウェストラルに向かう途中から必死で覚えた曲が何曲かあり、今から歌うのが楽しみだ。
朱王も五年前の曲なら歌える曲もたくさんあるが、千尋と蒼真の音楽データからまた新たな曲をいろいろと覚えている。
料理はこの後運ばれてくるのを待つとしても、すぐにでも歌いたいという事でお酒を準備して早速乾杯。
まずは千尋から歌い出す。
みんなある程度聞き慣れただろうと、車や邸内でも流れている曲を選択し、千尋がマイクを持って歌うのに合わせて全員でワッと盛り上がる。
凛とした美しい声が洞窟内に響き渡り、その歌声にリゼは身震いする程感動し、千尋にまた惚れ直す事となった。
蒼真も伸びのある綺麗な歌声で、アイリも何度も聞いている曲で一緒になって歌い出す。
男女の歌声がハーモニーとなって響き渡り、歌っている本人達も気持ちよさそう。
お互いに向き合いながら歌うその姿を見ると、何でこの二人は付き合ってないんだろうと不思議に思う。
歌う順番も特に決めていない為、国王や王子達もダウンロードした曲を歌ってみる事にする。
知らない曲だったはずなのに、以前からよく知る歌のように脳内で再現され、声を張り上げて歌を楽しむ。
まだ歌い慣れない為、マイクを使い慣れない為か声量や音量にバラつきはあるものの、初めて歌うとしてもまた音楽は楽しいもの。
酒を飲みながら次々とカラオケを楽しむ。
そしてベイロンの料理が運び込まれ、また新しく作られた料理に舌鼓を打つ。
肉に魚介に野菜や果物。
様々な料理が運び込まれ、食事を楽しんでいる間に使用人達にもカラオケを楽しんでもらう。
邸内でも曲が流れている為誰もがお気に入りの曲を持っている。
上手い下手は別としてもカラオケは楽しく歌うもの。
この日は映画の時間を無くして全員でカラオケを楽しんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます