第200話 罰

「父上、ご無事でしたか」


 ノーラン王子がハロルド国王に近付いて問いかける。


「うむ。私よりもお前だノーラン。その背の傷は大丈夫なのか? それとストラクは…… 息はしておるな」


 ストラク王子を心配そうな目で見つめるハロルド国王だが、息をしている事を確認して胸を撫で下ろす。


「私の傷もストラクの傷や全身の火傷もミリーの回復で癒えております。ただストラクは雷撃を受けた為しばらくは目を覚まさないようですが……」


「そうか、無事ならば良かった。ミリーに感謝せねばならんな。礼を言わせてもらうぞ」


 ミリーの回復術師としての能力はシルヴィアから聞かされている。

 ウェストラル王国の最高位の魔法医以上の回復魔法の使い手とあれば、今こうして立つノーラン王子を見ても、そして倒れ伏すストラク王子を見ても大事ないと判断した。


「私が不甲斐ないばかりに父上を危険に晒すだけでなく、ストラクにまでこのような怪我をさせてしまうとは…… 父上。いえ、国王陛下。この罪を償いたく、罰をお与え頂けないでしょうか」


 跪いたノーラン王子は、国王の言葉を待つ。


「罰を受けるとすれば私の方だ。伯父の企みを知らず、お前達が苦しんでいる事にも気付かなかったのだからな…… 愚かな父を許してくれ」


「ですが! 私は自分が利用されているとも知らずに兵を集め、ストラクと戦い…… その混乱から国王陛下のお命が狙われる事となったのです! これで罰せられなければ私は自分を許せません!! それも聖剣が手元に無い時に……」


 ノーラン王子は知らない。

 聖剣がすでに改造され、ハロルド国王が手にしている事を。


「ノーランよ。実はな、聖剣はすでに改造済みなのだ。数日前の夜中に朱王と千尋が受け取りに来たのでな。偽の聖剣とすり替えて本物の聖剣を先に改造してもらったのだ。そして完成したのがこのウェストラル王国の聖剣【フロッティ】だ。美しい剣であろう?」


 ハロルド国王の言っている事がよくわからず呆けた顔で聖剣を見つめるノーラン王子。

 鞘に収められた聖剣は、以前より見ていた聖剣とはまるで別物。

 美しい水の剣がハロルド国王の腰に提げられていた。

 そして剣の柄に巻き付く精霊は小さな水竜のようにも見える。

 国王が甲高い音を鳴らして聖剣を抜き放つと、白銀の刃に鮮やかな青が際立つ剣身。

 そして波で描いた花のような装飾が水の国ウェストラル王国の聖剣として相応しい様相だ。

 そしてブルーオパールのような輝きを放つポンメルと波の花の中央部分を妖しく輝かせている。

 国王が聖剣を抜き放った事で、大気から水を集めたシィサーペントを模したウィンディーネが国王を守るかの如く渦を巻く。


「さ、さすがは国王様。すでに精霊を手懐けているとは思いもよりませんでした」


 シルヴィアさえも驚く程に国王の意のままに動くウィンディーネ。

 聖剣や魔剣を器とした精霊は自我が強い為言う事を聞きにくいのだが、ハロルド国王の意志の強さや魔力制御の高さが、それ程の訓練もなくウィンディーネとの意思疎通を図る事に成功している。

 聖騎士長として高い実力を誇るシルヴィアでさえ相当な苦労をしているが、国王はひっそりと聖剣を受け取りながらも完璧に精霊を使役する事に驚きを隠せない。


「どうだノーランよ。我が聖剣はかつての比では無い程に強力だぞ。それに精霊であるはずのコーアンが己の意志で私を守ってくれる事もあって、余程の事がない限りは傷一つ負う事はない」


「私の心配など無用でしたか…… 国王陛下のお力になれない自分が恥ずかしい限りです」


「いや、子に案じられて嬉しくない父親がどこにおる。其方の心遣い嬉しく思うぞ。それと明日からはノーランにもストラクにもこれまで以上に力を貸してもらわねばならん。ジェイソン配下の貴族共が投獄されたのだ。このままでは国が成り立ってはゆかん。国力低下する今こそ其方らの力を貸して欲しい。そうだな、これがノーランとストラクへの罰としよう」


「…… はい! 仰せのままに!」


「それと私にも罰が必要か…… 私は父上から国王に任命されたが、ウェストラル王国は聖剣の元に作られた国だというのに国民に私の力を示していない。民に国王としての力を証明しなければ、全ての国民は私を王とは認めてくれないのかもしれんな」


 前国王マイルズ、現国王ハロルド共に任命されて国王となった為、国民の前で聖剣を振るったところを見せてはいない。

 本来であれば聖剣を手にした国王とは、王国の力の象徴としてその実力を示すのがかつての習わしだ。

 それがここ二代に渡って示していないとすれば、国王への支持が低下するのも頷けるというもの。

 そこでハロルド国王が考えた結果。


「私は超級魔獣のファーブニルを討伐するとしよう。しかし実力が足りんかもしれんな」


「もし良ければ私達と訓練しますか? 体力が尽きても私がすぐに回復しますから!」


「それが国王様への罰! という事でしょうか」


「んなっ!? シルヴィアさんは何て事を!?」


「す、すみません…… あまりにも過酷な訓練でしたので……」


 実力が足りないかもしれないと言うハロルド国王に、ミリーが訓練に付き合おうかと申し出たのだが、シルヴィアは地獄の特訓とも思える過酷な三日を過ごした為、国王の訓練を罰と捉えてしまった。


「シルヴィアが受けたと言う訓練だ。他の王達を出し抜きたい気持ちもあるのでな、私も是非とも受けてみたい。頼めるかミリー」


「良いですよ! 訓練なら蒼真さんが喜びますしね!」


「国王様、生温い覚悟はお捨てください……」


 ミリーに訓練を頼んで意気揚々とするハロルド国王と、あの三日間を思い返して顔色を変えるシルヴィアだった。




 この後朱王に連絡を取り、今後しばらくの王国の政務を協力するよう要請するハロルド国王。


 朱王も国王からの要請があれば協力するつもりではいたのだし、王国の政務とは思ってもいなかったがデータの処理はお手の物。

 王子王女達と共に政務に取り組み、効率的な作業の進め方を教えて欲しいとも頼んでおく。

 国の情報が朱王に漏れてしまう事になるが、朱王の予測があれば国の状況からある程度近いところまで調べる事もできるはずだ。

 それに朱王が情報を他に流すような者ではない事もよくわかっている。

 朱王を信用してこの件を頼むハロルド国王。

 それを快く了承した朱王。


 しかし朱王は気付いていない。

 ハロルド国王はこれを機に朱王とルイン王女を急接近させようなどと考えている事に。




 ハロルド国王は千尋にも他の王子王女の武器の強化を依頼する。

 もし王子達に何かあった場合に、自分の身は自分で守れるようにと武器を強化をしてもらいたいとの事。

 

 それに今回ウェストラル王国が失う事となった聖騎士は少なくない。

 残っているのは玉座の間にいたクロエと、朱王の部下でもあるハリー。

 マーヴェリックとマーカー、サラの五人のみ。


 マーヴェリックはイザヤを倒した後は、ハリーと共に私兵達の制圧していた為無事だ。

 ノーラン王子派閥とはいえ、オリバー達が王子を斬り付けた事から首謀者が別にいると判断している。


 マーカーとサラはノーラン王子、ストラク王子と派閥は違うがお互いに王国を守ろうと戦っていた為、殺し合いをするつもりはなかったようだ。


 思った以上に国の戦力が低下してしまった為、今後はクリムゾンの隊員達も王国騎士として働いてもらう事にする。

 クリムゾンの隊長であるミューランは聖騎士に、そして実力が高い者を一名選出して七人目の聖騎士として任命しよう。

 聖騎士七人と王子王女五人で十二人分の戦力と考えれば何とかなるだろう。

 ニコラスやウルハ、エイミーを聖騎士とする案もあったが、本人達がこれを拒んだ為却下。

 聖騎士となっては朱王の指示に即対応する事が出来なくなる為との事。




 ついでに王子達と聖騎士七人の訓練を頼んでおく事にしたのだが、千尋の訓練では何も得られないだろうと朱王も気付く。

 グループ通話に切り替えて、国王の訓練や王子達、聖騎士達の訓練について相談し、全員が以前シルヴィアが訓練した場所での訓練をする事となった。

 午前中は政務に没頭し、午後からは訓練をするつもりだ。


 貴族のおよそ三割が没落した今後は仕事を他に割り振る必要もある。

 朱王に政務を頼むとしても、まずは他の貴族達に仕事を振るべきだろう。

 明日はハロルド国王が貴族達に指示を出し、今後の貴族達の役割、仕事を割り振り、多くの仕事を振る者は爵位を上げてやれば喜んで受けてくれるはずだ。

 今回のジェイソン派閥の者達には侯爵や伯爵が多くいた為、仕事のできる人間であれば爵位を上げてやっても問題はないのだ。

 反逆者達の邸も財産も没収するので、働きによってはそれらの一部を与えても構わない。

 しばらくの間ウェストラル王国としては激動の期間となるが、新たに爵位を上げた者達はこれまで以上の働きを見せてくれるだろう。

 不足分は朱王のデータ処理に期待すれば何とかなるというのがハロルド国王の考えだ。




 明日以降の話を一旦終え、ハロルド国王はストラク王子を抱えて王宮へと戻って行った。

 ミリーは朱王邸へと空を飛んで戻り、シルヴィアとハリーは捕らえられた者達を確認しに向かう。


 ミリーはリルフォンで映っていた地下ロビーへと向かい、待っていた千尋達とケーキを食べてから部屋へと戻った。


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