第199話 征伐
ジェイソンの言葉や態度に激怒するハロルド国王。
ウェストラルに住む国民の為、苦しめられた我が子達の為、そして以前暗殺されかけた父の為。
父の兄とは言えこの男を許すわけにはいかない。
「カミラはあの娘をやれ。コナーよ、ハロルドを討つ。ついて参れ」
「「はっ!!」」
カミラは下級魔法陣を発動すると共に精霊ウィンディーネを顕現させる。
棍を右手にクロエに向かって駆け出した。
コナーもカミラ同様下級魔法陣を発動し、精霊ノームの強化を重ねてハロルドに向かう。
そしてコナーの背後からは両手にダガーを持ったジェイソンが追う。
やはり精霊フラウと契約しており、下級魔法陣アイスによる氷の刃でハロルドを狙うつもりだ。
カミラの棍の先端から放出された水魔法は、水棘となってクロエの胸元目掛けて突き出される。
それに対してクロエは右の冷気の刃で水棘を凍りつかせると同時に打ち砕き、左の刃でカミラに突きを放つが、返す棍に遮られて距離を取る。
動きを作り出す水魔法と形を固定する氷魔法。
水鞭となったカミラの精霊魔導がクロエに襲い掛かり、それを凍りつかせる事で打ち砕くクロエ。
防戦一方となりながらも防御に長けたダガーであれば水の鞭などそれ程脅威ではない。
静かに佇むハロルド国王に向かって跳躍したコナー。
その背後からは潜り込むようにしてジェイソンがハロルドを狙う。
戦鎚を剣で受けてもジェイソンの氷の刃がハロルドの腹部を突き刺すだろう。
だがハロルドは剣で受ける必要はない。
聖剣フロッティの鞘に込められた能力【打突】を使用してこの状況を打破する。
発動した打突はコナーの胸部、ミスリルの鎧を打ち砕きながら跳ね除け、抜剣されたフロッティを握り締めて右袈裟に斬り下ろす事でジェイソンの左腕を斬り飛ばす。
「ぎぃゃあぁあぁあぁあぁあっっ!! 私のぉ!! 私の腕がぁぁぁあ!?」
悲鳴をあげるジェイソンだが、ハロルド国王は躊躇わず右腕をも斬り飛ばす。
叫びながら転がり回るジェイソン。
そして血を吐きながらも起き上がったコナーに、歩み寄るハロルド国王。
「コーアン。この者に裁きを……」
下級魔法陣を発動すると共に精霊を顕現させる。
コナーの視界に映るもの。
無表情なハロルド国王とその背後には水獣【シィサーペント】を模した精霊の姿。
下級魔法陣を発動し、精霊魔導となったシィサーペントに流れ込む魔力は、暴水により更にその水量を増す。
精霊が精霊魔導を放つのではなく、精霊であるシィサーペントそのものが精霊魔導だ。
獲物を見つけたコーアンはその巨体を後方に引き、勢いをつけてコナーを頭から飲み込む。
コーアンの体内は超高圧の水が渦を巻くように流れ、ダメージを負って強化の薄れたコナーの体を容易に引き裂いた。
血で真っ赤に染まるコーアンだが、コナーの体をその性質によって分解、消滅、魔力へと還元する。
冷酷な表情を見せるハロルド国王は、反逆者であるコナーに対する慈悲などない。
そして腕の痛みに悶えるジェイソンを見下ろすと、聖剣フロッティを振り上げて問う。
「最後に何か言う事はあるか」
「たっ、助けてくれ!! 命だけは!! 頼む!!」
涙と涎を垂らしながら命乞いをするジェイソンに、落胆と失意を感じながら聖剣を振り下ろす。
一瞬にしてコーアンに飲み込まれるジェイソン。
斬り落とされた両腕も全て食らうと真っ赤な血に染まり、魔力へと還元する事によって元の青い水獣へと戻る。
そして聖剣を一薙ぎすると、コーアンが次なる獲物へと襲い掛かり、玉座の間へと流れ込んで来た騎士や私兵を次々と飲み込んでいく。
血飛沫をも取り込み、その質量を増加させるコーアンは下級精霊とは思えない程に巨大な水獣となって暴れ回る。
私兵を飲み込み、騎士を噛み砕き、全ての敵を葬るまで一分と掛らなかった。
クロエとカミラの戦いも、それ程時間は掛からず終わりそうだ。
クロエの冷気がカミラの体を冷却し、次第にその動きを鈍らせていく。
それから数分の戦闘の末、凍りついて身動きの取れなくなったカミラを見て、クロエはハロルド国王に頭を下げる。
反逆者であるカミラにも裁きを。
頷いたハロルド国王は、顕現させたままのコーアンをカミラに向け、一瞬にしてその命を奪う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
王宮の門の前でミリーを待つシルヴィアに、クロエからのメールが届く。
内容は聖騎士であるコナーとカミラの裏切り、そして玉座の間へ騎士や私兵が入った事。
そしてジェイソン公爵が黒幕である事が伝えられる。
しかしシルヴィアは王子達をここに捨て置くわけにはいかない。
せめてミリーが来るまではと思っていたのだが、杞憂に終わった。
一瞬にしてコナーを打ち破り、ジェイソン公爵をも消滅させたとすぐにメールが届いた。
聖騎士であるコナーが一瞬で倒されるのであれば、騎士や私兵など敵になり得ない。
まだカミラを倒したとは連絡がないが、クロエが戦うのであれば互角に渡り合えるだろう。
門の前で戦う私兵達も騎士によって制圧されつつあるのでこのままでも大丈夫だろう。
そしてミリーがやって来たのは三分後。
すぐにシルヴィアの側に着地して王子達の容態を確認。
命の危険があるストラク王子に復元魔法を施すと共に範囲の回復魔法を周囲に展開する。
七色に光り輝くミリーが闇夜を照らし、怪我をして身動きが取れなくなった私兵や騎士の体も回復魔法が掛けられる。
ストラク王子は致命傷を負いはしたものの、命はまだあり傷を負ってまだ三分。
ミリーの復元魔法であればそれ程時間が掛からず傷が癒やされる。
腹の傷が塞がり、全身に負った火傷は範囲の回復でも問題はない。
すぐにノーラン王子の背中の傷に復元魔法を施す。
「さすがはミリー様の回復魔法ですね…… わずか数分でストラク王子の傷を塞いでしまうとは」
「本当は一瞬で回復できたら最高なんですけどねー。これが私の今の限界ですけど、今後はもっと早く回復出来るように頑張りますよ!」
世界中の誰よりも優れた回復術師であるにもかかわらす、更なる高みを目指して精進しようというミリーに、自分の心の未熟さを痛感するシルヴィア。
自分よりも若いミリーに尊敬の眼差しを送る事となった。
それからまた三分程してノーラン王子の傷は塞がり、顔色が良くなってきたところで意識を取り戻す。
「う…… うぐっ、うぅぅ…… ミ、ミリーか…… 私の傷を…… はっ! ストラクは!? ストラクに回復魔法を施してくれぬか!?」
「む? ストラク王子はあと火傷だけです。ただ雷撃のせいで意識を取り戻すまでは少し掛かりそうですけどねー」
やはりストラク王子の受けた傷は軽くはない。
腹部を突き刺され、体内からの雷撃によって全身を焼かれると同時に身体機能にも深いダメージを与える。
いつ死んでもおかしくはないダメージであり、それを回復出来るとすればミリーの他にはこの国にはいなかったはずだ。
「そうか…… すまない。感謝する。シルヴィアにも迷惑を掛けたな」
「いえ。今回のこの謀反を起こした首謀者は先代国王であるマイルズ様の兄上、ジェイソン公爵様でした。お二人は利用されただけのようです」
「ジェイソン大伯父様が…… 父上とも親しい良き方だったというのに……」
ノーラン王子、ストラク王子共に幼い頃から知っているジェイソン公爵の印象は悪くはなかった。
いつも笑顔で接してくれるジェイソン公爵は、体の不自由な祖父マイルズに変わって遊んでくれる、優しい祖父のような存在であった。
その大伯父であるジェイソン公爵が首謀者と聞き、ノーラン王子もそれが真実であるのかと疑ってしまう。
だがウェストラル王国のこの血塗られた王家の歴史を見れば、過去にも王子、王女、兄、姉、弟、妹、伯父、叔父、伯母、叔母と、国王を暗殺、または謀反を起こす者達が多くいた。
記述として様々な事が書かれているが、その中にも優しき者が謀反を起こしたという歴史はこれまでにもあったのだ。
優しかった大伯父と言えども王座を狙わないとは言い切れない。
「国王様からの報告ですので間違いありません」
「そうか…… 父上もさぞお辛い事だろう……」
拳を握りしめて父を心配するノーラン王子は、これまでシルヴィアが聞いていた王子の姿とはかけ離れて見えた。
豪胆で短気、暴力的な王子など何処にもおらず、自分の弟の身を案じ、国王である父の心境をも思いやる。
国王に似た優しき王子が本当の彼の姿だった。
その後ストラク王子の傷も癒えた頃、王宮から出て来たハロルド国王。
門の前に立って声をあげる。
「反逆者ジェイソン=ウェストラルを討ち取った!! それに追従した者は降伏せよ!!」
国王の声、国王の姿を見て、自分達の主人であるジェイソンが倒れた事を知る貴族や私兵達。
武器を取り零し、失意を胸に膝からガクリと崩れ落ちる。
「王国騎士達よ! 反逆者ジェイソンに付き従った者達を捕らえるのだ!!」
シルヴィアの命令によって降伏した貴族達を捕らえ、縄で縛って牢へと連れて行く騎士達。
まだ生き残った二百人程の私兵達がその場で捕らえられ、ジェイソンに追従した騎士、聖騎士もが捕縛されて牢へと連れて行かれた。
純粋にノーラン王子に追従する者、ストラク王子に追従する者はその場に残るが、仲間の屍を見ると怒りが込み上げてくる。
「畜生!! お前らが反乱など起こすから!! 多くの仲間が…… 俺の弟が……」
涙を流しながらジェイソンに属した男の屍を踏み付ける。
他にも涙を流しながらこの謀反を起こした男達を踏み付ける私兵達が複数いる。
「皆止めよ!! その者達は国賊と言えど、主人に従い命を懸けた戦士達だ! それを踏み付けるなど騎士道に有るまじき行為! 悔しいだろうが私に免じて堪えてくれ…… 頼む」
ノーラン王子が私兵達に頭を下げて頼む。
名も知らぬ私兵、それも敵兵の為に頭を下げるノーラン王子に、屍を踏み付けていた私兵達は自分達がした愚かな行為を恥じて跪く。
「申し訳ございません…… ノーラン王子。私共が間違っておりました。お許しを……」
「このような事態を引き起こした我々王族にも問題がある。今後このような事が起こらないよう私達は考えていかなければいけない。すまないがその者達を家族の元に…… そして丁重に葬ってやってくれ」
「はい、ノーラン王子」
私兵達はこの戦いで戦死した者達を安置場へと運び、国中に知らせて家族に引き取ってもらう事となる。
涙を流しながら仲間の死体、身内の死体、敵となった男の死体を運ぶ私兵達。
その光景を言葉なく見守る国王と王子達だった。
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