第198話 山場を迎えてるところ

 ストラク王子とノーラン王子の戦いを横に見ながら、王宮へと向かう私兵達を制圧するシルヴィアだったが、オリバーとフィンリーが王子達を斬り付けた瞬間に走り出す。


「やめろオリバー!!」


 シルヴィアは全身から雷を迸らせて一気に距離を詰めてオリバーの剣を受け止める。

 その直後にシルヴィアに向けられた雷撃の刃を超高速の剣技で受け流す。


「貴様らどういう事だ!?ノーラン王子の派閥の者だろう!?それがどうしてノーラン王子を斬る!?」


「俺達はどちらの派閥にも属してはおらんからな。我らが属するは……言うべきではないか」


「別に聖騎士長も代替りするからいいのではないか?俺達は先代のマイルズ国王の兄、ジェイソン様に属している。王権を奪われて早十八年。この時をずっと待っていたんだ」


 先代国王マイルズ。

 そしてその兄であるジェイソン。

 先々代の国王がマイルズを任命した事により、王権争いが起こる事なく先代国王は決まってしまった。

 国王となる日を夢見ていたジェイソンだが、その夢はその時に潰えてしまった。

 しかし月日は流れても王座への夢は諦められるものではない。

 そして父親である先々代の国王が亡き後に王座を奪い取ろうと虎視眈々とその時を狙っていた。


「ジェイソン公が…… だとすれば王子二人を殺して国王様も殺そうと言うのか!?」


「まあそんなところだ。王子の謀反によりストラク王子は戦いの中で死亡。そのままノーラン王子はハロルド国王を殺したところを俺達が討ったって事にする」


「まあ筋書きとは違うがこれだけの混乱の中だ。俺達が話を合わせれば全て上手くいくだろう」


「そう簡単にはやらせはしない!!」


「俺達二人を相手に勝てると思うなよ」


 魔剣オルナを構えるシルヴィアと、擬似魔剣を構えるオリバーとフィンリー。




「ヴァリエッタ!! 奴らを倒す力を貸せ!!」


 下級魔法陣サンダーを発動したシルヴィアが雷精霊ヴォルトを顕現させる。

 その姿は白雷を内包する雷鳥。

 雷鳥の放電がシルヴィアを包み込む。


 水精霊を顕現させたオリバーと、二体の雷精霊を顕現させたフィンリーも、シルヴィアの雷鳥に全身が弛緩する程の恐怖を覚える。

 精霊としての格が違いすぎる。

 同じ下級精霊でありながらその大きな違いに、上級魔法陣を発動する二人。

 一回り大きくなったウィンディーネとヴォルトだが、白雷を放つ雷鳥には遠く及ばない。

 しかし二人掛かりの精霊魔導であれば負けるはずがない。


 オリバーの全力の水の槍がシルヴィア目掛けて放たれる。

 同時にフィンリーが雷を纏って一瞬で間合いを詰め、シルヴィアの頭上から右の巨剣を振り下ろす。

 オリバーの水槍を雷刃で弾き、超高速の剣がフィンリーの刃を受け止める。

 双方の雷撃が相殺し合い、その雷刃の光のみが王宮前を瞬間的に照らす。

 続く左の斬撃にも即座に対応するシルヴィア。

 フィンリーの雷撃の双刃の速度は凄まじく、大きく膨れ上がった筋肉から振るわれる剣戟の威力も相当なもの。

 一振りの魔剣オルナで全て捌ききるシルヴィアだが、フィンリーの攻撃はさすが上級魔法陣ボルテクスを込めた精霊魔導と言えるだろう。

 下級魔法陣と迅雷だけでは受けるのがやっとだ。

 そこへオリバーの電流の流れない水の刃が襲い掛かり、二対一、剣の数で言えば三対一での剣戟を重ね合う。

 だがシルヴィアはこの危機的状況に笑みが溢れる。

 自分に襲い掛かる剣がこれ程までに軽いとは思いもしなかった。

 自分に襲い掛かる剣がこれ程までに遅いとは思いもしなかった。

 全力で相殺してもさらにのし掛かる圧力がない事。

 そして今の剣速はこれが限界だが、知覚できる速度は今よりも遥かに高い。

 では顕現させたヴァリエッタの力を使おう。

 ヴァリエッタが魔剣オルナへと飛び込み、放出する雷刃の出力が上昇する。

 下級魔法陣サンダーを迅雷を放つのではなく、強化された迅雷をヴァリエッタに食わせ、ヴァリエッタ自身を雷刃と化す。

 これによりシルヴィアの雷刃はエネルギーの塊となる。


 シルヴィアがオリバーの水槍を受けると同時に蒸発させ、雷刃による衝撃がミスリル槍をも爆発的な一撃として弾き飛ばす。

 これまでの速度以上の体捌きにより、力が乗り切らないところへのシルヴィアの一撃が加えられ、為す術もなく弾き飛ばされたオリバー。

 続くフィンリーの雷撃にも全力で魔力を流し込みながら雷刃を放ち、圧倒的な出力によってフィンリーの雷撃をも弾き飛ばす。

 その出力は巨大なフィンリーの体をも易々と弾き飛ばす程に強力だ。


 雷撃によるダメージを受けたオリバーとフィンリーは震えながらも立ち上がり、シルヴィアの追撃に備えてその位置を確認する。

 だがそこにいたはずのシルヴィアの姿がない。

 そう思った瞬間に全身を駆け抜ける爆発するかのような雷撃。

 体表からは煙があがり、全身の感覚を失って倒れるオリバーとフィンリー。




 シルヴィアはストラク王子の容態を確認する為、そちらに視線を送る。

 そこには倒れたストラク王子を守ろうと、寄り掛かりながらも剣を握りしめるノーラン王子の姿があった。

 口と背中から血を流し、意識も朦朧としながらも敵に襲われないようストラク王子を守る兄の姿が。


「コール! …… ミリー様! ストラク王子とノーラン王子を救っては頂けないでしょうか!? お二人の傷は深く、今にも危ない状況です!!」


『マジですか!? 今映画が山場を迎えてるところなんですけど人命が最優先ですね!! あっ、そうだ朱王!! 映画をちょっと止めてくれますか!? ええ!? 嫌だ!? ぐぬぅ…… シルヴィアさん今行きますね!!』


 この戦闘中に緊張感のないミリーの言葉が少し腹立たしいが、部外者であるミリーに助けを求めるので文句は言えない。

 それにミリーの尋常ならざる回復魔法はシルヴィアも良く知るところ。

 ウェストラル王国のどこを探してもミリー程の回復魔法を発動できる者はいない。

 それに朱王の邸は王宮のすぐ側だ。

 ミリーの飛行装備であれば一分と待たずに到着するはず。

 王子二人の傷を確認し、圧迫止血をしながらミリーの到着を待つ。

 その間襲ってくる私兵や騎士はヴァリエッタの雷撃で一撃で沈めてやればいい。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 王宮内に入り込んだ騎士や私兵達は、諜報員からの情報で邸内の見取り図を見ている為、迷う事なく国王がいるであろう玉座の間へと向かう。


 そこへ現れたのは聖騎士のコナー。


「お待ちしておりました。ジェイソン公爵閣下。ハロルド国王は玉座の間にて待機中です」


 私兵達の中には先代国王の兄、ジェイソン公爵もおり、聖騎士のコナーもジェイソン側の騎士だったようだ。


「コナーよ、よくやった。ではハロルドの元へ案内しろ」


「はっ!」


 コナーに続いてジェイソンが進み、その背後には五十人程の騎士と私兵達が続く。

 暗闇の中で迷わずに玉座の間へと向かっていく。




 玉座の間には国王であるハロルドと、聖騎士のクロエとカミラが待ち受けていた。

 ハロルドはフロッティを腰に下げて立ち上がり、クロエは両手にダガーを持って警戒する。

 そしてカミラは右手に棍を持ち、左手にはダガーを手にして歩き出す。

 そしてジェイソンの前で跪き、左手に持っていたダガーを差し出した。


「ふむ。カミラもよくやった。あの聖騎士がハロルドの側を離れなかったのは残念だがまあいい。今から殺すのでも遅くはないだろう」


 ジェイソンはカミラから受け取ったダガーとは別にもう一振りのダガーを持っている。

 オリバーが持っていたダガーだろう。

 どちらも氷属性の擬似魔剣だ。

 おそらくオリバーから受け取ったダガーには精霊契約をしてあるだろう。


「ジェイソン様!! 何故貴方様がこのような事を引き起こしたのですか!? パーティーではいつもお優しい笑顔をお見せくださったではないですか!!」


 クロエが知るジェイソンは、パーティーでも他の貴族達と笑顔で接する良き公爵だった。

 国王であるハロルドともこの国の未来について熱く語る事もあったというのに。


「私もこの国が良くなれば良いと常に考えている。それは間違いなく私の本心だ。私は国王になって自分の手でこの国を豊かにする事が夢だった。だが父上は私ではなく…… 弟であるマイルズを国王に任命した。私の夢はそこで潰えてしまったのだ…… そこで私はマイルズを倒し、国王になろうとも考えたのだが、父上の悲しむ顔が見たくなくて思い留まった。しかし…… 何年経とうとも私の国王への夢は諦めきれるものではなかった! 機を伺い、耐え忍んで、今日この日が訪れるのを待ち続けた!」


「ジェイソン叔父上。聖剣が手元にないこの日を待っていたという事ですか?」


「その通り。父上が亡き後に王権を奪うべくマイルズの命を狙ったのだが未遂に終わった。その後聖剣を奪おうと考えたところでハロルド、貴様が国王となってしまった。若く強かった貴様が聖剣を手にしてしまったのだ。暗殺も不可能と考えたところに今回予想外のチャンスが訪れた! 貴様は聖剣を手放し、今そこにあるのは我々が持つ強化された剣があるのみ! 同じ力を持つ以上負けはせん!」


 現ハロルド国王が王座に就いたのがおよそ四年前。

 わずか十四年で退いたマイルズ前国王だが、暗殺未遂によって傷を負い、聖剣を振るう事が出来なくなった為ハロルドを国王として退位した。


 各国によって国王が退位する場合に違いはあるが、聖剣を振るって戦う事が出来なければどの国でも王座を退かなければならない。

 聖剣の下に築かれた王国である為、聖剣を振るうのが国王である事は絶対。

 その国王が戦う事が出来ないとすれば退位するのは当然の事だろう。


 マイルズとジェイソンは先々代の国王が悩みに悩んでマイルズに王権を渡している。

 マイルズよりもジェイソンの方が全てにおいて能力が上回るものの、ジェイソンは危険な思想を持つ事が懸念された為、マイルズが国王として任命された。

 しかし納得のいかないジェイソンは、自分の父である先々代の国王が亡き後にと機会を伺っていた。

 先々代の国王が眠りについたのはおよそ五年前。

 マイルズを討とうと暗殺を目論み、暗殺は失敗したものの聖剣を扱う事は出来なくなった。

 これはチャンスがやってきたと思っていたのだが、マイルズ前国王はすぐにハロルドに王権を渡してしまう。

 三十代半ばと若くして王座に就いたハロルドは強く、そのうえ聖剣を手にしたとあっては聖騎士が束になっても敵わない程だ。

 だからこそ潜んでいた。

 じっと耐えてハロルドが聖剣を手元に置かなくなるその時を狙っていた。

 それがまさか聖剣を手放すだけでなく、自分の配下である聖騎士達の武器が強化されるという絶好の機会が訪れるとは思いもしなかった。


 聖剣が国王の手元にない。

 聖剣に劣らない性能の武器が手に入った。

 仲間も集め、充分に力を蓄えた。


 これ以上のチャンスは二度と訪れる事はないだろう。

 耐え忍び続けたジェイソンは遂に動き出した。




「まさかとは思いますが…… ノーランに何かしていませんか?」


「あの小僧は私の掌の上で面白おかしく転がってくれたよ。気性が荒く暴力を振るうと噂を立てれば、貴族や使用人達の間では簡単に広まる。こちらにサクラが居れば容易い事であったわ」


 いつ何が起こるとも限らないだろうと、元々言葉数の少ないノーラン王子には、気性が荒いと噂立てるように数人の貴族を向かわせている。

 ノーラン王子に反逆の意思があるだろう、ストラク王子が国王の命を狙っている、ストラク王子を暗殺するべきだなど、王子の怒りを買うような事を言って暴力を受ける。

 そしてそれを見た者達には噂話を流し、性格は豪胆で短気と言いふらす。

 だが実際は性格は豪胆でも何でもなく、ただ言葉数が少ない事と、周りが作り出した勝手なイメージがノーラン王子との距離を置き、延々と続く嫌悪感を感じさせる視線が苛立ちを掻き立てていただけだ。


 それは同じようにエイラ王女にも仕掛けられており、使用人には常にエイラ王女に嫌がらせをするよう指示を出し、しばらく我慢を続けていたエイラ王女も堪え兼ねて罰を与える事となった。

 そして使用人を変えようともまたエイラ王女に対する嫌がらせをする使用人が送り込まれ、我慢に我慢を重ねても続く嫌がらせから、ついには拷問にかけるほどまでに至った。


 全ては王子王女のイメージを落とす為、そして何もしていない王子達にも、噂話からの疑心を植え付ける為に陰湿にノーラン王子とエイラ王女を攻め続けた。


「叔父上…… 貴方が王座に就いてもこの国は良くはならない。この内乱、謀反を起こした時点で貴方は国民の事を何とも思っておられない。最低の人間だ」


「朱王に言われるがままに奴隷制度を撤廃した貴様が何を言っておる。物と人とを区別も出来ぬ貴様は王として失格だ」


「朱王は…… 弱き者の為、奴隷をも人間として尊重する彼は私から見れば聖人にも近い。奴隷は奴隷という身分でありながらも人間と何も変わらない。彼の意見は間違ってはいないでしょう」


「奴隷とは物である!! それらの手足を捥いだとて何の罪がある!? 殺したとて何の罪に問われるというのだ!? 市民も奴隷も勝手に増える物であろう!?」


「クズが…… 朱王が言っていたな…… 救われないクズもいると…… 今知った…… まさか王族に貴様のようなクズがいるとはな」


 怒りに拳を握り締めるハロルド国王。

 人を人とも思わぬ発言をし、そして我が子達をも苦しめた。

 許すわけにはいかないだろう。

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