第194話 カミンの戦い
ディミトリアス大王がカミンの相手にと選んだのはスタンリー侯爵だ。
西の国の守護者ともなれば、その実力は他の魔貴族を大きく上回る。
朱王が戦ったサディアスと比べても上回るものと予想される。
カミンとスタンリーが外へと歩き出し、ディミトリアス大王達もそれに続いて外に出る。
千尋達はフィディックの視界を映し出す事でリアルな戦闘を見学する事にした。
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◇◆◇◆フィディック視点◆◇◆◇
カミン様とスタンリー様の戦いか……
これまで西の国の魔貴族様方の戦いは何度か見てきたが、オレのような一般兵では絶対に届かない領域の戦闘だったな。
スタンリー様は上位魔人様だから魔貴族様よりもさらに強いはずだし、カミン様は大丈夫なんだろうか……
これまでの関係からスタンリー様はカミン様を気に入ってるだろうし、加減はしてくれるだろうけどそれでもやっぱり心配だな。
オレも朱王様方の強化やカミン様の訓練のおかげで随分と強くなったとは思うけど、まだ魔貴族様と戦える程強くはなってない。
レベルも上がって魔力量は充分あるけど練度がまだまだ足りないだろう。
自分が今どの程度まで強くなったか試してみたい気もするんだが、軍団長クラスでもまだ厳しいか。
さて、カミン様はスタンリー様とどう戦うんだろう。
魔力量から考えれば長期戦にはならないはずだ。
これから戦おうというのに二人とも楽しそうに話してるし、緊張感があまり感じられないな。
「カミンの武器は魔剣ティルヴィングだったか? かっこいい剣だよなぁ。オレの精霊剣も綺麗にしてーな」
「お褒めの言葉ありがとうございます。朱王様に頂いた私の宝ですからね。褒められると一層嬉しいですよ」
などと話しながら空へと飛び上がった。
オレ達は外に出ても平気だけどディミトリアス大王様達は寒そうに震えてる。
やっぱりオレの着ているこの執事服兼装備の耐寒素材はすごいんだな。
大王の国の真上で戦うわけにもいかないだろうから、場所を西に移動して戦うようだ。
下は森だし空中戦、装備の能力的にはカミン様の方が有利だから少しは安心か。
ある程度距離をとってオレ達も空から観戦する。
下手をすると巻き添え食らうだろうけど、危ない時はカミン様とスタンリー様からメールが飛んで来る手筈になってる。
特にカミン様の爆破は範囲が広いから注意が必要だ。
ディミトリアス大王様達はカミン様の爆破を知らないだろうからな……
「ディミトリアス大王様。カミン様はここに来るまでにヒュドラを倒しております。カミン様の能力は広範囲に渡るものですのでご注意ください」
「ヒュドラをか!? あれは倒しきるのが面倒だからな。頭を全て破壊しても死なん化け物だが…… 広範囲の能力とはいえあの巨体を? ふむ、ちと信じられんな」
さすがにディミトリアス大王様も驚きの表情だ。
信じられないのもわかるけど事実だからな。
「ディミトリアス大王陛下。私はそのヒュドラの死を確認しております。数日経ってからの確認ではありますが、河に近づいても現れませんでしたので」
「そうか。カミンも化け物だな」
オレの周りは化け物だらけなんだがな。
マーリン様やメイサ様も全力で戦うところを見た事がない。
『カミンさんとオレも戦いたい』と言っているのは蒼真様か。
彼の方は朱王様を思わせる化け物だからな。
カミン様でも勝てないだろう。
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◆◇◆◇三人称視点(大王領側)◇◆◇◆
カミンとスタンリーが空中浮揚しながら武器を構えて魔力を練る。
カミンは下級魔法陣を発動し、剣のポンメルに水の魔法陣ウォーターが視覚化される。
「サキル、強敵が相手です。気を引き締めていきましょうか」
カミンの左肩付近に顕現した水の精霊ウィンディーネ。
カミンの言葉に反応してか、嬉しそうに口角を上げてケラケラと笑いだす。
対するスタンリーは精霊剣を抜いて強大な魔力を放出すると同時に暴風が吹き荒れる。
取り込んだ精霊はシルフであろう、精霊に匹敵する風魔法を自在に操り、風の鎧を纏ってカミンと向き合う。
お互いに準備が整うと、翼を羽ばたかせて接近。
カミンの左薙ぎの斬撃とスタンリーの左袈裟が交錯し、爆破と疾風が相殺すると同時に連続した剣戟を重ね合う。
スタンリーの剣術も一流と言える程に鋭く、カミンの剣術はこれまでの訓練のおかげもあって若干ではあるが上回る。
しかし魔力の絶対量がスタンリーの一撃をさらに重さを加え、カミンの体制をわずかに崩す事で攻勢に出る。
防御をするカミンだがその剣捌き、体捌きはスタンリーの攻撃を全て受け止め、受け流す。
スタンリーの攻撃の合間に滑り込ませるカミンの反撃は鋭く、その一撃も爆破が乗る事で尋常ではない威力だ。
堪らず後方に引いて飛行装備で身を翻す。
後を追うカミンと体制を立て直そうと先行するスタンリー。
能力の高いはずのカミンの飛行装備に匹敵する速度で舞うスタンリーは風の扱いが上手い。
さすがはシルフを取り込んだ魔人と言っていいだろう。
距離を稼げないスタンリーは急停止と同時に風の鎧を解き放ち、体を中心に暴風が荒れ広がる。
突っ込めば風の刃に切り刻まれる恐れもある為、カミンは急停止すると同時に爆水とサキルの練成によるニトログリセリンを全力で叩き込む。
カミンのティルヴィングを中心に超威力の爆発が発生し、竜巻の如き暴風が消し飛ぶと同時にスタンリーも弾き飛ばされる。
新しく発動した風の鎧でその体を防御はしたものの、カミンの爆破の威力は受け切れるものではない。
地面に向かって落ちていくスタンリーだが、翼を羽ばたかせて飛行を再開。
全身から血を流しながらカミンのいる高さまで上昇して空中浮揚する。
「すげーなカミン。人間がここまでやれるとは思わなかったぜ。だが本気を出すにはまだ早え。もう少しこのまま付き合えよ」
「さすがは上位魔人ですね。腕の痺れが抜けませんよ。ですがまだまだ楽しくなりそうですし、お付き合い致しましょう」
魔力を練って仕切り直す双方。
スタンリーは翼を羽ばたかせると同時に突風を発生させて速度を高めて接近する。
カミンも同時に動き出すが飛行装備の速度が上がらないまま、スタンリーの右袈裟に右薙ぎの斬撃を合わせて受ける。
しかし速度の乗った斬撃はカミンの爆破をも押さえ込み、カミンは地面に向かって落下。
飛行装備を操って体制を立て直したところにスタンリーの高速の斬撃が襲い掛かる。
風魔法と飛行装備の最大の利点である高速飛行戦闘だ。
速度の乗らない斬撃や防御は、空中を舞う以上は威力で劣ってしまう。
斬撃に合わせて爆破を行うも弾き飛ばされるカミン。
スタンリーの斬撃はカミンに届く事はないものの、腕の痺れが酷くなる一方だ。
しかし続く高速飛行からの斬撃をまた同じように受け止める瞬間に、全身に凍りつくような嫌な予感を感じ取ったカミン。
ティルヴィングでまともに受けるのではなく、受け流すようにしながら体を捻る。
風の斬撃、蒼真の風刃のような巨大な風の刃が空を切り裂いた。
カミンの飛行装備の飛膜が切り裂かれ、バランスが取れずに地面に向かって落ちていくカミン。
水を操ってクッションを作る事でなんとか着地に成功。
上空を見上げるカミンだが、スタンリーは追わずに上空から見下ろすだけ。
カミンを待っているのだろう。
飛行戦闘をするのであれば翼を直さなければならない。
カミンの飛行装備はワイバーンの素材であり、魔力を多く流し込む事で回復も可能だ。
魔獣装備の、それも強力な個体であればそれぞれが回復能力を持ち合わせているもの。
ワイバーンもその例外ではなく、S級素材を使用したカミンの飛行装備であればその回復力も高い。
魔力を高めて飛行装備に流し込み、切られた飛膜を再生して再び空へと舞い上がる。
空中浮揚して待っていたスタンリーは、カミンが戻って来た事にも嬉しそうな表情を見せる。
「スタンリー候の速度は尋常ではありませんねぇ。空中では速度がそのまま重さになるのでやや部が悪いですか……」
「そうだろ。風魔法は空中戦闘に優位だからな。カミンの場合、飛行装備の性能はたけーけどあんま慣れてねぇみたいだな」
「まともな飛行戦闘は二度目でしょうかね。いい経験になります」
「ははっ、経験か。だがカミンの実力を見るって事だから長期戦はするつもりもねぇ。そろそろ全力でやるから覚悟しな」
スタンリーは精霊剣を前方に立てるようにして構え、呪文を唱えながら放出する魔力量を上昇させていく。
放出された魔力は風を巻きながら竜巻となり、スタンリーを中心に球状へとその形を変化させていく。
球状となった風の渦は時間と共に収縮し、同時に風の勢いも収まっていく。
風が止むとそこに現れたのは妖精の羽のような風の羽衣を纏ったスタンリー。
頭からは二本の長い角を生やし、魔人というより風の精霊のようだ。
目を開いてカミンを見据える。
カミンも上級魔法陣アクアを発動。
爆発的に魔力を高めると同時にイメージを込める。
朱王から見せてもらったサディアス=レッディアとの戦い。
その全力となる姿は炎を放つ竜魔人。
そして目の前のスタンリーは風の精霊シルフを取り込んだのだろう。
スタンリーの想像が生んだシルフの姿。
それならばと自分の望む姿を想像し、イメージとして魔力を練成する。
カミンが放出する魔力は爆水による水の魔力。
その水の魔力を取り込むのは水精霊であるサキル。
顔の見えない精霊は悪魔のように笑う。
カミンのイメージがサキルへと流れ込み、サキルはその姿を水へと変化させてカミンを包み込み、蠢く水がカミンのイメージを形取る。
頭から生えた四本の角のうち、横から生えた二本の角は前方に突き出し、もう二本の角は上に向かって生えている。
髪は長い黒髪となって後方へ流れ、顔には白い目が鋭く輝く真っ黒な仮面。
背後からは二本の尻尾が生え、一回り大きくなった翼は禍々しさを感じさせる歪な形状。
背後に巨大な魔法陣を背負い、まるで悪魔のような姿となる。
風の精霊と爆水の悪魔が向かい合い、お互いの力をぶつけ合う。
スタンリーの斬撃は空を切り裂く疾風の刃。
斬撃と同時に風の羽衣が刃となって襲い掛かり、防御が不可能な程の斬撃が放たれる。
対するカミンの爆水。
魔剣ティルヴィングを覆うニトログリセリンはカミンが思うままに水量の調整が可能。
ニトロの強烈な爆破が複数の風の刃を相殺する。
スタンリーの風の斬撃と風の刃衣が大気を切り裂き、カミンの爆破が大気を震わせる。
空間が歪むかのような戦闘を繰り広げる二人だが、お互いの隙を窺いつつ同時に大魔法を放つ。
スタンリーは暴風のミキサーとなる、竜巻を圧縮した風球を作り出し、カミンは顔の前に巨大水球を作り出す。
一瞬で練成された風球と水球は同時に放たれ、衝突すると共に超威力の爆発が巻き起こる。
その威力からお互いに遥か後方へと弾き飛ばされるも、飛行装備を操って体勢を立て直し、再び魔力を練りながら相手の位置を確認。
距離を詰めて互いの刃を交錯する。
爆発と風の斬膜は速度が乗る事により、相殺し切る前に突き抜けてしまう事でお互いの体にダメージを与える。
それでも構わず身を翻して剣戟を重ね合う。
剣を重ねる度に相手を上回ろうと、攻撃手段を変えながらその実力を高めていく。
スタンリーは風の羽衣から複数の風の刃を放ちながら飛行し、遠距離からの攻撃を仕掛ける。
カミンはその風の刃を相殺するべく、ニトログリセリン の水滴を散らしながら空を舞う。
しばらくの空中戦を繰り広げ、カミンとスタンリーの戦いに満足したのかディミトリアス大王は戦闘の終了を告げる。
『スタンリー、カミン。もう良い。人間の強さを充分確認できた。剣を収めるのだ』
魔人であるスタンリーにとってディミトリアス大王の言葉は絶対。
まだまだ戦いたいスタンリーだがその指示に従う。
カミンの方もまだ戦いたい気持ちもあったが、スタンリーが剣を収めた事で魔力を拡散。
剣を収めて変身を解く。
お互いに変身を解くとお互いにボロボロになった体が
露わになり、血塗れの手で握手を交わす。
人間も魔人もお互いを認め合えば、その手を握ってみたいと思うものなのかもしれない。
固く握手を交わしてディミトリアス大王達と共に大王城へと戻る事となった。
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