第192話 聖騎士と王子

「皆様、三日間の訓練ありがとうございました。それと朱王様、魔剣オルナは大事に使わせて頂きます」


 頭を下げてお礼を言うシルヴィア。

 この日は聖騎士訓練場へと向かう為、聖騎士全員の強化をする事となる。

 聖騎士達の派閥争いに巻き込まれたときの為にとこの三日間は訓練してきたのだ。


「シルヴィアは少し気楽にいけ。気負いすぎるとミスが増えるぞ」


「はい、蒼真先生!」


 また蒼真は先生になった。


「では後程。訓練場でお待ちしております」


 ハリーが挨拶をしてシルヴィアと共に空へと飛び立ち、リナ達も仕事へと向かって行った。




 すぐに出発したとしても彼らも朝礼のようなものもあるだろうと、コーヒーやお茶を飲んで一息つく。


 さて、シルヴィアが言う派閥による問題がどこまで加速していくのかは不明だが、今後訪れるかもしれない魔族との問題に向けて聖騎士の強化に向かおう。




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 聖騎士訓練場は王宮から少し奥側、海側とは反対に十五分程歩いた位置にある。

 朱王の邸からも近いのだ。

 それが飛行装備であればわずか一分程度だ。

 この日千尋とリゼも一緒に行くのは、王子達の派閥の動きを加速させる為、聖剣改造の日数を稼ぐのが目的だ。


 訓練場へと降り立ち、待ち受ける聖騎士達と王子二人は、誰もが一級品のミスリル武器を手にしている。


「皆様、お待ちしておりました。今日は我ら聖騎士の武器強化、よろしくお願い致します」


 ハリーが挨拶をして聖騎士全員が名乗る。

 王子達も昨日出来なかったと自ら挨拶をしつつ、飛行装備の礼を言う。

 千尋達も同じように挨拶をして早速強化に移る事にする。




 この日も属性ごとに分かれて対応しよう。

 とはいえ精霊契約は召喚球を使えばいいので順番だ。


 千尋はもちろん地属性。

 少しお固そうな感じの三十代前半の男性コナーと、二十代後半の男性マーヴェリック。

 千尋を見て戸惑いを見せるのは性別に困惑しているのかもしれない。

 地属性であれば全盛りをしたい千尋だが、コナーもマーヴェリックも一つのものを極めるべきという考えらしく、上級魔法陣は一つでいいそうだ。


 コナーは戦鎚を持っており、戦鎚には下級魔法陣グランドを、ドロップは所持していないのでミスリル胸当てに上級魔法陣グラビトンを組み込んだ。


 マーヴェリックは片手直剣を使用し、左手には巨盾を持つ騎士だ。

 直剣にはグランドと、左手の巨盾にら上級魔法陣アースを組み込む。




 エレクトラは風属性を担当。

 マーカーは眉毛が特徴的な二十代半ばの男性で、エレクトラを見てもじもじし始めた。

 美人のエレクトラに緊張するのはわからなくもない。

 サラもマーカーと同じくらいの女性で、少し気が強そうな印象を受ける。


 マーカーは両手に鉈のような武器を持っている為、両方に下級魔法陣ウィンド、貴族用ドロップには上級魔法陣エアリアルを組み込む。


 サラは片刃の両手剣を持ち、貴族用ドロップも所持しているのでこの二つに魔法陣を組み込んだ。




 リゼと蒼真は水と氷を担当する。

 蒼真が水や氷を担当する事に納得のいかないランが、ひたすらに「なんでなんで」と繰り返し問い詰めていた。

 理由は簡単、海のある国だけあり水や氷は人気が高く人数が多いのだ。


 背が低めのイーサンは二十代後半の男性で少し目つきがキツめ。

 オリバーは四十前後の渋めの男性だが、鍛え抜かれた肉体がその実力を物語るかのようだ。

 カミラは背の高い女性でやや猫背。

 少し暗そうなイメージを受けるが、身長の高さがコンプレックスなのかもしれない。

 クロエは大きな目をした可愛らしい女性だ。

 年齢は二十代とも十代ともとれる。

 そしてノーラン王子とストラク王子も水属性を選択する。


 イーサンは騎士の剣とはそれ程デザインに違いのない、装飾された直剣を持つ。

 水と氷の両方をと思うリゼだが、イーサンは水魔法をという事で下級魔法陣ウォーター。

 胸当てには上級魔法陣アクアを組み込んだ。


 オリバーは長槍と腰にはダガーを装備する。

 水と氷の両方をという事で長槍には下級魔法陣ウォーター、ダガーには下級魔法陣アイスとする。

 胸当てにはアクアを組み込んで水量を優先とした。


 カミラはミスリルの棍と腿にはダガーを装備しており、水と氷の両方を使いたいとの事だ。

 水や氷でありながら打撃武器というのを不思議に思ったが、水の刃や氷の刃を使えば棍の方が扱いやすいかもしれない。

 貴族用ドロップにはアクアを組み込んで、オリバーと同じく水量を優先した氷の精霊魔導師となるようだ。


 クロエは両手にダガーを持つ。

 水と氷をと思ったのだが両方に氷をという事で、左右のダガーに下級魔法陣アイスを、貴族用ドロップにはブリザードを組み込んだ。

 海のある王国であれば水棲魔獣と多く戦う事もあるだろう。

 この選択もありかもしれない。


 ノーラン王子は片刃の両手直剣を持ち、首からは貴族用ドロップを下げている。

 水属性のみでいいという事で魔法陣を組み込んだ。

 強化をしてもらって喜んでいる周りの聖騎士達を見て舌打ちをし、表情からは機嫌の悪さを窺わせる。

 何故か昨日のイメージとは真逆の印象を受けた。


 ストラク王子は両手直剣を左右に持ち、水と氷の両方を選択。

 貴族用ドロップには上級魔法陣ブリザードを、胸当てには上級魔法陣アクアを組み込んで、水量、強度のどちらでも戦えるようにした。




 アイリは雷属性を担当。

 フィンリーは四十前くらいの強面の男性で、隆起した筋肉が鎧を着ていてもわかるほど。

 シルヴィアが聖騎士の中でも群を抜いて強いと言っていたのは本当なのだろう。

 クインは二十代後半と思われるが、なんとなく鋭さを感じさせる女性だ。


 フィンリーは左右に巨剣を持ち、両方に下級魔法陣サンダー、ミスリルの鎧に上級魔法陣ボルテクスを組み込む。


 クインも左右にエストックを持ち、刺突用の武器となるが軽さと雷撃の相性は良さそうだ。

 上級魔法陣は貴族用ドロップに組み込んだ。




 火属性は朱王が担当した。

 イザヤは三十前後の男性で、少し軽そうな、軽薄そうなイメージを受ける。

 朱王はチャラそうだなと感じているが、周りの目からは似てるなと思われているのだが。


 片刃の両手剣には下級魔法陣ファイア、貴族用ドロップには上級魔法陣インフェルノを組み込んで終了。




 全員分の強化が終わったら今度は精霊契約だ。

 まずは王子からという事で長男であるノーラン王子から始め、名付けと魔力を渡して契約を済ませていく。

 これ程までに簡単に精霊魔導師となれる事に誰もが驚くが、千尋達にとってはすでに作業だ。


 この間、ミリーと朱雀は飴ちゃんを咥えながら大人しく見学をしていた。




 聖騎士が全員精霊魔導師となった事だし、ある程度精霊魔法の訓練をしてもらおう。


 また属性ごとに分かれて精霊の教育を行い、各々狙い通りの魔法を発動出来るようにひたすら訓練をする。

 聖騎士だけでなく王子達も一緒になって訓練だ。

 せっかく精霊魔導師になったとしても、使えるようにならなければ意味がない。

 イメージをしっかり固めて精霊魔法を放つ訓練をひたすらに続ける。




 しばらく精霊魔法の訓練を見ていたが、やはり上達するのが速いのはオリバーとフィンリー。

 下限側のコントロールはまだ訓練していないが、狙い通りの精霊魔法を発動できているようだ。

 ノーラン派閥の二人がこうしてまた一つ頭が出た状態となり、シルヴィアも動揺が隠せない。

 しかしシルヴィアの実力はこの二人を同時に相手取ったとしても余裕で勝てる。

 まだ動揺する程の状況ではないはずだ。


 さて、ここでノーラン王子の表情を確認する。

 苛立ちを見せていた先程までの表情とは違い、集中した男の目をしていた。

 他を気にしている暇などない、自分の魔力に意識をしっかりと乗せながら真剣に取り組んでいる。


 ではストラク王子はどうだろうか。

 威力の高いオリバーやフィンリーの精霊魔法に驚いてはいるものの、自分もその領域に到達しようとまた真面目に取り組んでいる。

 自分の実力が上がっていくのが目に見えてわかる為か、その表情は嬉しそうだ。


 やはりシルヴィアの気にし過ぎなのではないだろうか。




 訓練を見る蒼真はノーラン王子に注目する。

 楽しそうに訓練に励む聖騎士達とは違い、一人真剣に取り組むノーラン王子。

 努力の蒼真はその姿勢を良しと思ったのか、発動する魔法にところどころに修正を入れるようにと指示を出し始める。


 驚いたのはシルヴィアだが、蒼真はリゼにもストラク王子の魔法を見るように指示を出す。

 常に訓練する時間がある聖騎士に比べて、王子達は訓練できる時間がそうあるわけではない。

 それならばと蒼真は二人に精霊魔法の手解きをしてやろうと思ったようだ。


 シルヴィアにはこの蒼真の行動は理解できなかった。

 危険であると言ったはずのノーラン王子の武器を強化しただけでなく、その王子の訓練に付き合おうというのだ。




 気がつけば昼を報せる鐘が鳴るまで真面目に訓練に取り組んでいた。

 少しずつ思い描くイメージに近付く精霊魔法に聖騎士達も楽しそうだ。

 王子達も蒼真やリゼの教えもあって聖騎士の精霊魔法にも劣らないだけの出力を放てるようになっている。


 聖騎士訓練場の食堂で昼食を摂り、国お抱えの料理人によるウェストラル王国の料理を楽しんだ。




 食事の後にシルヴィアに呼び出された蒼真。


「何故王子お二人の訓練に指示を出すのですか!? 私は危険だとお伝えしたでしょう!?」


「じゃあ誰が王子達に精霊魔導を教えるんだ? お前達聖騎士はお互いにアドバイスしながら強くなっていくだろう。王子達には自主練だけしろと言うのか?」


「しかし危険があるかもしれません!! 過去には王子達による殺し合い、国王への謀反もあったのです! それがまた起こるかもしれないんですよ!?」


「シルヴィアの言いたい事もわかるがな。疑いだけで王子達だけ除け者にするのか? もし罪のない王子が自衛する力を持たずに聖騎士に斬られたらどうするつもりだ?」


「それはそうなのですが……」


 蒼真の意見は正しい。

 派閥があり、その上に立つのが王子達であるとすれば確実に狙われる事になるだろう。

 精霊魔導をまともに使えない状態よりも、力が拮抗していた方がこちらとしても御し易い。

 そしていくら聖騎士達が訓練を積もうとも、徹底的に追い込まれて鍛えられたシルヴィアが負ける事は考えにくい。

 ハリーも擬似魔槍に強化してからある程度の日数が経っており、他の聖騎士達がその実力に追いつくまでまだしばらくは掛かるだろう。

 しかしシルヴィアの心配は拭えない。


「この国にも騎士道はあるだろう。正々堂々と戦って打ち勝てばいい。シルヴィアにはその力があるんだ。自信を持って堂々としていればいいさ」


「本当に…… 私は大丈夫なんでしょうか。蒼真先生だけでなく、ミリーさん、アイリさんにも遠く及ばず、自信を持てと言われても持てるものではありません」


「あの二人も相当な化け物だからな。シルヴィアは竜族と会った事はあるのか?」


「いえ、知性ある生物としては最強種であると歴史書で読んだだけで実際にいるのかすらわかりません」


「竜は実際いるんだが、オレ達はその竜種と戦った事があるからな。ミリーは全員叩きのめしていたくらいだから強くて当然だ」


「え…… えぇ!? 竜種を!?」


「ああ。竜種も今は竜人に進化していて人型をしてるんだがな。剣術を覚えてまたさらに強くなってるはずだ」


「まさか教えたのは……」


「オレ達だ」


 言葉を失うシルヴィア。

 伝説の竜種が存在する事にも驚いたが、竜人となり剣術を覚えて強くなった。

 その竜人に剣術を教えたのが蒼真達であるとすれば、自分もその竜人と同じ教えを受けている事になる。


「あくまでも教えたのは剣術だがな。だがシルヴィアは剣術がしっかりしているから戦い方を教えたんだ。それも人間相手の制圧を目的とした戦い方だ。徹底的に防御を訓練したのはその為だ」


「しかし防御では制圧ができません!」


「雷撃を軽く見てないか? 防御さえも攻撃になる」


 実際にアイリは返し技を雷撃に頼っていた。

 しかし同じ雷撃、それも自分よりも出力の高い雷撃には通用しなかった為、技による返し技を訓練した。


「その全てを相殺したではないですか!!」


「それは放出する魔力量の差だな。聖騎士の訓練を見ていたが放出できる魔力量でシルヴィアを超える奴はいない」


「確かに私の魔力幅は3,700ガルド程と聖騎士達を上回りますが…… 蒼真先生は…… ?」


「今は12,000ガルドを少し超えたくらいだな。全力で魔法を放つとイメージと威力が合わないからオレもまだまだ訓練が必要だ」


 膝から崩れて座り込むシルヴィア。

 過去ウェストラル最強の聖騎士長と謳われた祖父でさえ7,000ガルドと覚えている。

 それを遥かに超える、それも自分の三倍以上ともなれば総毛立つ程の恐怖を覚える。


「そ、それ程とは…… という事はミリーさんとアイリさんも?」


「ミリーはオレより高そうだがムラがあるからな。アイリも6,000ガルドを超えてそうだ」


 それならば納得するしかないだろう。

 自分の精霊魔導が全て相殺されるのも当然と言える。


「オリバーとフィンリーは3,500ガルドを超えます…… その二人を同時に相手とすれば……」


「魔剣があるし付与された迅雷だけで対等に戦えるだろ。それにあれだけ追い込んだんだ。シルヴィアの数値も以前より上がってるだろうから問題ない」


 実際に自分の数値を確認すると魔力幅が4,500ガルドを超えていた。

 総魔力量も以前より5,000ガルドも上昇した83,000ガルド超え。

 死ぬのではないかと思える程に追い込まれた事で魔力量、幅ともに上昇していた。

 シルヴィアも精霊魔導に意識が向いて魔力値にまで気が回らなかったようだ。

 オリバーとフィンリーに二割以上も差があると考えれば少し安心できる。


「あの三日でこれ程数値が上がるとは思いませんでした…… まだ不安はありますが何とかなりそうな気もします」


「国王の方も問題ない。自分の身を守るだけなら聖剣に付与された暴水と魔法陣だけでも充分だ」


 魔剣や聖剣の能力付与。

 確かに迅雷は精霊魔法と同等の出力を持つとシルヴィアは考える。

 迅雷に精霊魔法を掛け合わせればその威力はさらに跳ね上がり、そのうえ魔法陣を使用する。

 恐ろしい程の魔導となるのは当然の事だ。

 聖騎士達が使用する擬似魔剣では能力付与が無い為、その分魔剣の方が威力が高い。


 自信を失っていたシルヴィアだが、全てを整理して考えてみると、自分がかなり優位な立場にある事を理解する。

 蒼真の言う王子達の命の方が危険なのだと意識を切り替える事にした。




 午後からも訓練の続きだ。

 王子達にも自分の身を守る為の実力を身に付けてもらおうと、蒼真とリゼがしっかりと、厳しく叩き込むのだった。

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