第191話 聖剣フロッティ

 国王との謁見を予定した日。


 シルヴィアの稽古をつけるのはニコラス。

 千尋達は国王に謁見する為一緒に着いて行く事が出来ない。

 地獄の訓練が無いと思うと安心するシルヴィア。

 ニコラスはこの日始めて振るう事になる魔剣だが、ウェストラル最強と呼ばれた実力は伊達では無い。

 ただ魔剣での訓練がこの日始めてと言うだけで、実力は半端なものではない。

 ノーリス最強の剣豪ヴィンセントがそうだったように、難なく精霊魔導を使用してくるだろう。

 下限のコントロールが甘くとも上限側での魔法とし、魔力量の調整と高いイメージ力でシルヴィアを上回ってくるに違いない。

 そしてシルヴィアが上達するよりも早くニコラスは精霊魔導に慣れていくのだろう。


「じゃあシェリル。今日はシルヴィアをお願いね」


「はい! お任せください朱王様!」


 この日シェリルは朱王に頼まれて施設の仕事は休暇を取ってある。

 シルヴィアの訓練に同行する目的はもちろん……


「シルヴィア様。回復はお任せください!」


 そう、シェリルもヒーラーなのだ。

 一般の回復術師ではあるが、さすがはクリムゾンの抱えるヒーラーだけあり、王国の一流回復医と同等かそれ以上の回復速度を持つ。

 これまで戦闘を行ってこなかった為、レベルはまだ5と低いのが本人の気にするところ。

 今後戦闘のできるヒーラーとなれば、これまで以上の能力になるのではないかと期待ができる。


「むおぉぉぉお…… 今日もヒーラー付きぃ……」


「嫌なのかい?」


「過酷過ぎますぅぅぅ……」


「時間がないから頑張ってね」


「ま、まぁしかし、最後の一日がお祖父様が相手で良かった。私の上達が確認できますから」


「期待しとるぞシルヴィアよ」


 ニコラスも執事服ではない、黒塗りされた聖騎士の装備に魔剣ラーグルフを持つ。

 飛行装備を展開して三人で空へと飛び立つのだった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 千尋達は約束していた十時には王宮へと向かう。


 国王と話して決めていた【聖剣を改造してもらう】という事で口裏を合わせる事にしてある。

 千尋が手に持つ聖剣は代替え品として国王に渡し、先日置いてきた偽聖剣を受け取って戻ってくる予定だ。


 これで【聖剣が手元に無くなった国王】となり、明日の聖騎士、王子の強化後に、シルヴィアの懸念する王子が何らかの行動に出るのではないかと考える。

 元々国王の強さは聖剣を持つ事によって聖騎士長をも上回る事が知られている。

 そこに聖剣と代替え品が入れ替わる。

 その代替え品も聖剣に劣らない性能を持つとはいえ、聖騎士や王子達の武器もが同等の力を持つとなれば力関係は国王に並んだ状態だ。

 改造を終えた聖剣は以前よりも遥かに強くなるとすれば王子に勝ち目はない。

 そして上位騎士達はおろか他を寄せ付けない実力が手に入るとなれば好機はその時しかないだろう。




 門の前で警備騎士に話を通し、王宮の内部、謁見の間へと使用人に案内される。


 謁見の間は白い柱に青い壁で作られた、いかにも海のある国といった色分けをされた部屋だ。

 高い台に配された玉座に座る国王と、玉座の横に立つのは王妃。

 その手前、左右に王子二人が立ち、その背後には左に幼い王子と王女二人、右には側室の女性であろう三人が立っている。

 少し離れた位置には聖騎士達が六人ずつ立ち並び、謁見の間を取り囲むように騎士達も配されている。


 使用人が跪き、頭を垂れて告げる。


「国王陛下。朱王様とご友人の方々をお連れしました」


 その所作に続いて千尋達も跪く。

 朱王と朱雀はいつも通り立ったまま。

 とはいえかつて王宮を訪れた朱王も跪いて挨拶をしていたのだが、今となっては国王の友人という立場から跪く事はない。

 一礼して朱王が口を開く。


「お久し振りです、ウェストラル国王。お元気そうでなによりです」


「うむ。朱王も息災のようでなによりだ。早速だが朱王よ。先日の会談で言っていた聖剣の改造について詳しく聞かせてくれぬか?」


「聖剣改造は私の友人である千尋君がしてくれますよ。驚く程の技術力ですので素晴らしい聖剣になるかと思います」


「どの国の聖剣も驚く出来だったからな…… して千尋よ。聖剣を改造してほしいのだがどうだろう」


「国王様が改造したいならやるよー。あ、やりますよー。どんなのが良いかな?」


 千尋は相変わらず言葉使いがなっていないがいつもの事。

 謁見の間各所から金属音が聞こえてくる。


「そうだな。時間を掛けて話し合いたいしリルフォンで連絡を取りながらでも良いか? 通話とメールでやり取り出来るだろうしな」


 もちろんこれも口裏を合わせてあった。

 まともに改造案を話して聖剣が今千尋が持っているとバレても困る。


「おっけー。じゃあ聖剣を借りて行ってもいい?」


「うむ。少し待て」


 国王は偽聖剣を鞘に納め、ウェストラル王宮の布に包んで玉座を降りて千尋に渡す。


「頼んだぞ、千尋よ」


「うん。じゃあ代替えにこれ置いていくね。この剣はフロッティって名前だよ」


「…… うむ、借り受ける」


 何も包まれていない聖剣を受け取って震える国王。

 鞘に納められた状態だというのにその手に馴染む感覚や肌触り。

 そして魔力の通りの滑らかさ。

 全身粟立つ程に感動する国王だが、表に出さないように必死で堪える。


ハロルド[なんっっっという素晴らしい出来だ!! まるで宝飾品ではないか!! 先日話し合ったのとは少し違うが私の予想よりも遥かに良い!!」


 なので感情を裏で出してきた。

 メール機能ならば問題ないだろう。


千尋[今は気持ちを抑えてね。バレたら作戦が全部ダメになっちゃうから」


ハロルド[うむ。確認するのは後にしよう]


 国王はすぐにでも聖剣を確認したい気持ちを抑えて千尋に目を向ける。


「国王様は精霊契約をした方が良くない? 擬似魔剣にも精霊契約できるからね。明日は聖騎士の武器を擬似魔剣化するから全員精霊魔導師になれるんだー」


 千尋が擬似魔剣の話をするとざわつき始める聖騎士達。

 それもそのはず、ハリーが既に擬似魔剣化した剣槍で訓練しているのだ。

 明日には自分達の武器も強化してもらえると思えば嬉しくも感じるだろう。


「では精霊契約も頼もうか。聖騎士達も精霊魔導師になるのであれば私もなっておくべきだろうしな」


「では国王、これをお使いください。精霊召喚の魔法陣が組み込んであります。ご自分の望む精霊を思い浮かべるだけで召喚できますよ」


 と朱王が差し出したのはテニスボール程の大きさの七色のミスリル球だ。

 精霊召喚の魔法陣が面倒になったのだろう。

 全部を省略した精霊召喚魔法陣発動アイテムを作り出していた。


 誰もが召喚球を見て固まるが、朱王がする事なので当たり前といえば当たり前と考える千尋達。


 国王が召喚球に魔力を流すと同時に魔法陣が発動し、地面から水が立ち昇るのと同時に水の精霊ウィンディーネが顕現する。

 しかしこのウィンディーネは、リゼの契約するシズクとは違い人型ではない。

 やはり精霊も召喚者のイメージから成るものである為、その姿にも違いが現れるのだろう。


「あれ? 国王様は何をイメージしたの?」


「ウェストラルの伝説の魔獣、いや、超級魔獣シィサーペントをイメージしたんだ。私にとって強いイメージといえばシィサーペントか…… 朱王だからな」


「なるほどねー。じゃあ名前付けて魔力を渡してー」


「うーむ…… ではコーアンと名付けよう」


 国王が名付けをして魔力を渡すとウィンディーネはフロッティに飛び込む。

 また出て来てフロッティのグリップに巻き付いて待機するコーアン。

 人型ではないが、ランと同じような事をする精霊だった。




 聖剣と偽聖剣の交換が終わったので次は飛行装備だ。


「皆さんの飛行装備を作ってきたのでどうぞ。これは国王用です」


 朱王が国王に飛行装備を渡し、エレクトラとミリーは王妃と妃達に、リゼは王女二人に、蒼真はノーラン王子、アイリはストラク王子、朱雀が見た目同じくらいのルファ王子に渡す。

 どれもが通常素材で作られている為、扱いはそれ程難しくはない。

 ドレスを着ている女性達は装備に着替えてくると部屋へと駆け足で戻り、国王や王子達はこの日を待っていましたとばかりに装備して操作する。

 嬉しそうにはしゃぐ王子達を見ると、問題のある国とは思えないのだが。




 謁見の間を出て庭で王妃達を待つ国王達。


「ついに私も空を飛べる日が来たのだな。実に楽しみだ。そうは思わぬかノーランよ」


「はい、聖騎士達が空を飛ぶ様を常に羨ましく思って見てました。俺も今日こうして父上と空を飛べる事を嬉しく思いますよ」


「父上も兄上も飛行装備とても似合っていますね。少し大きいけどルファもね」


「ストラク兄様もとても似合っております!」


 仲良く話し合う国王と王子達。

 シルヴィアが深く考え過ぎなのではないかとも思うが、もしもという事もあるだろう。

 何もなければそれが一番良いのだ。


 そこへ王妃達も装備を着て集まり、全員で飛行装備を広げて空へと舞い上がる。

 イメージそのままに飛行する事が可能な為、恐怖はあるがそれ以上に好奇心や喜びが勝る。


 国王を先頭に空中遊泳を楽しんでいた。


 今後は毎日空を飛ぶ時間を設けましょうと言う王妃達だが、何かあってはならんと国王からは聖騎士を護衛につけるようにと指示される。

 王国の上空では見かける事はないが、空にも魔獣は存在するのだ。

 当然護衛は必要だろう。




 しばらく空での時間を楽しみ、庭に降りてくると飛行装備をありがとうと国王も含めて全員がお礼を言う。

 この後国王達全員が仕事があるのだし、国王への謁見も済んだので帰ることにした。




 帰り際の王宮の門を出た後。


「待て!」


 振り返ると追って来たのはノーラン王子。

 その表情に笑顔はなく、眉間に皺を寄せて近付いてくる。


「父上…… 陛下に渡した剣はどんなものなんだ!? 精霊契約が出来たという事はハリーの剣のようなものなのか!?」


「うん、そうだよ。聖剣と同等かそれよりも強いはずだけど?」


 千尋は嘘は言っていない。

 改造後の聖剣だし同等であり、ノーラン王子が思うこの偽聖剣よりも強い。


「そうか…… わかった。聖剣を頼む」


 身を翻して王宮へと戻る王子。

 何を確認に来たのかは不明だが、朱王が表情から読み取れたのは不安と期待、そして安心。

 直接ノーラン王子の記憶を確認すれば全てがわかるのだが、人権を無視したような行いは朱王も出来る限り避けたい。


 シルヴィアが言うような粗暴な部分は見えなかったのは何故だろう。

 よくわからないが明日の聖騎士強化後には何かがあるかもしれない。






 邸に戻った千尋達はこの日プールで遊んでいた。

 昨日まで聖剣、魔剣作りや訓練をしていたのだし、この日は目一杯遊びまくる。

 とはいえハリーとの朝練で早起きをしている蒼真は少し眠く、パラソルで日差しを遮りながら昼寝もする。

 千尋達はケーキを食べたりトロピカルなジュースを楽しんだりしながら何度もプールに入って遊ぶ。

 ウルハやエイミーは先日の訓練のせいか、若干の体の軽さを感じながら千尋達の世話をする。

 朱王はセルカにメールを送り、各王子達の動きを調査させる事にした。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 十七時には帰って来たシルヴィアとニコラス、シェリルの三人。

 三人共疲れ果てており、ニコラスはシルヴィアからこの三日間の訓練について泣き言を聞いていた。

 しかし大事な孫をそんな目に合わせてと怒る事も出来ない。

 何故なら同じような訓練を一緒に行ったアイリもしていたと言うのだから。

 教える側が蒼真とミリーの二人だが、同じ訓練をしているはずなのにもかかわらず全くの別物。

 育てる事を目的としたミリーの戦闘訓練に対し、蒼真から受ける訓練は常に危機的状況だ。

 魔剣に付与された能力、精霊、下級魔法陣を発動した状態で何とか蒼真の精霊魔法に耐えられる。

 シルヴィアの超高速戦闘が可能な雷属性魔法でも蒼真の攻撃にはついていけないのだ。

 そして試しにと同じ雷属性という事でアイリとの訓練もさせてもらったのだが、左右に持つ魔剣での威力が両手剣のシルヴィアの雷撃と同等の出力を持つ。

 そしてその速度もシルヴィアを優に上回る為、訓練となれば圧倒的に不利。

 呼吸もままならない程の斬撃が連続して襲い掛かり、それを返すだけの実力がシルヴィアにはなかった。


 しかしこの日、魔剣を手にしたニコラスと対峙したシルヴィア。

 自分の実力が以前の比ではない程に上達している事を知る。

 しかしながら元のニコラスの実力が精霊魔法に慣れていき、精霊魔導に少し慣れ始めた頃にこの日の訓練を終えている。

 今後どれ程の化け物になるのかと想像しただけで恐ろしい。


「私…… 聖騎士長としてこのまま居座り続けてもいいんでしょうか……」


 自身を失いつつあるシルヴィアだが。


「シルヴィアは精霊魔導を始めてまだ三日だ。まだまだ強くなるから自身を持て。才能も充分あるし根性もある。オレは期待してるぞ」


「そ、蒼真さん……」


 目に涙を浮かべて頬を赤くするシルヴィア。

 それに気付かないアイリではない。


「シルヴィアさん!? ダメですからね!!」


「はぁ…… はい……」


 アイリにも危機が訪れたのかもしれない。

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