第181話 まずは買い物
朝目が覚めると、リルフォンの時間はいつもと同じく五時二十分。
外からはすでに光が射し込んでおり、ここがアースガルドの南半球である事が感じられる。
岩壁に囲まれたこの洞窟部屋は斬新で、秘密基地のようなこの雰囲気が千尋の男心をくすぐる。
海の彼方から昇る太陽は大きく、青い空に浮かぶ雲を赤く染め上げる。
部屋に備え付けの洗面所で顔と歯を磨き、クイーストで買った服に着替えて身支度を終える。
部屋から出て洞窟内の巨大ホールに行くと、同じ朝日なのにまた違って見えるから不思議だ。
「おはようございます千尋様。お飲み物は何になさいますか?」
「あ、エイミーさんおはよう。じゃあコーヒーをもらおうかなー」
お持ちしますとの事なので、洞窟内テラスへと場所を移動する。
暖かいウェストラルも朝の空気は冷たく、冷んやりとした空気が呆けたた意識を覚醒させていく。
椅子に座って陽の少しだけ光を楽しみ、エイミーから受け取ったコーヒーを飲んでから魔力に意識を向ける。
全身を光り輝かせる程に強化しつつ、魔力球を隠蔽して50メートル程上空へと浮かばせる。
神々しく輝く千尋にエイミーは言葉も出ない。
しばらく魅入ってしまう程に美しく映ったようだ。
リゼ達は六時前には目を覚ます。
全員で朝の身支度をするが、エレクトラはリゼ達が持つような私服は持ち合わせていない。
普段はドレスを着ている為今後購入する必要があるだろう。
とりあえずこの日はアイリとリゼの服を借りて綺麗目コーデにしてみた。
リゼ達も暖かいこの国ではと、クイースト王国で購入した私服に着替える事にした。
いつもであれば千尋の魔力訓練しているテラスに向かうのだが、ウェストラル王国に滞在する間は別とした。
千尋は地下洞窟のテラスを使用する事もあるだろうし、リゼ達も部屋のテラス兼プールがある。
部屋でコーヒーや紅茶を淹れて、プール脇のテラスで朝の時間を満喫する。
コーヒーや紅茶を飲みながら会話をし、同時に魔力制御の訓練だ。
リゼとエレクトラは使用できる魔力幅を増加させようと、一つの魔力球を最大魔力量で維持し続けている。
二人とも一撃の威力を高める為、風船を膨らませるようなイメージで魔力球の容量を増やすつもりだ。
アイリは使用できる魔力球の個数を増やす訓練だ。
普段使用できる魔力球の数は、どうやら魔力の放出速度にも関係しているらしく、魔力球を二つしか作る事の出来なかったアイリはリゼよりも遅い。
戦闘でチャージが必要なアイリであればこの訓練は効果的だろう。
ミリーは千尋の真似をして最大魔力での強化訓練だ。
朱王を見ても強化のみで超威力の攻撃が可能な事や、一振りの刀で千尋の四刀流を捌く速度を考えれば強化は重要だ。
一撃の威力には絶対の自信があるミリーであれば、強化による速度増加は最も効果が高いだろう。
魔力訓練を七時まで続け、ミリーが朱王を起こしに行くのと一緒に全員で地下洞窟部屋へと押しかける。
千尋は六時半にはエイミーに声を掛けてもらう事で覚醒しており、コーヒーとお菓子を食べながら朝を満喫中。
リゼは真っ直ぐ千尋の元へと駆け付け、ミリーは朱王の部屋に突入。
アイリとエレクトラは蒼真を起こしに向かう。
この日は朝食を洞窟ホールで摂る事にし、サラダやスープ、表面がカリッと、中身がもちっとしたパンと、貝類のアヒージョに舌鼓を打つ。
食後のミントの効いた紅茶が喉を爽やかにしてくれてまた美味しい。
普段よりは軽めの朝食だったが、洞窟レストランのようで雰囲気もあって満足できた。
ペアポーというウェストラル特産の果実を片手に洞窟を出る。
試しに一口齧ってみると瑞々しく、甘みが強くて若干の酸味がある。
シャリシャリとした食感が林檎のようだが、パインに似た爽やかな味だった。
朝食中に朱王からクリムゾン幹部達が今夜来る事は伝えられており、日中は特に予定はない。
ただやる事はいくつかあるので先に済ませてしまいたい気持ちもある。
ではどれから片付けようか。
真っ先に行うべきは邸内のモニター設置だろう。
千尋と蒼真、朱王とでモニター設置作業を開始し、わずか一時間足らずで設置を終えてしまった。
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女性陣は服が欲しいと言うので、ウルハに連れられて貴族街広場にあるクリムゾン系列の服屋へと向かった。
因みにこの服屋は、クリムゾンから育った子供達が朱王の出資を得て経営を始めたもの。
まだウェストラル王国にしかないのだが、今後全王国への出店を予定しているのだとか。
朱王からはウェストラルでは水着を着る機会も多いからと、何着か水着も買って来るように言われている。
水着を着たことのないエレクトラは、下着と変わらない程に布の少ない水着に顔を真っ赤にしながら選べずにいた。
クイースト王国から水着を着るようになったミリー達はそれ程抵抗はなくなっており、好きな水着を選ぶ事にする。
エレクトラには自分達も最初恥ずかしかったからと、ロンパースやパレオの付きの水着を提案。
脱着も可能なので水着に慣れるまでは使い続ければいいだろう。
服もエレクトラの分だけでなく、全員何着か購入する事にした。
ノーリス王国からはトレーラーを牽引しているので、荷物が増えても問題はない。
お金もいくら持ってるのかわからない程度には持っているので、値段も気にせず購入できる。
ウルハも巻き込んでたくさんの服や水着を購入した。
因みにこのウルハも休みの日は邸で遊んだりもするらしく、複数の水着や様々な服を持っているとの事。
年齢は十九歳とアマテラスメンバーよりも少し歳上だが、リゼが涎を垂らす程には美人な女性だ。
「ミリーだってそうよ!!」
「ほえ? 何がですか?」
「ウルハは美人でしょ!?」
「ああ、そういう意味ですか! すっごく美人さんですね!!」
「ありがとうございます。朱王様を射止める為に日々自分を磨いていますので」
「んなっ!? ウルハさんは何を!?」
「ミリー様。私は側室でも全然構いませんよ」
笑顔で言い放つウルハ。
「なっ、なっ、なんですとーーー!? 側室!? そんな事が…… 可能じゃないですかぁぁあ!!」
実は現代においては側室を娶る王族や貴族は少なくなったものの、以前は貴族達に側室がいるのは当たり前の事だった。
現にこのウェストラル王国の国王には側室が三人いる。
全ての王国で絶大な力を持つ朱王なら、結婚したとしても側室が何人いてもおかしくはないだろう。
そんなぁ…… しょんなぁ…… と嘆くミリーだったが、エレクトラの獣耳を見て自分の今の姿も思い出す。
自分にも偽物ではあるが獣耳が見えているはずだ。
これなら絶対に負けないと、意味のわからん自信を持って立ち直る。
「ミリーさん。わたくしも側室になれますか?」
「ふおぉぉぉお!! やめてくださいエレクトラさん!! その獣耳を引き千切らなくてはいけなくなります!!」
「その時は朱王様に魔石を改造して頂きますわ」
笑顔で近付くエレクトラはミリーを追い詰める。
ミリーが首を横に振りながらちょっと涙目になったので、冗談ですよとそこまででミリー弄りはやめるのだが。
「私は冗談ではありません」というウルハは実際に本気なのかもしれない。
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買い物に行った女性陣が戻って来るまでまだ時間はあるだろう。
昨夜の夕食中にニコラスから聞いていたのだが、クイースト王国から魔石が届いているとの事。
もちろん飛行装備に使用する風、重力、物理操作の魔石だ。
残り7セット分しかなかった魔石だが、また100セット分が届いたので飛行装備作りをする。
素材は充分にあるので量産も可能だ。
ニコラスとウルハ、エイミーに一着ずつと、他国でも渡したように邸の一流料理人ベイロンにも作ろう。
ニコラスも老齢ではあるが、今から三代前のウェストラル王国聖騎士長だ。
その実力は齢六十五歳にしてウェストラル王国最強。
そして現聖騎士長シルヴィアの祖父にあたる。
普段は執事服を着ているニコラスだが、かつての装備を黒く染めた聖騎士長の鎧を持っている。
残りわずかとなったS級素材を使用して真っ黒な飛行装備を作り、銀の装飾を入れてシンプルに。
ウルハとエイミーもニコラスに鍛えられ、聖騎士にも劣らない実力を持つ。
ウルハの装備はメイド服に似た白と青のミスリル装備を持っている。
エイミーも同じようなミスリル装備だが、色は白と薄紫の装備との事。
ワイバーンの素材は既に残っていない為、ゼス王からもらった素材で真っ白な飛行装備を作る事にする。
二人とも装備の色に合わせて、ウルハには銀と青の装飾、エイミーには銀と薄紫の装飾を入れて、天使の翼仕様にして完成。
料理人ベイロンの飛行装備はやはり黒。
ウェストラルのカラーは青という事で、真っ黒な飛行装備に青と銀の装飾を入れてシックに仕上げる。
完成した飛行装備を渡す為、リルフォンでニコラスとエイミー、ベイロンを呼び出した。
リルフォンはゼス王国からの派遣隊に、幹部用とニコラス用の六個を渡してあったので、ニコラスは最初から持っていた。
そして昨夜の夕食中にウルハとエイミー、ベイロンに渡して魔力登録も済ませてある。
飛行装備を渡して各々空中遊泳を楽しんでもらおう。
エイミーとベイロンは扱いやすい通常素材の為、装備してすぐに空へと舞い上がる事ができた。
ニコラスは最初苦戦したものの、その高い魔力練度から数分で飛行装備を操り、自由自在に空を飛んでみせる。
この飛行能力に三人とも大喜びし、すぐにウルハにも見せたいと広場の服屋へと飛んで行った。
それから大量の紙袋を持って、驚きの速度で帰って来るウルハ。
どうやらリゼ達の事はエイミーに任せて戻って来たようだ。
朱王から飛行装備を受け取り、大事そうに抱え込むと満面の笑みでお礼を言う。
男心を掴むような可愛らしい仕草でしっかりと自分をアピールする。
抜かりのないウルハだった。
リゼ達の買い物は半日にもおよび、食堂でベイロンの料理を堪能して午後の予定を話し合う。
せっかく水着を買って来たのだからと午後からはプールで遊ぶ事にした。
全員が水着に着替えて玄関前に集合。
やはりエレクトラは水着姿が恥ずかしいと、胸からラップタオルを巻いてミリーの後ろに隠れる。
「千尋! 新しい水着はどお…… かな」
「空色の水着もいいね! 似合ってるよ!」
笑顔で答える千尋にリゼも嬉しそう。
お礼にと女物の水着を渡したい気持ちをグッと堪える。
「そ、蒼真さん! 私のは似合いますか!?」
「アイリに白は…… なんかエロいな」
「エ、エロい!?」
「いや、似合ってると思う」
顔を真っ赤にするアイリだが、蒼真は基本的に嘘はつかない事をアイリも知っている。
実際蒼真にはそう見えるのだとわかると余計に顔を赤くするアイリだった。
ミリーももちろん朱王におニューの水着を褒めてもらい、嬉しそうに振り返る。
そして目の前のラップタオルを強引に取り払うと、恥ずかしそうに慌てふためくのはエレクトラ。
そんな恥ずかしそうな仕草を見せるエレクトラを見てコクコクと頷く千尋、蒼真、朱王、そしてリゼ。
パレオ付きの真っ赤な水着がよく似合う。
水着の披露をしている横から、朱雀が衣服を水着変化させると同時に飛び込む。
それに続いて千尋が走り出し、リゼも後を追い掛ける。
蒼真とアイリもプールへと歩き出し、ミリーがエレクトラの手を引いてプールへ向かう。
朱王はウルハから浮き輪を受け取ってエレクトラに被せ、全員プールに飛び込む。
陽気な日差しに照らされて、暑くなった体に冷たいプールの水が気持ちいい。
エレクトラが泳げないので水を掛け合ってプール遊びだ。
しばらくするとエイミーが大きなビーチボールを投げ込み、千尋が打ち上げてボール遊び。
次第に慣れ始めたエレクトラも楽しそうにプールで遊び、パレオが邪魔だと結局取り払ってしまう。
他の三人がビキニで遊んでいるのだし気にならなくなるエレクトラだった。
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