第180話 ウェストラル王国朱王邸
海沿いの道を走り進みながら、流れる音楽に合わせて口ずさむ千尋。
千尋の声は凛としていて、曲に乗せても耳に心地いい。
(千尋君の歌もいいなー。でもどうせ歌うんならカラオケに行きたい。カラオケ…… そうだ! カラオケを作ろう!)
朱王の頭の中で、今度はカラオケを作る事を決定したようだ。
まずはウェストラルの邸に設置して、今後は各国に広めていくのだろう。
助手席で外の景色を見ながら楽しそうにする朱王。
千尋や蒼真もいつもの朱王だなと嬉しい気分になる。
しばらくして見えてきた岬の高台に車を停め、昼食の弁当を食べる事にする。
シェルベンスの魚介がたくさん詰め込まれた弁当は見た目にも美味しそう。
ボイルされた魚や貝類の味と野菜の甘みが染み出していてとても美味しい。
ご飯が欲しいところだが、弁当に付いてきたのはパンだった為、ボイルされた魚介から染み出したスープにつけて食べてみる。
塩気の効いたパンと魚介のスープがまた絶妙だった。
コーヒーを淹れて高台からの海の景色を楽しむ。
日差しに照らされた波が反射してキラキラと輝いて美しく、水平線はこの世界の大きさを物語る。
人間領は五つの王国しかないのだが、このアースガルドにはまだ見ぬ世界が広がっているのだろう。
空を飛ぶ大きな鳥が海に飛び込んで魚を捕まえる。
海から飛び立って口に咥えた魚を丸呑みにし、再び狙いを定めて海に飛び込む。
何度も繰り返して腹を満たすのだろう。
同じ鳥が四度目に海へと飛び込んだその瞬間、海が盛り上がって巨大な魚が鳥を一飲みにした。
やはりこの世は弱肉強食。
強ければ生き、弱ければ死ぬ。
そんな命のやり取りを見ながらのコーヒーは味も香りも格別だ。
「変な事言うのは誰!?」
「オレの心の声かな」
「千尋さんですか!?」
「あー、わかんない。弱肉強食だなとは思った」
「このコーヒー、味も香りも格別だね」
「朱王もですか!!」
気付けばいつもの賑やかなパーティーに戻っているようだ。
コーヒーを飲みながらお菓子を食べる。
そして朱王はカラオケの開発案を千尋と蒼真と話し合う。
千尋と蒼真もカラオケしたいと食い付き、興味を示した女性陣も混ざって盛り上がる。
今のうちに曲を覚えなければと、その後は映画よりも音楽に耳を傾けるミリー達だった。
海沿いの道を再び走り始め、一時間もせずにオクトーという街に到着したが素通りする。
ウェストラル王国まではいくつもの街や貴族領を通過するそうだ。
ここに来て朱王から初めて聞いたのだが、ウェストラル王国の王国領はザウス王国より南に位置するそうだ。
年中温暖な気候な土地を王国領としたらしく、そこより北に位置する領地は貴族の管理する貴族領、小さな領土は街としているそうだ。
その後もハウエルズ伯爵領、ベンスの街、シーボーの街、リドル侯爵領、パチルの街を通過。
いずれの街や貴族領も領地内を通るわけではなく、そのすぐ横を通る街道を進んで行く。
そしておよそ三時間程でウェストラル王国に到着した。
車の窓を開けると流れ込んでくる風は暖かく、冬でも耐寒装備が必要ない程に温暖な気候だ。
海に目をやると砂浜では水着を着て海水浴を楽しむ人々が見え、南国に来たのだと感じさせる。
市民街の後方は断崖となり、その上には大きな建物が複数建ち並び、王宮や貴族街があるようだ。
さて、朱王の邸はどこにあるのか。
朱王は運転を代わって車を走らせ、貴族街であろう高台へと登って行く。
石畳の道を進み、門番に手を振りながら素通りする。
貴族街にある建物はどれもが大きく、地面は石畳で整備された綺麗な道だ。
豪華な店を横目に車を走り進め、貴族の竜車とすれ違いながら邸を目指す。
前方に一際大きな建物があり、ウェストラル王国の王宮であろうと思われる。
その少し手前に朱王の邸があった。
広大な土地に建てられた美しい邸。
邸の前にはクイースト王国の邸どころではない巨大なプールがあり、両脇に植えられた木々が美しく水面に映り込む。
邸の門の前には一人の執事が立っており、車が見えると門を開いて頭を下げる。
朱王は門を抜けてすぐに右に曲がり、二人のメイドが待つ車庫らしき建物へ入って車を停車。
車を降りて執事やメイドと向き合う。
「皆様、ようこそお出で下さいました。わたくし、当邸で執事長をしておりますニコラスと申します。それと使用人のウルハとエイミーです。何かありましたらなんなりとお申し付けください」
「久し振りだねニコラス。今日から一ヶ月程世話になるからよろしく頼むよ」
「お久し振りでございます、朱王様。いつ到着なされるのかと首を長くして待っておりましたよ」
「待たせてすまないね。みんな変わりはないかい?」
「はい。お心遣いありがとうございます」
どうやらニコラスは話好きな執事のようだ。
朱王と話し続け、使用人のウルハが案内する。
「皆様、これからしばらくよろしくお願いします。お荷物はわたくし共がお運びしますので、どうぞこちらへ」
千尋達は武器だけ持って、ウルハに続いて邸へと歩いて行く。
ウルハはショートカットで水色の髪をした、綺麗で可愛らしい女性だ。
エイミーもショートカットの同じ髪型で、淡い紫色の髪をした綺麗な女性。
車から台車に荷物を乗せて運んでくれるようだ。
執事のニコラスは灰色の髪をした老齢な男性。
顔にできた皺が年齢を感じさせるが、その佇まい、雰囲気は相当な実力者ではないかと思わせる。
しかし身振り手振りしながら嬉しそうに話をしている姿は、人の良いお爺さんといった感じだ。
巨大なプールに目を引かれたが、広大な庭にも手が行き届いて美しい。
今歩いている石畳や邸の壁面は白く、庭の緑やプールの青によく映える。
プールは邸の玄関前まで続いており、その両脇はガラス張りの部屋がある。
ウルハの説明を受けながら玄関へと向かうが、ガラス張りの部屋の右側が食堂となっており、左は市民街と海が見える展望室になっているとの事。
玄関前にはこの邸で働く執事や使用人が三十人程が待っており、全員頭を下げる中を通過する。
玄関から中に入ると、白いホールに水色の天井となっており、この邸の統一感が素晴らしい。
ホールを通って扉を抜けると、左右には使用人達の寝泊まりする部屋となっているそうだ。
気になったのでウルハの部屋を見せてもらったが、高級リゾートにありそうなとても美しい部屋となっていた。
海側の部屋の為、広大な海が見えてとても美しい。
部屋の外にはテラスがあり、下方の市民街を見下ろしつつ海の景色を堪能する事ができる。
白い壁に白木の床、部屋の入り口側の壁だけが青く塗られ、青を基調とした絵画が飾られていてまた美しい。
真っ白なベッドにグレーのソファ。
シャンデリアこそないがシーリングファンが取り付けられ、海の見える国ならではのとても美しい部屋となっている。
反対側の部屋になると海は見えないが、美しい緑の庭が見えてまた綺麗なのだと説明してくれた。
自分達の部屋はどんな部屋が割り当てられるのかと期待する千尋達。
だが、この期待を別の形で裏切ってくるのが朱王だ。
千尋達が案内されたのは何故か階段を降りた地下。
地下へと降りると等間隔に配された光の魔石が点灯し、岩壁を明るく照らす。
床は焦げ茶色の木が敷き詰められ、岩壁とも調和がとれていて綺麗だが部屋の想像がつかない。
少し進むと広大な空間が現れ、岩壁が抜けて外からの光が射し込んでいる。
洞窟内のホールがそこにはあった。
岩壁が抜けた部分には分厚いガラスが張られ、右を見るとガラス戸が取り付けられていて外のテラスに出る事も出来るようだ。
部屋はどこかと思ったが、洞窟内にはいくつも迷路のように通路があり、その通路の先には扉もある。
扉を開くとそこには宿泊できる部屋となっており、数は六部屋あるそうだ。
しかしパーティーの人数は七人。
この洞窟内の空間に興奮する男性陣が地下を選び、女性陣は別の部屋にする。
使用人達の部屋よりさらに奥にはまた別の客室がある為案内してもらう。
ここは二人で宿泊出来るようにと作った部屋だそうで、入り口は中央に一つ。
両隣にはベッドルームが配された綺麗な部屋だ。
縦横3メートルともなる巨大なベッドは四人で寝転がってもまだ余裕がある。
それが一人用というのだから贅沢な作りだ。
窓の外には個別プールがあり、二人で遊ぶにはどう考えても広い。
パーティー全員で遊んでも広いのではないかと思える程のプールが二人用として用意されている。
プール脇にはビーチチェアと濃緑のパラソルが配されていて、部屋にいるだけで充分リゾートを楽しめる空間となっている。
プールとは別に露天風呂まで用意されているから驚きだ。
そんな二人部屋が二つあるそうだが、中を見てリゼが提案する。
「こんな大きな部屋なら四人でこの二人部屋にしない? みんなで同じ部屋なら楽しいもの!」
「ではエレクトラさん一緒に寝ましょうか!!」
「いいですね! 楽しそうですわっ!」
「では私はリゼさんとですね!」
「はっ!? リゼさんはアイリさんを襲ってはダメですからね!!」
「はぁ!? ちょっとミリー!! 私をなんだと思ってるのよ!!」
「リゼさんは私をそんな目で!?」
「もうっ、アイリまで!!」
「リゼさんはわたくしよりもアイリさんをお選びになるのですか?」
「え、エレクトラか…… うん、いいわよね…… ってちょっと!!」
揶揄われるリゼだが四人とも楽しそう。
部屋に空きはまだあるのだが、四人でこの二人部屋を使う事にするそうだ。
気付けば日は傾き、時刻は十七時を過ぎている。
リゼ達は部屋に備え付けられた露天風呂を楽しむ事とし、千尋達は地下洞窟温泉へと向かう。
地下温泉はそのまま温泉を引いており、清涼感が特徴の炭酸水素塩泉で肌がツルツルになると使用人達も好んで使用する。
せっかくの温泉だし普段いない朱王だけが使うのでは勿体ないだろうと、誰でも使って良いとしてある。
それは温泉だけに限らず、使用人達は休みの日には自由に使って良いのだ。
使用人達の部屋の上には露天風呂があり、こちらに引かれた温泉は単純温泉で疲れが取れると人気が高い。
主に使用人達にだが。
ちなみにリゼ達の宿泊する二人部屋に引かれた温泉も単純温泉だ。
全員温泉を楽しんだら、ロビーに集まっていつものブロー魔法をかける。
この日選ぶ香りは、海に合わせて自分達でブレンドしたヘアオイルで楽しんだ。
夕食はやはり魚介のフルコース。
酸味の効いた魚のエスカベッシュから始まり、貝のカルパッチョ、海老のような風味の冷静ポタージュ、魚のソテーはふんわりとして柔らかく、その後出てきた果実のグラニテで口直し。
ロブールという巨大な海老の身のオーブン焼きをメインディッシュとし、サラダとデザート、酸味の強いフルーツを食べて食後のウェストラル産のお酒を飲む。
味の深みや濃厚さよりも、フレッシュで香りの強い料理がウェストラル料理の特徴のようだ。
食後はお酒を楽しみながらこの国の話をニコラスやウルハ、エイミーから聞き、明日からどう遊ぼうかと考える。
この日はまだ邸にモニターを設置していない為、映画鑑賞はなし。
各々自分達の部屋でゆっくりと眠りについた。
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