第173話 餌付け《カミン視点》
アイーズを出て十二日目でようやく大王領にたどり着きました。
夏場であれば飛行装備で三日で着く距離も、この冬の寒い季節であればもっと掛かるのが普通なのだとか。
今日これから大王領に入る事になるので、全員で朱王様に定時連絡をしましょうか。
到着したのでアイザック卿も通話したいとの事でしたのでグループで繋ぎます。
「コール……」
朱王様への連絡は簡潔に、手短に済ませるのが基本です。
しかしこの日はこの十二日の旅で言いたい事が溜まっていたのか、アイザック卿が捲し立てるように朱王様にレイヒムの料理や映画についての絶賛をしておりました。
穏やかそうなアイザック卿ですが、普段とは違った物言いにスタンリー候も少し驚いていましたね。
おっと、先日スタンリー候が共に行動を共にする事になったと朱王様には伝えています。
リルフォンを渡すまではお互いに顔を見せる事は出来ませんが、よろしく伝えるように言われました。
「いいなー。俺も早くそれ貰いてーなー。でも今日か明日貰えるしなー。もう少し我慢しよ」
羨ましそうにするスタンリー候ですがやはり我慢するようです。
マーリン…… 今度は飴をあげましたね。
アイザック卿も欲しがっているじゃないですか。
大王領もアイーズと同じく人間と魔人、人魔が混在して生活しているようですね。
領地もアイーズよりも相当広いようですし、大王の城も大きな宮殿です。
観光もしてみたいところですが、任務優先ですし早速謁見の手配をしたいですね。
「さて、ディミトリアス大王への謁見ですが、我々はどうすればよろしいですか?」
「アイザックとフィディックが取り次いで来いよ。俺が行ったんじゃ守護者が何してるんだってなりそうだしな」
「そうですね。使者とはいえ魔族がいるなら魔族の使者が行った方がいいでしょう。フィディック、行きましょうか」
「ではアイザック卿、フィディック。よろしくお願いしますね」
「はい、カミン様」
朱王様への連絡とは少し予定も違いますがまあいいでしょう。
アイザック卿は絶対に謁見を取り次いでみせると言っておられましたので期待して待ちましょう。
さて、我々は……
「よし、カミン。まずは大王領の見学がしたいだろ。俺が案内してやるから着いて来いよ」
スタンリー候の案内の元、大王領を見て回る事にしました。
やはり我々の姿は目立つらしく、沢山の人々に注目を浴びましたが敵意は感じられませんでしたね。
それにスタンリー候が一緒ですからみなさん頭を下げて挨拶をしていました。
「スタンリー侯爵様! 今朝採れた果実ですが如何ですか? よければお連れ様もどうぞ」
ふむ。
侯爵とはいえ一般出のスタンリー侯爵であれば話し掛け易いのでしょうかね。
街の人魔の女性が果物を持って来てくれました。
「おう、カミン達も貰えよ。これ甘くてすげー美味いんだぜ」
「では頂きましょうか…… ありがとうございます」
人魔の女性も綺麗な方が多いですね。
魔人も整った顔立ちの方が多いですし、スタンリー侯も相当な美丈夫です。
マーリンやメイサ、レイヒムも一つずつ頂いて齧り付きました。
スタンリー候の言う通りとても甘くて美味しい果実で、酸味がほとんど無く甘みがとても強いので、お菓子にしたらもっと美味しいかもしれませんね。
レイヒムが人魔の女性と話をして残りの果実も頂いていました。
代わりにここに来るまでに非常食として作っていた物を渡していましたね。
人魔の女性も一口食べて喜んでいました。
「レイヒムの料理はうめーよな。さっきのは食った事ねーけど美味いのか?」
「スタンリー様も食べてみますか? アイザック卿の領地付近で採れた山葡萄の干した物を、アイーズのお酒に漬けた物です。ラムレーズンとは味や香りが違いますがとても美味しいですよ」
「どれ…… うんっ、美味い! さっきの果実の礼にそれを一つやったのか…… 俺も欲しかった……」
さすがはレイヒムですね。
スタンリー候の胃袋もがっちりと掴んでしまいました。
その後も大王領を見学しましたが商売をしている人は少ないですね。
自給自足が当たり前のようですからわからなくもないのですが、アイザック卿は金属や鉱石での取り引きはしているとの事でしたので…… 魔石はどうなんでしょうね。
ゴーストの魔石は大量にありますし、交換してみるのもいいかもしれません。
よく魔石屋で売られているライトストーンの原石になりますのでとても便利です。
魔人領であれ程放置されているゴーストですから、もしかしたらライトストーンはあまり取り引きされていないかもしれませんしね。
「スタンリー候。お聞きしたいのですがこの魔石と何かを交換したりできませんか?」
「魔獣の魔石か? 綺麗な物なら交換できるがそれは形が悪いな。たぶん誰も交換してはくれねーだろうな」
ふむ。
やはり魔石の使用用途を知らないのでしょうね。
「このように光るとしてもですか?」
ミスリルのナイフを取り出して魔石に触れさせると光を発するのがライトストーンです。
この大きさの魔石だと強烈な光を発しますね。
「うおぉぉぉぉお!! なんだそれは!?」
「魔獣の魔石というのはミスリルという金属に触れさせると反応するのはご存知ですか?」
「みすりる? 知らねーな」
「我々はミスリルと魔獣の魔石を使っていろいろと便利な生活道具を作っています。魔獣の魔石は生活に欠かせない物なんです」
「人間領ではそんな魔石が使われてんのか…… 俺達魔人領では魔法しか使わねーからな。こりゃあ大王様にはカミンの話を是非とも通させねーとな!」
嬉しいお言葉です。
何となくですが今後のディミトリアス大王との謁見が楽しみになってきました。
しばらくするとフィディックとアイザック卿から連絡があり、大王の城の前で落ち合う事にしました。
「明日の朝にディミトリアス大王との謁見が出来る事になったのと、守護者の方々全員に集まって頂くとの事でしたので先程使いの者達が向かいました。スタンリー侯爵閣下はすでに来ている事をお伝えしていますが」
「他の三人には緊急招集を掛けるらしくて明日の朝までに来るだろうって言ってたけど…… いいんだろうか……」
フィディックが不安そうな顔をしてますが、スタンリー候クラスの方がこの寒い中で全力で向かって来るという事でしょうからね。
凍えてしまうのではないでしょうか……
「ぶははっ! あいつら悲惨だな! このくっそ寒ぃ中で夜間飛行かよ! 俺はお前らに着いて来て良かったー。何気に俺が一番遠いからな」
「他の方は遠くはないのですか?」
「近ぇ奴はすぐ来れる、遠い奴は朝起きて昼くれーには着くって距離じゃねーか?」
やはり時間がわからないと不便ですね。
朝起きて昼くらいとなれば四時間程度でしょうか。
今は十四時ですから使いの者も全力で向かったとしておよそ四時間。
十一時前には大王領に到着するでしょう。
アイザック卿があれ程寒さに震えていましたから、他の守護者の方々も凍えながらやって来るでしょうし、私は守護者の方々の到着を待つ事にしましょう。
アイザック卿とフィディックを待っていたので昼食がまだですね。
スタンリー候の案内でお食事処に連れて行って頂きました。
レストランがあるのかと思いましたが、お店の方は大衆食堂のような場所で、料理もこの領土ならではのものが出てきました。
具沢山なスープと大きく薄いパンのようなものでしたが、スープに付けて食べるとなかなかに美味しいと思いました。
しかしスタンリー候とアイザック卿は首を傾げながら食べています。
やはりレイヒムの料理と比べているのでしょうか。
私達が食事をしていると、スタンリー候とアイザック卿は数名の魔人や人魔の方々から挨拶されていました。
装備から考えればある程度位の高い魔族なのではないかと思いますがどうなのでしょう。
食事を終えて帰って行かれました。
「あいつらはアリス王女の部下で軍団長をしている奴らだ。今日は休暇で休んでるんだとよ」
「大王領に住む魔貴族はアリス王女とマーシャル侯爵の二人がいる。街で会う事もあるかもしれないから失礼のないようにしてくれ」
なるほど。
王女様も魔貴族としているわけですか。
「なあレイヒム。なんか料理作ってくんねーか?」
「厨房と食材をお借りできればすぐにでもお作りしますよ」
おや?
スタンリー候は足りなかったのでしょうか。
結構多かったと思いますが。
スタンリー候が厨房を貸し出すよう命令し、レイヒムが料理を始めました。
厨房にいたのも人間の方々ですのでレイヒムも料理し易いでしょう。
何故か料理教室を始めましたが放っておきますか。
三十分程でレイヒムの調理は終わり、スタンリー候から順番に配られていきます。
皿に盛り付けられていたのは二種類のタルトでした。
先程のラムレーズン擬きのタルトと、赤い果実のタルトですね。
紅茶も添えられていい香りが漂っています。
スタンリー候もアイザック卿もとても美味しそうに食べています。
私も食べてみましょう。
まずは一口……
とても美味しいです。
ラムレーズン擬きの下にあるクリームには街で貰った果実の甘さを利用しているんでしょうね。
とても濃厚で甘みが強く、乗せられたラムレーズン擬きのお酒の味が絶妙に合います。
もう一つの方はどうでしょうね……
これはフレッシュで酸味と甘みが美味しい女性が喜びそうなタルトです。
生地は先程のパンのようなものを一手間加えたのでしょうか。
サクサクとしたパイ生地のようになっています。
「さすがはレイヒムだ。すっげー美味い! 甘味なんて果実以外で食う事なかったからな!」
「本当に…… この味に…… 感動……」
アイザック卿はまた涙を流しながら食べていますが、本当に美味しいです。
食事を終えた後は、アイザック卿が大王領に来た際に使用する宿へと案内してもらい、今夜からそこで宿泊する事となりました。
貴族とはいえこの辺は人間領とは違うところですね。
それでも宿の作りはアイザック卿の邸に劣らない程の作りで、部屋数も多くあります。
一人一室ずつお借りして休ませて頂く事とし、朱王様には明日の予定について連絡をしました。
夕方十八時からは私とスタンリー候とで、上位魔人の三方を大王城の前で待ちました。
すでに辺りは真っ暗ですが、家屋の中からは炎の灯りが見えますので魔法で火をランプとしているのでしょうね。
私はライトストーンを砕いて、ミスリルナイフに接触させて明かりとしています。
レイヒムからポットとラムレーズンの瓶を預かり、一応四つの寝袋も持って来ています。
スタンリー候は寝袋に入って待機していますが、暖かいと喜んでいますのでまあいいでしょう。
この寒い中空を飛んで来る上位魔人の方々は、もしかしたらお怒りかもしれない、私が殺されるかもしれないと、私の身を案じて来てくれたのですからありがたいですね。
待つ事十分程でまずは一名到着されました。
綺麗な女性の魔人の方でしたがやはり震えており、相当寒かった事が窺えます。
大王城の前で寝転がるスタンリー候を見て混乱する上位魔人の方でしたが、寒さで判断力が鈍っていそうですね。
寝袋は準備してありますので、私は紅茶を淹れて小皿にラムレーズン擬きを乗せてお出ししました。
「エルザ、まずはこれに入れよ。すっげー暖けーからよ。これあれば外でも寝れるぜ」
「ススススススタンリリリリリー…… だだだだだ大丈夫なななのかかかかか?」
ものすごく顎を打ち鳴らしていますのでとても可哀想です。
私を警戒してこちらを睨んではいますがね。
スタンリー候にも紅茶とラムレーズン擬きをお渡ししました。
スタンリー候が湯気の上がる紅茶を啜って笑顔を見せるのを見てエルザ様も恐る恐る寝袋に入りました。
すでにヒートストーンで暖められている寝袋ですので、震えながらも至福顔をなさっています。
数分で震えも治まりましたのでご挨拶を。
「エルザ様、はじめまして。人間領から参りましたカミンと申します。明日ディミトリアス大王様との謁見をお願いしておりまして、上位魔人の方々にもお呼びが掛かった事、お許しください」
「人間領から…… 私は守護者の一人、侯爵のエルザ=フローレスだ。見苦しいところを見せてすまない」
少し冷めつつある紅茶を啜るエルザ候。
まだ体が冷えているでしょうから、少し冷めたくらいが丁度いいかもしれません。
「エルザもこれ食ってみろよ。これも体が暖まるしすげーうめーぞ」
スタンリー候に促されてラムレーズン擬きを口に運ぶエルザ候ですが、お酒は大丈夫でしょうか。
「んんっ! すごく美味しいな!」
と喜んで頂けました。
体が暖まったのであれば宿でお休み頂こうと思ったのですが、他の守護者がまだ空を飛んでいるだろうと、一緒に待って頂けるそうです。
レイヒムに連絡して食事を用意して、マーリンとメイサに運んでくれるようお願いしました。
しかしそこはさすがはレイヒム。
こんな事もあるだろうと、宿の厨房を借りてすでに準備をしていてくれたそうです。
すぐに運ばれて来た数人分の夕食と沢山のデザートにスタンリー候もとても喜んでいます。
マーリンとメイサにはこの後ゆっくり休んでもらう事にし、我々は残り二名を待ちました。
レイヒムの料理はやはりエルザ候も気に入ってくれたようで、とても美味しそうに食べていました。
デザートにはプディングを用意してくれていましたが、こちらを食べると涙を流されてましたね。
甘味は魔人の心を掴む力があるのでしょうか。
二十時に魔人の男性グレンヴィル候、二十二時半には人魔の女性セシール候が到着しました。
お二人共震えておりましたが、グレンヴィル候に限ってはお怒りで今にも暴れだしそうでした。
寝袋で暖まった事とレイヒムの料理でだいぶ落ち着いてくれたのですが、それでもこの寒い中呼び付けたのは許せないと言うので映画鑑賞をする事にしました。
待っていましたとばかりに喜ぶスタンリー候と、首を傾げるエルザ候。
グレンヴィル候もお怒りを鎮めてくださるといいのですが……
映画の力は偉大です。
エルザ候もグレンヴィル候も目に涙を溜め、映画のエンディングには拍手をなさっていました。
他のも観たいとの事でしたので、セシール候の到着を待つ間も観る事に。
二本目を観始めてすぐにセシール候は到着しましたが、結局最後まで、日付が変わるまで映画を観ていました。
お三方も満足して頂けたようですので宿へと戻り、シャワーを浴びてから眠りにつきました。
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