第172話 冬の寒さ《カミン視点》

 翌朝目を覚ましたところ、これまでのテント生活とは違って体に痛みもなく疲れもだいぶ取れました。

 レイヒムとフィディックもリルフォンのアラームで目を覚まし、顔を洗いに部屋を出ます。

 同じように部屋から出てきたマーリン達と共に外へと向かいました。


 井戸の水を汲み上げて朝の身支度を整え、このアイーズからの景色を堪能しましょう。

 今は本格的に冬となりましたからとても寒いのですが、山の向こうから登った赤い日の光がアイーズを美しく照らしています。

 人間領に比べて発展は見られませんが、歴史を感じさせるこの地の街並みも悪くはないですね。

 因みに我々の装備、執事服やメイド服はある程度の気温の変化にも耐えられるよう特別に作らせたものですし、寝袋やテントも各種耐性を備えているのでどのような気温気候でも使用する事が可能です。

 寝袋には魔石で温度を調節できる機能も付いている高級品を用意しています。




 少しすると各家々から煙が上がり始め、朝食の準備を始めたのだろうと思われます。

 レイヒムも朝食の支度をと、起きてきたドルトルさんに連れられて調理場へと向かいました。

 元々お邸で調理をする方がいるとの事でしたが、レイヒムの調理法を勉強したいと言っていましたのでいいでしょう。


 私は朱王様に朝の連絡、もといモーニングコールを致しましょう。

 といってもマーリンやメイサが必ず着いて来るんですけどね。


「コール……」


 朱王様へは、昨日のマーリンやメイサの魔人達との狩りについての報告や、私とフィディックで見て回ったアイーズの街並みや畑について、映像を見て頂きながらの報告としました。

 朱王様もアイーズに住む人間達の生活を見れて嬉しそうでしたね。

 今日からディミトリアス大王の領地へと案内してもらう事になっていますので、呉々も気をつけるようにとのお言葉も頂きました。




 今日も美味しい朝食を終えて、アイザック卿からドルトルさん達にお話がありました。


「大王領には私だけカミン殿達と一緒に行く。ドルトルもグレックもアイーズの管理を頼む」


「アイザック様!?」


「危険ではありませんか!?」


 ドルトルさんもグレックさんも主人が一人で我々に同行するとなれば心配するのもわかります。

 もし朱王様が…… むぅ…… 朱王様がもし同じような状況になった場合、私達は着いて行くべきなんでしょうか?

 下手をすると足手まといになりかねませんからね。

 アイザック卿も同じ事を言っているのでしょうか。


「彼らは信用出来ると私は思っている。それに二人が一緒に来たところで私達はカミン殿に勝てないだろう」


 アイザック卿の強さはどれ程なんでしょうね?

 見た目や雰囲気はおっとりとした方ですが、内包する魔力は相当なものです。

 朱王様と同等、私の倍以上はあるでしょうね……


「ドルトルさん、グレックさん。我々はアイザック卿を傷付ける事はおろか魔人族と争う気はありませんのでご安心ください」


「しかし!!」


「ところでアイザック卿、大王領には魔貴族や上位魔人の方は何人いるのでしょう」


「む? 大王領に常に居るのは魔貴族が二人と守護者として上位魔人が四人いるが…… それがどうしたというのだ?」


 ということは二つ余りますね。

 もし他に魔貴族の方がいた場合には我々のを一つ残して譲るという手もありますし。


「ではもう二つリルフォンを置いて行きます。ドルトルさんもグレックさんも、これがあればアイザック卿といつでも連絡を取れますので少し安心して頂けるかと思います」


「よ、良いのか? この神器と思える程の物をそのように簡単に渡してしまっても……」


「構いませんよ。我々の目的であるディミトリアス大王との謁見を取り次いで頂けるのです。感謝してもしきれませんので」


 宝石ケースに入ったリルフォンをお二人にも渡しました。

 ケースを見て嬉しそうにしていますね。

 確かにケースだけでも貴族の方が購入する宝飾品のケースですので、その作りはとても美しいですから。

 リルフォンを見てまた喜び、耳に着けると今度は少し照れています。

 やはり魔人は感情が顔に出易いですね。

 その後は昨日のアイザック卿のように驚愕の連続でした。

 嬉しそうにお二人に説明するアイザック卿でしたが、ドルトルさん、グレックさんの涙を見てご自分も涙を流しておりました。

 私達の後ろではフィディックが腕を組んで頷いていましたが、魔人とはこの様な方々なのでしょう。

 感情が出易く、素直で嘘が苦手。

 素直だからこそ上位の者からの指示や命令、偽りの伝承なども信じてしまうのでしょう。


 一時間程かけてリルフォンの使用方法をある程度は覚えて頂けたようです。




 フィディックにテントを運んで来てもらい、いざ出発です。


「では行ってくる。二人共頼んだぞ」


「はい、いってらっしゃいませ!」


「カミン殿。アイザック様をお願いします」


「ええ、お任せください」


 我々五人はアイザック卿の案内の元、空へと飛び立ちました。


 アイーズに向かって飛ぶ時よりも速く、時速にして40キロ以上は出ていそうです。

 羽ばたく回数が多いのは飛行装備の違いのせいでしょうか。

 我々はただ重力加速度を利用した速度調整をするだけでいいので羽ばたく必要はありません。

 高度が下がっても重力の魔石で高度調整も自在ですからね。


 アイーズから大王領までは夏場は三日もあれば到着できるそうですが、冬である為十日以上は掛かるとの事です。

 寒い季節だとアイザック卿はそれ程長時間飛行できないと言っておりました。

 我々がアイーズまで尾行をする際も、寒くなるに連れて休憩を挟んでいましたからね。

 火を焚いて暖まっていたようです。

 魔獣装備を着用しているとはいえ、耐寒装備でないのであれば仕方がありません。

 空は地上よりもずっと寒いですからね。

 かといって我々も耐寒装備の予備など持って来ておりませんし、アイザック卿に合わせて移動するべきでしょう。


 一時間おきに休憩を取る事にしたのですが、着陸したアイザック卿はガチガチと顎を叩いて震えておりました。

 レイヒムの淹れる暖かい紅茶と辛い干し肉を食べて暖をとります。

 あまりにも震えていましたので、暖まる際には私の寝袋をお貸ししました。




 風の強い日や雨の日は岩場に入って移動は諦めます。

 我々は耐えられるかもしれませんがアイザック卿が凍えてしまいますからね。




 野営は魔獣に襲われる可能性もありますので、いつも通り交代で睡眠をとります。

 野営の際にはレイヒムの美味しい夕食と、もう当たり前となった映画観賞をするのですが、初めて動画による物語を観るアイザック卿は、魔貴族の威厳も何もないかのように泣き続けていました。

 慰めるフィディックは日に日にアイザック卿と仲良くなっているようです。




 そうそう、フィディックとレイヒムのレベル上げは今も行なっています。

 ゴーストや難易度の高い魔獣と一人で戦わせていますけど、フィディックだけでなくレイヒムも倒せてしまうから驚きです。

 ロック鳥という巨大な魔鳥なんですが、フィディックは氷結を纏って空中戦を挑みます。

 難易度でいけばB級はあろうかというロック鳥なのですが、風渦のブレスを氷刃で相殺しながら素晴らしい戦いを見せてくれました。

 多少の怪我は負ったものの、最後は首を跳ね飛ばして勝利を収めました。

 レイヒムも洞窟に住んでいたトロルとの戦闘で、風のスライスナイフと炎のフライパンで挑み勝利しました。

 やはり戦闘慣れしていない事もあり、地属性強化が甘いレイヒムでは近接戦闘は向いていません。

 やや強引ではありましたが、フライパンから放った炎でトロルを油断させ、スライスナイフで風の刃を放って肉を削ぎ落とし続けて倒していました。

 見ているこちらはハラハラしましたが、何とか倒す事が出来て良かったですね。


 おかげでお二人共レベルが上がって、フィディックがレベル9、レイヒムもレベル10となりました。

 レイヒムの総魔力量は3万ガルド程とそれ程高くはありませんが、料理人にして並みの冒険者以上ですので十分でしょう。

 フィディックは流石は魔族といったところか、魔力量は17万ガルドを超えました。

 あと一つレベルを上げれば20万ガルドに到達するかもしれません。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 アイーズを出て九日目の十一時。

 アイザック卿に暖をとってもらっている間に、とてつもない魔力を持つ方にお会いしました。

 我々の魔力に気付いてやって来たようです。


「この辺の人間には考えられない魔力を持つ者が空を飛んでいたのでな。気になって追って来てみればアイザックもいるではないか。その人間達…… 魔人も居るのか。其奴らは何だ?」


「こ、これはスタンリー侯爵閣下!!」


 アイザック卿は慌てた様子で跪きました。

 侯爵となればアイザック卿よりも立場は上ですし、この威圧感、魔力…… 上位魔人という事でしょうか。

 赤い角膜に黒い結膜の魔人の方ですね。


「よい、頭を上げろ。で? 其方らはなんだ?」


「はい。人間領のクイースト王国から参りました、カミンと申します。他にマーリン、メイサ、レイヒム、そして魔人のフィディックが私の仲間達です。我々の主人の命を受け、ディミトリアス大王に謁見したくこの地へ参りました。アイザック卿にはその案内をお願いした次第です」


「そうか。アイザックが案内するという事は其方らの話が陛下と謁見するに値すると判断してか…… それとも考えにくいがアイザックを脅迫したか」


 スタンリー候の魔力が増大しました……

 朱王様を超えるこの魔力ですが、まだ殺意は篭ってはいません。


「スタンリー侯爵閣下! 彼らの話は我々にとっても有益であると判断致しましたので案内を申し出ました! なによりも彼らは宥和を望んでおります!」


 アイザック卿が我々に敵意がない事を示してくれましたのでスタンリー候の魔力も収まりましたが…… これは勝てそうにありませんね。


「んー…… もうめんどくせっ! まず話し方がもうめんどくせー。普段から真面目なアイザックがそう言うなら信じてやるよ。カミンっつったな。俺は大王領の守護者スタンリー=ティスデイルだ。今は上位魔人っつー事で侯爵とか呼ばれてるが下位魔人からの成り上がりだから上等な言葉遣いは苦手でな」


「やはり上位魔人様でしたか。言葉遣いはお気になさらなくても大丈夫です」


「そうか、助かる。実は俺も暇でなぁ。で、だ。お前らちょっと面白そうだから俺も一緒に連れてけよ」


 随分と砕けた感じのお方ですね。

 敵意はないようですし、守護者という事はこの方もアイザック卿が言っていたうちの一人でしょう。


「ご一緒頂くのは構いませんが、守護者の任務はよろしいのですか?」


「いいんだよ。お前らが怪しいっつって警戒の為に着いて来たって言えば問題ねーしな」


「なるほど。ではアイザック卿が暖まり次第出発しますのでスタンリー候もこちらへどうぞ」


 アイザック卿の横にまた大地の椅子を作って暖まってもらいましょう。

 すぐにレイヒムも紅茶と干し肉を渡してくれました。


 アイザック[カ、カミン殿!? スタンリー侯爵が怖くはないのか!?]


 カミン[戦うつもりはありませんからね。なにより砕けた感じの方ですので多少失礼があっても問題ないでしょう]


 アイザック卿もメール機能を当たり前に使いこなしていますね。

 力による縦社会の魔人達であれば上位の者は恐ろしい存在なのかもしれませんが、人間と共存出来ている時点で大丈夫だと思います。




 また飛行装備で飛びながら冷えたら休憩を繰り返し、夕方になれば魔獣を狩って野営の準備。

 レイヒムの料理に驚くスタンリー候は、着いて来て良かったと喜んでおられました。

 我々と同じく耳にリルフォンを付けたアイザック卿に気付いたスタンリー候でしたので、ディミトリアス大王へのお土産で守護者の方々にもお渡しする予定とお話ししたところ、その時に受け取るとの事でしたのでお渡ししませんでした。

 食事の後片付けを済ませた後はいつものように映画観賞です。

 初めての映像にスタンリー候も大はしゃぎをしており、涙を流す事はありませんでしたがとても喜んで頂けました。


「これが陛下への手土産なのか!? すっげーな! こんなおもしれーもんがこの世にあるとは!! って事はその耳に付けてるその土産も結構すげーんだろ!? なぁアイザック、どうなんだ!?」


「これはリルフォンという物ですが…… 神器と言える程素晴らしい物です」


「神器!? なんだよそれ。めっちゃ欲しくなるじゃねーか!! でもなぁ、今この映画ってのもおもしれーから大王に会うまで我慢するぞ!」


 スタンリー候は我慢のできる子のようです。

 …… フィディックの時も思いましたが魔人の方々は少し子供っぽい部分がありますね。

 なんとなく世話を焼いてあげたくなるというか、何か出来たら褒めてあげたくなるとか。

 これを言ったら怒られそうですがね。


「スタンリー候は我慢が出来て偉いですね」


「そうだろう!!」


 マーリン……

 上位魔人の頭を撫でるとかやめてくださいよ……

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